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【読書感想】パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』『第六ポンプ』【生物学知識のせいで楽しめない】

 今回はこちら。



 農作物・人の病によって文明が一旦崩壊し、「カロリー」を「ねじまき」として農作物から取り出している世界。農作物を独占売買し世界を圧巻している、カロリー企業。
 海面上昇に耐え、苛烈な公共衛生策や自国の固有種の復活でなんとか独立を保っているタイが舞台。

 人口減少の日本で新人類として作られた、ねじまき少女こと人造人間。
 タイの独自の種子バンクをカロリー企業のものにしたいカロリーマン。
 なんとか再起を図ろうとしている中国人難民の老人。
 かつては強行な衛生政策で人々を恐れさせていたけど、今は自由貿易の圧力で斜陽な白シャツたち。

 彼らの命運が交差して、タイの未来はどうなるか……。


 といったストーリになってます。

 各SF賞を総なめしたという有名作です。

 はい。

 わたしは、この作家さん苦手ですね。

 キャラクターの感情面も描かれてて、そういう点ではエンタメとしても十分楽しめるはずなんですけど。

 ノれない。

 なんでだろーと考えていくのがこの記事の趣旨なんですが。

 まず、読み取れてさえないのかもしれない。

 相性が悪すぎて。

 なんというか、世界観はいい。

 雰囲気もいいですね。

 ストーリーも上手い。

 何が足りないって、知識。

 主に、生物学的常識。

 生物学好きとしては、肝心なところがあと一歩届いてない。

 という、隔靴搔痒極まりない作家さんなんです。


 とことん、キーポイントの科学的知識が足りない。

 まず、農作物から取り出したカロリーが主要になってます、という世界観ですよね。

 で、海面上昇も起こってますよね。

 ここで出てくる疑問は2点。

 「拡大しているだろう耕作地はどうしているのか?」
 「耕作に必要な大量の真水はどうしているのか?」

 という2点なんですね。

 実際、現状、一時期もてはやされたトウモロコシなどバイオ燃料は、この2点が問題で頓挫しているんです。

 で、これ、街が主要な舞台なので、その点は一切ふれません、書きません、という態度。

 ハードSFとして、それはいかがなものか。

 独特な世界を描いてるけど、根幹部が書かれてない。

 真水の問題については、ポンプがどーのいってるから、それかもしれないけど。
 でも、これ、病気対策的な衛生問題だよね?

 海水を真水にするには大規模な工場が必要だし、でも世界中でバイオ燃料が主力になっているなら、「耕作地が人の生息地を覆い尽くして、残りは真水工場」という世界になってると思うんだけど……。

 そういう世界でしたっけ。
 わたしが読み取れてない可能性もあるので、言い切れないんですが。

 うーん、作物主体で人間が蔑ろにされてるみたいな描写はあった気もする。

 まぁ、工場で藻類的なのが使われてるから、そっちがエネルギー源の可能性もある。

 でも、その場合は太陽光で育てるのが一番効率のいいわけで、「なぜ工場で?」となる。

 白シャツが田舎に遠征に行くシーンが一瞬だけあるけど、そこでもうちょい描けばいいじゃん、と思ってしまう。

 なんというか、「カロリー」とか造語に頼りすぎて、その実態がちゃんと描かれてない、伝わらないっていう印象。


 そして、ねじまき少女。

 別種のものに別種の遺伝子を打ち込む、というのは遺伝子操作として今も、というか結構前から、やられているわけなんですが。

 そんな現代と、この世界観の繋がりがあんまりよくわからない。

 いや、提示されてるけどさ。

 農作物と人のパンデミックで文明が崩壊したからっていう。

 でもさ、どうやってカロリー会社が台頭したかとか、そういう詳細が行方不明っていうか。

 いやそれも、「現代の農作物の大企業は、研究費の増加の一途のため、種が残らない作物を売っている」という事実の延長にあるんだ、と言われるかもしれない。

 でも、これって、体質的な話。

 食用の穀物の会社がやっているとこもあるけど、他は開発可能エネルギーの延長線上でやってるという認識なんだけど。
 その事業がどうやって競合したか、あるいは併合したか、その描写は全くないよね。
 会社名が書かれるだけで。

 農作物のパンデミックもあり得るし、
 農作物の大企業の方針も、バイオ燃料に関する基礎知識も、自分にはある上で。

 近未来ものなのに、現代からの繋がりがわからん。

 さて、そして、ねじまき少女。

 犬の遺伝子が入ってるとか、でも「生まれ=遺伝子」では足りないから「育ち」の部分も、教育されてきましたという設定なんですよね。

 でさ、犬の「人に従順な遺伝子」とか絶対に特定は不可能なの。

 例えば、形質的な「人の目の色」さえ、関わっている確率の高い部分は特定されているけど、それも「その遺伝子があったら七割とかそれくらいで碧眼になる」レベルの話。

 それで、そもそもイヌって、犬種に関わらず生物学的には一種なのね。

 形質的な差をブリーダーがなんとか作り出して犬種にしているわけ。
 これが、結構醜悪なことも行われているみたいだけど……。

 そして、結局、イヌの性質って個体差だって言われてる。

 実際のところ、「従順でないことをよしとする」犬種もいる。

 闘犬として作られたブルドッグとかね。

 身体が何倍もある闘牛に突進して噛みつこうとするよーな性格にされていたわけで。

 「ヒトに従順な友だち」も「恐れ知らずの闘犬」も遺伝的には大きな差がなくて同じイヌ。

 いかに「イヌは従順」「ヒトの友だち」というのが後付けのステレオタイプか、ということ。

 虐待されたイヌはヒトを恐れる。

 というわけで、「生まれ」の性質があって、その後に「育ち」での経験があってこそ、なんだけど。

 「いや、それ、書いてるじゃん、この作家」と言われそう。

 そうなんだけど……なんか、ぶっちゃけ、言い訳くさくない?

 「生まれ」だけじゃダメだってわかってるから、「育ち」もちゃんと設定に入れてるよ! っていう。

 SFなんだから、もっとぶっ飛んでて、イカす、なにかしらの独自理論を展開してこそでは?

 既存の科学知識を踏まえてないのは論外だけど、そこから飛躍がないのなら、それはそれで小説として面白くない。

 で。

 ペット産業という経済活動の中で、犬種ごとの性質が過大広告されているわけ。

 最後に、従順な性質をレトリバーだかラブラドールの血だとか、遺伝子学の天才が言っちゃうセリフがあって。

 こういう知識を踏まえた上での皮肉、ならいいんだけど。

 そうとは、読み取れないんだよな……。


 そういうツッコミをしていくと、外せないのがチャシャ猫。

 光を操って、自由に姿を消せる生物なんか作り出して繁殖可能にまでになってる。

 そんなの、ヒトの遺伝子工学が頂点すぎて、こんな世界観にならんだろ。

 そんな生物を作るためには、科学的に何が必要か。
 光を操って姿を消せる生物学的機構を開発する。
 これが永続的に行えるわけだから、それに使用する化学物質を自らの体で作り出せるようにしなきゃならない。
 (毛皮や皮膚の形質での表現、という可能性もあるけれど、この後のその形質の発現が子にも引き継がれるようにし、そのうえ、雑種になっても発現する難易度は何ら変わらない)

 ペットとして作られたのなら、餌としてその化学物質を供給するようにすると思うのだが……。

 しかも、繁殖可能。

 これは、もう、すごい壁。

 分厚い、ちょっと人類に超えられるかわからない壁。

 まず、胎内で発生した胚が、親と同じ姿にならなきゃいけない。
 猫の遺伝子をいじったからって、姿を消すための化学物質の供給システムまで同じように発生はしない。

 その形質が遺伝して、身体的形質に発生するように生物を作る……。

 もちろん、その過程で不具合が起きたら、それを修正するシステムも存在しなきゃならない。

 どうやったら、できるのか。

 しかも、普通の猫と交配したら子どもはチャシャ猫になるっぽい。

 「は?」でしょ。

 生物学的にあり得ないんですよ。
 本当に。

 自動修復して、クローンを産んで繁殖していき、人格を持っているロボット並みのオーバーテクノロジーなんですよ。
 しかも、ヒトと交わったら、そのヒトの子どももなんか金属を集め始めてロボット化するみたいな。

 そんな比喩はおかしいだろ、って思われるかもだけど、生物学的には同じくらいあり得ないですからね。

 例えば、今のペット業界でいえば、ブルドックは自然分娩ができずに帝王切開してるわけですよ。

 そんなペット産業から、どうしてそんなオーバーテクノロジーが?

 どうして、新種が自然出産可能なの?

 なんで、農作物は不稔性にしてるのに、新種ペット猫を不妊にしないの?
 しかも、ペットの不妊手術って当たり前の常識じゃん。

 フツーは、手術代を浮かすために不妊種を作って、穀物大企業と同じ理屈でペット業界も儲けようとするでしょ。

 しかも、偶然、新種の特徴が優位です、って何が、何が自然法則に起こったの?

 というか、そこまでできたら、カロリーとかなんとか言ってる世界観になるか?

 改良された藻類が、少しの加工で石油になる世界になってると思うんですが……。
 (現在の地球における地下資源の石油は、太古の地球で大量発生した藻類が圧縮させて石油と化したもの。現在の化学でも、石油半分・藻類半分のバイオ燃料は開発されている)

 えーと。

 つまり、遺伝子科学のレベルが統一されていなさすぎるんですね。

 なんとか穀物からカロリーを取り出している世界と、チャシャ猫を作り出した世界も、どう頑張ってもつながらない。

 チャシャ猫開発は少し前のことらしいから、文明崩壊前だとしても。

 そこまで遺伝子工学が発展してたら、パンデミックの原因であるウイルスを改変するくらい造作もなくできると思いますよ。
 流行中の空気中に散布しているウイルスの改変という手法で。

 農作物に大打撃を与えたらしい虫も、バイオロジカルコントロールの手法の拡張で、いい感じの天敵虫を作ってばら撒けばいい話だし。

 「ゾウムシが爆増した? ゾウムシの寄生蜂をばら撒け」で終わる話なんですよ、ほんと。
 遺伝子学的な強化さえ、必要ないかもしれない。ちゃんとバイオロジカルコントロールの手法を使って寄生蜂を殖やせさえすれば。
 「そんな都合よくゾウムシの寄生蜂がいるか?」なんて、ググらなくても「いないはずがない」レベルで生物学的に存在するんですよ。
 チャシャ猫はこれからの人類史を費やしてさえ、実際に誕生するのは難しいだろうけど……。

 菌類だって、同じく、それしか食べない天敵虫を作ってばら撒いたら解決じゃん。
 それしか食べないようにしとけば、同時に絶滅して自然環境に何もダメージ与えないし。

 なんか、こう、そう。

 全体的に肝心の設定がチグハグなんですよね……。



 同作者の『第六ポンプ』という短編集がある。

 この表題作もツッコミどころが多くて頭を悩ませたので、書いていきます。
 ここまで来れば、ついでです。

 文明が崩壊し、でも過去の遺産でなんとか都市は崩壊していない。しかけてるけど。あとひとおしで世紀末だけど。
 そんな世界で、浄水場に勤める主人公が、壊れそうなポンプのために苦労するという話ですね。

 で、これ。

 あれさ、浄水におけるポンプって、水に空気回して浄化のための微生物を生かしてるんだけど……。

 何十年も放置してたら、そもそも微生物が死んでるだろ……と。

 ポンプって、そもそも、水に圧力かけて動かすものじゃない?

 それだけで、浄水できるって何が起こってんの?

 せめて、微生物っぽい粉を入れよう。
 それも生産中止でヤバい、っていう話なら、わかるんだけど。

 浄水……できませんよ、ポンプだけじゃ……。

 で、『第六ポンプ』では、人が化学調味料に侵されて、異形の子どもが生まれていて、彼らが外にいっぱいいる、セックスしている、という世界観で。

 これが、もうツッコミどころしかないじゃない?

 まず。
 同じ形の異形が、いろんな人から生まれるとかあり得なくないですか?

 実際の史実では、ベトナム戦争の枯葉剤散布が一番近いと思う。

 奇形児で身体の欠損であっても、どこが欠けるかはわからない。

 どういうメカニズムで、形質的に同一種らしいものが生まれ出るのか……?

 生物学的にあり得ないといえば、彼らには、ペニスもヴァギナもある。

 ヒトの発生の順序的にあり得ない。

 ヒトの胎児は、男性ホルモンがあればペニスが形成され、それがなかったらヴァギナが形成される。

 これは、結構初期に起きる。

 40週で出産で、だいたい12週で分化するのね。

 で、もし男性ホルモンの量がとても少ない、という異常があっても、ペニスはできずにヴァギナが形成されるっていう予防策が働く。

 ホルモン異常とかで、両性が表象化することもあるけど、それは非常に稀。
 だし、尿道とか身体的に色々問題を伴って手術も必要になるらしい。

 それが、経口摂取の化学調味料で常に引き起こされる変化っていうのがよくわからない。

 しかも、彼らは野外で異常なく健康に育ってるわけで。

 セックスもしてるので、性器もある程度は正常発達してることになる。

 どういうメカニズムなのか、全くもって触れられてない。

 それって、ハードSFって言っちゃっていいのかなぁ……。

 さらにさらに、生殖可能と匂わされてる。

 これは、ちょっと解釈に迷う描写で、「冬になると暖かい場所に移動するのか数を減らすけど、夏になるとまたどこからかやってきて数を増やす」みたいな。

 どっちかというとヒトの方が「暖かくなって生きていけるだろうと異形児を捨てている」可能性の方が高い気がする。

 ただ、小説の雰囲気的に、「ヒトがいなくなっても彼らは生きていくんだろうなー」っていうのがあるわけで、そうなると自然繁殖可能として設定してんだよな、と。

 で、『ねじまき少女』のチャシャ猫でも触れたけど。

 「生物として生きている」と「自然繁殖できる」には結構な壁があるわけですよ。

 交雑種には、繁殖力がないとされているわけで。

 交雑というのは、別種2種のいいとこどりをするために、人工的に組み合わせる手法。

 馬とロバから生まれるラバが有名ですね。

 種の変化は長い間かけて行われて、亜種になっても交配があって統合したり、逆にその刺激でさらに分化したり、複雑な経路を辿って、「種の分化」、交わっても子どもができない、というところに行き着く。

 この生物進化の基礎的な過程をまるっと無視して設定しちゃってるんだよな……。

 ヒトと新ヒトの間に子どもが生まれるかは描かれてないけど、形質が全く違う。

 一世代でそこまで差が出るはずがない。

 特に、雌雄同体の哺乳類はいないんですよ。

 遺伝子プールにその情報が残っていても、次世代で異常なく形質に変換されるわけがない。

 現存種とは違う種を、どういう形であれ、生存・自然繁殖できる形に、数世代で変化させる。

 それが、化学調味料だかなんだか知らないけど、一要因でも複数要因でも、とにかくなんらかの原因でそんなことが起こってるなら、そっちの方が文明崩壊より大事件。

 なんで、そんなことになっているのか。

 とにかく、わからない。

 どういうメカニズムで何が起こってるのか、全くわからない。



 「あり得ない、あり得ない」って「そんな細かいところにこだわらずに雰囲気を楽しめ」という方もいるかもしれない。

 いや、でも、それって難しいよ……。

 だって、ナンセンスだとわかってやってるんじゃない、ぽいから……。

 例えば、『ニンジャスレイヤー』の日本とか忍者は、「やってんなー」と読めるかもしれないけど、それはわざと外してるって知ってるから。

 あれを、真面目にハードSFとして提示されたら、読めますか?

 それくらい、生物学の常識から離れている。

 学問を踏まえてないとか、知識が足りない、それ自体を批判しているわけではなくて、なんというか創作的態度というか。

 世界観の主題を全く調べずに書くって、どうなんでしょう。

 しかも、ハードSFとして。

 自分の想像の世界で満足するんじゃなくて、現代の最新知識を吸収して活かすことで、もっと先のものが書けるんじゃないか。

 そう思うわけです。


 というわけで、力説してきたわけですが、ほんの少しでも「なんでそうなるわけ!?」という痒さが伝わっていたら幸いです。

 久々のSF専科なのに、否定的な記事で面目無いです。

 雰囲気はとても、いい作家さんだと思うのですが……。

 万が一、「その通り! よくわかる!」という方がいらっしゃったらコメントください。
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