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美しく“在る”ことを自分に課す

美しいものが好きだ。ずっと見ていたくなる。

見た目を形容する言葉は数あるけれど、自分の中で“美しい”は特別。

そしていつからか自分自身もそう在りたいと思うようになった。
それは、容姿をどうこうするといったことだけではない。

“美しさ”を感じる佇まい、雰囲気を常に意識するということだ。

姿勢は正しく。所作は嫋やかに。口調は穏やかに。常に清潔感を持って。

物心ついたころには、これらを意識するようになっていた。
おそらく、原点は母にマナーを厳しく教えてもらったことだと思う。
特に厳しかったのは食事中のマナー。お箸やお椀の持ち方、扱い方、姿勢。
いろんなことを教えてもらった。きっと母も祖母から教えてもらったんだろうなぁ。(祖母は旅館をやっていたので、きっととても厳しかったのではないかと思う)

幼い頃からこれらのマナーが自分の中で当たり前になったことは、今となってはとてもありがたいと思っている。
この原点があったからこそ、今の自分がある。

今、スキンケアやメイクなどに傾倒しているのは美しく“なる”ための一環でしかない。
美しく“在る”ことはもっともっと前段の話。
いついかなる時、どこであろうとも気を抜かず、美しくそこに“在る”ことを意識する。
そうすることで、自分自身だけでなく、手に取るもの、身の回りのものまで全てがそんな風に在ってくれる気がする。

強がっているように見えるかもしれない。
それでもいいとも思っている。だって強くも在りたいから。
自分の中で「美しく在る」≒「強く在る」ことなのだろう。

一人でも強く歩いて行けるように美しく“在る”。
美しさに基準はない。標準だってない。全ては自分の中の物差しで測るもの。自分自身で美しいと思うことから、美しく“在る”ことは始まる。
誰に求められたものでもないけれど、これからも美しい自分で在りたいなと思う。

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西村隆ノ介
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