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【陽だまり日記】取り戻したくなったもの。

実は、学生のころまで、ピアノを習っていた。

昨今は、YouTubeなんかでアマチュアからプロまで、驚くほど上手な方が溢れていることを知ってしまったので、滅多なことは言えないのだけど。
自己紹介の特技欄にピアノと迷いなく記載する程度には、真面目に取り組んでいた。
ピアノは、私の一部だった。

別に、ピアノが特段好きだったわけじゃない。
けれど、ピアノを弾くと母が笑った。
始まりはそんなもの。
そのうち、母だけでなく、誰かが楽しそうにしてくれた。
だから、ピアノは、平凡な私の唯一、長く長く大切にしてきたものだった。

けれど、仕事をするようになってピアノから徐々に離れてしまうようになった。
極めつけは、数年前に体調を崩したとき。
床に伏せる日が続き、自らを人ではなく肉塊だと思った。
あの頃の記憶は意識的に思い出さないようにしているので省略するけれど、なにがって、そう、あれから今日まで、黒と白の美しい鍵盤に触れていないことが問題で。

ただでさえ、社会人ブランクというやつが生じていたのに、此処まで練習をしていないと、どうなっているのか。
そんなものは、自分が一番分かっている。
積み上げてきたものが殆ど失われていることなんて、容易に想像できる。 
そもそも自分の指が動かないことなんて日常生活の中ですら気づいている。
3日練習しないだけで、取り戻すのに1週間はかかるだなんて良く言うこと。
私はもう年単位のブランクとなってしまった。
趣味で弾くことができるレベルすらもう、消え去ってしまってるだろう。
悲しい、怖い、いやだ、受け入れがたい。
そんな思いが先行して、どうしても、あの艷やかな黒光りする蓋を開けられないでいる。


話は変わるのだけれど、私は毎朝ラジオを聞いている。
今朝も、そうしてラジオを付けていた。
鏡台の前でアイラインを引き終わる頃、ラジオから、ピアノの音が流れ込んできた。
別に、その曲は、昔自分が弾いた曲だとか、好きだった曲だとか、そういった特別なものではなかったけれど、不意に思った。
あの時、欠けたものが、亡くしたものが、これだ。


迎えに行きたくなった。
泣きたくなった。
未だ怖いけれど。
勇気は足りていないけれど。

いつか、私は、私の一部を取り戻せるだろうか。





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