「Sound Sphere」ライナーノーツ&全曲セルフ解説&クレジット
「Sound Sphere」ライナーノーツ
バランスの良い人。
その言葉からあなたはどんな人を想像するだろう。たとえば、どこか一面が飛びぬけて秀でているわけではないけれど、全てにおいてそつのない人。あるいは、一歩引いた位置から全体を俯瞰できる優等生。いずれにしても共通しているのは、「冷静さ」や「器用さ」といった、いわば「熱さ」とは対極にあるイメージだ。
その意味で言えば、ochiさんは実にバランスの悪い人だ。
ぼくが彼と初めて会ったのは、あるライブハウスで対バンしたときのこと。彼は「波紋」というバンドでサポートベーシストを務めていた。
うねりのあるベースラインや、ダイナミクスの妙による豊かな抑揚表現など、耳目を引く要素はいくつもあったのだけれど、とりわけ強く記憶に残っているのは、「音価」をとても大切にして弾いているという印象だ。
音価とは、分かりやすく言えば音の長さのこと。音を出すタイミングが正確なプレイヤーは少なくないが、音の切れ目まで意識している奏者は案外少ない。目立たない要素だけれど、実は曲やグルーヴの心地良さを大きく左右してしまう大切なポイントでもある。
音価を大切にするochiさんのプレイは、音楽に対する彼の「誠実さ」の証であると言えるだろう。
目立たないけれど大切なことを、真正面から大切にする。そして、これみよがしに目立とうとせず、しっかりとバンドの土台を支えるプレイヤー。これが初対面の際に感じたochiさんの人物像だった。その人物像は、ある意味、「バランスの良い人」というものだった。けれどそれから数カ月後、彼と再会する機会を得たぼくは、まるで違う印象を抱くことになる。
二人きりでスタジオに入ってジャムセッションし、帰りに居酒屋に寄ったのだが、そのときの彼の「熱い」ことと言ったら。およそ3時間、彼の口からは、止まることなく音楽への情熱が語られ続けた。想像以上に広いジャンルを聴き、演奏してきたことも知った。そして、どのジャンルに対しても、とんでもない熱量で取り組んできたことも。
他にも、バンドの運営論や人間関係、演奏そのものに加えた視覚的な訴求についての考察など、音楽にまつわるありとあらゆることについて、すさまじい熱量で臨んでいることがうかがえた。
そんな姿は、「バランスの良い人」とは遠くかけ離れたものだった。むしろバランスなど無視、目についたものは全て徹底的にという、バランス感覚に全く興味を持っていないかのような姿勢だ。だが、全てを徹底的に突き詰めると、どの要素も高いレベルに到達することになり、結果的にある種のバランスが成立してしまう。
ochiさんは、実にバランスの悪い人だ。だからこそ彼は、彼にしか得られない素晴らしいバランスを獲得している人なのだ。
そんな彼のファーストアルバムが完成した。まさに彼らしいバランスが全開になった一枚だ。ベースプレイも、抑えるべき部分はしっかりと抑え、曲の土台を“全力”で構築し、一方で、ここぞという見せ場では飛び切り華やかなプレイを“全力”で披露してくれる。
ジャンルを縦横無尽に超えた百花繚乱と表現したくなる楽曲のラインナップからも、「ochiバランス」ならではの多彩さが感じられる。やさしい曲、激しい曲、躍動感に満ちた曲。1曲1曲の手触りは違うけれど、すべてに共通しているのは、彼が全力を注いだ「熱さ」だ。
それは穏やかなイントロで幕を開ける『Brilliant Harbor』のような曲でも健在だ。「静かなる熱」というでも言うべき彼の熱量が、通奏低音のように息づいていることが感じられるはずだ。
「バランスの良い人」ではなく、「素晴らしいバランスの人」。そんなochiさんのファーストアルバム。ゆっくりと、そして何度でも味わって欲しい。
文:スズキトシオ(ミントクラゲ)
ochiによる全曲セルフ解説
1.Light Line
2017年のクリスマスの朝に思いついて出来た曲で、歌もののバージョンもまだ披露してないけど別にあるんですが、暗い曲ばかり作る自分がこんなにポジティブな曲を作ったという点で個人的に気に入ってるので、先んじてインストとして入れました。
昔、CAMROというバンドでこういったファンキーなポップをやっていたんですが、その時の雰囲気を入れておきたくて当時CAMROで一緒にやっていたキーボーディストでアレンジャーのTelacoさんにアレンジをお願いしました。
Telacoさんにはメロとコード進行とBPMだけ指定して、「コズミックファンク」というテーマだけを伝えてあとは好きなようにいじり倒してくださいとオーダーした結果がこのバージョンです。あまりにも完成された、素晴らしいアレンジで戻ってきたので、あえて自分がベースを弾いたり、音を後から足すことはせず、作曲家としての参加になりました。
2.Running Dog
2018年頃に作って、元はVintage Childでやろうと思っていたストック曲です。個人的に犬が好きで、インスタで柴犬の動画ばかり見てるんですが、そんな犬達が自分の尻尾を追いかけてぐるぐる回ったりドッグランを走り回っている雰囲気を音にしてみました。
この曲と最後のSpiral Passageだけ完全に生演奏で、ギターとドラムには波紋で一緒にやらせてもらっている和也Raindowさんと松田さんに、ピアノをorange x pressの愛さんにそれぞれ参加してもらって、全員顔は合わせてないけどバーチャルセッションみたいにして録りました。個人的にはピアノソロのバックで弾いてるカッティングギターがお気に入りです。なお、松田さんにはこのアルバム全体のミックスとマスタリングもお願いしました。
3.Brilliant Harbor
Vintage Childのライブでも何度かやったバラ―ドです。元は2017年頃にうちの妻から曲を作ってほしいと言われたところから出来ていて、ジャコパストリアスの「Portlait Of Tracy」みたいなハーモニクスのアルペジオが好きで、ああいう感じのソロベースを作りたくて、そこから発展させてバンドでやれるくらいの尺になりました。
ギターはロックバラード的なイメージがあったので、自分がやってるメタルバンドのZenith In NadirのShoさんに弾いてもらっています。
人が巡り会ってそこから新しいものが生まれる、というテーマで、人が交わる場所=港(Harbor)で、Brilliantという単語を使いたかったので繋げてこのタイトルになりました。
4.Mistral
これもVintage Childのライブなどで披露している曲です。元は2009年頃に作ったAustroという歌ものの曲でそれをバンドに持ち込んでアレンジし、2017年くらいにこの形になってます。
当初は入れる予定ではなかったんですが、このアルバムの制作期間中にorange x pressのライブにゲストで呼ばれてこの曲をやらせてもらったところ、その雰囲気がすごく良かったので残しておきたくなりました。愛さんの生ピアノがリリカルで、とても良いムードになってます。
ミストラル、というのは南フランス地方に冬から春先にかけて吹くものすごく冷たい季節風だそうで、冬から春に変わる流れが、紆余曲折してるアレンジに通じると思ってます。さらに、明るくてキャッチーな前半3曲とシリアスでダークな後半3曲の合間のいい緩衝材にもなって、アルバムとしてのストーリーに一役買ってくれた曲でもあります。
5.Animosity
この曲はいくつかバージョンがあって、原型はZenith In Nadirに提供した「BAD BLOOD」という曲で、さらにそれをリミックス的にアレンジした「Cold Sleep」という曲を出していて、今回はそのCold Sleepのインストアレンジ版です。
BAD BLOOD ※音量注意↓
Cold Sleep↓
最初に作ったのはおそらく2015年で、当時どこかの大統領が国境に壁を作って云々とか国内でSNSでの炎上が相次いだ時期に、怒りや敵意の感情が全世界的にあちこちで見えて、自分の周りでも色々納得いかないことがあったりして、そんなヘイトが蔓延した世相の雰囲気に対して感じたことを曲にして「BAD BLOOD(憎悪)」というタイトルにしています。今回はそのバージョン違いなので、ちょっと意味合いが違うけど憎悪に通じる「Animosity(敵意)」というタイトルにしました。
元はバッキバキのメタルチューンなんですが、キーとサビのメロディーとBPMだけ残してあとは全く別の要素に入れ替えました。ピアノのフレーズもメタルだった時のギターフレーズをそのまま活かしたりしています。ドラムンベースが以前から好きでリズムをそういう方向に寄せつつ、生楽器は1つも使わずにシンセとサンプリングとエフェクトだけで作ってます。
6.Cold Heart
Vintage Childの1st singleに入ってる「Cold Heart」のセルフリメイク。
バンドでやるとファンクっぽい曲なんですが、最初はトリップホップのイメージで作っていたので、そのイメージに寄せながら、曲が始まった瞬間、周囲の気温が3度くらい寒くなる質感を音で再現しつつ、バッキングをシンセベース、メロディは生ベースで弾くというマーカスミラー的アレンジにしました。
この曲が今回の7曲の中で一番古くて、最初の原型は2010年に作った「Her name is cold heart」というタイトルの歌ものでした。
バンドに持ち込んでインストになったら歌ってる女性ボーカルがいなくなったので、「She」がいないから単に「Cold Heart」という安直なタイトルの付け方です。
この曲とAnimosityを作ったことで、リズムは一定ながら上物だけで広がりを見せるというアプローチが出来て、ループミュージックに対して個人的に何か開眼したというか、少し方向性が見えた気がしてます。
7.Spiral Passage
1曲くらいベースを弾き倒す曲を入れたいと思って、2018年に作ったイントロのピアノフレーズに、最近のピアノインストバンドっぽさと70年代のジャズロックと呼ばれていた音楽のような雰囲気を共存させるイメージで最後まで作りました。
この曲にも愛さんと和也さんに参加してもらってトリオ編成でやっています。特にドラムは、曲が出来た時から和也さんのプレイスタイルが絶対ハマるだろうなと思ってて、お願いしたら実際想像どおりだったのでとても嬉しいです。愛さんが息を止めて弾いたというイントロのピアノのシーケンスフレーズと、ラストの和也さんのドラムが圧巻です。
総じて、ベースだけが目立つ音楽ではなく、全体で音楽として成立する作品になること、過去の自分の曲とこれからやりたいアプローチが融合していること、そして、独立した曲の集合体でありながら、1つのアルバムとして統一された雰囲気を持つ作品になることを意識して、それら全てをちゃんと形に出来たなという手応えがあります。
自分の作品ではあるものの、色んな人の協力で形に出来た「Sound Sphere」、ぜひ末長く聴いてもらえたら嬉しいです。
クレジット
Sound Sphere
1.Light Line
Synthsizer & Programming: Telaco
2.Running Dog
Bass: ochi / Piano: Ai Koakutsu / Guitar: Takatsugu Matsuda / Drums: Kazuya Rainbow
3.Brilliant Harbor
Bass, Guitar, Synthsizer & Programming: ochi / Lead Guitar: Sho
4.Mistral
Bass, Synthsizer & Programming: ochi / Piano: Ai Koakutsu
5.Animosity
Synthsizer, Sampling & Programming: ochi
6.Cold Heart
Bass, Guitar, Synthsizer & Programming: ochi
7.Spiral Passage
Bass: ochi / Piano: Ai Koakutsu / Drums & Percussion: Kazuya Rainbow
All songs compose, Arrangement, & Produce: ochi
Except 1, Arrangement: ochi & Telaco / 4, Arrangement: ochi & Takuya Ishikawa
All Songs made at home recording
Except 2,4,7 Piano Recording: Takashi Mizumori at Bass On Top Ikebukuro
Mixing & Mastering: Takatsugu Matsuda at Studio Tsugutsugu
Art Work: "Aoi Hana No Koto" by Aya Mizuochi
©️ 2019 ochi