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喜連川温泉へ
前回宇都宮で「遊撃豪雨」に遭った私は、なんとか驛に辿り着き、そこから更に先を急ぐのでありました。
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こんな所にも使われている大谷石。
先に採石場跡を見學してきた身の上としては特別に見えるものです。
そこから宇都宮線に乗り数驛先、降り立った場所は氏家驛でございます。
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右端の水飲み場の隣に置いてある黒い大きなカバンの中に自轉車が入っております。
ここから先は自轉車を組み立てて一路今宵の宿を目指して進みます。
幸いな事に當地に着く頃には「遊撃豪雨」は上がり、すっかり晴れ間が廣がっておりました。
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雨も上がり、青々とした田んぼにはカエルの声の大合唱がありました。
この夏の風情を味わい乍らひた走る長い一本道は氣持ちが良いものです。
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途中にはこうして製材された大谷石が規則正しく並べられている石材置場もありました。
これもあの地下空間から掘り出された物かと思うと感慨深いものです。
氣になる場所に停まって風景をゆっくりと観察出來るところに自動車では出來ない旅の面白さがあります。
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木陰が長く伸びてきた頃合、西日は段々に橙色の光を放ち辺りにはヒグラシの鳴く声が響き渡って參ります。
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雨上がりの夏の風を感じて自轉車は進みます。
綺麗な空気の下、日本の夏のあらゆるものに囲まれて旅の醍醐味は更に味わい深くなるのであります。
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遠くの山が段々に迫り來る頃、漸くこの目的地を示す看板が見えて參りました。
今宵の宿、喜連川温泉への道はまだまだ先へ續きます。
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その途中には、こうした實に面白そうなお店もあります。
画像では不鮮明ですが手前の黒い乗用車の後ろには戰車、そして建物左端の「冷凍餃子」と書かれた看板の脇の建屋には蒸氣機關車が留置されております。
この不思議な組み合わせのお店は残念乍ら素通りしてしまったのですが、今度またこの地を再訪する事があれば覗いてみたく思います。
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この辺りから山道に入りまして沿道の緑はより深みを増してきます。
周囲の草むらからは「ジージー」と云う虫の声や時折ヒグラシの鳴く声、雨露に濡れた木々からは爽やかな森の香りがしてくるのであります。
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(鳥渡古いかな…)
峠道をひた走ります。
これでも自轉車には6段の変速機が附いておりますが、流石に草臥れます。
ギヤを1速に入れてペダルを踏んで、それを越えると…
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漸くやって參りました。喜連川温泉であります。
しかし、この看板はまだそこの入口に過ぎません。
ここから先もまだまだ續きます。
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幻想的な空模様の中、川を越えて更に緑深い山奥に進んで參ります。
画像右の方に何やら塔が見えますが、目的地はその附近です。
数多のRPGの勇者の様に山の上に見える塔を目指して道を進んで行きます。
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喜連川温泉界隈の町並みです。
静かで、どこか懐かしい雰囲氣に満ちております。
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やはり旅に出るならこう云う落ち着いた所が好きです。
今日、観光地は社會の荒廃と共にその旅情は悉く破壊されております。
その中でこうして平静を保っている地域を狙って旅に出ているのです。
(あとついでに趣味のゲーム作りの取材も兼ねて…)
旅とは心の休養でありますれば、幾ばくかの浪漫と大いなる樂しみを以ってそこに在る日本のあらゆる郷愁を密か且つ静かに味わうのが私の流儀であります。
途中に在る賣店で酒と肴、そして水分補給となるスポーツドリンクを購入し、最後のスパートをかけます。
しかし宿は山の上に在るので、この先には最後に大きな坂道が待ち構えておりその登攀は誠に以って苦勞致しました。
自轉車から降りて歩いて登った次第。お寫眞なんか撮っている余裕はありませんでした。
時折襲來する蚊の編隊、山々に響き渡る蝉の声が私の励ましになった心持ちでございます。
しかし、遂にぞこの「お丸山」に在るその宿に到着致しました。
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自轉車では驛からかなりの距離でしたが、それだけに山の上のこのホテルに到着した時の喜びは何物にも形容し難いものでした。
夕日の射しかけたエントランスはまるで長い旅路を越えてきた來訪者を美しく歓迎している様であります。
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我が愛車も漸く休息のひと時。後ろの木を花向けに、ご苦勞様でした。
さて、これからチェックインであります。
麓から自轉車で來たと聞いたフロントの方は少々驚かれたご様子。
この廣い駐車場がそれを物語っているかの様です。
しかし、自動車では味わえない旅の樂しみを今日は存分に満喫した一日でございました。
朝、上野驛を出てより既に久しく、この日は宇都宮の大冒險。
さあ、お待ちかねの温泉に入って宿でくつろぐ極上のひと時を味わいましょう。
折しも今日は11月26日。
これを称して「良い風呂の日」とか申します。
何かと毎年愉しんでおります。
今年もそんな年に一度のお風呂を、これから愉しんでくる事に致しましょう。
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當地で賈ってきた温泉の素を使いましょう。
折しも雨音の響く11月の冷え込む今夜、喜連川温泉の夏の思い出を胸にゆっくりと温まり、自宅のお風呂で良き温泉情緒に浸りましょう。
つゞく…