『暖簾を超えて繋がる縁　はじめに～第一章』　ＣＤＰとＣＲＭが紡ぐ新時代の縁

はじめに

　本書は、一見すると老舗和菓子屋と総合商社の攻防を描いた企業小説ですが、その中心には「顧客とどう繋がるか」という普遍的かつ現代的な課題を描いています。
　近年、「ＣＤＰ（カスタマーデータプラットフォーム）」や「ＣＲＭ（顧客関係管理）」といったマーケティングシステムが急速に広まっています。企業が膨大な顧客情報を整理し、最適な施策を打つために、データとテクノロジーを駆使することが当たり前になりつつあるのです。しかし、実際の運用には“データ活用の可能性”と同時に、“職人の勘”や“現場の知恵”とどう融合させるかという難題も伴います。
　本書では、老舗和菓子屋が「ＣＤＰ×ＣＲＭ」の力を借りて、顧客との絆を地道に深めていく過程を小説という形で描いています。伝統を守る職人たちと最新のデジタルシステムが衝突し、やがて理解を深めあい、世界へ羽ばたくプロセスを、一種のドラマとして楽しんでいただけたら幸いです。
　また、現代のマーケティング現場が直面する「名寄せ」「データ規制」「個人情報保護」「顧客セグメントの活用」といったトピックが物語の中に組み込み“ＣＤＰやＣＲＭの導入・運用”をイメージしやすい構成を意識しました。

　老舗ならではの暖簾（のれん）と職人の心意気、そしてデジタル技術による新時代のマーケティング。
　相反するように見えるこの二つをどのように両立し、企業は「顧客と繋がる」ことを実現できるのか。
　本書を通じて、巨大な波に挑む小さな船がどのように舵を取り、無理なくファンを広げていくかの一端を感じていただければ幸いです。

　ビジネス小説としてのエンターテインメント性を楽しみながら、ＣＤＰやＣＲＭが現場でどのように活用されうるかを体感できる本書が、皆さまのマーケティング戦略や伝統企業のデジタル変革に関するヒントとなることを願って──物語をお届けします。

　本書の執筆には、ＯｐｅｎＡＩが開発した大規模言語モデル「ＣｈａｔＧＰＴ」の支援を活用しました。小説のストーリー構成やキャラクター設定のアイデア出し、描写のリライトなど、多様な場面でＣｈａｔＧＰＴの提示する文案を参照しております。本書内の物語や登場人物は執筆者（およびＣｈａｔＧＰＴによる提案）によるフィクションであり、実在の企業・人物・団体とは一切関係がありません。
　ＣｈａｔＧＰＴの提案はあくまで“アシスタント”的役割であり、最終的な内容の確認・責任は執筆者にあります。テクノロジーが持つ生成能力と、人間の着想・判断力が融合して完成した一つの物語として、本書をお楽しみいただければ幸いです。

プロローグ

東京下町の一角に、百年以上の歴史を誇る和菓子屋があった。
その名は「華密堂（かみつどう）」。
年代を経た木造の店構えは、玄関先の暖簾（のれん）がさらりと揺れるたびに、しとやかな甘い香りを街に放っている。だが、老舗だからといって安泰とは限らない。和菓子需要の減少や洋菓子市場の拡大、百貨店の来客数の落ち込み――次々と押し寄せる時代の波に、伝統を守るだけでは立ち行かなくなりつつあった。

　そんな中、新たに四代目当主となった男がいる。名を紫藤颯馬（しどう そうま）。大学卒業後、海外のビジネススクールへ留学し、外資系コンサルで実績を積んでから戻ってきたという経歴を持つ。背はすらりとして穏やかな笑顔をたたえるが、その瞳には強い意思が宿っている。

　颯馬は幼いころから、華密堂の“お客様を大事にする”空気を肌で感じて育った。とりわけ、先代（颯馬の父）が店頭に立ち、客と親しげに言葉を交わしながら餡の由来や生地のこだわりを語る光景は、彼にとって特別な思い出である。
　「和菓子って、口に運ぶだけじゃなくて、人の気持ちを和ませたり、思い出を彩ったり……。もっと多くの人とつながる架け橋になるはずだ」そう信じるからこそ、頑固な伝統に支えられる老舗を、この時代に合った形へと進化させたい。それが紫藤颯馬の願いだった。

　しかし、店には先代から仕える古参社員たちがいる。彼らは四代目に対して敬意を払いつつも、外資コンサルティング会社出身の若旦那が突然持ち込もうとする“新しいやり方”に強い懸念を抱いていた。
　「四代目のお考えはごもっともですが、先代が築いた顧客との信頼関係や職人の誇りを、数字やシステムで壊してしまわぬようお願いします」
　それが彼らの口癖だ。明らかに敵対する姿勢をとっているわけではないが、“伝統を揺るがす改革など簡単には認めない”という気迫をちらつかせる。

　一方、総合商社の広瀬彩香（ひろせ あやか）は、海外ブランドの力を得て“新感覚スイーツ”を打ち出し、国内外の若年層をターゲットに攻勢をかけようとしている。ながい黒髪をなびかせ、落ち着いた出で立ちでありながら、ビジネスの場では豪胆な決断力をみせる彩香――実は、学生時代に颯馬と“和文化を世界へ”という夢を語り合った仲だった。
　いま二人は、違う方法で同じ「和菓子の未来」を狙い、やがて激突する運命にある。

　これは、老舗和菓子屋の暖簾を守りながら、時代に取り残されないための奮闘を描く物語。そして、和菓子を通じて「顧客と深くつながりたい」と望む紫藤颯馬が、次世代のビジネスやデータ活用を取り込みつつ、伝統職人や古参社員とぶつかり合いながら前へ進む長い戦いの序章でもある。

第一章　揺れる生地、遠い香り

　六月のある朝、華密堂の店内はしっとりした空気に包まれていた。梅雨の湿気で暖簾が重く揺れるなか、紫藤颯馬はカウンター越しに客の様子を眺めている。並んでいるのは近所の常連客が多く、年配層が主力。
馴染みの品を淡々と選び、雑談をしながらどら焼きやまんじゅうを手にしていく。和やかな光景だが、ふとした瞬間、視界に若いカップルが入る。カップルは店頭を通り過ぎていくだけで、立ち寄る気配はない。（若い人にも“うちの味”を届けたいのに、なかなか関心を持ってもらえない……）

　内心の歯がゆさを噛みしめていると、番頭の徳永が笑顔で客を送り出し、「四代目、おはようございます」と向き直った。
　「今日も忙しそうですね、徳永さん。ありがとうございます」
　「とんでもありません、四代目。ただ……最近、『ネットでも買えるようにしてほしい』なんて声がちょっとずつ増えているようで、得意先の一部では戸惑いもあるんですよ。電話やＦＡＸならともかく、オンラインというのはハードルが高いと」
　そう言いながら、徳永は少し申し訳なさそうに頭を下げる。先代からのやり方を変えるのに抵抗を感じる客や古参の社員が多いなかで、どう動けばいいか分からないのだ。
　「でも、四代目がお考えのように若い世代の取り込みが必要というのも理解しております。どうか、現場が混乱しないよう、ご配慮くださいますように……」
　丁寧な口調だが、“急な改革は勘弁してください”という本音も透けて見える。颯馬は静かにうなずき、温かな笑みで「分かりました」と返した。

　工場へ向かうと、銅鍋から立ち上る甘い湯気が、しっとりとした空気をさらに溶かしている。技術統括の伊藤が職人を監督しながら、こちらに気づくと一礼して近づいてきた。
　「四代目、本日の仕込み量はいかがいたしましょうか。天候が不安定で、客足の読みがつきづらいのですが……」
　「ええ、先週は廃棄がちょっと多かったんですよね。少しだけ数を減らして、もし不足したら追加で炊けるようにするのはどうでしょう」
　「なるほど。職人たちも余剰を出したくないと思ってはおります。ですが、ぎりぎりの仕込みだと味に影響が出やしませんか……火加減も時間も、すべて勘で調整しますからね」
　柔らかな口調だが、強い警戒が込められている。先代を支えた伊藤としては、職人の作業を数字でコントロールされることに抵抗を感じているのだ。
　「分かります。僕も職人さんの勘を否定する気はありません。けれど、無闇に廃棄を増やせば、そのぶん人手や原価が余計にかかって、店全体の負担になりますから……」
　四代目としての正論を述べる颯馬だが、伊藤はうなずききらない表情のまま、静かに戻っていく。双方とも淡々と会話をするが、その背後には“大切なものを変えられたくない”という古参の意志が見え隠れする。

　工場を出た颯馬は、ふと店の奥に設けられた小さな「和室スペース」を思い出す。そこには先代が大事にしていた“お客様の声ノート”が置いてあるのだ。もともと、先代は来店した客にお茶と試作品を振る舞い、自由に感想をノートに書いてもらっていた。
　「お饅頭で孫が喜んでくれた」「餡の甘さに癒やされる」――そんな温かい言葉が、何十冊とたまっている。
　（こういう生の声こそ、僕が大切にしたいんだよな……。ネットで買ってくれた人とも、こんなふうに心の通じ合う関係を築けないだろうか）
　颯馬はノートのページをめくりながら、幼い日の記憶を思い出す。先代が「お客さんとじっくり話せば、この店の味はもっと広がるんだよ」と笑っていた光景を。あの頃、確かにあった“顧客とのつながり”が、いま少しずつ薄れていくのが悔しかった。

　一方で、ビジネスとしての課題は山積みだ。百貨店への出店スペースは年々狭まり、若い客層は洋菓子に流れている。繁忙時にはデータ不足から職人の仕込みが追いつかず、逆に閑散日には売れ残って廃棄が出る。電話注文や卸先とのやりとりもアナログのままで、スタッフが手書きで伝票を起こし、在庫や売上をまとめるのに追われる日々だ。
　（コンサル時代だったら、真っ先に“在庫管理システム”を導入して、顧客データを一元化して……。でも、あれをいきなりやると確実に抵抗を受ける。みんな先代の頃のやり方に誇りを持っているから）こうして、颯馬はまるで綱渡りのように、伝統と改革のはざまで足場を探していた。

　同じころ、総合商社に勤める広瀬彩香は、華やかなオフィスビルの一室でプレゼン資料をめくっていた。黒いロングヘアを美しく下ろし、落ち着いたスーツに身を包んだ姿は、周囲から自然と視線を集める。
　「国内老舗の和菓子メーカーとの連携を模索しています。海外での反響も見込めるので、もしコラボが実現すれば大きなビジネスになるはず」彼女は部下にそう告げると、タブレットに映る数社の老舗リストを睨む。既にいくつか交渉を進めているが、中には「うちは昔からのやり方があるから……」と断られたところもあるという。
　（日本の伝統は素晴らしい。でも、今の時代に合わせて変わらなきゃ、海外進出なんて夢のまた夢。もどかしいけど、一緒にやってくれる相手を探さないと）
　ビジネスの最前線で“新感覚スイーツプロジェクト”を進める彼女と、老舗の中で“顧客とのつながり”を守りたいと願う颯馬――二人の思いは共通点があるようでいて、手段も立場もまるで違う。

　その夜、華密堂の経営企画室には頑張り屋の若手社員が数名残り、ＰＯＳデータや販売チャネルごとの売上をエクセルに入力していた。颯馬も一緒になって集計を手伝う。
　「社長――。最近、ネットを活用すれば遠方の方にももっとアピールできるって声がありますし、広告費の使いどころも見直したいところです。けれど、現場の反発が心配で……」
　「やりようはいくらでもあるはずなんだよな……。本当は、顧客の購買データを一元化して、リピーターの傾向をつかめれば、もっと『一人ひとりとの関係』を深められるんだけど。いきなり大規模にやると、みんなに拒否されかねない」
　颯馬はノートパソコンの画面を見つめながら、大きく息をつく。コンサル時代のノウハウを活かせば、この店の潜在力は相当高いと確信している。しかし、古参社員の「先代の意志を大切にしたい」という気持ちを無視しては、社内の結束を失いかねない。（でも、何もしなければもっと苦しくなる。若い客を取り込まず、顧客データも活用しなかったら、この先は……）
　そんな折、百貨店のバイヤーから一本の連絡が入る。
　「若年層をターゲットにしたスイーツフェアを企画しているので、華密堂にも参加してほしい」という打診だ。
どうやら、新規の海外ブランドも多数出展する予定らしい。
　「社長、これはチャンスですよ！ 若い層を取り込む一歩になるかも」
　若手社員が声を弾ませる。しかし、そこに「総合商社が新しく立ち上げる新感覚スイーツのブランドも参加するかもしれない」という噂が混ざり、颯馬は思わず動揺を隠せない。（もしかして、広瀬彩香が絡んでる……？ 彼女が本気で動いているなら、すごいスピードで拡大するはず。うちの店が後れを取れば、たちまち影が薄くなるかもしれない）
　だが、それでも颯馬の胸には灯り続けるものがある。
　「お客様と、もっと深くつながりたい」――この想いこそが、自分がやるべき改革の原点だと信じているから。いまは小さな一歩であっても、一歩ずつ確実に進んでいくしかない。

　雨の降り出した夜道を見つめながら、颯馬はふと幼い日を思い出す。先代が客と語り合い、「あんの甘さはこうして作ってるんですよ」と微笑む光景。客が「まるで故郷の味を思い出す」と言って涙ぐんだこともあった。
　（ああいう“心の通い合い”を、今の時代にも実現させたい。デジタルでも、ネットでも、やり方さえ工夫すればきっと同じ温かさを届けられる）
　そう自らを鼓舞してパソコンを閉じる。外から聞こえる雨音は、どこか頼りなく、一方で“新たな時代”の足音のようにも感じられた。

　こうして、老舗和菓子屋「華密堂」を舞台に、紫藤颯馬が挑む“顧客との深い絆づくり”と古参社員との葛藤が、本格的に幕を開けた。
　遥か遠くでは、広瀬彩香が新感覚スイーツを引っ提げて波を起こそうとしている。二人の過去が交錯し、伝統と革新の行方を大きく揺るがす物語が、いま静かに動き出そうとしているのだった。