ろうそく
閉店して今は無いその喫茶店は、テーブルの上に1本のろうそくが置いてあった。
ろうそくに火を灯してウェイターを呼ぶのだ。物珍しいので、火を点けたり消したりする客には「火遊びが過ぎますよ。」とウェイターは注意した。
店内は広く天井が高く静かだった。
私はたまにその店で昼食をとった。やわらかい食パンにたっぷりはさまれた卵フィリングのサンドイッチと新鮮なレタスとトマトと自家製マヨネーズのサンドイッチが2つづつ、喫茶店のオーナーが毎年漬けているというアメリカンチェリーの赤ワイン煮2粒、そしてコーヒー。食後はコーヒーをおかわりして本を読んだ。
ある時、食後の読書をしていると、斜め前の席にいる一人の女性客がろうそくに火を点けた。私はそれに気づき、テーブルの横にあるベンガルジャスミンの陰にいたウェイターをちらっとみたが、彼はろうそくを無視しているようだった。女性は少し前屈みになりろうそくを強い眼差しで見ていた。
あれ、待っているんです。
観葉植物の横にいたウェイターがいつのまに私のテーブルの横に立っていた。
なーんか、ここで死んだ人に会えるって噂があって、時々いるんです。ああいう人が。ちょっと悲しいですよねえ。あんな真剣な顔で微動だにしないんだから。火遊びだなんて言えませんよ、本気なんだから。
どうやって会えるんだろう。
独り言のような問いにウェイターが答えくれた。
んー、店の仲間に聞いたところには炎を見つめていると前の席に人の座る気配がするって。そして炎が揺れ続けるって。そいつは、俺がいつも待機してるところから息を吹きかけてるなんてふざけたことぬかしてたけど、失礼な話だ。
ウェイターは私のグラスに水を入れて去っていった。
私も彼女のろうそくを見つめた。
炎は揺れているように見えるがそれはわずかなもので空調のせいかもしれないし、どこかから誰かが息を吹きかけているのかもしれない。
待ち人は来るのだろうか。彼女にも私にもウエイターにもわからない。