#5 「モノが売れる時代」に売ったのは
約20年前、オリジナル時計の企画・販売から始まったNUTS。それから徐々に現在のような、“雑貨のセレクト販売”の事業形態に移行していきます。
時には、雑貨を仕入れるために、ヌマオ自らヨーロッパへ買い付けに行くことも。現地で出逢う“良いもの”をお客さんに届けていたのです。
そして時代の流れから、次第に仕入れは国内の代理店を通した取引に移行します。手段は変わっても、デザイン雑貨を見極める鋭い目は変わらず。中には1000個以上売った商品もあったそうです。
老舗EC事業者としてのNUTSの軌跡を辿り、社会人の大先輩・ヌマオに“働くこと”について考えを訊くこの連載。20代の社会人ビギナーであるカタヒラがお話を元に思考し、考えをまとめています。
5回目は、NUTSで売れ行きの良かった商品にスポットを当ててみます。“ものが売れない”いまとは対照的なお話。面白いです。
多くの会社や個人が悩みを抱えるこの時代の中で、社会や個人がどう変わっていくべきか、私なりに考えてみました。
“世界の震撼”を肌で感じた日
海外での買い付けは、不便なことやトラブルがつきもの。そんな中、ヌマオさんが経験した一番大きなアクシデントについて教えてくれました。
「2001年に起きた9・11のときは、パリにいました。その日は、パリに住む知人とご飯を食べる予定になっていたんです。ホテルで支度をしながらテレビを見ていたら、ビルに飛行機が突っ込んでる映像が流れてきました。
最初は信じられなかったです。映画でも観てるかのような非現実感。
翌日はちょうど帰国する日でした。でも、テロの影響で世界中が警戒態勢に入っていて。念のため空港に早く行ったけど、人で溢れかえっていた。マシンガンを持った軍人があちこちに立っていました。
その混乱の中、買い付け後の荷物が詰まったトランクを持っていたんすが、全部調べられるんですよ。トランクの中身まで。
そしたら、お客さんへの販売用として大量に同じ品物を持ってたから、かなり怪しまれましたね…。結果的には、ちゃんと帰れたので運が良かったと思います。」
経営者人生のなかで、初めて“諦めかけた”出来事
買い付けには1人で行くことが多かったというヌマオさん。品定めから荷物を運ぶところまで全てやるというのは、なかなか骨が折れる仕事です。
そんな、側から見れば大変な仕事ですが、辞めたいと思うことはなかったといいます。でも、一度だけ“諦めかけた”瞬間があったそうですが、その原因となった問題は何だったのでしょう。
「買い付けを続けているうちに、海外とのメールも普通にできるようになって、カタログを取り寄せれば現地に行かなくても商品を仕入れられるようになりました。
しかし、意外と不良品が出てしまうことが唯一大変だった。返品やその費用を現地法人と交渉するので難航したり、その時はもう諦めかけてましたね。
まあ、それから売上も安定してきたので、現地の会社ではなく日本の代理店に頼むことも増えていきました。
それと2001年の後期ともなると、海外に買い付けに行っても日本の代理店をすすめられることが増えていったかな。ちょうど北欧インテリアブームがあって、僕が探してた“デザイン雑貨”なんかも良いものがあると日本の商社とかがすぐ飛びつくようになって。
それなら日本で買えばいいか、ということになりましたね。
だからもう2002年くらいからは現地との取引と並行して、日本の代理店に頼むように変わっていきました。」
モノが気持ちよく売れた時代
いままで20年以上にわたり数々の雑貨を仕入れ、販売してきたNUTSですが、特に印象に残ったというデザイナーの商品があります。
「売ってきた中でよく憶えてるのは、フィリップ・スタルク*というフランスのデザイナーによる雑貨かな。
例えば、変わった形をした鉄アレイや椅子とかを楽天オークションに出したら即売れたね。
また、その頃ちょうどスタルクとのコラボウォッチがフォッシルから発売しました。NUTSにもスタルクのファンが集まってたから、これはいいと思って仕入れてみたらそれも結構売れました。
ちなみにその時計は、世界中の小売店の中でNUTSが1番売ったんです。フォッシルジャパンの人も、アメリカ本社の人たちも驚いてた(笑)『あのNUTSという会社は何者⁉︎』って感じで(笑)
だから最後は残っている在庫を全部買い上げて。最終的に数千個は売ったんじゃないかなあ。
スタルクとのコラボで、もうひとつよく売れた商品があります。それはカバンのエースっていう日本の大手鞄メーカーとのコラボ鞄です。
しかし、発売時すぐに取引を希望してエースに商談を持ちかけたんですが、門前払いを喰らいました。でもどうやらその鞄は百貨店などでは売れてなかったみたいで…。値段も高かったし、百貨店の客層とは合わなかったみたいなんです。
それで仕方なしにですが、先方が我々との取引に応じてくれました。そしたらものすごく売れたんです。そしたら、エースの方に『まだ在庫があるのでもっと売って欲しい』と言われて。1000個以上あったんじゃないかなあ…。それを全て買い取ったんです。
そしたらある日、オフィスの前に2tトラックが2台も来て、届いたカバンでオフィスが埋まっちゃった(笑)
『どうすんだこれ!』って思ったんだけど、心配する間もなく完売しました。NUTSのお客さんにスタルクファンが多かったってことだね。
その時は、『あ、自分の好きなものって結構売れるんだ』って感じました。」
ものが沢山売れるとは楽しそうだ。記事を書いててそんな感情が湧き出てきました。
ものが売れない時代だと言われて久しいですが、実際に周りでも物販が軒並み苦戦しているという話は耳にします。昨年から続くこの異常事態もそれを加速させていることは言うまでもありません。
いまは変わり目だと言われ、『風の時代』とか『シェアリングエコノミー』とか、様々な予測がなされていますが、まだ出口が見えないというのが事実ではないでしょうか。意外と多くの業界で、どんよりとした空気が漂っているようにも見えます。
ヌマオさんの当時を振り返るお話のなかで最も感じたのは、仕事ってもっと“気持ちいいもの”であっていいんだ、ということ。我慢や苦労こそが仕事の性だとどうも捉えられがちですが、働いていて気持ちいいと思える瞬間が同じだけあるはずだと思いました。
景気が良かった頃に戻りたいという懐古的なことではなく、この時代なりの仕事における苦労と快楽のバランスを見つけたい。いまはまだ色々と難しいですが、これからは会社の愚痴もほどほどに、“良い仕事した!”と言いながら仕事終わりの一杯を交わせるように個人も社会も変わっていけたらいいなと思っています。
*フィリップ・スタルク
デザイナー。1949年、フランス・パリ出身。建築、インテリア、食器等さまざまな分野のデザインを手がける。
<フィリップ・スタルク×フォッシル コラボ時計>
NUTSの目標は、
ちなみに、前々から少し気になっていた“売上目標”について訊くと、次のような意外な答えが帰ってきました。
「売上の目標は一切立ててなかったです。今でもあんまり。
目標というよりも、“去年よりも少しは良くなりたい”というのはずっと考えてた。恰好良くいえば、『今日よりも明日は少し良くなっていればいい』と。
会社をどれくらい続けるかっていうのも、考えたこともないな。気がつけば25年経ってたんです。」
(執筆 編集・片平)
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