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読書感想 佐々木宏人著「封印された殉教」

先日、著者の佐々木宏人さんが天に召された。


この本を読み終わってからそこそこ時間が経ってしまったけれど、かなり長い上、内
容も複雑で難しい。私のような歴史も何にもよくわかっていない者が小学生の読書感
想文みたいな文を書いても仕方がないと思っていたけれど、今回奥様の「より多くの
人に知ってほしい「というお言葉に背中を押されて書いてみることにした。

私の薄っぺらな感想で、「こりゃつまらなそうか」と背中を向けようとしたあなた、
長い本が大丈夫ならどうかご一読あれ!!


著者の佐々木さんは、カトリックの信者。熱心な信者だった奥様に感化されて洗礼を
受けることになったそうだ。


奥様は私の母と教会仲間で、親しくお付き合いいただいていた。そのご縁で母が老人
ホームに入居してからも何度も面会に来てくださった。


ご主人がご病気で車椅子生活をなさっているという話は聞いていたけれど、本の事は
全く知らなかった。


佐々木さんはコロナ禍の後、この本のテーマでもある「戸田神父殺害事件」の背景に
ついてより多くの人に知ってもらうため、いくつかの教会で講演会を行っている。

私も奥様に声をかけていただいたけれど、その時は都合が悪く行かれなかった。
しかし別の教会で行われた講演の動画がYouTubeにアップされているというので聞い
てみたところ、とても興味深い内容だった。


できれば本も読んでみたかったけれど、視覚障害者向け音訳図書がまさかあるわけな
いよなと思いつつも調べてみたところ、なんとロゴス点字図書館というカトリック系
の点字図書館で制作されていた。イエズスネットワーク侮れじ!!


早速佐々木ご夫妻に報告したところ、お二人ともとても喜んでくださった。

文化庁の許諾を持っている点字図書館は、著作権に関係なく音訳図書を作れるのでい
ちいち著者に報告が行かないようだ。


上下2巻、しかも長い。いろいろな方向から調べられているので内容もディープだ。
奥様曰くそれでも本に書かれているのは全体のごく1部だそうだ。参考文献もかなり
多いので本の完成までにどれほどのエネルギーと時間が費やされたかが推しはかれる
。そのくらいの大作だ。

昭和20年、終戦直後の8月18日、神奈川県の保土谷教会で戸田帯刀神父が何者かに射
殺された。

当時カトリック横浜教区長館に隣接していた山手教会が海軍に接収され、戸田神父は
それに講義をしていたという事や札幌教区にいた頃は軍を批判したという罪で逮捕歴
がある。

その他、目撃証言などから犯人は憲兵ではないかと言われたが、戦後のどさくさで事
件は新聞にも載らず真相はうやむやになり迷宮入り。

昭和30年頃東京の吉祥寺協会に犯人を名乗る男性が謝罪に訪れた。カトリック大司教
区は「過ぎたことです許しを与えます」と伝え、男性は姿を消した。


まずは驚いた。戦後カトリック周りでこんなミステリー小説もびっくりな事件が起こ
っていたとは!!
そして本編にも書かれていたけれど、後に教会を訪ねてきた男性の名前や連絡先を聞
いておかなかったのはどうしてなのか。
いくら罪を告白すれば許されるというカトリックでもこれはないだろう。


戸田神父の経歴も興味深かった。明治時代、山梨の農家に生まれた少年がなぜカトリ
ックに帰依することになったのか。ヨーロッパに勉強に行くと言うのも今と比較にな
らないくらいハードルが高かっただろう。 


戦前戦中の宗教の取り扱われ方についても知らなかったことばかり。
戦時中は天皇が神様。神棚に柏出を打つことも自粛していたらしい。
そう考えるとキリスト教の神など言語道断である。


当時はカトリックもプロテスタントも外国人司祭が多かったので、彼らはスパイ容疑
でとらわれるなど、かなり非人道的な扱いを受けたらしい。


戸田神父は保土ヶ谷教会に就任するにあたって「私は自分の命にかけて日本のため世
界平和のために働きます」と初心表明を残した。
今ならこれは諸手を挙げて歓迎されるような言葉であるが、戦時中「世界平和」とい
えば、日本は負けてもいいという解釈になり、これはNGワード。

北海道での逮捕も神父仲間の閉じたやりとりの中の発言だったのに逮捕されたという
事は、その中の誰かが密告したという事だ。


調べていけばいくほど、戸田神父は戦争終結のためにあちこち動いていた事がうかが
われる。一方当時多くの神父が手記を残していたという事も興味深かった。


調査は当時のカトリック系の雑誌やパンフレットからはじまり、神父の手記、そして
最後はバチカンの資料にまでたどり着く。

どうやら戸田神父殺害は山手教会の接収に抵抗したり北海道で逮捕歴があり国賊認定
されていたという単純な動機からだけではないのではなかろうか。
ミステリー小説ではないので結局真実は薮の中。しかしこの事件は私たちに多くの事
実を提示してくれている。


今あちこちで戦争が起こり、全世界がきな臭く緊張状態にある。
こんな時代だからこそ、カトリックなんてよくわからないなんて言わないで本書を手
に取ってみて欲しい。


最後に佐々木さんのご冥福をお祈りするとともに平和について改めて考える機会をく
れたこの本に感謝したい。


 

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