見出し画像

3年ゼミ#10 なんで?なんで?と言い続けたい、いい歳したガキ大将の話。

今回の授業の振り返り。
まず初めに、現在やらなければいけないタスクをみんなでとりあえず出してみるとこから行った。いわゆるブレーンストーミング。
出すだけ出して、優先順位を分けたり、役割分担、スケジュール等に落とし込む作業を行った。
全員で状況を把握し、理解する。そして、優先順位に沿ってタスクをこなしながら質を上げていく。手順をきちんと踏み、頭の中身をしっかり目に見える形で残すということがいかに大事かを学んだ。
頭で理解した気になるのはよくあるが、頭の中は常にいろいろな情報で溢れているため、鮮明に残すにはしっかりと書く、まとめる、この作業が大切だなという風に思う。
正直ゼミの振り返りは今回そこまで多くない。
そもそも決まっていた予定を具体的に可視化し、役割を分担して終わったのだが、ゼミ終了後に多く仕事が積み重なった。
この何日間かは正直すべて見ないふりしてやろうかと思うくらい、(笑)そのくらい私の頭の処理が追い付かなかった。これまでいかに頭を使わずに生きてきたかが垣間見える。
グループラインは動くのに、私の頭は全く動かない、停止。講演をやる側にもなっていないのに、こんな感じでもういっぱいいっぱいの自分、先が思いやられる。

相手の方の指示を待ちすぎるのも良くない。どこまで相手の指示に従い、どこまで自分たちが考えていくのか。この塩梅を早くうまく分かるようになりたい。本当に難しい。まだまだ経験が浅いからだろうな。

私たちのグループは毎週ゼミの時間以外で、月曜日に集まっているのだが、これも当たり前に集まれる環境がまずすごいなと思う。正直しんどさは全員が持っているはずだが、集まったら全員で楽しく作業を行えているように私は思う。(笑)ほかのメンバーもそう思っていると嬉しいけど。

DXゼミのやらなきゃ行けない事たち

実際色々まとめたものがこれ。ここまでの話し合いを行えることに驚き。正直まだまだなんだろうけど。最初からこんな話し合いは出来ない。これは本当に先生のおかげである。私たちだけではそこまでもっていくのに何倍も時間かかるはずだから。これを自分たちだけでも行えると本当に自分のものにできているといえるため、ちゃんと生かしてけるようにしたい。

前回のnoteに関して先生から良い言葉を頂いたので、ここに残しておこうかなと思う。前回のnoteで私が書いていたのを簡単に例えを出しつつ説明すると、経験を積んでいて答えや解決方法をある程度知っている、教える側の人間いわゆる上司だからといって、答えや解決方法を、まだまだ発展途上の若者が必死に考えた過程を無視して答えだけ押し付けることで、人は成長するのだろうか。といったものである。

この疑問について先生は、なんで?と理由を尋ねるラインがあるのだとか。
そのラインが、野球でいうと、ストライクゾーンを得ているAとBがあるとする。そしてそのAがより最適な場合に生徒にBの答えを出されたら、なんで?とBの理由を聞く。しかし、ストライクゾーンを得ておらず、ましてやデッドボールだと判断した場合はそれは努力の方向性、努力のベクトルが間違っているため、なんで?を聞かずに辞めさせる、あるいは答えを教えるんだとか。これが先生の基準。

これに対する私の感想なのだが、その仕組みを理解できる人はどれくらいいるのかなと、(笑)そう思うくらいうわあああああ凄いと、私がこれから死ぬまで考えることの出来ない論理的思考を見せつけられた。というか勝手に私が感動しているだけ。
今時はやりのMBTIでいう感情的がほぼ100%のFの私、思いつくことはもう科学的にというか物理的に困難。私が住んでいる次元では到底思いつけないこの意見言語化してもらえたら腑に落ちるのだが、これから先もこの内容の壁には当たるだろうなと思う。

なぜなら、言語化してくれるのは先生の優しさで、たまたま聞くことが出来たわけであって、普通社会にでたらしないことである。言われなくても理解している人がほとんどだと思うしね。私の頭は永久にJKで止まっている、何なら中学生、いわゆる駄々こねるガキだから上司だから全ての言うこと聞くみたいな風潮にいちいち突っ込みたくなるのだ。

この性格は本当に面倒だ。さすがに最近は突っかからなくなったほうだが、まあ昔は間違ってると思ったことはいちいち首突っ込んだもの。
私が突っ込む理由の多くはシンプルに理不尽なことの押し付けをしてくるからだ。権力振りかざして弱い者いじめしてくる構図、言い返せないものに立場を利用して不条理なことを押し付けてくることに耐えられない。(笑)
でも、耐えなければいけないし、耐えるほうが近道なことがあるのを知ったのは、めげずに反抗し続けたことからかもしれない。
それに耐える期間は今でこそ自分のためだが当時はただの苦痛である。大人が思う正解を押し付けられるのに耐えられなかったし、私は間違ってると思ってるのに、その環境では理由も分からず、まあ、明らかに違うと思うことも正解になってしまっていて。それが嫌だった。

そこから、大人になるとこんな環境に耐えなきゃ行けないと思うととても憂鬱で、権力者の大人をまだまだ子供の私が軽蔑して見るようになったし、大人にあまり期待を抱かないようになった。
(私はひねくれている、、、、、、😇)
そこまでの私は、純粋に大人や先生の言うことは基本正しいと思っていた。それくらいとても素敵な大人にしか出会ってなかったのだと思う。

私が大人に基本期待をしないようになった高校生。
これこそ過程を見てあげることが、いかに大切で成長に大きくかかわるのかが分かる大きなポイントだと思う。

私の考えだが、高校生くらいまでは基本過程を見てあげる、考える癖をつけさせてあげることが大切なように感じる。
法律と身の危険が起きるようなこと以外は基本なんでそう考えるのか?を聞いてあげて、答えをわかる大人がその答えに子ども自身で近づく、辿り着けるように、徐々に答えの方へ導くようなヒントとなるアドバイスを与えることが必要だと思う。
答えだけを一気にボンと押し付けるのではなく、考えを聞きながらそれを活かしつつ、向かって欲しいと思う方向へ向かわせる、それをさせるだけでも子供は努力や考えを認めて貰えたという喜びと日々成長出来てるように感じれる達成感、間違えたとしても自分の行いを見直すチャンスと、全てが自分のためになる。
全ては自分で考え、自分で動き、自分で責任をとる、この一貫したことが行えるのだ。

でも答えを常に与えて道を教えることなくゴールに連れていったらどうだろうか、大人になってもその大人のせいにするし、やり方は分からないし、責任なんて取れやしない。そんなことをされた際には人は都合よく他人事にして、他責にして逃げ回るから。それで苦しんだのが大学2年生までの私。全てこうなったのは自分ではなく他の誰かのせいであって、と常にタラレバ。
あの時こうしてれば、この選択にしてたら、と。

こうやって逃げ道を作る習慣を作らないためにも、
自分で選び、自分で学んで、自分でゴールに向かう。
その手助けを答えのわかる人間がやる。
これが理想だと思っている。

まあ、この過程をふむと時間がかかるから、
大人になればなるほど出来ない。
だからこそ子供の間、できることなら大学生も出来る場面ではなんで?なんで?と聞いてあげて、答えを与えて欲しいと思っている。(笑)
大人になればなるほど答えは1つじゃない、なんなら答えが無いことの方が多くなってくるから、自分で考えて動く癖をつけておきたいから。

私の親はやりたいと言ったことは全て肯定してくれた。水泳、陸上、サッカー、ホッケー、全部私がやりたいと言い始めてさせて貰ったことなのだが、
唯一やらせて貰えなかったことがあって、それがダンス。

まあ、その当時は泣き喚いてそりゃそりゃ大変だったはず。当時のことを母に話を聞いたところ、運動神経の良さは幼少期からあることはわかっていたが、ダンスの才能が本当に無いことも分かってたので、大きく傷ついてこの小さい幼少期に、失敗体験として大人になるまでトラウマになると思い無理にでもやめさせたとのこと(笑)

今ではそれにとても感謝していて、高校生の時学校の体育で踊ったダンスでは、自分では踊れてるつもりだったのに、録画した動画を見てみるとほんとに悲惨でダンスとは呼べない。(笑)あの絶望は今でも覚えているくらい、私にはダンスのセンスがないのである。

これが向き不向きで残念ながら起こってしまう努力のベクトルの間違い。これは仕方の無いことで、親は子どものなんで?を聞いて答えを与えなきゃ行けない場合と、先に答えを与えて、辞めさせなきゃ行けない場合の、
見極めもやらなきゃ行けないと思うと大変だなととても感じる。

先生がアドバイスをくれたり、私たちの意見を正してくれる時で、私たちの考える過程は必要かなと一瞬でも思わなかったかと言われたら嘘になる(笑)
先生の言うことに従いながら、やっていいのでは?もう初めてやることだし、と思ったこともあるが、
考えることは辞めずに、止められるのには理由があるから、その理由を逆に聞いてみるだとか、考えてみるだとか、それができるようになってこそ私は、ガキ大将を卒業出来るのではないかと考えた。(笑)

親が止めてくれたタイミングも、先生が止めてくれるタイミングも、管理者のアドバイスや注意の言葉も、
止めなきゃ行けなかったり、言わなきゃ行けなかったりするタイミングや事象だから言ってくれているというのが今回の学びで、これを常に忘れなければ、もっと素直に自分に取り込めて、成長できると思う。

それを昨日の先生の話でとても感じた。
もう大学生なのでなんで?と言われなくても止められるのにはこれ以上進めるとリスクを伴うから止められていたり、私がきつくなるのが目に見えていたりするから、全ては私を思って言ってくれているのだと思うことを忘れないようにしなきゃなあと。、

ありがたいお言葉を常に取り込みながら、ゼミでの活動もみんなと協力して行けたらいいなと思う。

毎日成長ですね。、最近お気づきの方もいると思いますが、語り口調を割と封印しているのです。まあ私の良さが消されそうですが、しっかり振り返りを書く練習ということで一時は頑張って書いてみます。
疲れたらもう何も考えず、いや考えるけど、私の好きなようにnote書いてやる。くらいで頑張ります。❤️‍🔥

皆様今週も無理なく乗り越えましょうね〜
またすぐnoteを書きにきます。
偉いですほんとに私。
まあ自分のためなので、頑張ります。
そしたらここまで読んでくれた皆様には、
私が幸せになる魔法かけておきます。✌🏻⭐️
さようなり〜〜〜〜〜☘️☘️☘️☘️



いいなと思ったら応援しよう!