page.6 暗黙の了解

Aの信号無視による衝突事故について,警察にでもなんでも良いのだが,Aが事故原因を問われたとしよう。

Aはこのとき,「スマホに夢中で前をよく見ていなかった」と応えることはあっても,「被衝突車がそのとき件の交差点に物理的に存在しやがったから」などとは応えないのが普通の感覚ではないだろうか。我々は,前者を相当な理由として,後者には,「反省してない自分勝手な奴だ」「面の皮が厚い奴だ」などといった感想を持つのではないか。しかし,当該衝突事故を実現するに至った諸事実を専ら論理的に整理するならば,少なくとも次のような諸命題を常識として列挙できるはずである。(潜在的には,無数に挙げられる予感がある)

1.進行中であり,眼前に物があるA車はスマホに夢中になっていた。(進行中であり,眼前に物があり,スマホに夢中になっているようなaが存在する)⇨ (Pa∧Qa)∧Sa
(aは構成的なので,存在量化子を用いない。)

2.進行中のものは,眼前に物がありブレーキをかけないときは,眼前の物に衝突する⇨ ∀x(Px→((Qx∧¬Bx)→Rx))

3.スマホに夢中になっているものは,ブレーキをかけない⇨ ∀x(Sx→¬Bx)

このような3つの命題から,A車は眼前のものに衝突する⇨ Pa→Ra という命題が導かれるわけである。

列挙した諸命題について,2,3のような命題を,“暗黙の了解”と呼び,その内包的定義を以下のように定める。すなわち,なんらかの論理をAがBに説明する際に,共同体 {A,B} でその真理値が共有されるであろう期待の高さからAが明言しない諸命題を,暗黙の了解と呼ぶ。

上の例では,1の命題については違法性が認められるが,2 「進行中のものは,眼前に物がありブレーキをかけないときは,眼前の物に衝突する」というのはほとんど自明な物理現象としてその真理値を共有される命題であり,3「スマホに夢中になっているものは,ブレーキをかけない」についても一般論として理解出来るはずである。このような思考によって,我々は得てして標準動作を逸脱した1のみを応えるのだと考えられる。

言わずもがな,3は「運転中にスマホに夢中になること」を認容しているのではなく,文字通り「スマホに夢中になっているときにはブレーキをかけない」という関係について認容する命題である。だからこそ,運転手を視野狭窄に陥れるスマホは道交法によって原則禁止されるのである。

特に,上掲したような法的問題の原因を論述するにあたって,適法な命題は自明に扱われるべきである。基本的な考え方として,法規範に則れば法的問題は生じないはずだと考えられるからであり,違法な行動が問われるべきだと思われるからである。

任意のトピックに対して,その暗黙の了解を構成する共同体は独立している。つまり,なんらかの主張Xの論述の際に,言うまでもないとして明言しなかった命題(前提)について,後にその真理値の共有がなされていない事が発覚したときに,我々は主張Xを保持しつつ,「これは明言しないと伝わらなかったようだね」といって,喧嘩を継続できるわけである。このような偶然的な齟齬について,オリジナルのトピックは独立する。

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