豊津徳【HozuTalk】09「アートの鬱と躁」
5月19日水曜夜20時から、YouTubeにて生配信月イチトーク
豊津徳09【HozuTalk】
今回のテーマは「アートの鬱と躁」
東京画廊のオーナー山本豊津とバラエティプロデューサー角田陽一郎のアートにまつわるお話です。
ぜひご覧ください!
豊津徳も寿司特も週間ICUCも、未熟者の私にとってはノートを用意して聞きたいもの、できれば教科書とか読み物として欲しいもの。文字起こしが趣味になって本当によかった。
私の趣味の文字起こし。月イチのお楽しみ【豊津徳09】です。
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角田 はい、ということで始まりました豊津徳。東京画廊の山本豊津さん、どうも!こんにちは!
豊津 はい!こんばんわ、こんにちは!
角田 今日はご自宅でございますね?
豊津 そう。今日は自宅で。もうほら緊急事態宣言が長引いてるから画廊に行っても本の短時間で帰って来ちゃう。
角田 本当ね、毎月金曜日にやってたんですけど。
豊津 そうそうそう。
角田 すいません、あの、ちょっとボクが金曜日ですね、英会話習ってましてですね(笑)
豊津 (笑)偉いね。学習能力すごいねぇ。
角田 あのですねぇ、色々あるんですよ。英語で論文書いてみたいなーっていう。英語力がないのでやってみれるんですけど、またなかなか…。この歳で結構挫折してます、今。
豊津 でも、喋るのはできるの?
角田 いや、出来ないです。いやだから出来るかなーと思ってました。なんか海外とか行くと話せちゃうじゃないですか。だから大丈夫だろうなと思って高を括ってたら、なんか論文でとか、つまり自分でプレゼンするのって厳密さが必要じゃないですか。それは…全然できないですね(笑) 今ね、結構悩んでるんです。
豊津 (笑) ほら僕は海外のアートフェア多くなったから少し英語を勉強をしようかって言ったらさ、皆んなにやめてくれって言われて。やっぱりね、言葉ってさ、その人の品格と関係してるらしくてさ。やっぱりだからイギリス・イングリッシュ。英語ね。イギリスの英語。米国じゃない。それを喋れないとダメみたいなんですよね。
角田 いや〜、そうですよね。ボク本当にね、色んなところで言ってんですけど。つまりボクは日本語の弁は比較的弁は立つじゃないですか。弁は立つからなんか実は適当にごまかしてきたんだと思うんです。日本語を。厳密さを。で、厳密さを誤魔化せるだけのトークスキルがあるから乗り越えてきたと思うんですけど、その乗り越えてきたノウハウが英語じゃからっきしないじゃないですか。そうすると厳密に言うということがそもそも僕できないんだなっていう。そう、だから日本語でも厳密さが出来ててないのに、英語で出来るようにはならないんだなって事に気付いてですね。
豊津 あの、ほら、自分で喋ったことをさ、文章に起こすと自分がいかに厳密じゃないか分かるね。
角田 痛感しますよね。
豊津 痛感する。
角田 だからこれ喋ったことをなんか普通に録音して文字にすれば出来るじゃんって言うの、嘘ですよね。
豊津 ウソ!
角田 なんか雰囲気でごまかしてますよね。そうなんですよ。それをもう僕はまじまじとですね、外国語習って痛感してですね。だからつまり僕は日本での他者とのコミュニケーションも実は適当にやってたんじゃないか?みたいな。更なる自己嫌悪にね、行っちゃうみたいな感じになってます。
豊津 そこにさ、プラスさ、日本の言語ってロジカルじゃない部分も多いじゃない。
角田 そもそも曖昧なんですよね。
豊津 そうそう。だからそれを西洋のロジカルな言語に置き直すって言うのはさ、そもそも難しいだよね。
角田 はい!この難しさはですね、結構ボクの中では今凹み中です。
豊津 ああ、そう(笑)
角田 いや、こんなに凹むと思いませんでした。なんかだって今までの感じだと、だって別に小っちゃい子だってアメリカの子供は英語喋ってるじゃんみたいな。じゃあ喋れるでしょ、単純に耳が慣れてないだけでしょとか思ったんですけど、思考が違いますね。
豊津 そう。だから今ウチにね、スタッフに二十いくつのチェン君という台湾から、台湾人の人がいるんだけど、彼が東京画廊の英語の全てを司ってる。
角田 ということはそのチェンさんは台湾語もできて英語もできて日本語も出来るんですよね。
豊津 そう。でも彼に聞いたんだけど、ネイティブランゲージは英語だって言ってたよ。
角田 ああ、そうなんだ!
豊津 で、カナダで英語を学んだから、どちらかというとクィーンズイングリッシュなんだよ。
角田 綺麗なんですね。いいなぁ〜!
豊津 そう。で、人間もすごく丁寧で。
角田 丁寧な方ですよね!
豊津 そう。だからね、やっぱり彼が入ってくれたおかげでウチは今すごく…。彼が全ての英語の原稿とかそういうのチェックしてる。
角田 それ、すごいなあ。僕も論文書いたときにチェンさんにお金払うからチェックしてもらおうかな(笑)
豊津 そう。チェックして貰ったらいいよ、チェン君に。
角田 まあそんな感じでね、豊津徳【HozuTalk】ということ言うことで。アートを巡る知のトークと言いながら、厳密に喋ってるかどうかは置いといてですけども。先月、先々月と 画廊から生ライブをやりましたけども、どうでした?あの生ライブ感じは。
豊津 なんかね、京都で一緒にやってる人と話してたら、ちょっとある企画を立てるんで、これ見ちゃったらしいんだよ。小清水さんのときに。だからすごく面白いって言ってた。
角田 あれ面白いですよね。だからあれって、当然その東京画廊で今後やりたいですし、あれ色んな美術館でもできますよね。
豊津 うん。出来る、出来る。
角田 なんかキュレーター人とかの話をもっとちゃんと聞いた方が絵って楽しめるのになって、すごく思います。
豊津 特に今、自分でも、その彼と昨日の夜話したんだけど。今東京画廊がやってる企画のコンテクスト自体がやっぱりかなりいい線いってるなと思ったんですよ。
角田 うん!いい線いってますよね。
豊津 だからそれをね、来年の1月にね、池坊の次期家元の人と東京展覧会やるんですよ。
角田 東京画廊で?
豊津 そう。次は花をやるの。
角田 おおおー!楽しみ!
豊津 で、前回は書をやったでしょ?だから書と花をやるとね。
角田 つまり現代アートじゃないものを現代アートにするということですね。
豊津 そうそうそう。
角田 楽しいですね(^^)
豊津 そう。それで今、芸大に日本の美意識の根底にある重要な書と花が芸大の教育の中に無いんですよ。ところが音楽は邦楽って言って三味線とか琴が入ったでしょ?なぜ芸大で書と花が無いのか?っていうのが…。
角田 なんで無いんですかね?
豊津 うん、だから岡倉天心以降。
角田 西洋がから入ったってことだからですね?
豊津 そう。だから日本画という伝統的なね、水墨もなくなっちゃったし。日本画そのものが西洋絵画と同じ構造になっちゃったんで。だからそれが日本の近代だとするとさ、近代の延長上に近代はないから、現代をやるためには近代にもう1回戻って。近代が失った近代以前のものをどうやって現代に蘇らせるか?っていうのがプロジェクトかなーと思って、今。
角田 だからそれってポスト近代とかポスト現代なのか分かんないですけど。だから現代アートのポスト現代アートをやる時には近代をむしろ戻って、もっと過去のものっていうことなんですよね。それ面白いですね、すごく。
豊津 ようやくその理屈が自分の中で出来上がったから。
角田 その理屈が出来上がったのは最近なんですか?
豊津 この書の展覧会だね。
角田 ああ!あの書の展覧会はボクも本当にお話し聞いててすごい画期的だったと思いました。
豊津 それでやっぱりね、根底にはやっぱり僕が今目指してるのは「水」。
角田 水?!
豊津 我が国は「水」だという。だから水墨も。
角田 だって書だって水ですもんね。
豊津 そう。それから花も水。だからそういう風に「水」というのをテーマにひとつ日本の文化を再構築する。そうるとほら、なんか日本人は今これから自然がお金かかることになるじゃん。で、今ほら、いい水のところを中国の人が土地買っちゃったよね。そうなると水自体が我々にとってはタダだと思ってたものが途端に資産科目に入ってくるわけね。
角田 水自体がもう価値だからね。
豊津 だらかもう1回僕たちは水っていうことから日本の文化の価値みたいなものを考え直そうっていうのがこの展覧会のテーマ。
角田 はぁ〜!面白いですね。
豊津 ね。ちょっと面白いでしょ?
角田 面白いですね。あの、先になんですけど、今日見ている方、むしろライブで、チャットで質問とか書いていただいたら積極的に答えますので。──と、今ひとり書いて下さった方がいました。「キュレーターさんと一緒に回れるとなったとき、私なんかはつまらなそうな返事しか出来ないなーなんて思って、ちょっと躊躇するかも。そういう点でも豊津徳はありがたいです。」っていう。
豊津 ああ、本当?嬉しいです。そう言って下さって。
角田 だからあのー、なんて言うんでしょうね。奥ゆかしい方も…、美術館を楽しんでる方って奥ゆかしい方が多いと思うんで、積極的なツアーというより、そのキュレーションしてるところとか、解説しているところがもうちょっと柔らかく伝えられるエンターテイメントが出来たらいいですよね。
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豊津 これはね、美術館の人たちも、僕たちギャラリストもそうなんだけど。一種の話芸なんですよ。ね。で、僕たちは物を作ってないから、物を作ってないってことは、あそこで解説する以外に仕事ないわけよね。で、僕たちの話芸で美術品が売れるとすれば、それが換金システムじゃないですか。だから本当は喋る人は最低でも落語とか…。だから”さんま”さんを勉強した方がいいって言うわけ。
角田 そうですよね。で、豊津さんそれいつもおっしゃってますもんね。画廊の目的ってのはその絵を解説することだって。
豊津 そうそう。そうすると、どう見たってその日に来るお客さんがさ、それぞれ個性があるじゃないですか。するとその個性に合わせて引っ張り出さなきゃならないでしょ?興味を。
角田 うん。つまり落語ですね。最所の言葉からどう演目決めるか?とかですもんね。
豊津 そうるとやっぱりさ、バラエティってすごい勉強になるんだよ(^^)
角田 ははははははは!なるほど!
豊津 それからもうひとつ思ったんだけど。最も頭を使って考えてる人は誰か?って考えたんだよ。そしたら無価値な物を一生懸命考える人だよね。
角田 あーーーーぁ、なるほど。
豊津 そもそもそれに使用価値があったらそれほど考えて喋る必要ないじゃないですか。
角田 ないし、というのは逆に言うとみんな考えるんですもんね。価値があるから。
豊津 そうそう。ところがね、お笑いの人たちってさぁ、あんなに無意味なことを考えてるって素晴らしいと思うよ、俺。
角田 まったく同じことですね。当時「学校へ行こう」って番組があったんですけど。あそこでですね、本当に高校生とかが下らないことをやってる動画がですね、もう10年前ぐらいに終わっちゃったんですけど。それが YouTube とかに置いてあるわけですよ。で、この前ボク、一週間前くらいにちょっと元気ない時にそれを見てたらですね。あまりにくだらなくて!軟式グローブって言うんですけど。globeっていう小室哲哉さんがやってたバンドのパクリみたいなもので、♪ I’m fallin’love ♪って歌があるんですけど、I’m fallin’love ってところを「アホだな〜」って歌んですよ(笑) で、アホだな〜って歌って、アホなネタついて語るっていう、なんか落語みたいなことをやってるんですよ。「今日こんなアホなことやりました」って男が言ったら女の子が「アホだな〜」って歌うっていう。これ本当にくだらなくて。
豊津 でもね、そのアホだなっていうところが解放になるわけでしょ?
角田 そう!そうなんです!
豊津 ね。で、この解放という空間を作ってきたのはお祭りだよ。
角田 お祭りですよね。ハレとケのハレですよね。
豊津 そう。そのお祭りの大事な使命をあなたのバラエティが取っちゃったってことだよ(笑)
角田 (笑) 取っちゃったって言うか。ボクね、本当に実はそんなにバラエティ好きじゃ無いんだよなーなんて思いながらも、あまりのくだらなさにですね、なんかちょっと凹んでるのとかがもう恥ずかしくなっちゃって。これ、くだらないの最高だなぁと思ったときに、やっぱりくだらないことの価値ってね、豊津さんとずっと話してますけど、有益じゃないから価値があるんですよね。
豊津 うん。有益っていうのはストレスが掛かるんだよ。
角田 そうですよね。うん、うん。
豊津 うん。だから今僕たちは有益じゃないものを求めてるっていうのは、周りがあまりにもストレスでしょう?
角田 だって有益なものってことは、つまり不要不急…じゃないもの…じゃ、ないもの。逆だ、有益じゃ無いから不要不急じゃないものだからですよね。…?不要不急なものか。
豊津 そうそう。だから一番不要不急じゃないものががそこにあったかも知んないじゃない。
角田 いや、そうなんですよ!本当にそこにはあるんですよと思った時に、なんか自分のバラエティ作って来た事ってこの世界に要らないものなんだよなーなんていう無力感を時々感じるんですけど、むしろ無力だからこそ必要なんだなと思ったりするんですよね。
豊津 そうよ。うん。で、それを自覚しないと駄目なんだよ。
角田 それ自覚しなきゃダメなんですよね。
豊津 無力感というのをさ。
角田 はい。無力感の自覚。本日のキーワードが出ましたね。
豊津 って僕は思うんだけどね。
角田 アーティストもそういうことですもんね?作家というか、ペインターというか。
豊津 それから最近思ったんだけどさ。もう一つ重要なことがあってさ。藤井聡太君っているじゃない。とんでもない手を指すでしょ?藤井聡太君は一手を指す時にさ、見てる人の観客受けは関係ないじゃん。彼にとって関係あるのは彼の前に将棋の棋士たちが指してきた棋譜と、その棋譜を前提として出来上がった AI の棋譜だよね。それと彼は学習してるわけでしょ?観客のことはどうでもいいんだよ。でもその観客はその彼がとんでもない一手を出すことに沸くわけじゃない。
角田 ということは、観客を気にしてないからその一手が出るわけで、気にしてたら出ないってことですもんね。これ面白いですよね。
豊津 うん。観客、視聴率ってそこにあるじゃない。視聴率を考えると一手が出ないんじゃないかと思うんだよ。
角田 で、逆に言えば、その視聴率を考えるということは有意義になろうというか、存在価値があるようにしましょうってことで、それを考えてるからたぶんつまらないものが増えていっちゃってるんですよね。
豊津 だからとても面白い関係なんだけど、(笑)その関係とストレスと。そういうこと考えていくと芸術とかお笑いとかのね、これからの先のさ、役割が出てくる様な気がするんだよね。
角田 あー!また!すごい素晴らしいフリになっておりましてですね。だから今日のトークテーマがですね、【アートの鬱と躁】っていうテーマにさせてもらったのは、つまり豊津さんがどう思うか?ってことを聞きながらやりたいんですけど。
ボクの問いの本質は、今の話で言うと、不要なものを作った方がいいじゃんって意味で言うと、本当はそこでそんなに苦しんじゃいけないんだよなーなんて思いながらも、アーティストは何かを作る時に常に苦しんでる感じがしてて。躁なのか鬱なのかみたいなところって、どういう…、、、
豊津 でもそれはさ、苦しむって意味がさ、全く違ってさ。自分自身が自分自身の内容で苦しんでることと、他者に苦しめられることとは違うじゃない。
角田 「!!」ってことは、逆に言うとクリエイターでも他者にこの絵がウケないなーって苦しんでる人、本当に鬱に苦しんでるってことですね、それは。
豊津 そうそう。でも本来は芸術っていうのは自分自身に苦しまないと意味ないじゃん。
角田 あぁー!なるほど。なるほど。
豊津 で、自分自身に苦しんでる部分では楽しいじゃん。本人は苦しいよ、それは。でもそれは本人が苦しんでるってことが文学であり芸術の…。だって本人が楽しんでたらいい文学なんて出来ないでしょう?
角田 ああー!そうそう!そうですね。これ…どこから聞こうかな。本質的にボクはこの疑問を思ったのって、例えば夏目漱石って結構精神病んでたじゃないですか。で、ボクはずっと自分が本を書くまでは夏目漱石ってそういう精神を病んでたからあんな傑作が、やれ「坊ちゃん」だ、「門」だ、「こころ」だ…って出来きたんだなと思ってたんですよ。ところが、いざ自分が本を何冊か書いてるじゃないですか?あれ、自分が精神的に不安定な時って文章が荒れるんですよね。で、自分が精神的に安定してる方が文章が良いものが書けるなーと思った時に…。書いたことがないときはですね、むしろ自分が病んでる時の作品性が高い物って作れるんじゃないかなーなんて勝手に思ってたんですけど、意外に作品を作ってる時は自分が健康でないと作品が荒れるんだよなってボクは思ったんです。
豊津 それ逆なの。あなた、作品を作ってるから健康になるの。
角田 (驚)……な,る,ほ,ど,ぉ───っっ(笑) なるほど!!そこはまた思わなかった!なるほど、豊津さんすげぇなぁ!あっ、そういうことか…。
豊津 そう。だから何もしないで悩んでるよりは作ってると健康になるんだよ。だから漱石もそういう病を持ってたかもしれないけど、文章を書き出すと健康なんだよ、きっと。
角田 で、最後の方はもう胃が荒れちゃって書けなくなっちゃって亡くなったんですよね。そっかぁ…。なるほどなぁ…。アーティストだから…あの、よくこう豊津さんが出入りする…だからまあ躁か鬱かみたいな話しもあるし、明るいですか?暗いですか?みたいなことで言うと、どっちの方が多いですか?クリエイターって。
豊津 ──まぁ…、そういうことでは言えないな。明るい暗いじゃないな。…変か?変じゃないか?だ(笑)
角田 っはっはっはっはっはっは!!!!なるほど!!
豊津 明るくても変な人いるでしょ?
角田 いますね。はい。
豊津 暗くてもいるじゃない。だから明るい暗いじゃないと思う、
角田 これね、なんとなくボクがアートに素人だからかも知れないんですけど。なんかアーティストって、ゴッホとかもそうだと思うんですけど、基本は鬱な気がするんですよね。
豊津 いや、みんなそう言うんだけどさ…。
角田 みんなそう言うじゃないですか!ところがね、なんて言うんでしょうね、だからボクこの前もフランシスベーコン展を葉山に観に行ってきたんですけど、まぁ暗いじゃないですかって思った時に、でも本当に暗いのかな?ってちょっと、だんだん思い始めたんですよね。
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豊津 いや。フランシス・ベーコンは絵自体は全く暗くないですよ。
角田 っはっはっはっは!そうなんですよね(笑) いやいや、豊津さんから見るとそうなんですけど、ボクらみたいな素人から見るとなぁんか暗いなーってやっぱ思っちゃうんじゃないかなーと思うんですけど。でも、暗くないんですもんね。
豊津 暗くない。だってあの顔が動いてるでしょう?あれを考えだした彼はすごく良かったと思うよ。
角田 そうですよね。だからあの顔が見えてないみたいなやつを理解してない人は彼の闇みたくおもっちゃうんじゃないかなってボクは思ってたわけですよ。ところがやっぱり図録を読んだりとか解説を見てるとそうじゃないんだってことが分かるんですよね。
豊津 それでほら、みんなさ、フランシスベーコンの生活とかさ、人間関係とか見てると、とんでもない暗い人だと思ってるじゃん。でもフランシス・ベーコンはとんでもない人生だったかも知れないけど、あの不思議な絵で救われてるわけじゃん。あれを描かなかったら救いがないじゃん。
角田 ボクそれね、ダリ。ダリもそう思うんですよね。あの人すごい作品残してるじゃないですか。あれは自分の闇というかそれを消してたんじゃないかなーなんて思うんですよね。
豊津 ダリはね、作為的だと思う。
角田 ああ、あの天才を装ってる感じ?そこまでがパフォーマンスってことですよね。
豊津 そう。狂気を装ってるって言えば岡本太郎さんもそうだし。で、すごい作品残す人ってそういう感じはないもん。
角田 あぁーー、なるほどなぁ。ボクですね、今自分の机のところにですね…画家を志す者のための十の掟っていう。ダリが言ったやつを。これすごいボク、何てい言うか参考になるので貼ってあるんですけど。ちょっと読んでみていいですか?
豊津 うん。いいよ。
角田 画家を志す者のための十の掟っいうのをダリが言っていて。でもこれ画家と言ってますけどアーティストだと思うんですけどね。
1.画家は貧乏であるよりは裕福であるほうがいい。したがって君の筆からいかに黄金と宝石を生み出すかを学びたまえ。
2.完璧を恐れるな。君は絶対到達できはしないのだから!
3.昔の巨匠のように素描と彩色を学ぶことから始めたまえ。
豊津 え?そびょう?
角田 ”そびょう”でいいんですよね?素麺の素と描くで”そびょう”。
豊津 うん、素描ね。はい。
角田 3.昔の巨匠のように素描と彩色を学ぶことから始めたまえ。そのあとでなら好きなように描くがいい。誰もが君を尊敬するだろう。
4.眼も、手も、脳も粗末に扱うな。画家になったとき、必要になるからだ。
5.君が、現代アートはフェルメールやラファエロを超えたと考える輩なら、本書を読むことはない。そのおめでたい愚かさに安住し続けるがいい。
豊津 (笑)
角田 面白いんですよね、これ(笑) 全部読んじゃいますね。
6.自分の絵に罵詈雑言を吐くようなまねをしてはいけない。でないと君が死んだとき、絵の方が君を罵倒するだろうから。
7.怠惰の中に傑作は生まれない!
豊津 ん?大画の中に?
角田 怠惰ですね。
7.怠惰の中に傑作は生まれない!
8.画家よ、ただ絵を描きたまえ!
9.画家よ、アルコールは慎みたまえ。
10.君の絵が君を愛さなければ、君の絵に対する愛は何の効果ももたらさない。
って書いてあるんです。ボク印刷してですね、これ飾ってるんですよ。自分のところに。自分は画家というか自分の作品と言い換えてやってるんですけど。
豊津 お金の話があったじゃない。あそこのところもう1回読んでくれる?
角田 お金のところ…えーと、「画家は貧乏であるよりは裕福であるほうがいい。したがって君の筆からいかに黄金と宝石を生み出すかを学びたまえ。」って書いてありますね。
豊津 はい。でもまあそこに書いてあるのは真っ当なご意見でございます。
角田 そうなんですよ。すごい真っ当なんです。だからこの人ってこういうことを思いながらあの狂気を装ってたんだろうなーなんて。
豊津 そうよ。だから彼に狂気性はないですよ。パフォーマンスです。
角田 ないですよね。狂気ってやっぱりアルコールで潰れちゃうとか、恋愛で潰れちゃうとかだけど、別に彼はそんなに潰れないで結構90歳近くまで生きてますもんね。
豊津 狂気って恋愛で潰れちゃうとかアルコールで潰れちゃうんじゃなくて、持って生まれた資質だと思うよ。それはだから神が与え給うた資質であって、我々にはどうしようも出来ないと思うね。
角田 それってさっきの話だと弱さと強さみたいなとこなんですかね?
豊津 いや、それも関係ない。ただそれを成して自分の中で納得して、人生を全うすれば幸せだよね。というのは自分の自然性とは何なのか?ってことを自分で理解して、その自分の自然性と共に生きていくってことに自分の覚悟が決まればさ、それはすごくいい人生じゃない?
角田 はい。でもそれってまあボク…ボクもいい歳ですけど、若い頃とかってそこまで行かないと…いや、だから、つまり、ちょっと絵やってる人だとか、アートの人だとか、うちのフタッフとかにも何人かいるんですけど。すごい悩んでますよね。で、悩んでるって言うのは今の豊津さんの話でいうと、やっぱり自分のことで悩んでるるより他者で悩んでますよね。だからつまり他者にどうやれば認められるのか?とか。だから自分の作った作品のクオリティーというよりは、それがどう他者に受け入れられる、あるいは人気になる…で、多分人気にならないから自分はプロのクリエイターにはなれないんだよなーって悩んでる若者がすごい多いなーと思ってて。
豊津 でもその若者たちに共通してんのはね、まず他者のとこに行かないよね。
角田 あぁ(笑) なるほどねぇ〜。
豊津 うん。他者が自分のところに来るのを待ってるだけで。自分から他者のところに行かないじゃない。
角田 ああ〜、これ、すごい豊津さんいいこと言ってて。坂口恭平っていう、言ったことあるかも知れないですけど、絵も描くし、小説も書くし、音楽もやるっていう天才がいるんですけど。彼は躁鬱が激しくて。ボクの番組に出て貰ったとか、ライブに出て貰ったりとかしてるんですけど。なかなか、こう…今熊本にいるんですけどね、今日彼が呟いてたのがあるんですけど…ちょっと待って、今 Twitter 見てますけど…。えーとですね…、ぁぁどこだ?どこだ?彼が呟いてたのは…。つまりどういうことかと言うと、みんな他者を気にし過ぎだって書いてるんですよ。どういうことかというと、ああ見つからない!見つからなぁぁい!…あった!
作品を温かく守るために、作品だけで勝負しないという方法を選んだ。僕は狂人のように振る舞うことができた。歌舞伎町では朝までドラッグせずにギンギンで踊ることができた。そうすると人に気に入られた。まず人間を気に入られる。これが僕の方法で。この人はという人を見つけたらようやく作品を見せた。
って言ってるんです。ところが他の人はオーディションって言うか、何か他者に自分の作品がある一定のこう認められないとプロになれないとかってなって。で、大体みんな認められないじゃないですか。そこで悩んでる若者が多いんだけど、坂口曰く、それはなんとなく分かるんですけど、自分がそういうのに出した、絶対的評価があるようなとこに作品を出しても認めてくれないじゃんか!と。ところが坂口を気に入ってる人何人かいるんですね。編集者とか。テレビマンだったらボクとか、ミュージシャンだってもいるしね。今回で言うと、例えば「くるり」っていうアーティストが坂口の絵のジャケットに使ったりしてるんですよね。そうすると坂口の絵のクオリティの…絶対的基準があるかどうかは分かんないけど、そこで萎縮してる若者よ意味がないんじゃないか?って彼が、今日、まさに今朝呟いてたんですよ。だからそれって今の豊津さんの話じゃないけど、やっぱり外に触れてるから彼は成立してるのかなーなんて思ったんですけどね。
豊津 あのね、絶対他者を見つけることなの。
角田 絶対他者?!ん〜!また出た!豊津語録!
豊津 うん。自分にとっての絶対他者っていうのは自分が憧れてる人です。この先生のところに行ったらなんかヒントをくれるんじゃないか?とか。そういう絶対他者を見つけないとだめ。だから自分より能力の…、何でもいいんですよ、何かの加減で自分が尊敬できる素材を見つけないと、人間成長しないからさ。だから坂口さんも今後の問題はその絶対他者を見出さないと自分を気に入った人だけが自分を取り上げてくれるというのは作品の進化にはならないんです。
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角田 そうですよね。それってボクがよく言ってるオンラインサロン問題っていうのがあって。オンラインサロンって自分のファンが出来ちゃうとそのオンラインサロンの主催者が何か作るとみんな褒めるんですよ。そうすると…別に褒めてるクオリティほど…そこでぬるま湯に浸かっちゃってどんどんクオリティが下がって行っちゃうんじゃないかなーとボクは思っちゃうんですよね。
豊津 今、例えば自分が美術学校に行って、自分の美術学校に行ってて、この先生は行ける!と、私は先生を尊敬してるって言う先生を見出さないとダメなの。大問題は見出せる先生がいるかどうか?ということが一番大きい。
角田 これはでもアートだけじゃなくて人生でもそうかもしんないですけど。仕事どかでも。これ、居ない、会えないですよね?
豊津 うん。角田君はこのこの人の言うことなら聞いてみようって人はいるでしょ?
角田 いや、ボクもだから逆にそんなにいなくて。逆に言うとボクと仲のいい水道橋博士とかはいつもビートたけしさんの話をするわけですよ。だし、それこそ落語家の立川談慶師匠と仲いいんですけど、いつも立川談志師匠のこと言うわけですよ。そうするとね、すげえ羨ましいんですよ。つまり「たけし」というものを持っている水道橋博士と、「談志」というのを持ってる談慶さん。一方でボクにはやっぱりそういう師匠っていないんだよなーって思ったときに、絶対他者がないからむしろビクビクしてんだろうなーなんてのを思いますね。強いて言えばテレビの中には一人いるので、TBSには。その人がいることはすごい救われてますよね。
豊津 それはだからやっぱりあなたにとってはさ、何かあったらそこへ一度行くっていうのは、もう絶対に続けた方がいいですよ。
角田 いや、まさにそうで。だからそうすると面白かったのは、この前ボクが今一緒に会社やってる人間が、ボクの師匠と飯を食ったんですって。久しぶりに。ほら、コロナだからなかなか食えなくて。飯食ってたらその師匠が「角田は食べてるのか?」「角田は食っていけてるのか?」って10回ぐらい気にしてたぞ!って言われて。ちょっと涙が出るぐらい嬉しいわけですよね。
豊津 そういうのは絶対他者なの。
角田 絶対他者なんですね。なるほどなぁ。
豊津 だからそういう人に、やっぱり人生で出会あえればものすごく豊かな人生になるし、で、絶対他者がいると乗り越えられちゃう。談志がいれば談志を乗り越えようって意思が生まれるじゃん。ね。だからそれがないと談志を乗り越えすらもしないわけだから。…ということだと思うんだよね。
角田 そういうことですよね〜。それって、若いアーティストってのは、やっぱりそのアートの師匠になるんですかね?それは画廊もそういう風な領域になるんですかね?
豊津 画廊は一体化しちゃってるからね。まあでも僕も若いアーティストと付き合ったり、今はいろんなアーティストとやるときは、そういう役割りをなんらかの形でね、例えばこれはまずいんじゃないか?とか、先生今回はこの点数にしようじゃないかとか、そういうことは率直に言うよね。
角田 それってだらか、豊津さんって…。豊津さんさっきの躁鬱みたいな話で言うと豊津さんは明るいじゃないですか(^^)
豊津 それは…っ、(笑)
角田 (笑) いやいや。多分画廊だからだと思うんですけど。あれってボク、あれって言うのは失礼ですけど、その豊津さんの明るさって、それまでは美術ってもっと暗いものだとやっぱり思ってたんです、勝手に。そこが変わったことがボクの中では結構、美術の中での、アートの中での気づきでしたね。
豊津 うん。だからさっき言ったけど、暗い明るいじゃないんだって。
角田 (笑) そっか!
豊津 はっはっは!
角田 楽しんでるか?楽しんでないか?だな。たぶんね。
豊津 そうそう。で、変な人って楽しんでる人だよ。周りの気にしないから変なんでしょ?それは自分自身で楽しみがあるからじゃないの?
角田 あぁ〜、なるほどな。だんだん「角田陽一郎 山本豊津に人生相談」みたいなコーナーになってきちゃったんですけど。
豊津 はっはっはっは!
角田 いや、ボクね、たぶんね、悩んでるとこって本質的にそういうとこな気がしました。やっぱりだから、何て言うんだろう、テレビ局にいた時にはテレビ局の中で一人はいましたけど、テレビ局という組織の中ではやっぱり合わないから今一人でやってるわけじゃないですか。その絶対的な他者がいないから、その一人の中での悩みがすごい大きいんだろうなぁなんて思いながら、一方で生意気なとこもあって。ちょっとそれでいいじゃんと思ってるちょっと変人なとこもあるから、その板挟みにたいので僕は何かすげー悩んでるのかなーなんて思いました。
豊津 今、日本が一番難しいのはその絶対他者っていうものをどうやって自分で見つけられるか?ということと、自分が絶対他者になるだけの強靭なコンテクストを持つか?っていうこと。そういうことじゃない?
角田 それはあれなんですよ。まさに談慶師匠と話してたら、そういう風に言ってますけど、今度むしろ逆で角田さんが弟子を育てなきゃいけないんじゃないですか?って。年齢的に言えばね。
豊津 そう!それは角田君すごく大事なこと。もしかしたら絶対他者は角田君にとってはそのテレビ局にいる一人とすれば、自分の下に一人作ることが絶対他者になるかも知れない。
角田 あ゛ぁぁ、そっかぁ。
豊津 必ずしもね、絶対他者ってのは自分より年上だと思わない方がいい。
角田 ぉぉぉおー?!本っっ当に、なんかすいません、ちょっと、なんか、あの、豊津セラピーになってます(笑) そっか!なるほどなー!
豊津 ものすごく教わるよ。若い人に。
角田 教わりますよね。なんか分かります。あの、動画編集、ボクら動画編集っていうかテレビを作ってるじゃないですか。そうするとテレビ局のディレクターの方が究極的に言うとセンス無いなって思うこと最近ボク感じてて。やっぱり iPhone で編集しちゃうとか YouTube で編集しちゃうみたいなところの発想とちょっとだけ違うんですよね。そうするとその違う所ってすごい実は大事なんだなっていうのが。ところがそれをテレビ局のプロと言うか、そういうのがちょっとある意味ジェラシーもあり、それを認めちゃうと自分が今までの培ってきたノウハウを否定してるようだから、なんか否定的な人が多いんですよね。だからそれって今回のテレビとかで、テレビで YouTube は的な、 YouTuber 的な番組をやっても YouTube っぽくならないのは…、 YouTube がいいかどうかは別ですよ?あくまでそうなんですけど、なんかちょっとそこに構造があるんだよなーなんて思ったりするんですね。でもそれって…そっか。絶対他者は若くてもいいんだな。
豊津 そうだよ。だって俺にとっては角田君は絶対他者だもん。
角田 おおぉっっ?!なんか愛の告白されたみたいで嬉しいです♡
豊津 だってもうあなたと知り合って何年?
角田 もう間も無く10年になりますね。2012年、あ、震災の翌年ですから。
豊津 じゃあ10年続いてるわけじゃない、この人間関係が。あなたは今あそこの番組で色んな人と出会ってさ、未だに10年続いてる人が何人いるか?ってことよね。
角田 そうですね。そんなにいないですね。確かに。
豊津 そんなにいないでしょ。するとそんなにもいないけど、10年なんやかんやで繋がってるっていうのは絶対他者になりつつあるんだよ、お互いに。
角田 うおおおぉぉなんか嬉しいな(^^) そっか。
豊津 だって普通ないじゃない。俺だって色んなテレビに招かれて行ったけどさ。
角田 よろしくお願いしまーす!なんて言いながら2回目なかったりしますからね(笑)
豊津 そうそう。やっぱり角田君とこれだけ繋がってるのは、なんかそういうものがあるのかなーと思うんだよね。
角田 あー、それはあの、ボクの中ではそうですね、豊津さんっていうのはある意味その…。だからボクが…だから…、あの…、ボクの中では豊津さんって絶対他者ですね。だからこのアートみたいなことはすごい豊津さんとお話ししたいんだろうなってすごく思います。
豊津 だって僕だってテレビのことはあなたに相談できるじゃない。ね。それはやっぱり色んな意味でこうやって話し合える。少なくともこれ何回もうやったの?もう10回くらいになるの?8回か?8回やってだよ、毎回1時間づつ話してさ、、、
角田 今日9回目ですね。
豊津 9回目、9回続けてるってのは変じゃない(笑)
角田 ホントですよね(笑) 夏からやってますからね。
豊津 そう。それをまたさ、誰か聞いてるわけでしょ?ここで。その人たちも変だよ。ね。この二人のおっさんが話してるのをさ。
角田 ホントですよね(笑)
豊津 はははは!
角田 今ね、コメントちょっと色々頂いてるんですけど。例えば…。「現役の絵描きさんはどのくらい豊津徳を聞けているのでしょうか?」って。
豊津 いないでしょ。
角田 (笑) これ、現役の絵描きさんっていうか、アーティストを目指してる大学生とか1回聞いてほしいですよね。本当にね。多摩美なのか、武蔵美なのか。
豊津 よく絵を見てくれってたくさんの人が来るわけだよね。でも僕を調べて来る人はまずいない。
角田 ああー、そうなのか。だからやっぱり画廊の、銀座の画廊のオーナーだから見てくれになっちゃってるんですね。
豊津 でもね、よく見るとどう考えたってうちの好みの作品じゃないってのは一目で分かるようなものを持って来るんです。
角田 あっはっはっはっは、なるほど!
豊津 だからもうちょっと、うちへ来るんだったら、少なくとも僕だって彼らに少しは時間を割いてるんだから、ね、うちを調べてから。最低でもやっぱり調べて行かないと失礼じゃん。
0:40:00
角田 ああ、それね。ボクさっき絶対他者の話の時にちょっと言おうと思ったことがあるんですけど。絶対他者の絶対ってなんで絶対って付いてるか?って言うと、ただの他者だと甘えちゃうんですよね。で、甘えちゃうのは絶対他者じゃないんですよね、きっとね。で、その甘えちゃうってのは…なんか、分かんない、すごい恋人的に言えば”よちよち”してくれる人というか。「君は落ち込んじゃったのね。落ち込まなくていいよ。」って言ってくれる人みたいな。でも絶対他者ってそれじゃないんですよね。きっとね。
豊津 だってあなたのそのテレビ局の人だってさ、”よちよち”しないじゃん。
角田 むしろ怖いですね(笑) この前電話で連絡つかなくて、1回かけても絶対折り返し来ない人なんですよ。なんだけど留守電何回も入れて、本当にもう連絡つかないなーと思ったら、土曜日の朝6時に電話かかってきまして(笑) 朝6時に「なんだ?この時間に電話?」と思ったらその師匠で。もう出ざるを得なくて出て。でもその時の前の留守電もですね、「別に用がないけど掛けました」なんですよ。用はないけど掛けましただったら別にいいかと思いながらも用があるんだろうなと思って掛けたら本当に用がなくて。「お前なんか湘南の方に引っ越したの?」みたいな(笑) で、その師匠の実家が湘南なんで、「ちょっと今度お前のとこ行くよ。」みたいな。そんな感じの話だけだったんですけど。
豊津 いいじゃん(^^)
角田 その人をTBSの社長にさせようと思ってんですけどね。ボクはね(笑)
豊津 いやだからアーティストって、そこが大きな問題で。さっき言った他者に興味がない人が圧倒的に増えてるんだよ。
角田 あ゛ーっ、だから絶対他者が生まれないんだ。
豊津 そう。だから作品の内容が低い。浅いのよ。やっぱり藤井聡太君は先輩を大事にするじゃん。ね、自分の能力をかかってないじゃない、先輩を。そうでしょ?それからあの礼儀正しさとか。ね、やっぱりそういう尊敬というものがまず他者にある。だからみんな彼をすごく重要だと思うようになるじゃない。
角田 中学生とかに出来てるんだから、まあ高校生、今。すごいなあ、本当に。
豊津 ということは彼は将棋の世界でかなりのことを勉強しちゃったということだよね。将棋だけの勉強じゃなくてさ。やっぱり先輩たちがこんな手を打ってたんだと思えばさ、やっぱり自分もこれこれより上の手が打てるかどうかとかって考えてんだと思うんだよね、毎日。
角田 それってさっきのダリの十箇条で言えばあれじゃないですか?「君が、現代アートはフェルメールやラファエロを超えたと考える輩なら、本書を読むことはない。」って。つまりそういうことですよね。実際、たぶん藤井聡太さんはAIとかのやつをやってて。もしかしたら先代の先輩たちを超えてるかも知れないけど、多分彼は超えてると思ってないんですよね、きっとね。
豊津 だってそのAIだって今までに何百万って打った棋譜を全部学習してビッグデータにしてるんだから。
角田 ああ、そっか。ビッグデータにしてるんだから結局…。
豊津 そうよ。
角田 そういうことですね。それ、ボクは3月に東大の修士課程卒業だったじゃないですか。卒業式だから各先生方からこうなんか祝辞みたいなの貰えたんです。そうしたら一人、古文のあのあれです…短歌、短歌の東大の教授がおっしゃってたんですけど。なるほどなと思ったんですけど。短歌で新しいことやった人、だから正岡子規だろうが、藤原定家だろうが、全員、みんな古典に帰ってるって言うんですよ。
豊津 そうですよ。
角田 そう!で、その古典をやった上で、その古典をどう新しく見せるか?だから結局これ面白いのは、豊津さんがさっき(笑) 書とか花で現代アートやるって話に、今偶然戻ったから今ちょっと鳥肌立ってるんですけど!あの、俳句もそうだって言ってました。だからその古典とかをちゃんと知るとか、古典をすごい知った上で、それを何でこう新しくした時に古典をする必要があるかって言うと、古典てやっぱりその民族って言うとあれですけど、日本なら日本にみんな親しい、今まで親しかったというDNAをずっと持ってるから、全く新しいものを出しちゃうと「これ、なんだ?」って、全然分からないから親和性がやっぱり低いんだと。だけどその古典的なものをやっぱり吸収した上で、さあそれをどう白樺派で出すか?とか、そういう風にやると親和性の中から新しいものがポッと出てくるから、花が開くんだってその先生が言ってて。
豊津 だから僕は池坊でしょ?(笑)
角田 うっふっふ、ホントだ!(笑) まさにその通りだ。
豊津 草月ではないんですよ。ね。假屋崎君じゃないんですよ。
角田 うん。うっふっふ。假屋崎さんじゃないんですね。
豊津 だから僕にとっては古典という問題で言えばお花の一番の古典は池坊だし。書の古典はなんなのか?その古典を今、この間の書家たちにもみんな、みんなに話したのは、絶対に古典の臨書を止めちゃダメだって言ったの。
角田 あー、なるほどね。
豊津 で、古典の臨書をやっとけば君は書家なんだと。書家っていうスタンスを得るわけだよね。その上で新しい事やるとさ、今の短歌と一緒だと思う。
角田 本当ですね。今あれですよ、豊津さん、チャット見たら、自分は絵を描いてますけど結構聞いてまーす!みたいな、見てまーす!って方が何人かいらっしゃる。
豊津 ああ、そう!良かった、良かった!
角田 嬉しいですね(笑)
豊津 だってほら、僕のところにこれを見てますって来る人は本当に少ないからさ。だから見てるのか見てないのかも分からないじゃん、僕ね。
角田 なるほどな。でね…、、、
豊津 もっと広げた方がいい。
角田 何ですか?
豊津 この豊津徳の話をもっと広げた方がいいね。みんな。色んな人に。
角田 そうなんですよ!本当はね。いやだからそれってまた、これ、話すと…これだから今話そうとした話と結果一緒なんですけど。 YouTube をどうバズらせるのか?みたいな話になっちゃうじゃないですか。結果的に。そうするとですね、1時間喋っちゃダメなんですって(笑) つまり5分とか10分くらいで「山本豊津が語る現代アートの楽しみ方1」とか、「山本豊津が語るお金とアートの関係」とか。「5分で分かる」とか付けておくと、たぶんバズる要素はちょっと多いんだと思うんです。1時間あるとみんなね、長いと思って見ないんですって。
豊津 いいじゃない。大体ね、僕に来るのは20分なの。
角田 そうなんですよ!そうなんだけど、そこがまたボクのこの天邪鬼なところで。もう1個コトブキツカサってのと寿司特ってのやってるんですけど、それも長く喋っちゃうんですよ、結局。だからそんな5分でまとめるような話をしちゃうのってそんなに意味ないんじゃないかなーなんて思ってるわけですよね。
豊津 そうだね。
角田 そうすると、今まさに言おう思ったんですけど、古典を知った方がいいじゃん、古典に触れた方がいいじゃんって言ってる割には、やっぱり今売れてる本とかって「今知っとかなきゃいけない教養としての古典をこの一冊で全部わかります」みたいな本が流行ってるんですよね。
豊津 それは教養じゃないもん。
角田 そうなんですよ!だからそれって、今の絶対他者と他者みたいな話で言うと、他者としてとりあえずこの人格というかこの作品を5分くらいで把握しとこう。カラマーゾフの兄弟ってのはこんな感じですとか、ソクラテスの言ってることはこんな感じです、あー大体分かりました!みたいな。でもそれってソクラテスだろうがドフトエフスキーだろうがを絶対他者にしてないですよね、それって。だからなんかこう YouTube とかの5分とかでそ…ハックものと言うかテクニックものみたいなもので吸収していると、みんな絶対他者を持てないのって、結局そんなもんじゃないんだよって言うとこのような気がするんですよね。
豊津 だって古典というのはさ、人格のない絶対他者じゃん。ね、だってもう死んじゃってるんだからさ、ドフトエフスキーでも何でもさ。でもやっぱりカラマーゾフの兄弟でも何でも古典は何度読んでも面白いもんね。やっぱりそれだけそこにはドフトエフスキーの何か人格が入ってるからだと思うんだよね。
角田 はい。ボクあの、セネカって哲学者がローマ時代にいたと思うんですけど。紀元1世紀ですね。ボクはセネカを、そういうのを読んだことないなと思って。聞き齧りで受験テクニックぐらいで世界史の本とか書いちゃってるんで、セネカ読んでみたんですよ。そうしたら、…紀元1世紀の人ですよ?
豊津 うん。
角田 「現代人は忙しくて時間がない」って書いてました(笑)
豊津 あっはっはっはっはっは!
角田 2000年前からもう時間ねぇんだ!みたいな。そりゃ俺たちもないよな!みたいな。
豊津 いや、でもさ、縄文人は……もっと忙しかったらしいよ(笑)
角田 うっふっふっふ!!忙しかったと思いますよ(笑) だってマンモス捕まえたら解体するの大変ですもんね。
豊津 それから毎日食べ物のこと考えてるでしょ。
角田 考えてなきゃいけないですからね。
豊津 うん。だからね、我々より脳が大きかったらしいんだよね。我々は脳がだんだん小さくなってるらしい(笑)
角田 いや、そうかも知れないですよ。そう、だからやっぱり、ボクは絶対他者ってさっき豊津さんとはもう10年ぐらいって言いましたけど、ボクの師匠だって…えーと、もう20年くらい知ってるわけですよ、とか。ちょっとやっぱり時間と深さみたいのってありますよね。
豊津 あるよ。もう、ホント。
角田 それって面倒くさいみたいなのもあったりとか、そういうのもパッケージで、やっぱりそういうのがあるから…なんて言うんでしょうね、絶対他者になるんだろうなというか。だから豊津さんところに絵を見てって1回見せに行ってダメって言われて帰っちゃったらもう終わりですもんね。
豊津 だから前に言ったように男爵君は3年来たんだから(笑)
0:50:00
角田 はっはっはっはっはっは!…うん。それがこう…、つまりあれだな、今回のボク、アートの鬱と躁ってタイトルはボクが豊津さんと話す前の仮説はですね。アーティスト志望の人は鬱が多いんだけど、なんとなく躁な作品の方がウケる気がするから自分の中の鬱性をどう躁性に出せばいいんでしょうね?みたいなことを豊津さんに相談しようかなーなんてちょっと思ってた。でもそれって結局その絶対他者みたいな話からすると、なんか絶対他者みたいなものがあるだけで、その鬱が鬱々としなくなりますね、なんか、多分。
豊津 うん。ホント。なんかね、やっぱりもうどうしようもなくなった時に会う人がいるってのは幸せな事だよね。だから僕、自分の中で一番会いたかったのがね、木村敏っていう精神分析学。「時間と自己」(中公新書)という。これで色んなこと学んだんだけど。この先生には本当に会いたいなーと思ってたよ。だからこういう人がいるんだよね、世の中に。今のところどういうわけか会うチャンスないんで。まだご存命でいらっしゃるのか分かんないんだけどね。うん、この本は…、、、
角田 木村敏さんはご存命でいらっしゃるんですかね?
豊津 分かんない。調べてみれば出て来るんだろうけどね。もう八十…七、八、だと思う。
角田 ですよね、うん。90近いかも知れないですよね。
豊津 そう。美術評論家の中原佑介先生という人がいて、その中原佑介さんってのが現代美術の日本の最も重要な評論の方なんだけど、その人と京大で一緒だったの。湯川研究室っていう。
角田 湯川秀樹さんの。
豊津 この先生は臨床医だから医学部かなんか。精神分析医だからね。だから中原先生に一度木村先生紹介してよって言ったんだけど、まあそのことが実現する前に中原先生は亡くなっちゃったから。でもこの「時間と自己」は本当に面白かった。
角田 ああー、読んでみます。ボク読んでないや。
豊津 そう、読んでないでしょあんた!
角田 読んでないです!ずーっと豊津さんからそれこそ10年言われてますけどね(笑) たぶんこの本棚にあると思うんですけど。
豊津 (笑) もうこれは素晴らしい本です。だからなんか、これもね、自分が探したのかどうかちょっと覚えてないんだけど。僕の本を3冊出す時に関わってくれた編集者の人が僕より10歳ぐらい下なんだけど、彼に教えてもらったんだと思うんだよね。だから彼は僕にとってあなたと同じくらい重要な、
角田 絶対他者ですね。
豊津 そうそう。だから年齢じゃないよ。
角田 年齢じゃないですね!ボクね、この年齢じゃないってのが今日の結構な気づきでした。だからつまり師匠と弟子で言うと、師匠を持たないとダメなんだなっていうところにあり、で、ボクの中ではそんなに師匠がいないんだなっていう挫折感みたいなのがあったんだけど、若い人でもいいやっていう意味だったら、むしろ弟子でもいいんだって思ったというか。
豊津 あなた…弟子を雇えばいいじゃない。
角田 ああ!でも本当に今年からちょっとですね、学生…ああ、ほら、豊津徳の時に画廊に行ったじゃないですか?一応何人かインターンで雇ってるんですよ。
豊津 ああ。じゃあそれを育てることを知れば。
角田 そう!あのですね、これ本当に…だから多分ね、アートで言うと画廊的なギャラリストとみたいなのが、多分ボクらがやってる広告なのかテレビなのかって…つまりそのコンテンツってギャラリストみたいな人が結局電通、博報堂しかいないんですよね。
豊津 うーん。そうだな。
角田 で、広告代理店がギャラリストをやってしまうと所詮代理店だから代理しかやんないんですよ。その時、だからつまりそのコンテンツの絶対他者的なプロデューサーみたいなものを要請しない限り、この国のメディアは変わらないんだよなってことはなんとなくわかってるんですよね。それってボクは細々と一人でやってるんだと思うんですけど…。これね、この社会をもうちょっと変えるというか、世の中を面白くするためには、そういうプロデューサーをたくさん育てないと面白くなんないんだよなっていう。結局そうしないと視聴率だ、売り上げだ、そんなことばっか言ってる、5分で分かるみたいなことを作り続けるプロデューサーばっかりになっちゃうんですよね。そこをどう反抗するか?というかって、一人だったらギリギリ反抗しながら、でも電通とか博報堂と仲良くしながら(笑) 生きていってるんですけど、これをこう本当に変えるんだったらもうちょっとね、やっぱり仲間がいないとできないんだよなーってことを痛感してるんです。
豊津 出来ない、出来ない。ほんと。で、その仲間が色んなジャンルにいるとね。
角田 そうなんです!むしろジャンルなんて本当にボーダレスだと思うんで。だからボクhじゃバラエティて言ってるんだと思うんですけど。
豊津 でももうすぐそのジャンルも壊れるよ。
角田 うん。でももう多分壊れてんのに。本当は壊れてんのに旧態依然のビジネスマン達が壊れたっていうと自分で売り上げ落ちちゃうから、壊れてないですよ〜!壊れてないですよ〜!ってやってんですよね、きっとね。
豊津 かも知れないね。うん。
角田 ただそれはもうその境界線なんてなくなってるし。で、多分テレビで言えば YouTube みたいなものが出てきたらもう壊れてきてんですよね。これって例えばで言うと、今 TBS で明石家さんまさんとマツコさんの番組始まったんですよ。
豊津 へぇ〜!すごいね。
角田 ロケ番組が。で、ロケ番組が始まって…これもボク全然この前、一昨日ぐらいに普通のクライアントの人と見てたら、その人が見たんだと。そしたらロケばっかりずーっとやってるだけだから、さんまさんとマツコさんで YouTube みたいな番組をやるんだなと思ったんだと思ったんですって。と思ってテレビで見たら全然 YouTube 番組っぽくないんですって。で、角田さんに聞きたいって言ったんですよ。「これ、ロケとかやってんのに何で YouTube で見ると YouTube っぽいのに、テレビでやると YouTube っぽくならないんだい?」みたいみ。そこのカラクリを教えてくれって言われたんで。で、ボクは何となくそのカラクリが分かってるんで。YouTube 的なものとテレビ的なものの編集方針が全然違うんですよね。で、その編集方針でさっきも言いましたけどテレビの方がやっぱり固執しちゃってるんですよ。そうするとたぶん、ここからは僕の推測ですけど、マツコさんとさんまさんでテレビで YouTube 的な自由な番組やればきっと人気になるなーってことで企画書は出来て、番組は立ち上がってんだけど、現場の編集マンはすごいテレビっぽく作っちゃうんですよね。
豊津 そうか。マツコさんとさんまさんの取り合わせは上手くいかないと思うよ。
角田 ああ、でもね、あの二人ずーっとやってたんですよ。えっと…フジテレビで。
豊津 ああ、そうなの?
角田 そうそうそう。で、あの二人の関係は悪くないんですよね。
豊津 いや、関係じゃなくてお互いに活きるのかな?と思って。
角田 ちょっと分かります。ボクも2ショットでそういう緩いドキュメンタリーみたいなやつをやったとして、面白くなるのかなーと言うよりは、さんまさんとマツコさんだからもうちょっと企画っぽいものをやった方が面白いんじゃないかなー、、、つまり、どっちも死んじゃいますよね?っていう。
豊津 そうそう。相殺されるような気がして。
角田 と言うのはボクも…ボクがプロデューサーだったらそういう企画にしないんですけど(笑)
豊津 やっぱりあの村上信五君とマツコさんの組み合わせとかいいじゃない?
角田 ああいうのは上手いですよね。
豊津 それから、さんまさんはどっちかと言うと一対一じゃない方が良さそうだよね。
角田 (笑) まあね。あの人はだからサッカー…、自分で言ってましたもん。個人スポーツ嫌いなんですって。だからスキーとかも全然嫌いで、サッカーは好きだって言うんですよ。それってあの人はやっぱり司令塔になって11人をどう動かすか?がたぶん一番ワクワクするんでしょうね。
豊津 あのスピード感に一人で付いていける人はいないでしょ。
角田 はい。一番ドリブルでボール持って行っちゃう。あれがたぶんやりたい方なんだと思うんです。
豊津 うん。マラドーナみたいだね。
角田 ああ、そうそう!そうですね。
豊津 だからさんまさん見てるとね、やっぱり対談向きではないわな。
角田 (笑) まあでも「さんまのまんま」ずーっとやってましたけどね(笑)
豊津 あれは対談なの?
角田 あれは基本…、「徹子の部屋」のさんまさんバージョンだったと言うか。
豊津 ああ、そうなの!そうかそうか、あそこに…、「さんまのまんま」ってまだやってるの?あれ。
角田 もう終わったんじゃないですか?確か。
豊津 ああ、そうか。あの色んな人呼んできて…。
角田 そうそう。そういう意味で言うと、あの人って本当に何でもできるという意味では、トーク力的には全然もう、たぶん日本一なんで。たけしさんも言ってますけど。はい。
豊津 うん。まあ、そうだな。天才っちゃ天才だからな。
角田 そう。だからたぶん、という意味でマツコさんもある意味天才なので、成立はしちゃうんですけど、それが本当にバズるほどの成立なのか?って言われるとちょっとダウトなっていうか。はい。
豊津 なるほどね。色々あなたからそういう話し聞くと面白いんで(笑)
角田 ああ(笑) ちょっとテレビ的な方では絶対他者なんで…という感じでちょうど1時間ぐらい喋りましたけども。今日なんかね、みなさんすごいコメントを書いて頂いて。えーと、色々ありますね。「代理店ってのは代理をする人だ。なるほど、そうだ。本職じゃないんだ。」って書いてあったりとか。
豊津 うん。
角田 「縄文人が忙しかったんだ!なるほど!」とか(笑)
豊津 うん(笑)
角田 あと「YouTube のせいで絶対他者がいなくなる!」とか。
豊津 うん。
1:00:00
角田 あとは「欲しいのは成功、そのための努力はコスパ重視が多い現代。」
豊津 うん。
角田 そうそう、このコスパってのが多分ダメなんですよね〜。だってコスパなんて言ってたらアート成立しないですもんね(笑)
豊津 うん。だって一番成立しないもんでしょ。
角田 (笑) だって、ねぇ、これが何百万とか何千万になっちゃうからアートっていうのは。
豊津 でもやっぱコスパの概念って、やっぱ現代の象徴的な概念だからね。やっぱり大量生産・大量消費の世界でやっぱ原価を抑えるとかって話じゃない。で、大量に売ればいいんだから、1個の利益率が低くてとかって話じゃない。これはもう近代が終わりかけるのにこのコスパの概念はもう通用しないじゃない。
角田 通用しないし、実際たぶんボク通用しなくなってるし。さっきもね、YouTube が…って言ってましたけど…どなたか書いてました「この番組が YouTube を変えるきっかけになったらいいな」って書いてあったんですけど。ボク実はそれこそ色んな番組とかわざと YouTube っぽく作ってないのって、そっちの方が良いよ!っていうのがそろそろ気づき始める時に、「角田、一番早くやってたじゃん」って言わせたいぁら(笑) っていうのがちょっとあるっていう(笑)
豊津 (笑) 今度さ、角田くん、ここにさ、1人この今日その下に出てるんでしょ?色んな質問が。その中でさ、2人の間に1人でてみたい人って出て来ると面白いな。
角田 ああ!そうですね。だから今度ゲスト呼んでやりましょうかね。
豊津 ゲストは有名な人じゃなくて、この番組を見てて出てみたい人っていうのを公募して、その人が出るっていうのが面白いかも知れない。
角田 そうですね。それでその方に zoom のアドレスをお伝えすればね。
豊津 そうそう。それで3人でやるってのは。
角田 あの、じゃあ、今日見てる方、募集しまーす!(笑) 募集のメアドはボクのメアドでいいんですけど、後で書いておきますんで。出たいですって、…あの、顔出しNGだったら声だけでも全然いけるので。はい。そうしましょっか。
豊津 そうそう。なんかね、なんて言うの?絶対的な他者を探してってタイトルにして(笑)
角田 あっはっはっはっはっは!絶対他者を探して!!
豊津 我々も皆さんの中から絶対他者を探すっていう応募を…(笑)
角田 ああ、絶対他者お待ちしてまーす!にしましょっか(^^) いいですね〜。はい。ということで、豊津徳、1時間話して来ましたけども。今週はこんな感じにしたいと思いますので。配信止めたいと思います。
豊津 ありがとうございます。
角田 あの、聞いてくださった方、見て下さった方、ありがとうございました。また来月やります。来月もどこかの水曜日になると思います。ボクがちょっと今、金曜日に英会話に行ってて。
豊津 毎回金曜日がもう英語の教室になっちゃったの?
角田 えーとね、7月まで。
豊津 はい。分かりました。
角田 あとボクが諦めてその英会話を捨てなければ(笑)
豊津 はい(笑) 分かりました。
角田 そんな感じなんで、じゃあ配信を止めたいと思います。ありがとうございました!
豊津 ありがとうございました!
角田 失礼しまーす。
教養としてのお金とアート 誰でもわかる「新たな価値のつくり方」 田中靖浩・山本豊津 著
コレクションと資本主義 「美術と蒐集」を知れば経済の核心がわかる (角川新書) 水野和夫・山本豊津 著
アートは資本主義の行方を予言する (PHP新書) 山本豊津 著
文字起こし後の文字寝かし
英検で bicycle が読めなかった私としては、角田さんの言う英語が出来ないは「出来る人って「でも話せない/書けない/読めない」を言うんだよな!」っていうね。英語をそんな風に言えるのっていいなぁと思いながら、自分にも同じように人に出来てると言われても納得いかない細かい色んなことは確かにあって。たぶんそれは細かかろうとも自分が大事にしたいものだろうから、諦めず大事に育て続けよう。
弁が立つを一応検索してみると、主張がはっきりしている、説得力があり聞き手を引きつける、という意味だったけど。言葉が適当でもそう出来てしまうというのはすごいことだし、それこそが海外行くと話せちゃう、なんとか通じちゃう理由だ。お世話になってる最適化デザイン講座というところでも、この部分は重要視している。雰囲気という五感のどこで感受してるのかよう分からんものの威力はすごい。その威力こそ大事にしようと思うのが東洋文化的ってことなのかな。言葉は厳密でなくとも通じるのに厳密さが求められるのは、結局、どんなに厳密にしても完璧に伝わらないことの裏返しだ。それでも人は他人に出来る限り正確に思いを伝えたい生き物だ。
それにしても「自分で喋ったことを文章に起こすといかに厳密じゃないか分かる」と、ここで言われちゃうと困っちゃうな(^^;)もちろん痛感させてやろうってつもりではないんだけど。
以前のどこかの豊津徳でも思ったし、書いたかも知れないけど。小学生の時にクラスメイトに「考える時ってどう考えてる?」と聞かれた。つまり文章で考えてるのか?それとも何か一瞬でパッと考えるのか?と。文章で考えた方がいいかな?とそうしてたけど、逆にパッと出来てたものが出来なくなってきた感覚がそのクラスメイトにも私にもあった。今考えると日本語に慣れ始めた証拠だったんだろうと思うし、それが何となく小学校3年生くらいだった気もする。パッと考えてた時は、おそらく親に話す時に初めて言語化しながら話してて、コミュニケーションとしては手間だったんだろうけど、そのパッと考える(考えるより感じるの方が的確かと思うけど)という簡単に出来てたことが出来なくなって、なんだか不自由で二度と戻れない気がしてたのを覚えてる。
きっとこの時点で自分の軸が言語によってその国や地域の文化に沿ったものに育っていくんだろうな。どの国にも自国が合わない人はいるけど、そういう場合は他言語習得は理にかなってるのかも知れない。
美術館で貸し出ししてる音声案内を借りたことがないし、キュレーターが一緒に回る展覧会にも行ったことがない。音声案内は聞きやすいナレーションだろうと思うけど、キュレーターは数をこなすと何か面白い違いが分かるのかも知れない。いつか聞けるチャンスがあったら話芸として聞こう。でもやっぱり私は、人の期待というと大袈裟だけど、案内の道筋に合った質問ができるか?そもそもそこまで展示物に興味と知識を持てるか?ばかり気になってしまう。お試しの温度は試す側は低く、提供側は高いことが多いから。
今回は角田さんより「チャットで質問とか書いていただいたら積極的に答えますので」というアナウンスがあった。とはいえいつも通りに進むだろうとは思ったけど、角田さんとしてもライブなんだから相互やりとりがあった方が…と思ってたのかも知れない。とにかくそんなアナウンスをした?!と思って、すぐに友人たちにLINEしてしまった。ちょっと賑やかチャット欄で楽しかったな。
有益ってものはストレスがかかる。有益、有意義、存在価値、それらを観客や視聴率とするならば、有益を求めて作られたものはつまらない。無益、不要、無力なもの、それらを世界に要らないものとするならば、作者の思う面白いを追求した作品が出来上がる。結果面白いものが出来てしまうけど、それには無力感の自覚が必要。
角田さんは無力で不要なものを生み出すことに苦しみがあると、苦しいから面白いものにならない気がしていたんだろうか?豊津さんが自分自身のことで苦しむか?他者に苦しめられるか?苦しいにも違いがあり、制作過程で健康になると聞いて、今後作品を作るときどんな心境の変化があるのか楽しみ。ICUCで話して欲しい。
自分自身に苦しむことは本人は当然苦しい。その苦しさがないといい作品は生まれないし、苦しさはどこかで楽しさになる…ということを作家は身を持って理解してるのかも知れない。アーティストは基本鬱な感じがするというのは、常に自分の中で苦み続けているということだから、苦しいときは鬱に見えるということなのかも知れない。鬱っぽいアーティストを見かけたら、ああこれから作品にして健康になるんだなと思うことにしよう。苦は作品の餌だ。
人は基本的に生きてるだけで健康であるものと思うけど、稀に生きてるだけで苦しくなる人がいて、常健康のために人とは違う独自の方法で健康を作っていかないといけない。狂気も自分自身を苦しめるのであって、他者に受け入れられないから苦しいのとはまた違うんだろうし、狂気が全面に出てる場合はパフォーマンス狂気かも知れない。
豊津さんが紹介していた「時間と自己」その他の木村敏さんの本に興味が出たのは、解説に精神病という単語があって面白そうだったから。病とは誰かが概念で線引きし、後追いで科学的な根拠を見つけようとしてるだけのこだと感じる。狂気と病は同じなんだと思う。その隣に位置するのが変な人。変な人は褒め言葉なんだよ。
絶対他者、自分が憧れる人か?以外の基準は要らないんだ。年齢とか、生まれとか、育ちとか。私もコスパ良く進みたいと思ったけど、結果、絶対他者を見つけて苦悩することが何よりの近道だった。あの時、引き篭もり好きなのに何故か色んなところへ出かけまくって良かったと思う。自分の運の良さが本当に不思議だ。コスパに目が眩んで見つかる偽絶対他者も時には役に立つ。
私の付箋
現代アートじゃないものを現代アートにする
日本画そのものが西洋絵画と同じ構造になっちゃったんで。だからそれが日本の近代だとするとさ、近代の延長上に近代はないから、現代をやるためには近代にもう1回戻って。近代が失った近代以前のものをどうやって現代に蘇らせるか?っていうのがプロジェクトかなーと思って
ようやくその理屈が自分の中で出来上がった
根底にはやっぱり僕が今目指してるのは「水」
日本の文化の価値みたいなものを考え直そうっていうのがこの展覧会のテーマ
解放という空間を作ってきたのはお祭り
有益っていうのはストレスが掛かる
世界に要らないもの
むしろ無力だからこそ必要なんだ
それを自覚しないと駄目
無力感の自覚
見てる人の観客受けは関係ない
でもその観客はその彼がとんでもない一手を出すことに沸く
視聴率を考えると一手が出ないんじゃないかと思うんだよ。
とても面白い関係なんだけど、(笑)その関係とストレスと。そういうこと考えていくと芸術とかお笑いとかのね、これからの先のさ、役割が出てくる様な気がするんだよね。
自分自身に苦しんでる部分では楽しいじゃん。本人は苦しいよ、それは。でもそれは本人が苦しんでるってことが文学であり芸術の…。だって本人が楽しんでたらいい文学なんて出来ないでしょう?
自分が精神的に安定してる方が文章が良いものが書ける
作品を作ってる時は自分が健康でないと作品が荒れる
作品を作ってるから健康になるの
明るい暗いじゃないな。…変か?変じゃないか?だ
明るくても変な人いるでしょ?
フランシス・ベーコンは絵自体は全く暗くない
フランシス・ベーコンはとんでもない人生だったかも知れないけど、あの不思議な絵で救われてるわけじゃん。あれを描かなかったら救いがないじゃん。
狂気って持って生まれた資質だと思うよ。それはだから神が与え給うた資質であって、我々にはどうしようも出来ないと思うね。
自分の自然性とは何なのか?ってことを自分で理解して、その自分の自然性と共に生きていくってことに自分の覚悟が決まればさ、それはすごくいい人生じゃない?
その若者たちに共通してんのはね、まず他者のとこに行かない
他者が自分のところに来るのを待ってるだけで。
あのね、絶対他者を見つけることなの。
自分にとっての絶対他者っていうのは自分が憧れてる人です。この先生のところに行ったらなんかヒントをくれるんじゃないか?とか。そういう絶対他者を見つけないとだめ。だから自分より能力の…、何でもいいんですよ、何かの加減で自分が尊敬できる素材を見つけないと、人間成長しないからさ。だから坂口さんも今後の問題はその絶対他者を見出さないと自分を気に入った人だけが自分を取り上げてくれるというのは作品の進化にはならないんです。
この人の言うことなら聞いてみようって人
変な人って楽しんでる人だよ。周りの気にしないから変なんでしょ?それは自分自身で楽しみがあるからじゃないの?
今、日本が一番難しいのはその絶対他者っていうものをどうやって自分で見つけられるか?ということと、自分が絶対他者になるだけの強靭なコンテクストを持つか?っていうこと。
必ずしもね、絶対他者ってのは自分より年上だと思わない方がいい。
絶対他者の絶対ってなんで絶対って付いてるか?って言うと、ただの他者だと甘えちゃうんですよね。
アーティストって、そこが大きな問題で。さっき言った他者に興味がない人が圧倒的に増えてる
だから作品の内容が低い。浅いのよ。
短歌で新しいことやった人、だから正岡子規だろうが、藤原定家だろうが、全員、みんな古典に帰ってる
古典の臨書をやっとけば君は書家なんだと。書家っていうスタンスを得るわけだよね。その上で新しい事やるとさ、今の短歌と一緒だと思う。
古典というのはさ、人格のない絶対他者
時間と深さ
もうどうしようもなくなった時に会う人がいるってのは幸せな事だよね
広告代理店がギャラリストをやってしまうと所詮代理店だから代理しかやんないんですよ。
もう近代が終わりかけるのにこのコスパの概念はもう通用しない