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13度以上14度未満

――5月31日水曜日、存在しないはずの7限目。
「ストロー付き紙パック≒学生のリプトンティー」
 偏頭痛みたく不意に脳裏にへばりつく、平平凡凡なパブリック・ゐメージに否応無く操られてしまった。
 丸ノ内プラスティック、渇ききった不審者情報を偽装されそうな挙動、手の震え、時折多分白目。
 意思無し千鳥足の意味無き裸足に革靴=石田純一スタイルの俺が、通勤鞄に忍ばせている「鬼ころし」を、嬌声を上げて行軍中の女子中学生愚連隊の眼前に躍りでて、徐ろに差し出す。
「イコールってequal? アルコールはR&R?」
 364日抱く形而上学的発言に対し、彼女達は白痴化したドストエフスキーの仮面を自らに被せる。
 隠しきれない薄らぼんやりした笑み、あからさまな蔑視。そして、液晶砕けたスマートフォンを弄るその指は、俺に次なる狂態を、狂言を渇望している様に思えた。
「赤い紙と青い紙どっちがいい?」
 都市伝説は伝説ならず、此処丸ノ内線某駅に実在する――どちらの色の紙を選んでも待つのは(死)、助かる方法は唯一つ、「鬼ころし」を選ぶこと。
 そう、「鬼ころし」には赤と青の二種類があり、色によって味が大きく変わる。更に言えば、ファミマやLAWSON,スーパー其々に置いてあるブツで仕様が微妙に異なるという、例えるなら共産圏のトカレフやカラシニコフの様な個体差がある。
 いうて、白痴然とした教え子達に提示した「鬼ころし」は、妙義山の様な「からあげクン」カラーを纏っていて、上毛かるたの「み」を想起させるけれど、「み」って何だっけ?
――浮遊した疑問すら百億光年彼方に置き去りにして、白目を剥きながらひたすらに「どっち!」を連呼する俺。
 暴走族の集会よろしく集った保護者からの問い合わせが殺到する刹那、『あの娘のママはモンペ♡』というタイトルの文庫本がポケットから滑り落ちて、それを学徒達によってSNSに暴露された時のSM感ときたらありゃしない!
 その一件もあり、昨年度の「懲役刑よりも重そうな流行語大賞」第1位に輝いた、懲戒免職に処されてしまった。

……Amazonのダンボーに机上の空論と私物産業廃棄物、「鬼ころし」の空きパックを放り込み、それを抱えてとぼとぼと歩く俺の背中を、茜色の夕日が憂鬱に照らす。
 誰もが俺を嘲笑し、誰もが俺に非難轟々ゴーゴーカレーにて、メニューに無い「鬼ころし」を十杯頼めば「ウチはねぇ、そういうのやってないんだよ!」と現れた頑固一徹系ラーメン屋のオヤジと「ラーメンとカレー、どっちが違法薬物を混入しても発覚しにくいか?」を『どっちの料理ショー』の如く大論争。無為なる『日曜討論会』のち、テケテケと項垂れて帰宅すれば、玄関付近に無雑作に転がる町内会回覧板。 
 そこに記された「北村灰色は毎日三食三色団子と鬼ころしを摂っている(笑)」の告発文が、十一杯目の「鬼ころし」に手を伸ばすきっかけとなる。
――まるで、わんこそばの如し、犬も喰わないわんこ蕎麦、意味がちゃうちゃう椀子蕎麦。
 十二杯目の「」、空白を埋めるかのように、サルトルは嘔吐を繰り返す。リピートする(どっち)がドッチボールのドッジと反意語であると数学的に証明する事と、某独裁政権国家における大衆が実存主義に目覚めることの、どちらを優先するコトがこの世界の正解なのだろうか?
 十三杯目の13度以上14度未満、いつの間にか閉店した西友を西成と誤読して、独り高笑いに耽る。 
 夜の水位が徐々に高まり、漣が無軌道に揺れ始めた。畸形の魚のような俺は、次々と惨めな水死体と化す、13番目の誰かや14歳のキミを横目に、終わりなきクロールで溺れる様に游いでゆく。
……じりじりと、ゆらゆらと……

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