page.11 矛盾

喧嘩ないし論争を考察することと,論理を考えることは親和性が高い。そして,論理を考える上で,“矛盾”という概念は避けて通れない。

本項ではこの“矛盾”をつぎのように定義しよう。すなわち,任意の命題Aが矛盾しているとは,Aを真にする解釈が──その解釈の関数空間上に──存在し得ないようなAの論理構造を指す。

(本項では,解釈 I によって,命題 P に ⊤ が対応付けられることを I(P)=⊤ と表現する。)

たとえば, A↔︎(P∧¬P) であるとして,さらに I(P)=⊤ となるような解釈 I を考えよう。このとき A↔︎(⊤∧⊥) であり,連言の真理関数的性質に照らして,I(A)=⊥ となる。

さらに, P∧¬P に対してあり得るもう一つの解釈として, l’(P)=⊥ となるような解釈 I’ を考えよう。このとき, A↔︎(⊥∧⊤) となり, I’(A)=⊥ であることがわかる。

2値論理(真理値を二つの値とするような体系)において, P に対応する真理値が ⊤ であったとしても ⊥ であったとしても,命題Aの構造 (P∧¬P) は ⊥ を演算することがわかった。このようなとき,命題 A は矛盾しているという。

次に, A の論理構造が, (P→Q)∧(P→¬Q) である場合を考えてみよう。このようなときの A は,「同じ前件から,それぞれ矛盾の関係にある命題が導かれる」と読むことができる。これを矛盾するように見る人は少なくないかも知れないが,その実はどうだろうか。

先の例 (P∧¬P) では,登場する原始命題(その論式に於いて,これ以上分解されない命題。なんの論理結合子も用いられていない命題。)は P のみの一種類であった。そして,この1種類に対して2値の真理値を対応させるため,先の例に対して考えられる解釈は,── P に ⊤ を対応させる解釈と, ⊥ を対応させる解釈の──2つであった。

しかし今回の例 (P→Q)∧(P→¬Q) に登場している原始命題は, P だけではなく, Q も存在している。2種類の原始命題それぞれに,二値の真理値を対応させるパターン(解釈)は 2*2=4 の4通りである。 つまり,このように原始命題が2種の式に対して,その関数空間は,4つの解釈(命題変項から真理値への関数)から成っている。

一般に,解釈の数については次のことが言える。すなわち,原始命題の種類数 n と,真理値の種類数(普通は2値だが,一応) m に対して,その式に対して考えられる解釈の数は m^n 種である。

(本書は,一般的な論理として2値の命題論理を主に取り扱うので, 2^n だと認識していただいても差し支えない。)

n 種の原始命題と, m 種の真理値をもつ任意の命題 A が,その m^n 種の解釈のすべてに対して ⊥ を演算する場合,そして,そのような場合に限って,Aは矛盾しているという。

そこで, (P→Q)∧(P→¬Q) の解釈は,次の4通りであることがわかる。

命題変項 P/Q解釈1 ⊤/⊤解釈2 ⊤/⊥解釈3 ⊥/⊤解釈4 ⊥/⊥

(P→Q)∧(P→¬Q) に対して,それぞれの命題変項を解釈1に従って真理値に置き換えると, (⊤→⊤)∧(⊤→⊥) となる。この式は, ⊤→⊤ と ⊤→⊥ が連言で結びついた形をしている。そこで,連言 A∧B とは,A,Bのいずれもが ⊤ のときに ⊤ であり,そうでないとき以外は ⊥ を演算する真理関数であった。

そこで, ⊤→⊤ と ⊤→⊥ のいずれもが ⊤ になるときは, (⊤→⊤)∧(⊤→⊥) が ⊤ となり,いずれかが ⊥ であったときは, (⊤→⊤)∧(⊤→⊥) は⊥となることがわかる。すなわち,解釈1のもとで (P→Q)∧(P→¬Q) がどのような真理値を持つのかを導出することができる。

そこで,まずは ⊤→⊤ が真になるかどうかを考えてみよう。これは条件法の形をしているので,条件法の真理関数的性質を考える。条件法 A→B は,Aが ⊤ かつBが ⊥ のときのみ ⊥ であり,それ以外のときは ⊤ を演算する真理関数であった。 ⊤→⊤ は前件が ⊤ であるため,後件もみなくてはならない。後件が ⊥ であれば条件法が ⊥ を演算する十分条件に抵触するところであったが,どうやら解釈1のもとでは後件も ⊤ をとるようなので,条件法 ⊤→⊤ は ⊤ である。このように,解釈1によって P→Q が真となることを, [P→Q]1=⊤ とも表現する。

同様に, ⊤→⊥ を考えると,こちらはまさに条件法が ⊥ を演算する唯一の条件そのものであるから,この条件法の真理関数からは ⊥ が演算される。よって, [P→¬Q]1=⊥ である。

そうして, (⊤→⊤)∧(⊤→⊥) は ⊤∧⊥ を演算する。

そして, ⊤∧⊥ は,連言の真理関数より, ⊥ を導出する。

以上の考え方によって, [(P→Q)∧(P→¬Q)]1=⊥ である。

同様の作業を解釈2~4についても行うと,それぞれ次のようになる。

[(P→Q)∧(P→¬Q)]1=⊥ [(P→Q)∧(P→¬Q)]2=⊥[(P→Q)∧(P→¬Q)]3=⊤[(P→Q)∧(P→¬Q)]4=⊤

このような結果から,前提が ⊥ の場合には,矛盾を導ける(矛盾からは任意の命題が導かれる。)ことがわかる。ちなみに,このような理屈を爆発律などと呼ぶことがある。

解釈1~4のうち(すなわち,与式を解釈する関数空間において)与式を ⊤ に解釈するものが存在した。従って,与式は矛盾しない。

解釈2~4については,本項で行った解釈1を考えたときの容量を参考にして,是非とも各々で計算式を書いてみてもらいたい。

実際にペンを握って,意味を意識しながら論理式を書くと,その構造を理解し易く,ひじょうに力がつき易い。一度でも良いので,どうか試してみていただきたい。

可能な限りの解釈のいずれによっても ⊥ を演算するような式は,矛盾している。

矛盾している式を,恒偽式とも呼ぶ。

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