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その程度の自分としてリラックスして生きる。

3月からの約半年、ほぼ毎日やり続けていた課題がやっと!やっと!!終わりました~!!!

手を抜こうと思えばいくらでも抜けるのに、なぜかデザインまで凝って、パワポなのに0.1ミリ単位で調整して、勝手に自分に文字数制限まで課して、とっとと出せばいいのに、一度完成してからリライトしたアホは誰だ!

ワタシだ!!!

(注:課題を提出できた喜びでぶっ壊れてますww)

でね、このめんどくさいワタシ、すべてヒューマンデザインで表現されちゃってるんです。
なんど自分に
「アホなん?ねぇ、マジでアホなんちゃう??」
と呟いたことか。
でも、アホな自分に降参するしかなかったんです。

ヒューマンデザインで表現される全ての個性を、自分なりに言語化した今言えることは、
「個性で生きるって、そんなにラクじゃない」
ということです。

世の中には、個性を発揮しさえすれば、天職に巡り会えて、自分を輝かせることができる!みたいな惹句が溢れていますが、コトはそんなに簡単じゃありません。
個性を発揮するにも、なんらかのしんどさは伴うし、個性同士がぶつかり合って葛藤することもあります。

「どうせしんどいなら、ヒューマンデザインで個性を知る意味なんてないのでは?」

そんな声が聞こえてきます。
でもね、そのしんどさや葛藤を言語化された時、人は得体のしれない怖さや苦しさから解放されてラクになるんです。
それは例えれば、盲目の人が知らない部屋に放り込まれた時の怖さや苦しさであり、部屋の構造が分かった時の解放感に似ているのかもしれません。

わたしたち人間は、認識できればそれを扱えるようになります。
だから、細かく言語化することはとても大事なのです。

この課題に向き合っている間中、わたしは何度も自分の個性の中の不都合な真実に気づかされました。
その都度自分にがっかりし、期待値を下げ、「その程度の自分」であることを受け入れるしかありませんでした。

最終的に全ての自分の残念さを受け入れた時、「その程度の自分」であると同時に、唯一無二のピカピカ光る個性をこの地球上で輝かせる役割を担っていることに驚き、とっても嬉しくなったのです。

今は、この解放感と喜びをどのように皆さんに体験してもらおうかとワクワクしているところです。

ヒューマンデザインでとびっきりの解放感を味わってみませんか?


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