その「イノベーション」はどの「イノベーション」ですか?
「我が社に必要なのはイノベーションだ!」と上層部が言っているとき、「そのイノベーションとはどのイノベーションですか?」と尋ねる人は少ないだろう。イノベーションほど独り歩きし、曖昧なまま多頻度に使われている言葉もないのではないか?
およそ言葉というものはその理解や認識に差異が生じるのは当然としても、イノベーション創出を急ぐ企業がその議論の場で曖昧さを残したまま事を進めれば期待する効果はいくばくか。そんなことから、改めて「イノベーション」という言葉について取り上げてみたい。
イノベーションで有名なシュンペーターは「新結合」という言葉で以下のように整理した。
①新しい商品の創出(プロダクト・イノベーション)
②新しい生産方法の開発(プロセス・イノベーション)
③新しい市場の開拓(マーケット・イノベーション)
④原材料の新しい供給源の獲得(サプライチェーン・イノベーション)
⑤新しい組織の実現(オーガニゼーション・イノベーション)
昨今、「デジタル技術でイノベーションを!」と各所で盛んに議論されている。そのとき念頭に置かれているイノベーションは①~⑤のどれだろうか?
良く聞こえてくるのはデジタル技術で効率化する話だ。
人手が足りないからと人間がやっていた業務をそのままRPAに置き換えたところでそれは単なるデジタル化、昔で言うIT化に過ぎない。
目先の問題解決にデジタル技術を利用するのはよいが、そこで思考が止まってしまってはイノベーションは起きない。むしろ短期的な問題解決のために導入したデジタル技術が将来の足枷になってしまう懸念も否定できないだろう。
やれ「DXだ!」、さあ「AI、IoTだ!」と言ったところでそれでいったい何をしたいのか?
「我が社に必要なのはイノベーションだ!」と盛んに言われても人心が動かず、既視感を覚えるのは似たような文脈の話を長らく聞かされているからだろう。
こんな未来を/社会を望んでいるから、自社としてこんなことがしたい、そのときデジタル技術として使えるものは何か、今あるのか/ないのか、自社にあるのか/ないのか、持っているのは誰なのか、誰も持っていないならそれを実現するためには何が必要か、そのとき必要とするデータやアルゴリズムはどんなものなのか、求められるハード/ソフトウェアはどんなもので、将来どんなサービス/収益として実現できそうか。
すぐにこれらすべてを説明できないとしても、大まかな構想と、関係者みなが共有できて腹落ちできるコンセプトとストーリーがなければ、結局場当たり的な部分最適に終わってしまう可能性が高いのではないか?
そこで実現できるものがあるとすれば、それは上記5つのイノベーションのうち②や①(新しい生産方法や商品の開発) or 従来型の「改善」に終始する(つまりイノベーションは起こらない)のどちらかではないだろうか?
産業構造を変えるほどの大きな変化が起きていることを踏まえれば、従来型の思考でイノベーションを捉えるのは危険だろう。
未来を夢見て、新しい価値観/世界観を基に、ビジネスモデルを考える。
ステップバイステップで短期、中長期を描きながらも、上記①~⑤のイノベーションを同時スタートするくらいの思考も必要だろう。
そのとき、⑤新しい組織の実現(オーガニゼーション・イノベーション)が問われるだろう。VUCAの時代に機動性と柔軟性を持つゲリラ的組織が実現できるだろうか?
「ソーシャル・イノベーション」を掲げている日立はIoT事業を担う世界本社を米国に設立するそうだ。
リアルとサイバーが融合するIoTはデジタル時代に負け続けてきた日本が巻き返せる可能性を残している。しかし、その担い手の数は少ない。
エネルギーから製造、小売、医療、情報通信と幅広く、業界横断的な活動が可能であったはずの東芝は解体されてしまった。本来であれば東芝グループはIoTで産業構造が変わる時代に優位なポジションを築くこともできたはずだ。
情報通信系の老舗企業からのアプローチも期待したいところだが、NECも富士通も「変化に対応/適応する」のに精一杯で、自ら旗を振り、周囲を巻き込んで動ける状況にはなさそうだ。
一方で、日本には米中のGAFAやBATのような強力な新興系IT企業もない。
変化との向き合い方は3つある。
①起きている変化に対応する
②起きる変化に適応する
③変化を起こす
日本から③を担うベンチャー企業or連携組織が生まれることを期待したい。それが実現できれば日本はワクワク超高齢社会の実現も夢ではないのではないだろうか?