流浪の民と隠れ家サロン(前編)
私の住む町、どうやら「人口あたりの美容院数ランキング」の全国トップ10に入っているらしい。
1位がオシャレの街青山であるのは納得できるとして、何故こんな下町にそんなに沢山の美容院が必要なのか。確かに言われてみると本当にそこかしこにニョキニョキある。コンビニよりも歯医者よりも断然多い。そんなことより本屋を作ってくれ、駅構内のブックファーストしかないねんぞ。
私は美容院がとても苦手で、その理由は様々あるのだけど「体幹がぐにゃぐにゃなのでじっとしてるのが辛い」「デカい鏡に映るしみったれたブスを見続けるのが辛い」「美容師さんとの上辺だけの空虚な会話が辛い」「髪質に難があって大抵仕上がりに満足いかないのが分かっているので辛い」と、もう辛いのオンパレードである。
こんな風にしてほしいというイメージ写真を探すのもまた辛い作業だ。髪質も顔も骨格も違う、美しいモデルさんの写真を見せるのが恥ずかしい。
被害妄想だと分かっているが、(いやこんな風になる訳ないやろお前鏡見ろや)とバックヤードで笑われているのではないかと思ってしまう。
ホットペッパービューティーなんかを見ていると、卵型の綺麗な輪郭にアーモンドアイ、細くてふわふわした髪質の美女が澄まし顔で並んでいる。「これにしてください」…言えるか…?私は肩幅ガンダムくびれ0短足丸顔のおばさん…これにしてくださいなんて恥ずかしくて言えない…
また、髪質と生えぐせが最低最悪であるため、なかなか満足いく仕上がりにならない。軽くしてほしいと梳いてもらえば広がりうねって大爆発するし、敢えて重さを残して落ち着かせようとするとどこの日本人形やねんという動きのない陰鬱な印象になる。
相性の良い美容院になかなか出会えず、数回行っては他の店に移るを繰り返す流浪の民としてこの町で生きてきた。今までも、そしてこれからも根無し草として拠り所なく生きていくんだろうと思っていた。
ある日の週末、TwitterのFFさんと遊んで帰宅する道すがら路上で声をかけられた。
「あの、貴女の髪、切らせてもらえませんか?」ギョッとした。「きらせてもらえませんか」だけ耳に入って、なんかの辻斬りかと思った(なんかの辻斬りってなんなん)
「とても素敵な方だと思って、是非もっと素敵にしたくて声をかけました!ここに電話してくれたら初回30%オフになりますので」と名刺を渡される。
素敵な方、というのは明らかに客引きのためのリップサービスだろうから真に受けたわけではないが、まぁ悪い気はしない。それより30%オフに心が動いた。
私は「○%オフ」に死ぬほど弱いのだ。子供の頃から算数が苦手で、鶴亀算で暗雲が立ち込め、xyで挫折を味わい、動く点Pで完全に心が折れた。しかし○%オフの計算だけは死ぬほど早かった。とりあえず定価より安くなるのが好きなのである。
次に美容院に行く時は、ここにしてみようかな。名刺には最小限の情報しか書かれておらず、メニューも価格も記されていない。調べるのが面倒だったのでとりあえず財布に入れて、しばらく忘れていた。
髪が伸び、広がり、やたらと威勢の良い白髪がびょこびょこ飛び出してきて「あぁまた美容院に行かねばならない感じだ」と気が重くなった。前行った所で良いかーとカレンダーを見ようとしてふと思い出した。あ、なんか前名刺もらったなぁ。
30%オフだしな、ちょっと予約してみようか。
※長くなったので後編に続くよ。