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森見登美彦パスティーシュしてみんとてするなり

『人類平和に関する不可逆的考察』

 生まれたときは愛のバーゲンセールだった。両親からは丁重にもてなされ、親戚一同は押しかけ、見知らぬ男さえ電車で目が合えば目尻を縦にせんかというようにとろけた笑みを向けてくる。一事が万事、こんな調子であったのだから、生殖器の発達を待たずして人生三回中のモテ期一回を蕩尽してしまったことを後に私がひどく悔いたのは言うまでもない。
 
 しかし、身体の成長に比例して頭蓋骨の容積も大きくなったが、どうやら脳の構造上の問題であるのか、道徳倫理よりも悪知恵のほうが吸収が速いらしい。私は憎まれっ子であるが世に憚らない悲しき生物へとなれ果てた。祖父母をさえ、目に入れたらさすがに痛いぐらいの存在になってくる。愛情の需要と供給は崩れ、妥協と要求の一致へと至る。婆々、飯はまだか!へいへい承知────。こうして大恐慌を迎えた。

 読者諸君におかれても多少の差異はあれど私と似たような変遷を歩んできたことであろう。生後一秒を境に愛はデフレし続ける。物価が高くて何も買えやしない。であるからひとはみな愛に飢えている。不幸にも私の趣向にはそぐわないのであるが、赤ちゃんプレイなるものが一部の界隈で熱狂的に受け入れられているのも、聖人君子と呼ばれる私の共感力をもってすれば解らないでもない。

 こうして愛に枯渇した成人の多くは恋愛市場にその糧を見出すのであるが、これは性欲と愛を履き違えたまごう事なき阿呆の所業である。ここで興味深い例をひとつお見せしよう。理論上、動いている物体は何らかの力を与えれない限り等速に運動し続けるのであるが、これは理想空間での話である。現実空間では摩擦力、空気抵抗があるために物体はある地点での停止を余儀なくされる。さる高名な精神力動学の権威によって書かれたさる名高い論稿の言うところによれば、これと同じような法則が精神世界でも働いているのである。つまり、愛は理論上恒久であるのだが、現実では性欲という抵抗力があるために費えてしまうのだ。これは何という発見ではないか!性欲を手放せば人々が未来永劫の愛を手にするのも不可能ではない。であれば為すべき決断はひとつであろう。
 紳士諸君よ、ペニスを切り取れ!
 淑女諸君よ、ヴァギナを焼き払え!
 愛の雨よ、この地に降りそそいで我ら人類を優しく滅せられんことを!

 

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