マーケティングリサーチャー必読の5冊
日本マーケティングリサーチ協会(JMRA)によるセミナー「著者が語る リサーチャーが読むべき本2022」(2022年6月~9月開催)に先立ち、告知を兼ねてセミナー企画担当者がおススメ本を紹介するトークイベントが 5月17日にオンラインで開催されました。私もプレゼンターのひとりとして参加しましたので、とりあげた5冊を、話した内容とともに紹介します。
【1冊目】林知己夫『調査の科学』講談社ブルーバックス、1984(→ちくま学芸文庫、2011)
長く統計数理研究所長を務め、数量化理論で有名な林知己夫氏は50代以上のリサーチャーにとっては誰もが知る存在だ。戦後から日本の社会調査、世論調査、市場調査に大きな影響を与えた。著書の多くは専門書だが、この本はブルーバックスという誰でも読める形で林氏の思想や哲学がわかる貴重な一冊である。私が新卒入社した1984年発売で、40年にわたりリサーチャーキャリアの体幹を作ってくれた大切な本。時代によって変えるべきことと変えるべきでないことがあり、その基準点・参照点を教えてくれる。林氏を知らない若いリサーチャーにこそ読んで欲しい。2011年にはちくま学芸文庫として再刊された。長く読まれる価値があるからこそである。
【2冊目】中室牧子・津川友介『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』ダイヤモンド社、2017
ビジネス課題解決には原因を特定しこうすればこういう結果になるという思考とそれを裏付けるデータが必要だ。理系の実験に比べると複雑な社会や人間を扱う社会科学における因果分析は難しいが、「ランダム化比較試験(RCT)」や「差の差分析」など多様な手法が工夫され、社会問題の解決に役立っている。そうした手法の多くは「A/Bテスト」などマーケティングリサーチにも応用できるのである。中室牧子氏は、教育施策における EBPM(エビデンスに基づく政策立案)を駆使した『学力の経済学』(2015)がベストセラーになっている。合わせて読むと理解が深まるはずだ。こちらの著者インタビューもあわせてどうぞ。
またほぼ同じ時期に、伊藤公一朗『データ分析の力 因果関係に迫る思考法』光文社新書、2017 が出版された。こちらも名著で社会科学における因果分析ではこの2冊が基本になりつつある。どちらにも「思考法」とタイトルについているのが示唆的、手法の前にまずは思考法を学ぼう。
【3冊目】ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか』(上・下)早川書房、2012 (→ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2014)
https://www.amazon.co.jp/dp/4150504105
行動経済学は人間行動、人間心理へのインサイトそのものであり、消費者理解を担うリサーチャーにも必須の知識だろう。カーネマンはもともと心理学者だが、2002年ノーベル経済学賞を受賞。人間心理は不合理ではあるがその不合理さには共通の傾向がある、だから経済学のように施策や予測もできることを明らかにした研究によるものだ。書名のファスト(早い)は直感的判断、スロー(遅い)は思考型判断のことである。
最近はビジネスマンの間でも行動経済学ブームといってもよいくらい、わかりやすそうな本が多数出ているが、そういう本をつまんで読むよりはこの1冊を読む方がはるかに有益だ。そしてさすが早川書房、2年後には文庫に収録されたので手に取りやすいはず。マーケティングリサーチと行動経済学との関係については、こちらのスライド(萩原、2014)を参照ください。
【4冊目】古賀史健『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』ダイヤモンド社、2021
これがリサーチャー向けかと不思議に思うかもしれない。しかし記者とかライター向けを装いながら、実は「インプットとアウトプットが必要なあらゆる知的生産」に共通する考え方とノウハウが書かれた本なのである。リサーチャーであれば、取材=データ収集、執筆=データ分析、推敲=データ解釈と言ってよいだろう。インタビューなど定性だけではなく、数字と向き合う定量調査についてもおなじことだ。そこを意識して読めばリサーチャーにとっても最高の教科書となる。このノウハウが有効なことは、古賀史健氏が日本200万部、翻訳版300万部の超ベストセラー『嫌われる勇気』(2013)の実質著者であることからもわかる。
【5冊目】米田恵美子『「専門家」以外の人のためのリサーチ&データ活用の教科書』東洋経済新報社、2022
2022年4月に発売されたばかりである。JMRAで「読むべき本」セミナー企画時にはまだ出ていなかったが、もし出ていたら真っ先にご登壇をお願いしたのではないかと思う。今回ご登壇いただく音部大輔氏をはじめ、森岡毅氏(USJ、丸亀製麺)、足立光氏(マクドナルド、ファミマ)など P&G OB マーケターの活躍は目覚ましい。著者の米田恵美子氏はインサイト部門(あの有名なCMK=Customer & Market Knowledge)のトップだった方で、リサーチャーにとっての音部、森岡、足立なのである。レノアやファブリーズの成功にどのようにリサーチやデータが活用されたのか、P&G の調査ノウハウが惜しげもなく書かれている。
【追記】本をおススメすることについて
本を勧めるのは実は難しい。必要性、関心、好みはひとそれぞれだからだ。私には楽しめたものが他の人にはそうでもないことはよくある。おすすめの音楽、小説、映画、レストランをあげてくれというのと同じくらい難しい。ただその時は「誰が」お勧めしているかに注目するとよい。その人が仕事領域や嗜好が似ていればそればあなたにも良い本である可能性は高い。
一方で、自分や自分に似た人の判断だけで同じ志向のものばかり読んでいると思考は固定化し、創造性は拡がらない。そのためにも時にはふだん読まないタイプの本も手に取ることは必要だ。ガイドブックや書評はそのためにある。6月から始まる読むべき本セミナーが、多くのリサーチャーにとってそうした新鮮な出会いになることを願っている。
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