この胸の高まりを
もはや恋をしていると言っても過言ではない。
マッチングアプリをやっているが、3か月やっては良い相手と巡り合えず、何度かデートを重ねてもなぜかその先へと進むことができなかった。今年はもう30歳となり、その数年前から同級生も後輩も知り合いも結婚式が多くなって久しい。30歳になって付き合うということは、今後の人生を供にする相手かどうかをシビアに見極めるということでもある。
そんな大きな決断を前にこの人とうまくやれるのか自信が起きないことが多かった。
それから、マッチングアプリとは別で食事友達をみつける掲示板のようなものでも人と会っていた。衣食住の食が合う人がいれば、生活をともにできる可能性が高いと思った。
その掲示板はマッチングアプリではないので、必ずしも1対1の食事会ではないし、なんなら異性でもないパターンもある。とはいえ食事募集している男が、男の応募者を承諾して食事会をひらくとは思えないが。
先週、大久保のペルー料理屋に行ってきた。僕は食べたことのない食事に興奮をおぼえる質なので、保守的な食事ばかりだとどうにもうまくやれない。この歳になり今まで付き合ってきた友達が、味より雰囲気重視のお店を予約してきたり、とにかく唐揚げが食べられる居酒屋を予約してきたりするたびに辟易してきた。
とはいえそこは友達なので、食べるものはそこまで重要ではないのだけど。高価なものも安価なものも、フレンチからゲテモノすれすれまで衛生的な管理がされていればなんでも食べたい。逆にコース全品にフォアグラだのトリュフだのの風味をつけるも店には行きたくない。
恋の話に戻る。
その人は予約の時間に遅れてきて、はじめは少し、心配だった。あぁこのパターンか。はじめての会合でも遅刻するタイプかと。
先に店に入りメニューを眺めていて、後から入ってきた彼女はまっしろで、すっきりしていて、それでいてふんわりしていた。
警戒心がさらに高まった。マッチングアプリでいくつもの自己啓発セミナーへの誘導や、副業支援、たぶんねずみ講に勧誘されてきたからだ。若くて綺麗で自分に興味をもってきてくれる人はおおむねそうだった。
彼女もそうなのか、今もまだ少し疑っている。聞く限りは普通の会社員で、副業もしていなさそうで、なんなら通っていた学校も知っていたので生活圏も遠くなさそう。宗教の可能性はまだ捨てていない。
それでも、ペルー料理の食事会は楽しかった。純粋に料理はおいしいし、会話は弾んだ。
ブツ切りのセビーチェが、謎のスパイスをまぶされた牛のハツが、バター風味のついた白ごはんがおいしかった。彼女は全てをおいしそうに食べ心から笑っているようだった。食事の話から始まっていろいろな話をした。生牡蠣が好きで牡蠣の福袋を買ったこと、僕の地元の高校に通っていたこと、転職と同時に上京しはじめてまだ一年で歌舞伎町を恐れていること。途中ワンオペの店主が店を出ていき、今なら食い逃げできちゃうねと笑いあった。
初対面の人間でこんなに、変な探りを入れる間がなく話すことができた。それは多分に彼女のトークスキルや懐に入り込む能力の高さが寄与していると思う。
最近はどこそこに旅行に行って、こんなものをみてこんなものを食べたんです。
そこなら近くにおいしいかき氷屋さんがあって、今ちょうど百貨店の催事に出店してますよ。
お店に着くまでにあった派手な赤色のお寺のようなもの、なんだったんでしょうか。
店を出て、あっという間だったなと思っていると、百貨店の催事に連れて行ってほしいという提案があった。もちろんともに向かった。催事会場をぐるっと回り、目移りするねと言いながらかき氷のメニューを選んだ。はじめて食べるいまどきのふわふわしたかき氷を真剣に食べるところも、失敗して少し崩して慌てるところも横から見ていた。すっきりした印象に見えて、鼻筋がすらっと立っていた。
ちょうどその日はサンリオのキャラクターがハイタッチ会をしており、会場の上の方からポムポムプリンのハロウィン衣装がかわいいねと言い合った。昼は暑く夜は寒い日、難しい季節なので屋上で開催されていたハイタッチ会をずっとみていると肌寒かった。なぜか彼女はなにも言わず、凍えるそぶりをみせたため百貨店の中に帰った。
それから蒸し器を探して調理器具コーナーに行き、100円ショップの系列店で少し良い暮らしに必要なものはなにか見せてもらった。
12時に出会ってから、6時間が経っていた。
さすがにもう帰ろうと、彼女をJRの改札で見送ってから、興奮して無性にたばこが吸いたくなってしまった。
ぽやぽやした頭で、興奮を友達のグループラインに投稿しながら西部線に乗った。