定義
本編に入る前に,いくつかの言葉を簡単に定義しておく。一般的な語義と一致するものもあれば,独自の捉え方をしている言葉もあるし,造語もある。本編を読み進める中で意味不明な箇所にあたったとき,少しでもこのページが役に立てば良い。定義は随時追加予定であるが,「演繹法」「帰納法」「論理」など,たとえ重要な言葉,概念であっても,一般的な捉え方と差異が少なく,ほかの教科書で調べればわかるようなものはここでは基本取り上げない。
喧嘩:トピックに対し,ある論理体系間で,その真偽や成否を論理を以て争うもの。また,その態様。一般的には印象が異なることもあるだろうが,本書では論争と特に区別しない。本書の定義上,参加者となる論理体系は必然的にアバターである。
トピック:命題について,その真偽を争うもの。本書ではこれを,命題に対して次のように表す。すなわち,「命題『Aである』の真偽を争う喧嘩のトピック」のことを「トピックは『 A であるか否か』」などと表現する。ある喧嘩を構成するトピックそのものを,そこから真理関数的に分枝したトピックに対して,特にオリジナルトピックとも称ぶ。
真理関数的:あるオリジナルトピック T に対して,そこから分枝したトピック T ’が真理関数的であるとは, T の真理値が T’ の真理値に依存しているような関係を言う。
命題:真か偽いずれかの真理値を与えられる対象。なんらかの判断を表現する文になる。例として「私は食事中である」「洗ったものは綺麗になる」「ある人間は死なない」などが列挙できるが,その実態について本書では次のように考える。たとえば「りんごである」といった文章を命題として捉えるために,専ら形式的かつ一般的な主語 x を考え,この x に対して「りんごである」といった述語(性質)が付与されていると考える。このことは《どろぼう猫の論理学入門》のマガジンで詳述するので参照されたし。
概念:内包もしくは外延によって定義されるもの。本書では関数としても定義する。
概念関数:概念を関数によって定義したもの。
概念関数空間: NからT への概念関数は,必ず N のいずれかの要素に対応しているが, N の各要素を関数として網羅するような関数空間。Concept Function Space から CFS とも書く。特に, N から T への概念関数空間を N▶︎T とも書く。
マーク:「記号」や「像」「指示するもの」ということもあるが,意味(指示されるもの,signifié)に対置されるもの。
コンテクスト:「文脈」と訳されることもあるが,せっかく語彙がわかれているので,本書では実態 B のコンテクストを「 B の生起に関わる事情一般」のことを指し,文脈についてはそれを文章中の関係に限ることで区別する。
論理体系:ある主張を隠伏的に定義する命題の総体。ある主張に対して,なんらかの論理的関係を認める諸命題の全体であるとも換言できる。本書では,この論理体系にいわゆる人間としての権能を与える。従って,プレイヤーの主体を論理体系によって記述することができる。また,アバターもこのように捉えることで,チーム戦での喧嘩,論争を有意義に考えることができる。こちらについても,本書で追って詳述する。実質の話をすれば,喧嘩や論争の相手は人ではなく,反対意見とその論理である。
共時的論理体系:その実はほとんど論理体系と変わらないが,特に,なんらかの論理的な関係をもった命題の総体に対して,それに遷移の無いことを強調している。主張 P に対する論証は原則的に P と共時的論理体系に属すると想定できるが,例外的に時相を認めることもできるだろう。
通時的論理体系:論理体系の遷移を記述したもの。もちろん,単に命題の集まりを描いたものではなく,共時的にあった関係と,通時的に遷移した関係とは峻別される。
解釈:命題変項の集合から,真理値の集合への写像。また,その関数空間において論理式 P を真に解釈する写像の存在しないとき,そしてそのようなときに限って,論理式 P は矛盾しているという。本書におけるこの「解釈」の使用については一般的な意味で用いることもあるかもしれないので,文脈に応じて読解していただきたい。
具体的解釈:命題変項に具体的に割り当てた自然言語。例えば,命題Pの具体的解釈として,「富士山は日本一高い山である」「すべての車は青色である」などが当てられ得る。
コミュニティ:積極的にせよ消極的にせよ,動的であれ静的であれ,なんらかの目的ないし信念を共有する論理体系の集合。共同体とも。この定義の上では,思考もコミュニティたり得る。「アバター A,B がコミュニティ φ に属している」というとき,そしてその時に限って「 A と B が,ある命題 φ に対して同じ解釈を持つ」ということを意味する。このような期待のことを共同体意識と称び,次の項で取り上げる。
論益:論争の完成によって,そのコミュニティに得られる利益のこと。
共同体意識:共同体としての意識。共同体意識はその共同体にとって円滑な活動,また存続を妨げると認識したものに対して排他的になる。それはまるで,我々が内省や思案の末に,一考した案を捨て是正するような排斥運動に似ている。構造は,われわれが個人として行う思索ないし内省となんら変わらないと考えられる。喧嘩において,そのアバター間には必然に共同体意識があると想定される。このような考えを───喧嘩における───〈共同化原理〉と呼ぶ。トピックにあたる命題は,そのアバター間に想定される共同体意識の内容に基づいて成立している。アバター間には,少なくともそのトピックの是非を共有せねばならないような共同体意識が認められる。
共有領域:異なる論理体系間φとψに対して,その真理値を共有する命題のペア全体の集合を,φとψの共有領域と称ぶ。
プレイヤー:喧嘩を行う単身の人間。
コンフリクト:個人の思想とコミュニティであるとに関わらず一体として認識されるものを主体として,その内で相反する(と見なされる)考えや立場の衝突を指す。コミュニティがコンフリクトを解消しようという行いが,“喧嘩”であり,個人がコンフリクトを解消しようという行いは,“思考”に近い。
アバター:喧嘩の本質的な主体。そのプレイヤーの真意に関わらず,喧嘩におけるその者のスタンスとして示される論理の体系。すなわち,トピックに対する主張を隠伏的に定義する命題の総体そのもの。プレイヤーは潜在的に無限のアバターを持つことができる。このような考え方をアバター理論と称ぶ。単身の人間である必要はなく,集団も一つのアバターとみなし得る。