#010. 34年前、QUEENSRYCHEは確かに革命を起こしたのだ。
はじめに
世の中には革命的と呼ばれる作品が多々ある。
音楽、特にヘヴィメタルに限定すれば、真っ先に思い浮かぶのが今回紹介するQUEENSRYCHEによる屈指の名盤「Operation: Mindcrime」である。
今から34年前の1988年に発表された本作は、コンセプトアルバムの金字塔としても知られており、何度も映画化の話が出ては消えていった傑作だ。
HR/HMファンにとっては、あまりにも有名な作品ではあるものの、こうして30年以上の時が経ち、改めてその重厚な物語を文字に起こしてみるのも悪くないと考え、今回取り上げてみることにした。
以下、VocalのGeoff Tate本人による解説記事(BURRN! 1989年7月号)を参考に書き起こしてみる。
1.I Remember Now
物語の主人公であるニッキーは、発作を起こすと狂暴性を発する危険人物として、とある精神病院に強制収容されている。そこでの彼はTVばかり見ていて、看護師が定期的に鎮静剤を打つなどして様子を見ている。不眠症に悩まされていた彼は鎮静剤によって虚ろな状態となり、次第に彼自身の記憶が呼び戻されていく。「I Remember Now」ここから彼の回想が始まる。
2.Anarchy-X
ニッキーはストリートをうろつき、やがては大きな広場に行き着く。そこで演説していたのがドクターXである。ニッキーはこの時初めて、彼を知る。ドクターXはそこに集まっていた聴衆を前に、現代社会や政治への不満をぶちまけていた。要するに、大衆を扇動していたのだ。ニッキーはそれを遠くから静かに眺めていた。
3.Revolution Calling
以前からニッキーはアメリカが抱える現代社会の矛盾や政治の腐敗に怒りを感じていた。公共のメディアを利用し、莫大な寄附金を得ているようなTV宣教師をはじめ、この国にまかり通っている不条理が許せなかった。そういった現代社会のネガティブな現実に晒されていった彼は「世の中を変革する必要がある」という思いに至る。もはや政治家もマスコミも信用出来ない。やがてニッキーは、ドクターXの思想に共感し、彼に傾倒していく。
4.Operation: Mindcrime
ニッキーとドクターXのコンタクトは、電話回線を通じて行われた。この時、ドクターXは「Mindcrime」という言葉によって自分の命令に従うよう、ニッキーを洗脳していた。ニッキーはヘロイン中毒者でもあったので、時にヘロインをちらつかせながら服従させていたのだ。そしてドクターXはニッキーにヘロインを渡す時、銃と一緒に電話番号を渡す。つまり、その電話番号の主を殺せ、というのがドクターXの命令である。もちろん、ドクターXが直接彼と会って渡すわけではない。ドクターXはあくまでも電話回線のみでニッキーと連絡を取り、パイプ役となる存在は後ほど登場することになる。
5.Speak
自分が洗脳されていることに気付かないニッキーは、むしろドクターXの語る真実に酔いしれ、そこで得た知識を誰かに伝えたくてたまらない。そうしてニッキーも街頭に立ち、世界はどうあるべきなのか、人々に向かって演説するようになる。すでにニッキーは自分が世界の救世主であると信じて疑わない。金持ちや一部の企業が不正に手を染めて甘い汁を吸っている現状を変革し、今の権力構造を引っくり返すべきだと彼は聴衆に訴え続ける。「苦痛を感じているなら、それを言葉にしろ。俺が救ってやるぞ」という風に。
6.Spreading the Disease
ここでメアリーという女性が登場する。売春婦の過去を持つ彼女は、ウイリアム神父に救い出され、現在はシスター・メアリーと呼ばれている。しかしウイリアム神父は聖職者でありながら、メアリーを祭壇に引っ張り上げて毎晩のようにSEXを強要していた人物でもあった。メアリーは神父を憎んでいたが、元の売春婦の生活に戻りたくないのでどうすることも出来ない。一方で彼女はドクターXの手下としても働いており、ニッキーにヘロインと銃、そして電話番号を渡すパイプ役的な存在でもあった。加えて、ニッキーが殺人を実行しているかどうかを監視する役目も担っていた。
7.The Mission
6日前にドクターXと初めて出会ったニッキーは、自分の人生が大きく変わってしまったことを感じていた。なにしろ、この6日間で命令されるがままに、政治家や宗教家を何人も殺してしまったからだ。彼は教会に行き、シスター・メアリーの部屋で自分が殺した人間の顔を壁に描き、そこに1本ずつのローソクを置いて火を灯していく。それはまるで死者を供養するかのように。それでもニッキーは自分が犯した殺人行為を全肯定することが出来ない。ドクターXに洗脳されているとはいえ、良心の呵責には耐えられないのだ。この苦悩を癒せるのは、シスター・メアリーしかいないと彼は考えるようになる。
8.Suite Sister Mary
シスター・メアリーに恋慕の情を抱いていたニッキーに、ドクターXが直接命令する。「彼女を殺せ、そしてウイリアム神父も殺せ」つまりこれは、ドクターXに対するニッキーの忠誠心を試すようなものであった。ニッキーは苦悩し、やがてメアリーにも接近するが、彼女は異変を察知して自ら死を受け入れようとする。その姿を見たニッキーは思いを改め、彼女と一緒に逃げようと決意する。2人は導かれるまま教会の祭壇で交わり合い、愛を確かめた。その後、ニッキーはウイリアム神父だけを殺害し、ドクターXと対決するために教会を出て行く。
9.The Needle Lies
「お前とは縁を切る!」と威勢よく啖呵を切ったニッキーだったが、ドクターXはヘロインに使う注射器を弄びながら「お前は私の手から逃れることは決して出来ない」と脅す。ニッキーはそのまま逃亡しようと街に飛び出すが、ヘロインの禁断症状により、幻覚や全身の痙攣に襲われてしまう。そんな状態でも、よろよろと歩きながらメアリーのいる部屋へ戻ろうとするのだった。
10.Electric Requiem
どれだけの時間が経っただろう。ニッキーは何とかメアリーの部屋まで辿り着いた。しかし、時すでに遅し。メアリーは死んでいたのだ。何故死んでしまったのか、彼には分からない。自殺なのか、それとも誰かが彼女を殺したのか、彼には全く見当がつかない。
11.Breaking the Silence
メアリーの死を受け入れられず、ニッキーは嗚咽しながら再び街を彷徨う。夜の静けさに、彼の叫び声だけが響き渡る。ニッキーにとってメアリーは、この世で最もかけがえのない存在だったのだ。
12.I Don't Believe in Love
警察はメアリー殺害の容疑者としてニッキーを逮捕する。「何故殺した?」と問われても「俺じゃない!」と答えることしか出来ない。ニッキーは、これまでの人生で誰にも心を開かず、打ち解けず、ただただ孤独に生きてきた。しかし、メアリーとは唯一心を通わせ、そして本物の愛を交わした女性だと信じていた。それすら失ってしまったニッキーにとって、もはや愛など信じられない。そもそも彼女は幻だったのではないかと、そう自分に言い聞かせるほど、彼は意気消沈し、憔悴する。ニッキーにはもう、何も残っていなかった。
13.Waiting for 22
抜け殻のように心を病んだニッキーは精神病院に収容され、虚ろな表情で22時の消灯を待っている。その瞳に、生気はない。
14.My Empty Room
ニッキーはメアリーの部屋を回想する。何故彼女は死んでしまったのか、未だに分からない。長い時間、自問自答し、やがて彼の人格は壊れていく。
15.Eyes of a Stranger
ここでニッキーの回想、いわゆるフラッシュバックが中断され、現実の病室に意識が戻る。彼は自分自身が誰なのかさえ、もう分からなくなっていた。感情や自我も消え去っていた。しかし彼は徐々に記憶を取り戻していく。ついさっきまで続いてたフラッシュバックを経て、自分の犯した行為や過程について、みるみるうちに記憶が甦っていく。「I Remember Now」そうつぶやき、やがてニッキーは総てを理解した。
これでもかなり端折ったつもりだが、要約すると以上のようなストーリーラインに基づいて制作されたのがこの「Operation: Mindcrime」である。
ご覧の通り、物語は一応完結しているものの、メアリーの死因やドクターXとニッキーのその後については謎のままとなっている。
そして、本作のシナリオライターでもあるGeoff Tateが目指したのは、当時のアメリカが抱える社会的な問題を提起することにあったと思う。
これは物語からも分かるように、腐敗した政治家やそこに癒着したマスコミ、大衆を扇動するTV宣教師、そして減らない麻薬犯罪等々、言及されるトピックは極めて世俗的であり、一種の社会派エンタメとも言えなくもない。
加えて、運命のように仕掛けられたニッキーとメアリーのロマンスなど、文学的な含みを持たせた展開によって、まるで映画のように音楽が奏でられ、キッチリと起承転結に物語をまとめているところは流石である。
ひとまず、以上の前置きをしつつ、本作の音楽性についても解説してみたいと思う。
これだけのシネマティックな物語性を含んでおきながら、構成する楽曲が貧弱ならここまで名盤とは言われない。
そう、本作の名盤たる所以は、各楽曲の質感の高さに尽きる。
全曲捨て曲なしどころか、全ての曲にコンセプトが張り巡らされ、まずもって本作のテーマから逸脱した曲が1つも見当たらないのだ。
これが世界観の醸成に上手く作用していたことは言うまでもない。
これについては、ソングライターとしての才能を如何なく発揮したギタリスト、Chris DeGarmoの存在が大きい。
本作では作曲者として9曲にクレジットされており、タイトル曲の「Operation: Mindcrime」をはじめ「Suite Sister Mary」や「I Don't Believe in Love」「Eyes of a Stranger」など、アルバムの核となる楽曲は全て彼が手掛けていることからも、その天賦の才に疑問の声はない。
ちなみにChris DeGarmoは1997年にバンドを脱退。
その後はプロのパイロットとなり、今年で59歳になろうとしている。
それでも未だに復活を望むファンが多いことも事実だ。
この曲を聴け!
先述しているように、全曲が素晴らしい内容だと思うが、あえて僕が好きな曲を1曲ピックアップしてみる。
それは9曲目の「The Needle Lies」である。
本作のスピードナンバーは意外にも少なく、3曲ほどしかない。
中でもこの曲はイントロのギターリフからバッキング、そしてソロまでの流れるような展開が素晴らしく、軽妙なアレンジも効いていて飽きさせない。
そして9曲目ではあるが、レコードならB面の1曲目ということになる。
つまりこれは、第二のオープニング的な位置付けである。
従ってこの曲は物語のプロットポイントとしても機能しているのだ。
実際のところ、この曲以降に展開する楽曲群のクオリティの高さは筆舌に尽くし難く、良い意味で後半戦の口火を切る大役を担っていると言えよう。
本作を正統派ヘヴィメタルという枠組みで語る向きが多いことも十分に理解しているが、QUEENSRYCHE自体はプログレッシブ寄りのサウンドを得意としており、それは本作以降のアルバムを聴いても一目瞭然だ。
その源泉は恐らくPINK FLOYDあたりではないかと推測されるが、1988年の作品にしては極めてモダンな造りであったことにも驚かされる。
どちらにせよ、ヘヴィメタルという音楽に文学性と社会批評を織り込み、尚且つエンタメに昇華した彼らの偉業は改めて評価されるべきである。
特にGeoff Tateの歌唱力は真に鬼気迫るもので、初見の方でもきっと心を打たれるだろう。
他方、高齢化が止まらないHR/HMシーンにおいては、すでに本作を知らない世代も多く、このまま歴史に埋没してしまう懸念もある。
そういった方には、今からでも決して遅くないので、ぜひこの世界観を体験して頂きたい。
なぜなら、ここで語られている物語とは、決して古臭い時代のものではなく、現代社会の世相とも陸続きであるからだ。
間違いなく、Geoff Tateの問題提起は2022年の現代にも通用し得ると思う。
以上の理由でもって、本作はヘヴィメタル史上、最も革新的で革命的な作品の1つに挙げられて然るべきだろう。
34年前、QUEENSRYCHEは確かに革命を起こしたのだ。
総合評価:100点
文責:OBLIVION編集部
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