【小説】桜の稚児たち - 白【短編集】
- 序 -
アキラです。250~1000字未満で六つの短編集を書きました。スナック感覚でどうぞ。
- 本篇 -
食べる男
山の深く、川の遠く、おれは枯れたばかりの桜を見つけた。どうやら根元からポッキリ折れて上流から流れてきたようだ。肌は黒く艶やかで、皮を剥げばまだ瑞瑞しい。
いやァこれはなかなかの上物だ、何にして食らおう。燻して食おか、鍋にして食おか。なるべく長く楽しみてぇからな。ウン、塩漬けにしよう。あぁ考えただけでヨダレが止まらん。
なんたって久々の肉だからな、山のめぐりに感謝しにゃならん。川に身投げはいただけんが、巡り巡っておれの糧となる。ヤァ、よく出来た構造だってんだ。
ありがとな、桜お嬢さん。
桜に幕引きを
卯月、啓蟄、春の中。
薄紅のよろこびに満ちる視界にはモノクロームが旗めいている。はたして無事に帰れるだろうか。
今は三月、桜野原にて。風にひるがえる幕には影が踊っている。今日は誰かのハレの日のようだ。静々と進む行列の先は見えないけれど、大勢がこの日を祝っているようだ。あぁ、難しいところに惑い込んでしまった。なるたけ目線を下げて目をつけられないようにしなければいけない。
一歩、一歩。踏みしめるようにゆっくりと列が進んでいく。一体どれほどの時間が経ったのだろう。風の巻く中で、チリリと鈴の音を鳴らしてまた一歩進む。作法は間違えていないだろうか。独自のルールを持つ空間での非礼は何があるか分からない。
一歩、また一歩。
と、不意に歩みが止まる、鈴の音が近づいてくる。もうじき自分の番のようだ。乾いた唇を湿らせてはっきりと答える。
「おめでとうございます、お幸せに」
掠れてはいなかっただろうか、言葉に詰まってはいなかっただろうか。特別なことは言えなかった。
一陣の風が通り過ぎると、左右に広がる幕はなくなっていた。晴天に細雨が降る中、一人で立っていた。やっと開放されたのか。合点がいったので家に帰ろう。何も無くてよかった。
そういえば白と黒の幕は鯨幕と言い、元は慶事も弔事も関係なく使われていたそうだ。あの時は自信があったのだが、もし二択を間違えていたらどうなっていたのだろうか。花魁道中、狐の嫁入り。花見に行ったはずもないのに随分貴重な体験をしてしまった。今日はなんだかいい事がありそうだ。
胸に桜
桜は出会いと別れの季節に咲く。別れの時にも僕はプレゼントに桜を送るんだ。
あまり褒められたことでは無いが僕は恋人の移り変わりが早い方だ。でも聞いて欲しい。誓って全員に真摯であったし、二股なんて不義理を犯したこともなかった。プレゼントは欠かさないし、我ながら良い彼氏でいたと思う。
これからよろしくの意味を込めて桜の指輪やイヤリングを渡す。そうすると皆頬を染めて無邪気に喜んでくれるんだ。それを見ると良い彼氏でいようという気持ちが湧き上がってくる。だからこそお付き合いしている間は存分に格好付けるのが僕の信条だ。絶対に車道側を歩くし、箸より重いものは持たせないようにしたいし、扉は先回りして開いてあげたい。古臭いだとかこそばゆいだとか色々言われるけど小さい頃から洋画を見て育ったんだ、彼ら程に誇れる自分でいたいのさ。
しかし最初は手を叩いてくれた子達もいつかは僕らの関係に変化を求める。僕は恋人が好きで何でもしてあげたくなっちゃうけど相手はそうでもないみたいだ。だから僕は桜を贈る。さよなら今までありがとうと意味を込めて桜のネックレスを渡すようにしてるんだ。彼女たちは皆幸せそうに目を閉じて、それから僕は額に優しいキスを贈る。胸元で煌めく桜の意匠が美しい。
僕は桜を持ち帰る。みんな僕の大切な思い出だから変わっていく様をじっと見るんだ。滴るルビーがとても美しい。僕の大切な桜たち、実らなかった愛と恋は美しい桜によく映える。
「昨日未明、○○県○○市の一軒家で女性の惨殺死体が発見されました。たまたま通りかかった住民が山の木に複数の女性が胸を貫かれて刺さっているところを発見したようです。被害者の数は現在確認が取れるだけでも5人程に登るため複数犯の可能性があると発表されました。主に男女関係のトラブルが原因と見られており、警察はより詳しい原因究明のため捜査を進めています。」
コメントが追加されました。
「5人はサイコパスすぎて草」
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「やばw百舌鳥の早贄かよwグッロww」
コメントが追加されました。
「不法侵入者に通報されちゃうとはね。僕の美しい彼女に酷いことしないでおくれよ」
挿し木
ヨシノ サクラは姉と呼ばれる存在を見返したかった。姉とも母ともつかない大きな存在に、全てが劣っているニセモノの自分に存在価値を見出したかったのだ。
昨日、姉がなくなった。興味は無いけどアレは病で具合が悪くなったらしい。美しくないなら価値などないの。これはやっと回ってきた好機なのだと思う。ずっとバカにされてきた、ずっと我慢してきた。私はずっとアレの代替品だった。他人にとっての私は数あるうちの一つであり、それ以上もそれ以下の価値もなかった。それも今日で終わりだ。きっと私のことをいっぱい見てもらえるんだ。なんていい日なの、せめてもの手向けに世界で一番美しく咲き誇ってあげる。アレがいなくなった以上、今日から私が一番の“お姉ちゃん”だよ。さようなら、オリジナル。
いきがくるしい。うまく酸素をとりこめ、ない。アレの死因は病だそうだ。いやだ、わたしは。ニセモノ、なんかじゃない。
結局私は劣化版でしか無かったのだ。
その年、一番最初に作られたソメイヨシノのクローンは花をつけることが出来なくなり桜としての寿命を迎えた。
枝垂れ桜
人間とは誠に勝手なものだ。昔は「花見と言へば吉野の桜」とまで言わしめた私も、今では「秘境の枝垂れ桜」扱いだ。
人間とは全くもって勝手である。私が美しいのは何世紀も前から分かっていることだろうに、定期的に私の体に縄を括って重しを掛けてくる。柳のように揺らめくこの枝が傷付いたらどうしてくれると言うのだ。
人間とは身勝手な生き物だ。大も小もすべからくぶら下がりおって、ずるりと抜ける頃には私の枝はしなってしまう。縄だって腐り落ちる前に次が来るのだから、私の体にはほんの一世紀の間に数十の縄が絡みついたままでいる。
全く、人間とは仕方なく勝手なものだな。勝手に願いやら魂やらを届ける寄る辺にしおる。体を残して空に登ろうとしおる。本当に困ったものだ。
花見酒
桜には不思議な力があるように感じる。キミもそう思うだろ? ……ン? あぁいい、いい。今日は五杯しか飲まないと決めているから。一話に一杯、飲み干すんだ。ほら、それよりもキミが飲んだらどうかな。せっかくこーんなに美しい満開桜が目の前にあるのだから、遠慮する方が失礼じゃないか。
さて、ボクが語った小噺はどうだったかな? 面白かったかい? ふふふ、みーんな秘密を桜に隠すんだよ。桜の元には物語が集まるのさ。お酒? ボクはもう十分さ……こらボクにお酒を注ぐな。全く、もう、仕方ないな。ではキミが手ずから注いでくれたこの一杯は、キミの分ということで頂こう。ウン、強いお酒が喉を過ぎるのは心地がいいね。
ところで、キミ。見るからに一人だが、どうしてこんな山奥まで来たんだい? 時期も花見にゃちと早いのだから随分珍しいお客さんに驚いちゃったよ。……ふぅん、桜の木の下には、ねぇ。そうかい、やっぱりキミも気になっちゃうタチか。ン、いや、今までにも何人かいたけれどね、でもたった独りで来たのはキミくらいじゃないだろうか。ふふ、嫌だな、莫迦にしてる訳じゃないさ。ただボクはキミが抱えてるものが気になっちゃっただけ。
そろそろ長話にも飽きてきた頃だろう。日も落ちるし冷えてきたね。まだまだ冬とも言える時期なんだから、はやくお家にお帰りよ。夜の山は何が出るか分からんよ。ボクかい? ボクはいいのさ、長いことこの辺りに居るからね。キミを見送ったらボクも戻るよ。さぁ、お帰り。鴉が泣いているよ。
一杯の礼だ、キミが桜の木を掘り返した秘密はボクが貰っておこうね。
こくり。
- 評言 -
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