【10か月間の交換留学。その果て】シンガポール国立大学(NUS)留学記10
note。言葉の変遷は感情の変遷であり、感情の変遷は環境の変遷である。noteはそんな、言葉の変遷を切り取り、記録するプラットフォームとして、私の留学生活を陰から見守っていた。
先日、NUSの全ての授業が完全に終了し、私の留学生活は晴れて完結したのである。もちろん帰国までにまだまだする事、やりたい事はあるが、今この瞬間が、留学の終了地点、いわば人生における転換点と言えるだろう。そこで、この留学で何を学んだか、何を感じたか、どう変化したか。ありのままの気持ちをここに記しておきたい。もちろん人間の価値観や感情は変化するし、特に感情なんてものは、その一瞬を支配している環境によってコロコロ変わるものだろう。少なくとも私にとってはそう。それでも、今感じていることを記しておきたい。今後の人生において、ここが一つの起点になっていくことは間違いないのだから。
構成や文字数なんかは特に決めていない。ぐちゃぐちゃの文章になってしまうかもだけど、よければどうか、最後までお付き合いを。
留学前の決意と思い
留学について話す前に、まずはなぜシンガポールを選んだのか?留学前は何を考えていたのか?ということを書いておきたい。
シンガポール国立大学に留学したい!と明確に考え始めたのは高校2年生か3年生。世界大学ランキングをなんとなく見ていたところ、シンガポール国立大学がなんと東大より上!いろんな事情があって(もちろん学力も全く足りていないけど)東大、京大、阪大に行けないことは確定していた私は、ここに留学したらかっこいいじゃん!と思った。それが理由。
え?理由薄くない?と思ったそこの貴方。理由薄くてほんとにごめん。こんなもの就活の面接で話したら一発アウトクラスの理由。でも最初は本当にただそれだけだった。考えてみるとナルシスト的理由。でもうっすい理由だったからこそモチベを保てたのかもしれない。
もう少し具体的に意識し始めたのは大学に入学した後。入学したときにはシンガポール国立大学に交換留学しようと意識していたし、そのために割と時間をかけて説明会にいったり、英語の勉強をしたりしていた。そしてついに志望理由書を提出しなければならない時期がやってきた。この志望理由書は教員から目を通してもらう必要があり、とても「かっこいいから」なんて理由は書けたもんじゃないので、留学生にありがちな理由を書いておいた。すると、教授からこんな連絡が届いた。
「このままでも、もちろん問題はないです。ただし、私の経験から、ほとんどの学生に共通した内容を書いているという印象です。
そのため、シンガポール国立大学に留学した場合の計画・成果が、全く伝わって来ません。
大学がイギリスであろうと、アメリカであろうと、どの大学でも名称を変えれば同じような文章を書くことが可能なありきたりの文章だと思います。」
今思えば、この時の指摘は感謝してもしきれない。私の志望理由書は端的に言えば自我がなかった。ただ合格するためだけに文章を書いている感じ。
「かっこいい」という自我を隠していた私の文章は、傍から見てもつまらないものだったのだ。
じゃあどうするか?試行錯誤した結果、なぜ自分が「かっこいいから」という理由を思いついたか考えることにした。
先ほども述べたが、私がシンガポール国立大学に留学することに対して「かっこいい」と感じた理由は、そこがアジアで一番ハイレベルだったから。ということは、自分はその大学に行って、自分の限界を感じたいのでは?そういう結論に至った。
言葉にすることは面白くて、今まで思ってもいなかった、正確に言えば言語化されていなかったぼんやりとした感情が、言葉にすることで立ち現れてくる。そしてそれは、その後の行動に良くも悪くも影響を与える。
言葉は呪いなんだろう。そしてその時に作られた呪いは、留学最終日の今まで、しっかりと私の行動に影響を与えている。
最終的に志望理由書に書いた留学理由は3つ。
①英語力を全体的に向上させたいから
②高いレベルに身を置き、挫折を経験したいから
③東南アジアの文化、価値観などを深い意味で理解したいから
以上が私の留学理由である。正直③に関しては数合わせ的な面があった。それでもこの時に作った3つの軸をもとに私の留学生活が展開していったことは、言うまでもない。
その後は手続きやらなんやらで、あっという間に留学まで残り1週間!寮も決まって、授業も決まって、あとはもう飛ぶだけという状態に。不思議と留学に行くという実感はわいてこなかった。どこか上の空で、留学なんて遠い先の話なんじゃと思った。
旅立ちの日は、そこから一瞬でやってきた。朝8時に空港につき、家族や友達から見送ってもらう。19年間、国際線の保安検査場を抜けたことがなかった人間がそのゲートをくぐったとき、ようやく自分がしようとしていることの重みと実感がわいてきた。不安が7割で興奮が3割。これからどういう生活を送っていくんだろう。どんな人間になるんだろう。そういうことがグルグル頭の中で回転していた。飛行機が離陸し、今自分が通ってきた道路が小さくなった時、それが今までの自分の人生と重なったような気がした。
留学時の具体的な像、行動目標
留学前、志望理由書に書いていた内容は先ほど述べた通りだが、自分で決めていた具体的な行動、どういう自分になりたかったのかということを記しておきたい。それが実際に達成されたかは別として。
まず行動について。大まかに決めていたことは以下の通り。
・日本人とある程度は関わりつつも、現地生とのかかわりを優先
・前期は授業に集中し、後期は英語力を向上させることに集中する
・英語の能力に関しては、発音と英会話能力の向上を優先
・学術的な英語能力は、TOEFL100点程度の能力を身に着ける
・授業で3つはA評価をとる
・やるかやらないか迷ったらやる
・自分の価値観をはっきりさせる
・東南アジアの政治を理解し、その知識を日本で使えるようにする
・楽しさと勉強のバランスをとる
ざっとあげるとこんな感じだろうか?見てわかるかもしれないが、東南アジア政治については付け足しの目標感が強いため、具体的な行動も曖昧だ。対して本当に頑張りたいと思っていた授業や英語に関しては、割と具体的な目標が設定できていた。もちろんこれは始まる前の目標であり、今振り返ると達成できなかったものもあれば、達成しすぎた目標も。また、思いもよらぬ新たな目標ができたこともある。それは後で述べたい。
もしかすると一番大切にしていたことは、楽しさと勉強のバランスをとることかもしれない。私は単にキラキラ留学生!みたいなのは嫌いだったし、かといって10か月勉強に打ち込むのも違う。とにかくバランスが大事だと考えていた。その価値観だけは今も変わっていないし、多分それこそが人生を楽しくするコツじゃないかと思っている。短期的には一つのことに集中し、長期的にバランスをとる。その程度は変わったとしても、私の人生で無意識的に意識している大事な価値観の一つである。
具体的な像について。述べようと思ったが結局はさっき述べたことに帰結する。バランスをとって、どの方向からみても成長させる。端的に言うと、総合的な人間力を向上させることだろうか。そういう人間はかっこいいし、そういう人間になりたいと思っていた。それは多分今も。
留学初日 すべての始まり
シンガポール航空の素晴らしい対応に感動していたら、いつのまにかシンガポールについていた。曇天だったが、心は晴れやかだった。寮への移動方法は調べていたので、MRTに乗るだけ。あの移動している時間は不思議だった。一生この電車が続いてくれという感覚と、早くついてくれという感覚。留学は自分で選んだものだから行きたいはずなのに、それを前にするとためらってしまう。言語、家族、友達。どこにも拠り所のない宙ぶらりんな状態。恐怖と興奮が、感情を支配していたかもしれない。
寮につくと、部屋に滞在する間もなく、オリエンテーションが始まった。本当に何をしたのか覚えていない。ただひたすらに英語が話せなかった。海外独特のテンションが高い感じも、私にはあまり受け付けなかった。日本でもそういうノリがあんまり得意じゃないのに、英語でできるわけがない。大学デビューということに対して、よく煙たがられる印象があるが、私からすれば尊敬でしょうがない。古い自分と決別して新たな自分に急に変え、その道化を演じる、あるいはそれになるという行為には、相当な覚悟が必要なはずである。少なくとも私には絶対無理だ。留学を経た今でさえ、できる自信はあまりない。来て1日目の、友達からの私のイメージは、この子これからの生活大丈夫?だっただろう。そんな中で私に話しかけてくれた友達には今も感謝してしきれない。果たして私は日本にそういう人がいたら、同じ行動はとれるだろうか。
生活環境の激変によるストレスに関しては言うまでもない。共同のトイレやシャワー、エアコンなしの4畳の部屋、そして言語とノリの違い。あげればキリがないが、すべてが日本と異なっていた。日本においても比較的パーソナルスペースを大事にしていた私だったので、留学初日はなんでこの寮を選んでしまったのか、と少し落ち込んだ。もちろん今現在はこの寮以外考えられなかった!という真逆の感情になっているのだが。とにかくストレスが半端なかった。私は留学初日から今現在に至るまで日記を毎日書いているのだが、留学初日に書いた日記の一部がこちら。
コンフォートゾーンで生活し続けていた私にとって、その衝撃度は想像を絶した。これはまだ始まりに過ぎないのにね。
留学1週間 少しの希望と多大なる不安
私は元来、本当の友達が少ない人間である。私のような人間は共感してくれるかもしれないが、出会って2回目、3回目の会話が苦しくてしょうがない。
友達には大きく分けて4種類あると思っていて
①挨拶をするだけの、いわゆるヨッ友
②大勢で話しているときは気まずくないが、二人きりでは気まずい友達
③多少気はつかうが二人きりでも楽しく、本当に友達と言える友達
④全く気をつかわない、本当の友達
お察しの通り、私は①と②の友達が非常に多い。正直③と④に関しては、線引きが曖昧だが、②から③に上がるハードルが恐ろしく高かった。でも①や②の友達は多く、周りからは友達が多い人間だと思われている。そんな感じ
そういう人間が英語でコミュニケーションをするとどうなるのか?答えは
①から②に上がるハードルが高くなり、②から③なんて不可能に近くなる。
である。逆に本当の友達が多い人間にとっては、言語が変わっても①から②は容易なんじゃないか?と私は周りのそういう友達を見て思う。
じゃあなんで私がそういう人間なのか?それは、挫折を恐れていることに起因すると考えている。人間関係を深く構築することは、そこに自分を賭けるというリスクがつきまとっている。その賭けは必ずしも成功するわけではなく、もちろん性格的に合わない人は友達になれない。人間関係を浅くとどめておくことは心地がいい。それが実態を持つ、意味のある人間関係かは別として、体裁はいいし、見栄えもいい。インスタ映えの人間関係バージョン。そんなことを意識していたわけではないのだが、何かしらの環境や、持って生まれた性格によって生じた、私のリスクを避け、挫折を恐れる行動性が、人間関係においても深く作用していたということだろう。
留学の話に戻ると、コミュニケーションという段階で障壁があった私は、もちろん友達ができるわけもなく、なるべくリスクをとって話しかけてみたものの、どうしてもためらってしまう。留学なんて誰も知り合いなんていないから好きなだけチャレンジできる、という意見は正論だし合っている。実際に私も日本より気楽に話しかけられたかもしれない。ただし、1年間同じ場所で同じ仲間と生活する以上、自分をすべて賭けてガンガン人間関係を構築していくという壮大な賭けは、私にとって難しかった。だんだんと出来ていくコミュニティのどこに所属しようか?誰と仲良くなろうか?迷走していた
この迷走したメンタルをさらに悪化させるもの。それはInstagramだ。1週間もたつと、コミュニケーションが高い人は、新たにできた友達と遊びにいったりする時期だろう。ストーリーを見るたびに、自分との違いに少し落ち込んでしまう。そういう時期だった。もちろん他の人も苦しんでいる。頭ではわかっている。ただそういう投稿をみるとやっぱりメンタルが落ち込んでしまう。これは現代人の共通の悩みかもしれない。
こういう時対策は3つあると考えていて、
・SNS映え競争に勝ち続ける、あるいは勝っていると思い続ける
・SNSをやめる
・自分だけの、比較しなくていい何かを作り出す
1に関してはほぼ不可能。世の中上を探したらキリがない。
2に関しても個人的にはあり得ない。だってインスタしてる時間楽しいし。それにSNSをやめるだけじゃ根本的にそれに向き合うことにはならない。
そういう消去法で私が選んだのは3。自分だけの、比較しなくていい何かを作り出すこと。この答えに気づくまでには半年くらいかかったけど。
それが何だったのかは、後々の章で解説したい。
この章において、まだ不安要素しか書いていなかったので、どこに希望を見出したのか書いておきたい。
私のような人間でも恐れることなくガンガン話しかけられる状況は一つだけ存在した。それはお酒を飲んでいるとき。
よくお酒は、「自分が本来持つ性格を暴き出すもの」と言われる。そのように考えると、私の本当の性格は陽気なのか?これに対する答えはまだ出ていない。しかし、お酒を飲むことでコミュニケーションが容易になったのは間違いなかった。寮に住んで1週間、1回だけあった皆でお酒を飲むイベントは、私に少しの希望をもたらしてくれた。もしかするとあれがなかったら、今の人間関係はないのかも。そうとさえ思う。とにかくあの瞬間に、やっていけなくはないという実感を感じた。もちろんお酒を毎日飲むわけではないため、その後も人間関係に苦労することは言うまでもないが。
留学1ヵ月 悪魔のチュートリアル開始
交換留学生の一番の目的は、勉強を行うことである。今まで散々友達作りに苦労したとか環境変化に苦しんだとか書いたが、間違いなく一番挫折したのは勉強と言えるだろう。
そもそもシンガポール国立大学を選んだ理由は、自分の最大限をぶつけて敵わない相手に挑むことだった。だから、授業を選ぶ時や第一回目の授業に行くときは、やる気満々で気合が入っていた。私の留学物語はここから始まるんだぞと。ちゃんと向き合うぞってね。
チュートリアルについて話す前に、私自身の授業選びの軸と、NUSの授業システムについて話しておきたい。
私が授業を選ぶときに意識した軸は3つ
①シンガポールの政治、社会、経済の理解
②専門分野でない、教養としての包括的な経済学
③英語によるプレゼンテーションスキル
なぜこの3つにしたのか?それは単純に興味である。私は元来勉強することが好きで、読書も大好きだ。もちろんそこに一種の自己満足的な気持ちがないといえば嘘になるが、やらないよりはましだろう。そんな理由でこの3つを軸にした。
②については曖昧だが、行動経済学とか進化経済学とかそんな感じ。経済学をただの数値の羅列で考えるのではなく、その結果にいたるまでにいかなるロジックがあったのか、その全体を見たかった。
③については、将来の自分に活かせそうだという面もあった。英語のプレゼンテーションができれば将来の選択肢やそこから応用できるスキルも広がる。まぁ留学初期にそんなことを本当に考えていたのかは謎だけど、少なくとも今はそういう理由だったんじゃないかと考えている。
NUSのシステムについて解説しておく。NUSの授業は
lectureという講義形式の授業とtutorialというディスカッション形式の授業で成り立っており、大体はlecture13回、tutorial10回の構成である。
海外大でよくイメージされる、ディスカッションやプレゼンテーションは全てtutorialの中で行われ、講義で学んだことをアウトプットする場に使われる。実に効率的で有効なシステムだと私は思っている。
これにより捨て授業(授業に行かずテストかレポートでワンチャン単位を獲得する授業)がなくなり、全ての授業にフォーカスする必要がある。もちろん授業数は日本より少ないため、自分が本当に学びたい科目に対して集中することができる。なんて素晴らしいシステムなんだ!!!
私はそう思っていた。実際にtutorialが始まるまでは
8月の後半だっただろうか?ついにtutorialが始まった。初回の授業は約30分のディスカッション。内容は事前に少し読んでいたので、そこそこついていけるだろう。そう思っていた。実際に始まるとそれはもうひどかった。質問内容が意味不明+皆が何を言っているかも意味不明。議論の方向性が全く掴めていないので、質問を差し込もうにも差し込めない。唯一した発言は、10分前に結論が出た意見についての質問。ちょっと呆れながら、答えてくれたのを覚えている。この瞬間にみんなの中での私の認識は、英語も議論もまともにできない日本人!だったのかも。それはちょっとひねくれすぎ?とにかくそういう感情を抱いた。そのtutorialからの帰路は落ち込んだ。こんなにもついて行けないのか。今までの英語学習と大学での勉強の成果はなんだったのか。これがいわゆる挫折か。そう感じた。私が小、中、高、大と「議論ができる側」の人間だったのもあって、この挫折はひどくメンタルに来た。
私が前章で述べたSNSの話、覚えているだろうか?メンタルを正常に保つには3つの方法がある。私は議論という観点において、競争に勝ち続けることでメンタルを保ってきた。そういう人間は往々にして、急に現れる、自分よりもはるかに格上の何かに打ち砕かれやすい。そういう経験、みなさんもないですか?
この挫折を解決する方法はさっきも述べた3通りで、もちろん私が最終的に取った方法はお察しの通りの最後。しかしながら、この頃の私がそれに気づくには、あまりにも人生経験と客観視が十分でなかった。
もちろん前期の残りの授業も同じ経験をした。内容は端折るが、とにかく議論についていけなかった。そしてそれを、周りの交換留学生や日本人と比較し、落ち込んだ。社会学の用語で、自分より上の能力を有している人と自分を比較することを「上方比較」というのだが、その頃の私はよくそれを行っていた。これは留学生にありがちなことなので、これから留学を考えている方は心にとめておいてほしい。
留学2ヵ月 人間関係と授業と
スクールバスの案内音声が生活に溶け込んで来た頃、私はまだシンガポールに溶け込めないでいた。交換留学生と関わるか現地生と関わるか、悩んだ末に現地生と関わることに決めた。バランスよく関われればそれが一番なのだが、私の今の言語能力とコミュ力では限界がある。そう考えた。それなら現地生と長期的に仲良くなれる道を模索しようと思った。一緒にご飯を食べたり、寮で少し話したりしたけど、どうしても会話が深くならない。
なぜ会話が深まらないのか?このときは英会話能力の不足だと思っていたが、今の答えは少し違う。それは、リスニング力と興味の不足である。
会話には2種類あると私は思っていて、無意識的に会話が続く、いわゆる馬が合う状態と、意識的に会話を継続させる状態。人間の大体のコミュニケーションは、年齢を重ねるごとに、意識的な方向に移行する。
その意識的なコミュニケーションをいかに上手くできるか、それが俗に言うコミュ力と言われるものだろう
この意識的なコミュ力に必要な要素は、「相手の会話から適切な相槌、あるいは返答を行う能力」だと私は考えていて、それには結構な労力を要する。
逆にそれが上手くできていない状態(例えばスマホをして適当な相槌)になると、会話はスムーズに成立しない。すぐにその会話は終わってしまうだろう。
じゃあこの要素に必要なことは何か?それは相手の話を理解する能力である。相手の話を聞けてないと、正しく相槌を打つことも、それに対して適切な返答をすることもできない。それができないと、会話はすぐにストップしてしまう。
これが今の私が考える、この頃の私が会話が続かなかった原因。おそらくだが、相手の話を私が理解していないことが相手に露呈していた。その結果、会話が円滑に続かないのだ。会話が続かないと、その後の会話のトピックも消え、会話の機会が喪失する。個人的に、会話のトピックというものはコミュニケーションにおいてとても大切だと思っていて、それがパーソナルであればあるほど深い会話につながりやすい。そういう意味では、SNSは正の影響を及ぼすだろう。なぜなら相手のパーソナルな部分が相手によって開示されているから。例えば相手のストーリーを見て、そこからDMで話が始まるというのは、高校生や大学生にとって日常茶飯事だろう。別にストーカーみたいに相手の情報を見るのがいいとは言ってないが、ある程度相手のことを知っていることは会話に役立つのも事実だろう。そしてその会話で話したトピックがさらなる会話を生んで、親密度が増す。人間関係はそういうふうに出来ていると私は思う。それゆえ、最初の段階でミスってしまったら、その後の深い進展は難しくなる。つまり、この当時の私はかなりヤバかったわけ。
転機だったと思っているのは、寮のイベントと交換留学生との海外旅行。9月の終わりに行われた寮のイベントで、少し皆との親密度が増えた。その要因は、強制的に会話をする時間が生まれたから。寮のイベントはおよそ8時間あり、その最中は強制的に会話をすることになる。それゆえに、もちろん他の人に比べたら発話量は少ないものの、会話の回数を増やすことができた。それが、後々の会話に良い影響を与えたのでは?と考えている。
交換留学生との海外旅行は、自分の価値観と、英語という言語について考えるいいきっかけになった。8月の後半、交換留学生の友達(どっちかと言えば知り合いくらいの関係性)が海外旅行に行く人を募集していて、何を思ったかその友達にメッセージを送っていた。いま考えると凄いことしたよなーと思うが、その時は何故かできた。OKしてくれた、その時あんまり仲良くなかった友達もかなり凄い。逆の立場なら、私はどう行動していただろう?
なんだかんだ計画を立て実際に旅行。もちろん5日間英語しか話せない環境に身をおいた。これによって、結構英語能力は向上したと思う。よく、英語を一番上達させる方法は外国人の恋人を作ることだと言われるが、これは的を得ている。人は、そうしないとしょうがない状況に置かれた際、意外と頑張れる。英語というのは、言葉を用いてすべてを表現する文化なんだというのを、5日間を通じて学んだ。
そしてもう一つ気づいたのは、自分の価値観。海外旅行に対する楽しさが芽生えたのはここだろう。英語という媒体を通じて、新たな世界を探索し感じる。単純でチープな表現だが、それが自分にとってはとても心地が良い。この頃からだろうか?日頃の生活費は多少削って、それを海外旅行に充てたいと感じるようになったのは。とにかくこの旅行によって、今まで感じたこともなかった新たな価値観、あるいは感じていたのかもしれないが表面化していなかった価値観が、この旅行によって現れた。それってとても素敵なことだよね。
授業について何も触れていなかったので、そろそろ触れたいと思う。(この章長すぎるので飛ばしてもらってもいいです。)
この時期の授業は、正直あまり記憶がない。課題はあまりなく、毎週のディスカッションに必死に追いつこうとしていた記憶がある。リーディング、リスニング共に少しは成長を感じたものの、まだ全くといっていいほど追いつけていなかった。前期は授業に追いつくことに集中すると決めていたので、とにかく成果が出なくてもやり続けた。このときに救いになっていたのは、以前大学の先生から言われた、「大学の勉強くらい非効率に、がむしゃらにやってみよう」という言葉である。この言葉のおかげで、chatGPTや翻訳機にあまり逃げることなく、正面から向き合えたかもしれない。もちろん最初に上げた、挫折を経験するという目標設定も効いている。とにかく闇雲に、闇の中を突き進んでいる感覚だった。しかし同時に、それは光の方向に向かっているような予感も、感じていた。
留学3ヵ月 訪れた転機
よく英語学習をしていて言われることは、「成果が出るまでは3ヵ月かかるよ」ということ。というか、どんな努力でもそれは同じ。私の人生経験上、頑張ってしてきたことが実を結ぶのも3か月目からで、逆にサボりだしたのが目に見えだすのも3ヵ月目から。だから、諦めずに毎日やることが重要なんだけど、人間は弱い生き物で中々それができない。今までの私もそうだった。しかしながら、留学という頑張らなければならない要因と、NUSという頑張らなければ一瞬でおいていかれてしまう環境が、今回の努力を可能にしたのかもしれない。学業面でいうと留学して3か月目、つまり10月は難しすぎる中間テストに絶望していた時期であった。しかしながら、そこには確かな転機があった。グループワークで発言できる回数が増え、講義に関しても、以前より明らかに理解度が向上したのだ。それはいつ実感できたか分からない。ただ、意識したときには、以前よりできるな、という状態になっていたのだ。このことを実感できた時は嬉しかった。なんせ今まで出口が見えない中を走っていたのだから。人と比較するということは、この頃にはもうあまりしなくなって、自分のできる最大限をやり切る、という意識をもつようにはしていたのだが、どの授業であっても、まじまじと自分との差を感じさせられる。そんな中で感じられた転機だった。
転機は生活面でも感じられて、ようやくシンガポールの生活が、日常と感じられるようになった。今までは勉強で忙しかったり、変化に追いついていくのが精一杯だったりして、自分自身やその生活について、あまり考えられていなかった。しかしながら、テストが終わり、イベントも落ち着いたことで、少し自分自身について考えてみようかな、となった。恐らくそれが、シンガポールの生活について改めて振り返り、日常と感じられるきっかけになったのだろう。また、友好関係については、ようやく友達の段階が①から②に上がったのかなという感じがした。たまにグループで出かけたり、一緒にご飯を食べたりする機会が増えた。友好関係をシンガポールの現地生に限定するという半ば強引な手法だが、ようやくその努力が実を結んできたのではないか?と感じた。
この時期は、スポーツというものが持つ力の強さを、改めて実感した時期でもあった。NUSの寮では、生徒がスポーツチームに所属し、一緒に練習する機会が多く用意されている。参加者は国の代表から初心者まで様々で、最終的に寮対抗のイベントで優勝することを目指す。せっかくならと軽い気持ちで入部したが、これが本当によい決断だった。スポーツや音楽は言語が同じでなくても繋がれるものであり、むしろそれらを媒介にコミュニケーションが成立している。やはり何か共通のものがあるというのは、友好関係の成立にとってプラスの影響をもたらしてくれる。結果として、今現在特に仲が良い友人の多くは、スポーツがきっかけで出会った友人であった。普段なら絶対にスポーツ部なんて入部しようとしない私の行動を変えたのは、やはり「留学だから」という前提があったからだろう。
留学4、5ヵ月 区切り
留学の体感時間はどのくらいだろうか?留学の期間を長いと考える人もいれば、あっという間に終わるという人もいる。私なりの答えは、「前半4ヶ月は1年のように感じ、後半4ヶ月は1ヶ月のように感じる」である。それくらい、留学の最初の4ヶ月は刺激に溢れ、新しい経験がどんどんと流れ込んでくる時期なのだ。留学の体感時間は、人生の体感時間と似ているかもしれない。小学生の頃に感じた、一生小学生が終わらないんじゃないか?という感覚。逆に大人になればなるほど、そして新しい経験を避ければ避けるほど、人生の体感時間は加速していく。それゆえ留学というのは、自分の人生に新たな刺激を加え、体感時間を長くしてくれるという意味でも、有用なものであると私は考えている。
留学の話に戻ろう。この時期の私は、少しずつ軌道に乗り始め、シンガポールの生活に対して、やっていけるかもと感じた時期であった。授業に関してもグループワークは以前よりできるようになり、友好関係についても、気を遣わずに話せる友人が少しずつでき、みんなとの壁が少しずつ狭まった状態であった。また、この時期は学期が終わり冬休みになったので、自分自身について振り返ったり、海外旅行をしたりする時間ができた。NUSのストレスから少し開放された時期といっていい。この時期に、自分の価値観について改めて考えて、それを整理する時間を少し設けた。面白いのは、留学当初の価値観とその頃の価値観は少し変わっていて、またそれは今の価値観とも少し違っていることだ。以前大学で心理学の講義を受講した時、「人の価値観は人が想像した以上に変わるものだから、自分の価値観が変わらないと思い込むべきではない」という教えを受けたが、全くその通りであった。こうやって振り返ることで、自分の価値観がどれほど変化しているかを思い知れる。それは将来にとっても、留学全体にとっても、とても重要だし素敵なことだと思う。
また、この時期に後期の目標もはっきりさせた。元々前期は授業に追いつく時期、後期は英語力を向上させる時期と決めていたが、それを少し変えて、後期は今までの学習で身につけてきた知識、土台を応用する時期に決めた。なぜなら、思った以上に英語力が前期で向上したから。そして後期も授業を頑張りたかったから。後期は授業を3つに絞り、3つともに高いレベルで追いついていきたいと考えた。そして英語力に関しては、発音とリスニングを強化し、もっともっと英語を使う機会を増やそう。そう考えた。
幸いだったのが、後期に対する私の気持ちがポジティブで、やる気に満ち溢れていたこと。いわゆる燃え尽き症候群になっていれば、後期に頑張ることはできず、ただ惰性で日々を過ごす事になっていたかもしれない。このモチベーションを維持できた原因は2つあると考えている。
1つ目は、私が長期で努力するタイプの人間であること。逆に中間や期末など、短期で勝負が決まってしまうのは好きではない。じゃあなぜそういう人間になったの?という話はあるかもしれないが、それは長すぎるしここで書くことでもないのでやめておく。
2つ目は、やることを残しておき、目標を高く設定していたこと。すべてのことを100%やろうとすると、短いスパンでは頑張れるかもしれないが、1年という長期的なスパンの場合、中々難しい。もしかしたらそれをずっと続けられる人が、日本や世界のトップになっているのかもしれないけど。私は自分に甘いと言えば甘い人間で、また区切りというものを設定するのと好きなので、割と目標設定を分ける。それが燃え尽き症候群を防ぎ、常にタスクがいくつかある状態を作り出せたかもしれない。
とにかく、私の留学生活は希望に満ちた状態で半分を終えることができた。今思えば、留学時期を1年にして本当に良かったと思っている。正直ここまでの内容は、留学記5にすでに記してある。さぁやっとここから後半戦。セメスター2は何を成し遂げられたのかな。
留学6ヵ月 再適応
留学記5において、私は英語力を視力に例えた。これは割と的をえた表現だと思っていて、視力(英語力)が上がるほど世界がはっきりと見え、動きやすくなり、楽しくなる。メガネやコンタクト(Google翻訳など)で視力が悪い人でも視力を良くすることができる時代になったが、それはやっぱり裸眼の便利さには敵わない。生身のままポンと投げ出されたときに生きていけるかが本当の視力(英語力)であり、私達はそれを高めるために勉強をしている。もしかしたら将来はレーシックのような、少ない労力で裸眼の視力を向上させる何かが生まれるかもしれないけど。
そのように考えると、英語を勉強するというのは、とても贅沢な学問であると感じる。別に生きていくために必要なわけではない。ただそれにより、見える世界が広がって、人生が充実するのは事実かも。私の留学半期終了時の視力は0.5くらいだった。英語で旅行したり生活したりするのには恐らく困らないが、まだ英語という世界をただしく知覚できておらず、一生の友達はつくれない状態。後期は、この視力を0.8にすることを目標にしていた。
日本に一時帰国して、シンガポールに再び戻った時、不思議な体験をした。今まで別に苦ではなかったシンガポールの生活が、一時的にかなり苦になった。端的に言えば、それはホームシックの一部なんだろうけど、快適すぎる環境にしばらくいた事で、自分の野心や、英語学習に対する意欲が下がったのかもしれない。改めて、周りの環境というものが及ぼす力の大きさを実感した時期でもあった。それでもやらないといけない。後期の留学生活を意味あるものにするために。後期のスタートは、そんな少し後ろ向きの、ゆっくりとしたペースからスタートした。
後期は授業を3つに絞って、空いた時間を英語力向上のルーティンに割くことに決めた。また、友達との時間というのも、前期より多く割こうと決めた。それにより、留学というものの充実度が最終的に増すと考えたからだ。「終わり良ければ全てよし」ということわざは、人生全てのイベントに言えると私は考えている。そして留学における終わりというのは、明らかにこの記事を書いている今、いうなれば留学10か月目にあたるだろう。全ては留学終了時の区切りのために。私の後期の挑戦はスタートした。
留学7ヵ月 ルーティーン
この時期に意識したことはルーティーンだった。私は留学を「楽しむ時期」と「頑張る時期」に明確に区分していて、留学7ヵ月目である2月は後者にあたった。英語力の向上と留学の知識の統合、この2つを大きな目標に据えていたので、授業の予習、復習は追いつくように行っていたし、自分の英語学習の時間も確保した。具体的には、オンライン英会話と発音矯正、リスニングとイディオム。詳しいことは留学記の7か8に書いていたと思う。この時期はまだはっきりとした変化は感じることはできなかったが、今までの蓄積もあり、12月よりは明らかに成長を感じられていた。また、これからも成長していくであろう予感もしていた。
授業について、前期ほどではないが、発言できず悔しい思いをしたことが何回かあった。前回と違うのは、それが私の英語力不足からくるものではなく、内容をきちんと理解していないことからくるというもの。結局のところ、授業レベルも日本よりはるかに高いNUSについていくことは生半可なことではなかったのである。現地生はこれの2倍の量をとっているのだから、本当におかしいと思う。これは今考えてもそう思う。4年間これだけ知的体力が必要とされる環境に身を置けば、かなり実力はつくだろう。しかし同時に精神を病んでしまうケースがあるのも、理解できる。
友人関係については、前期より気楽に関わることができた。なぜならほとんどの友達はすでに知っているから。たまに関わりつつ、一人の時間も大切にしながら日々を過ごしていった。今思うと、もう少し積極的に関わりにいってもよかったかもなとは思う。私が留学で身に染みて感じたのは、「自分は思ったよりも人と関わることが好きだ」ということである。一人の時間は嫌いじゃないし、一人でご飯、居酒屋、なんなら海外旅行だっていける。そういう時間ももちろん好きだ。しかし、海外留学において、自分一人で過ごす時間と、逆に人と過ごす時間も多く経験したことによって、人と関わっている方が満足度が高いことに気が付いた。もちろん人と関わることで自由が制限されてしまうというのはあるけれど。私は中々に面倒くさい人間である。
もう一つ、人間関係に対して変化があった。それは、日本人と関わる機会が増えたこと。前期は日本人と関わるよりも、現地生とたくさん交流して英語力を深めることを目標にしていたが、後期は少し日本人と関わって話をしたいと思うようになった。恐らく原因は、自分の英語力向上による精神的余裕の発生だと思う。英語力が向上したことで、日本人と関わることに対して、ネガティブな感情を抱かなくなり、逆にそれのメリットを感じるようになった。メリットデメリットで人間関係を考えるのは嫌いな考え方だけど、無意識のうちにそうなってしまっていたんだろうと思う。特に留学は、短期間で高い成果を出すという目標がある以上仕方がないのかもしれない。どちらの決断のほうがよかったのかは評価できないが、結果的にたくさんの人と関わることができた。それはいいことだよね。
留学8、9ヵ月 もがき、順応
この時期にあたる3,4月はかなり忙しかった記憶がある。それは勉強だけではなくて、遊びやその他のことも。言ってみれば、充実した時期だったかもしれない。こういう時期の時間の流れは面白くて、1日1日は一瞬で終わり、常に何かに追われているような感じがしながらも、あとから振り返ってみると、意外と長かったよなという気持ちになる。それは恐らく新しいイベントの発生により、記憶の厚さが増しているから。
勉強に関しては、かなり忙しかった。とくに後半の4月に関しては、英語のルーティーンはあまりできなかった記憶がある。これは私の怠惰による時もあったので、反省。
大学の授業で、プレゼンテーションをする機会があった。テーマは完全に自由だが、相手を納得させないといけない。自分らしいテーマを、何か将来につながるテーマを。そうして2日悩んだ末たどり着いたのは、自分の留学初期の体験だった。留学初期において、私は人と比較してメンタルが落ち込んだ。今まで自分が競争で勝ってきた分野において、自分より優れている人が何人も現れたので、そのショックは大きかった。じゃあ私はどのようにしてそれを乗り越えてきただろう?どのようにして今の安定したメンタルができあがったのだろうか?意識してみると、面白いことに気が付いた。それはオリジナリティ。自分だけにしかない、人と比べる必要もない能力。それを獲得したことによって、自分という存在に対してポジティブに考えることができたのである。具体的にそれは何なのか?「書くこと」と「伝えること」
だった。そのような意味で、noteは私の大事な心のよりどころなのだ。そういうオリジナリティを、継続によって生み出したことで私のメンタルは安定した。そう考えた。思えばあの時感じた挫折も、もがいた時期も、すべてはこのことに気が付くためだったのではないかとさえ思う。そういう意味で、改めてこの思いを言語化させてくれたプレゼンテーションの授業にも、とても感謝している。
その他のタスクも並行する必要があった。就職活動なるものがスタートして、そんなに本気でする必要はなかったのだけど、まあまあ時間を割いた。帰ってからの大学の計画やお金の計画、あとは個人的に趣味な旅行の計画を立てていた。もちろん全部好き好んでやっているので苦しいとかは全くなかったが、英語に手を回す時間があまりなかったのが現状だ。また、留学する前はゲームが大好きで、留学してからも1日2時間くらいはしていた記憶があるが、この時期になるとほとんどしなくなった。意外となんとかなるんだなと感じた記憶がある。
タスクがあることは、大変だけれども楽しい。そのように考えられた2ヵ月だった。恐らく私は暇よりも忙しいことを好む人間なんだろう。いつもはタスクをこなしつつ忙しく動き努力し、たまに来る旅行や余暇の時間で全力でリラックスし楽しむ。留学を通じて、私の行きたい方向性がかなりはっきりと、クリアになった気がする。もちろん価値観は変わり続けるものであり、数年後私が海外旅行嫌いになっている可能性もなくはないが。(笑)
このことについては、また後の章でも話そうと思う。
友好関係はどうだったのか?これに関しては、少し良くなったといえるだろう。私は1月くらいまで、友人はいたが、何も気を遣わず、2人きりでご飯にいける友人というのは少なかった。その結果として、一人でご飯を食べる機会が多かった。しかしこの時期になると、例えば週末暇なとき、「誰か暇な人をご飯に誘ってみようかな」と思えるくらいにはなった。そして実際に気を遣わず話せた。成長である。もちろんネイティブ同士の会話速度にはついていけず、友人も現地生と比べて多いとは言えないが、交換留学生の中では多い方なんじゃない?と思えるくらいにはなった。そして心を許せる友達も増えた。私の視力が上がったからなのか、単に時間がたったからかはわからない。でも終わりになるにつれ友好関係が深まっていくのは、その逆より素敵だ。
留学10か月 果て
留学の終わりの実感は突然やってきた。テストがすべて終了し、行きたいレストランを調べていた。その数が残りの留学日数を超えていた時、もうこれだけしか残っていないのか、という気になった。
そこからの時間は、いつもよりも人と関わる時間を増やした。もちろんやらなきゃいけないこと、やりたいこともたくさんあった。それを終わらせる時間にも充てた。5月は本当に怒涛のスピードで駆け抜けた。もちろんこれも後で振り返ったら、長いと感じるのだろう。
詳しい結果などは後の章で話すが、留学最終日を迎えた今、率直な気持ちをここで述べておきたい。恐らくこれ以降の章はシンガポールから離れた後に書くことになるだろうから。
まずは、シンガポール、NUSを選んで本当に良かったと感じている。あまりにもありきたりな答えだが、本当にこれ以上いい選択があったとは思えない
私の人間性は、今までの文章や述べてきたことからもわかるように、中々に面倒くさい。加えて、英語力という観点からみても、十分ではなかった。そういう留学生が留学時に陥りがちなのが、現地の学生と馬が合わず、孤立してしまうという状態。そうなるのが自然である。逆に自分だったらどうしていただろう?例えば日本に、日本語があまり話せない、そしてあまり社交的でもない外国からの留学生が来て、私は心を開けるだろうか?このようなことは留学中幾度となく考えてきた。確かに多少は開くかもしれない。しかし、シンガポールの友人が私にしてくれたレベルで心を開けるかと言えば、イエスとは言えないかもしれない。つまり、私が一番感謝しているのは、シンガポールの国民性、性格かもしれない。
次に、自分に対しても、割とよく頑張ったと思っている。留学という条件付けがあったものの、日本では挑戦しなかったであろうことにも挑戦したし、とにかくやってみようというスタンスが身についたことはとてもよかった。もちろん改善できる部分はあっただろうが、最初から100%の回答なんてできないだろうし、する必要もないと思っている。少しずつ改善して、良い方向にもっていけたからよかったかな。
次に、英語力。海外旅行を先週までしていたのだが、その時にすごく心地よい、不思議な体験をした。初めて行く場所なはずの国、そこで一人で電車に乗っていた時が、ひどく心が安らいだ。今自分は生きている、溶け込んでいる。そんな実感がした。留学前とは考えられない変化。シンガポールについたばかりの私は、何もわからず、ただ海外におびえるばかり。そんな私が、1年間で海外を心地よく、落ち着く場所だと認識できるようになった。コンフォートゾーンが拡大したのである。これはひとえに、英語力の向上によるものだろう。見える世界、聞こえるもの、それらがクリアになったからだろう。成し遂げたのだ。ペースは遅いかもしれないが、確かに。
最後にシンガポールという社会全体に関して。留学初日はあまりこの国に対してポジティブに捉えられず、日本はなんてすばらしいんだとばかり思っていた。確かに日本のことは今でも素晴らしい国だと思っているし、好きだ。しかしながら、シンガポールという世界をより深く知り、そこに溶け込んでいく中で、この国の社会というものに対しても、愛おしく思えるようになった。シンガポール社会は不平等で窮屈な社会だとよく言われる。しかし、HDB(公共住宅)を見ると、互いが助け合って、交流しあって、同じ時間を共有して生きている。そして見ず知らずの私にも話しかけ、関わろうとしてくれる。そういう光景を目の当たりにしたとき、この国は決して窮屈という表現だけでは表せないと思った。地理上や文化上の問題もあり、シンガポールという国は日本と同じには括れない。日本で当たり前なことが、この国では当たり前じゃないこともある。それでも皆が精いっぱい、様々な形があれど助け合って生きているこの社会が、私には心地よく感じた。
以上が私の留学最終日の率直な感想。私が何を成し遂げ、何を感じ、何を公開したのかは次からの章で詳しく述べるが、大体はこんな感じである。
留学最終日に当たる今日は、都市部を少し回ってお土産を買っていた。帰りたいような、帰りたくないような、そんな感情がずっと頭を回っていた。留学初日に見上げて半ば絶望していた寮の天井が、なんだか今日は私を包み込んでくれている。そう思いながら、眠りにつく。
留学で何を成し遂げたのか
人の想像と現実は、乖離することが多い。それは私の留学でも同じで、留学前に思い描いていたイメージを成し遂げられなかったこともあれば、今まで思い描いてもいなかった成果をだしたものもある。この章では、いったい私が何を成し遂げたのか、逆に何を成し遂げられなかったのか、焦点を当てて振り返っていきたい。
最初にも述べたが、留学前、私はいくつかの行動指針を掲げていた。
・日本人とある程度は関わりつつも、現地生とのかかわりを優先
・前期は授業に集中し、後期は英語力を向上させることに集中する
・英語の能力に関しては、発音と英会話能力の向上を優先
・学術的な英語能力は、TOEFL100点程度の能力を身に着ける
・授業で3つはA評価をとる
・やるかやらないか迷ったらやる
・自分の価値観をはっきりさせる
・東南アジアの政治を理解し、その知識を日本で使えるようにする
・楽しさと勉強のバランスをとる
これらがどれくらい達成できたのか、まずは見ていこう。
・日本人とある程度は関わりつつも、現地生とのかかわりを優先
この項目に関しては、ほぼ100%達成できたと言っていいだろう。最終的に、日本でまた会いたい日本人の友達も数人でき、また日本で会いたい外国人の友達は10人以上できた。もちろん私の言語レベルの違い的に、親密度は日本人の友達の方が高いことは否定できない。それでも、留学前の私なら、外国人の友達は1人もできなかっただろう。これは私の持論なのだが、ある国、地域にはある一定の「ノリ」のようなものが存在していて、それに合わせることができれば、言語的なコミュニケーションはそこまで重要ではない。しかしその「ノリ」が合わないときに、心を通わせてくれるものが言語である。つまり、言語とノリの両方が欠けた状態では、コミュニケーションは成立しない。そういう意味で、留学前の私は友達を作りえなかったのだ。現地生とのかかわりを優先する中で、そこにある「ノリ」を理解し、自分を少し適応させる。なにより、言語能力を向上させることで、現地生とのコミュニケーションを成立させる。そのような行為の結果が、今の友好関係なのだ。つまり、この項目の結果、それにいたるまでのプロセスは、私の「会話的な英語力の向上」という、留学における一大テーマの根幹をなしている要素に、密接にかかわっている。そしてそれは同時に、シンガポールという社会を理解し、文化を吸収することでもあるのだ。そのような大事な項目において、ほぼ100%の目標達成をできたことは、とても嬉しく感じている。
・前期は授業に集中し、後期は英語力を向上させることに集中する
この項目に関しては、約80%の達成度だと思う。根本的な土台はしっかりと出来上がったが、英語力という部分に関して、留学前に想像していたよりも低いレベルになってしまったことは事実だ。留学前、私は最終的な英語力のレベルとして、ネイティブの友達とペラペラに喋れるレベルを目指していた。それこそドラマのように、冗談も言い合えるくらいの。しかし、それには想像よりも高い英語力が必要だった。そしてそれに到達するには、時間と努力量が十分ではなかった。英語学習というものはとても難しくて、モチベーションを保って毎日勉強するのは至難の業だ。特にある程度レベルが高くなると、変化を実感しにくい。学習の途中で、別にこれを勉強しなくてもコミュニケーションはとれるしな、と思ってしまう。言ってしまえば、「別に必須ではない学習」なのだ。これを克服する方法は、習慣化することと具体的な像を持つことではないか?と私は考える。実際に、英語学習が習慣化していた2月~3月は、毎日の英語学習に対して、悪い言い方をすれば何も考えず取り組めていた。それが4月になって少しずつ忙しくなり、ルーティーンが崩れていった。また、具体的な像を持ち続けることも重要だ。目指すべき何かがなければ軸が消え、モチベーションが簡単に下がってしまう。この項目に関しては、帰国後も学習を続け、「かっこいい英語が話せる大人」になりたいと思っている。
・英語の能力に関しては、発音と英会話能力の向上を優先
これも前の項目と関係してくるのだが、大体70%くらいだろうか?英会話能力というものをどのように定義するかによるのだが、ただ生活に困らない英語力だけを指すなら、100%達成できたといえる。しかしながら、それでは他の留学生と何ら変わらない。私が目指していたのは、ネイティブと深い議論ができるレベルの英会話能力である。その意味で、まだ完全に英語を英語としてとらえることはできていないし、成長の余地はまだまだ残っている。発音に関しては、少し向上したかもしれないが、まだまだ日本人英語から抜けていない。発音練習をしているときは綺麗に話せているように感じているのだが、実際の会話では少し焦ってしまい、結局元の発音が露呈してしまう。ただ発音というのはコミュニケーションにおいてそこまで重要ではなく、特に英語は伝われさえすればよいという風潮を感じる。ただ私が目指す理想像には、ネイティブらしい発音が必要なのだ。この項目に関しても、帰国後に高めていきたい。
・学術的な英語能力は、TOEFL100点程度の能力を身に着ける
これに関してはまだ不明だが、80%くらいは達成できたのではないかと考える。「学術的な英語能力」というと、曖昧なものに聞こえるけど、私の中でのイメージでは、テストで測ることのできる英語能力という意味合いだ。それはどちらかと言えば、リーディングやリスニング、ライティングの意味合いが強い。そのような能力を一番正確に、国際的な基準で測ることのできるテストがTOEFLであると私は考えている。留学前、NUSに入るためにはTOEFL65点以上が必要であると知り必死に勉強して、なんとか85点を獲得することができた。しかし、NUSに入学して最初に感じたのは、リーディング、リスニングに対する高い壁。特にリスニングに関しては、教授の英語が全く分からず、授業後に動画で復習を毎日行っていた。リーディングに関しては、ChatGPTを使いたい欲を何とか抑え、deeplもあまり使わないようにして、なんとか文章に食らいつく努力をした。もちろん英語を日本語に直して学習した方が効率がいいし点数もとれるのだが、せっかくなら遠回りして、自分を成長させたいと思った。このリーディングの成長は面白くて、セメスター2になってから、明らかにストレスなく文献が読めるようになった。加えて、頭の中に情景が浮かぶようになった。非効率な学習が実を結んだ瞬間だといえる。ライティングに関しては、NUSのエッセイで高めていった。正直このパートに関しては、納得いくレベルになっていない。三単現のsはいまだに付け忘れるし、canの後って過去形使えたっけ?とか基礎的なことを考えてしまうこともしばしば。しかしながら私の中でライティングの優先度は低く、学術的なパートに関してはリーディングとリスニングにフォーカスしていたので、後悔はない。TOEFLのテストはまだ受けていないため結果は不明だが、11月くらいに受講して成果を確かめたい。総じて、成長したという実感は手に入れることができた。
・授業で3つはA評価をとる
これに関しては、残念ながら達成できなかった。A評価をとるという壁は、私の想像していた何倍も高かった。NUSの授業は相対評価を行っており、A評価というのは、恐らく上位10%を意味する。1年学習を続ければ3つくらいは…!という思いでこの目標を設定したが、ローカルの学生を追い越すことは結局できなかった。彼らにとって、GPAは何よりも重要で、文字通り本気で成績を取りに来る。一方私にとって良い成績をとることは、ただの自己実現欲求でしかなかった。それゆえ、テスト前に急にやる気をなくし、弱い自分に負けてしまうこともあった。改めて、「強制されていないこと」で高い成果をだすことの難しさを感じた日々だった。しかしながら、留学が終わった今冷静に振り返ってみると、果たして私が現地生と同じ立場だったとして、本当にA評価はとれたのだろうか?という気持ちになる。それくらいNUSのレベルは高かったし、出会う人すべてが、私より優秀だった。この言葉は自分の弱さを正当化するようであまり好きではないが、食らいついたという事実こそが、私にとって大事だったのかもしれない。
・やるかやらないか迷ったらやる
これは自分を一番褒めたい項目かもしれない。この留学で、本当にたくさんのことに挑戦し、体感することができた。具体的には、海外一人旅、現地の学生との海外旅行、寮での新しいスポーツの挑戦などなど。あまり開示しすぎると個人情報に繋がるので言えないが、これ以外にも様々な挑戦をし、「前に進んだ」という感覚を得ることができた。そしてその感覚が新たな挑戦を容易にした。前にも書いたかもしれないが、私は元々新たに挑戦することに対して、消極的だった。それは私の人生経験、環境によるものかもしれないし、元々の性格によるものかもしれない。それを少しでも変えようと臨んだのが留学だった。その目標設定が、私の挑戦を後押ししたのかもしれない。やるかやらないか悩んだとき、いつも私の目標が脳裏に浮かんだ。結果として、まあやってみるか!という思いが生まれ、行動に繋がった。結果として気が付いたことは大きく2つ。
1つ目は、やらないで後悔するより、やって後悔する方が100倍ましだということ。新たなことに挑戦する中で、失敗したこと、後悔したこともたくさんあった。しかしながら、やって後悔したことに関しては、あとから笑い話になるし、何より次から修正ができる。自分で失敗したことは記憶に残り、試行錯誤がしやすい。そして結果が見えることで、あきらめがつくケースもある。一方でやらずに後悔したことは、具体的な結果が伴っていないため、「もしあの時行動していたらどうなったのだろう?」とあれこれ想像してしまい、むずがゆい気持ちが残ってしまう。そして失敗ネタにもならない。結果として、行動全体が消極的になってしまう気がする。留学を通して改めてそれを実感した。
2つ目は、新しいことに挑戦するには、ある程度のお金がかかるということ。どんなことにしろ、新しいことを始めるには、ある程度お金が必要になる。例えば海外旅行。日本にいるときよりも安価で行けるとはいえ、やはりそれなりのお金が必要になってくる。幸い私は奨学金を頂いていたため、新しいことに挑戦する余裕、機会がたくさん用意されていたが、もしこれが自費留学の場合、どうなっていたんだろう?と思う。これは何も留学だけの問題ではなく、人生全般において当てはまるかもしれない。お金がある環境で育った人間は、それだけ「挑戦する機会」が多く用意されている。そのチャンスを活かし、モノにするかは人それぞれだが、少なくともお金がない環境で勝負するよりはましであろう。留学中、「メリトクラシーの問題点」という点について学んだが、背景にはこのような問題があった。メリトクラシーは、不平等から生まれたかもしれない差を、「努力の差」という、正当性があるものとして合理的に処理する。その結果、貧富の差はどんどんと拡大していくというのが大まかな議論だ。日本国内でそれほど裕福な生活をしていなかった私は、留学先で、恐らく日本より裕福な生活をした。その中で、やはりお金というものが人間の行動、性格に少しなりとも影響を与えているんだと、感じた。私の留学は、言い換えれば、メリトクラシー問題について、当事者になって考えられた期間だったのかもしれない。
・自分の価値観をはっきりさせる
これに関しても、90%くらいは達成できたのではないかと考える。留学中、私は自分について振り返る期間を比較的多く用意していた。このnoteも、その一環と言えるだろう。様々な振り返りの中で、自分が本当に大事にしたいこと、また実はそこまで大切ではなかったものがはっきりとした。具体的に明言することは長くなるため避けるが、この留学で、今後のお金や時間の使い方について、確固たる方向性が定まった。日本にいる際も、ある程度自分の価値観は定まっていたが、それは「周りに影響を受けた大学生」としての価値観だった。自分自身が本当は何を考えているのかということについては、この留学で何も助け、影響がない宙ぶらりんな状態だったからこそ、考えられたのだろう。もしかしたら海外に影響を受けた、いわゆる「海外かぶれ」になっている可能性はあるが、大学生の期間中、同じくらいの期間を日本、海外で過ごしたからこそ、私の中で新たに見えるものがあった。
人間の価値観、選好は変化し続けるもので、恐らく大学卒業後の私が今の私を振り返っても、違いは感じるのであろう。しかしながら、今というこの大事な時期において、ある程度今後の人生の方向性が定まったことは、私にとって非常に有益なものになった。
・東南アジアの政治を理解し、その知識を日本で使えるようにする
これに関しては70%くらいだろうか。正直に言うと、まだ日本で十分なアウトプットができていないため、成果は分からない。しかしながら、NUSで学んだ様々なシンガポールについての知識、ASEANについての知識は、必ず日本で役に立つものになる。前にも述べた通り、私はシンガポールの経済や政治について、様々な授業から学習を行った。そこにある資料などはまだ全ては目を通せておらず、インプットの機会は残されている。その残されたものを、まずは日本で学んでいきたい。正直この分野はまだまだ成長の余地が残されているので、これからどうなるかは自分次第である。
・楽しさと勉強のバランスをとる
これは完全に主観的なものになるが、100%達成できたと感じている。冒頭で、私が最も大切にしていることが、この「楽しさと勉強のバランスをとる」ことなのは述べた。留学中、勉強に集中した時期、旅行に行きまくった時期、だらけてしまった時期、いろいろあった。しかし終わりに振り返ってみると、総じて必要だったなと感じている。だらけてしまった時期に関しては、もう少し自分に打ち勝てばよかったとも思っているが、私は自分に甘いタイプの人間なので、それも許そうと思う。もしかしたらもう少し早めに友達を作れて、メンタルが安定していれば、だらける時間は減っていたのかもしれない。日本に帰って改めて感じるのは、生活習慣、環境の違いである。留学中はお世辞にも生活環境がいいとは言えず、それで勉強のやる気が削がれてしまったり、ストレスが溜まってしまったりすることもあった。対して周りの人々は勉強に対して高いモチベーションを持っていることが多く、それが勉強習慣に繋がっていることもあった。イメージで例えるなら、日本は温泉で、留学先はサウナのような感じ。どちらが良いかはわからない。しかしながら、大学生活の中で異なる環境を行き来し、新たな経験を得られたことは、確実に良かったことであろう。
さて、長くなってしまったが私が留学前に設定した目標を振り返ってみた。
ここからは、留学前では思い描いてもなかった成果を出した項目について、簡単に見ていきたいと思う。
・趣味の拡大
留学中、様々な新しいことに挑戦する中で、私の趣味が拡大したと感じている。具体的に言及するのは避けるが、私の中で「新しいことに挑戦し、そのスキルを高めることは、そこまでハードルの高いものではない」という考えが芽生えた。それが趣味の拡大につながっているのだろう。留学先で見つけた趣味を日本で継続するかは分からないが、少なくともより積極的にはなれたと感じている。
・日本語のコミュニケーション能力の向上
これに関してはなぜ?と思われる方が多いと思うが、英語を用いてコミュニケーションをとる中で、日本語だったらどうしていただろう?と考える機会が増えたことが原因だと考えている。ユーモア力は落ちたかもしれないが、少なくとも初見の会話においてのコミュニケーション能力は向上したと感じている。表面的で浅いコミュニケーション力かもしれないが、個人的にはとても大切な能力だと感じている。
以上がこの項目についてである。細分化すればもっとあるかもしれないが、大体はこんな感じである。大事なのはこれを日本でも継続することであるが、時間の関係もあり、すべてを継続することは難しい。今は留学から帰ったばかりで、まだ私の中で整理をしきれていない。片づけねばならないことを片付けつつ、やりたいことを少しずつ再開していきたい。
留学先での後悔
人生はちょっとした後悔の連続である。それは飲み会のネタにできるものから、いまだにちょっと引きずっちゃうものまで。そんな細かいことを振り返ってもしょうがないので、今回は留学を改めて終えて、「こんなことしとけばもっとよかったかもな」という項目を上げていく。
・留学前に英語力を上げておく
これは結構な留学生が考えることではないだろうか?留学に来て改めて感じたのは、ネイティブのスピードの速さとそれについていく難しさ。前の章でもちらっと述べたが、会話というのは人間関係にモロに影響する。もし私が留学前に結構な英語力を有していたとしたら、もっとみんなとの関係が深まったのだろうと考えている。具体的には、リスニングとスピーキング。特にスピーキングに関しては、日本語でよく使う表現を「どれだけ英語らしく言えるか?」がミソになってくる気がする。時間をかければ今まで覚えた単語でたどたどしく、不自然に伝えることはできる。しかし、それは「留学生の非ネイティブの英語」であり、私が目指していたものとは異なっていた。もう少し英語の世界に興味を持ち、日常の表現などを会得していれば、留学初期や中期にもっと深い友好関係が築けたのではないか、そう考えている。
・人と関わるのをもう少し積極的にする
私は元々あまり人と関わることが好きではなかった。1週間あったら4日くらいは1人でいても全然大丈夫。そんな感じ。しかし留学を終えて、1人でいるのは3日くらいでもいいなと思ってきた。もちろんそれは留学時のコミュニケーションによるものだと考えているのだが、もう少しそれに早く気が付けばよかった。もう少しコミュニケーションをとることを恐れていなければ、もう少し自分を早く開示していたら、また違う景色が見られたのではないかと感じている。
・国際恋愛をしてみる
これは上記の内容とも関連してくるかもしれない。このような性格の私なので、国際恋愛をすることはなかった。でも実際にすることで、見えていたものがあったかもしれない。例えばコミュニケーションの難しさだったり、価値観の違いだったり。友達という関係性からでは見えないものが、そこにはあった気がしているのだ。実際のところ、留学して少し経って「恋愛をするなら日本人がいい」と早々に思ってしまったことが原因かもしれない。まあこれについては向き不向きがあるので難しいと思うけど、せっかく10か月もいたんだから恋愛の一つくらいすればよかったなと思った。
・ビジネスについて少し理解する
これはそんなに後悔ではないが少しだけ。シンガポールは世界中の大手金融機関が支社を構えていたり、セレブが多く滞在していたり、とにかくお金に関する事業、取り組みが多い国なのだ。そんな国のビジネスについて理解し、あわよくば現地の会社の人と話してみたり…。そういうことをすれば、もっとこの国の経済について深く理解できたのではないか?と感じている。もちろん留学前の私は積極性とはほど遠い人間だったと思っているから、この目標が無理だったことは仕方がないと思っている。ただ人間関係の構築というのは、思ったよりも近くにあって、そして思ったよりも重要だということを知れてよかった。
これから留学する方へ向けて
ここからは、留学する方へ向けてメッセージを残す章にしたい。せっかくなら最大限留学を楽しんでほしいし、充実したものにしてほしい。なんなら今までの章は見ていなくても大丈夫。できる限り全てを書き込んでいく。
(1)留学前のアドバイス
これに関しては大きく2つしかないと思っている。
1つ目に、英語力をできる限りあげること。リーディングやライティングは正直どうでもいい。大事なのはスピーキングとリスニング。スピーキングに関しては、日本に留学している留学生とコミュニケーションをとったり、オンライン英会話で練習したりして伸ばしていくのがいいと考えている。ある程度日本語を理解している人や、日本人の気持ちがわかる人とコミュニケーションをとることで、日本人特有の弱点や改善点を理解できるだろう。これに関しては終わりがないので、1日30分程度アウトプットする時間を作り、30分程度それを復習する時間を作るとよいと思う。また、イディオムなどはインスタのリールで見るなど、とにかく情報にアクセスする機会を増やすことが重要だと考えている。留学前に英語力の基礎ができていたり、自分なりの課題がわかったりしていると、留学後の英語学習がスムーズに、効率的になる。なのでできる限り行うことを勧める。
2つ目に、自分が留学で何をしたいのかリストアップしておくこと。留学の目的は人によって違う。自分の専門分野の研究を深めたい人、英語力を身に着けたい人、遊びまわりたい人。どんな目標でもいいので、自分が何をしたいのか、5個程度順位付けをして立てておくとよい。そして、その目標を達成するための具体的なプランも用意できれば最高だ。それにより、留学が充実して、意味のあるものになる。目標がないまま突っ走るのは、先が見えずに怖い。何より、ふと我に返ったとき、何をしていいのか分からなくなる。自分なりに目標を立て、留学先でそれを修正する時間を作ってほしい。もちろん人の感情、思いは変わるのが常で、留学前に立てた目標から変わってしまったり、新しい目標が生まれたりするのは普通だ。それはそれとして、柔軟にプランを変え、留学をエンジョイしてほしい。私自身も留学に行く前は、これほど海外旅行がすきだなんて思いもしなかった。なんなら海外旅行なんていかなくてもいいと思っていた。しかし今は、海外旅行は最も楽しい娯楽の一つだと、胸を張って言える。そういう風に変わっていくのが人間である。しかしながら、最初に立てた目標のうち、優先順位が高い2つは、留学先でも変えずに継続することを勧める。たとえ壁にぶち当たっても、思ったような結果にならなくても、その目標にもがき、逃げなかった経験が、今後の人生を華やかにすると思うから。
最後に事務的な準備の話も。NUSはそんなに手続きが多いとは思わないが、寮選びや授業選びなど、割と大事な選択を留学前にする必要がある。これに関しては半分運としか言えないが、できる限り情報を収集してほしい。それは私のnoteでもいいし、他のサイトやnoteでもいい。そうして情報を得たうえで選択すれば、後悔は残りにくい。でも恐らく、どこに入ったとしてもその人の考え方次第で、ある程度良い方向には持っていけると思う。結局は自分次第というチープな表現で、この章は締めたい。
(2)留学中のアドバイス
留学中、不安になること、苦しいこと、多々あると思う。正直言うと、この章を書いているのは留学から帰ってきて数か月たった後なので、記憶があいまいで、良かった記憶だけが残っているかもしれない。それでも、留学中の記憶を少しずつ思い出しながら、この章に関しては書いていきたい。
①英語力を高める
留学から帰ってきて改めて感じるのは、日本に住んでいると、英語を話す機会が極端に減るということ。もちろんないわけではないが、自発的にそれを作り出さなければならない以上、よほどのモチベーションがないと英会話力を格段に向上させることは難しい。それに引き換え、留学先は英語、もしくは日本語以外の言語で満ちている。そんな貴重な機会に、自分の英語力(語学力)を高めないのはもったいない。言語というのは面白いもので、一度能力を格段に向上させれば、ある程度触れていなくても、少しの訓練で元の能力まで戻すことができる。だからこそ、この機会を大事にしてほしい。言語力を高める手段はたくさんあり、どれが正解とかはないが、私がしていた練習を以下列挙しておく。
・youtubeを用いたシャドーイング
・英単語イディオム学習
・podcastのリスニング学習
・洋楽による発音学習
・海外ドラマ視聴
・現地生とひたすら話す
・海外一人旅
・授業資料によるリーディング学習
・TOEFL英単語学習
半分遊びのようなものもあるし、もちろん全然合わなかった学習方法もある。自分なりに合う学習方法を見つけて、とにかく継続することが大事だと思う。それによって、半年後、あるいは1年後には、かなりの向上が感じられると思っている。英語力向上の具体的な方法に関しては、腐るほど解説がでているし、私のnoteでも解説しているので、よければ見てほしい。
②「現地生活」を徹底的に楽しむ
留学における一番の醍醐味は、その国のスペシャリストになれることである。私はシンガポールという小さな国だったが、国に関して大体のことは説明できる。それだけ、ある国に住むということは、多くの文化、生活基盤を受容し、理解することにつながる。留学生活は、どうしても同じことを繰り返すルーティーン的な生活に陥りやすい。しかし、自分なりにアンテナを張って情報を収集し、その国のスペシャリストになることも悪くないと考えている。それは食でも、観光でも、ビジネスでもよい。何か自分の興味のある分野を見つけて、それを通してその国を理解しようとする。それによって、思わぬ発見や、自分の将来につながる何かを得られるかもしれない。しかも、現地について深く知ろうとすると、必ず現地の人とのコミュニケーションが生まれる。それによって、①で挙げた言語力の向上にもつながるし、留学生活がもっと楽しくなる。せっかくの留学生活。留学している国に、徹底的に接近することをおススメする。
③海外旅行に行ってみる
留学中は、いわゆる「フッ軽」になる時期であると私は考える。日本に帰って改めて感じることは、海外に行く足取りが重くなったということ。それは日本という国が快適すぎるからかもしれないし、地理的に他国と離れているからかもしれない。留学に行ったからには、海外旅行に一度は行ってみてほしい。新しい国を探索するというのは、想像以上に体力を使うし、想像以上に楽しい。調べる時間、旅行を待つ時間、実際に旅行をする時間、旅行を振り返る時間。そのどれもが、今後の人生を彩るものであると私は考えている。私も留学中に行った全ての国について覚えているし、そこで感じたことは、きちんと記憶として脳に刻まれている。何より、新しい体験を多く行うことで、留学の体感時間をより長くすることができる。「そういえば、あの時こんな場所に行ったな」「こういうトラブルに巻き込まれたな」など、思い出にはキリがない。そしてそれが、後々振り返ったとき、きっとプラスになる。自分のコンフォートゾーンを広げるという観点においても、海外旅行に行くことは、とてもお勧めする。予算の制約はあると思うが、自分が行きたい!と直感で感じた場所には、多少無理をしても行った方がいい。それが留学を終えた私が今率直に感じていることだ。
④勉強から逃げない
もしかしたら散々言ったかもしれないが、これもとても大事なポイント。せっかくの留学なので、勉強に食らいついて欲しい。今の時代、chatGPTや翻訳アプリで日本語に訳すことは簡単である。また、留学生なので勉強から逃げることもできる。しかしながら、留学中に勉強に食らいつくことで、将来の自分の専攻にもつながるし、何より自己効力感が高まる。よく言われることだが、人間の好き嫌いは、知識量で決まるという意見がある。例えば英語が全くできず、大嫌いな科目だったが、いざ海外で生活してみると、逆に英語が大好きになったという話。これは、英語に触れる機会が増えることで、英語の知識量が増大し、それによって、自分の好みに影響を及ぼしたということである。学問分野においても似たことが言えて、知識量が多くなるほど、その分野を好きになりやすい。実際、私は留学する以前、東南アジアの経済、政治などに対して、知識がなく、正直あまり興味はなかった。だが留学先で多くの知識を得た結果、今では胸を張って、それが自分の専攻だといえる。人間の好き嫌いなんて、そんなものなのかもしれない。したがって、留学先で学ぶ科目は、真剣に学んでほしい。それによって自分の研究テーマや、将来の仕事にだって影響を及ぼすかもしれないから。また、勉強から逃げないということは、自己効力感の向上にもつながる。自己効力感とは、「自分ならこれを成し遂げられる」と思う感情であり、これが強いほど、実際にも成功しやすい。思い込みの効果というのは想像以上に強く、それゆえに自己効力感を高めることは重要なのだ。実際、皆さんもこれに近い経験をしたことがないだろうか?例えば、バイトで一度やらかしてしまうと、次もどんどんやらかしてしまう。あるいは、ポジティブな気持ちでバイトに打ち込んでいたら、どんどん作業が早くなった、などなど。これはある種、思い込みによるものだと思わないだろうか?勉強においてもそれは同じで、自分ができる!と思いこんだ方が、実際にできる確率も上がる。留学中、勉強から逃げなかったという自信は、今後の学生生活においても必ずつながってくる。逆に勉強から逃げてしまうと、逆にそれが自信の喪失につながる可能性もある。良い成績をとる必要は必ずしもない。逃げないという、その過程を大事にしてほしい。人生は結果が全てかもしれないが、その結果に至るまで、過程は必ず必要になる。悔しい過程も、苦しい過程も。それは留学から帰った今、自信を持って言える。
⑤計画を立てる、修正する、振り返る期間を作る
最後にこれを紹介しておきたい。留学前にも話したが、計画というものは、何か目標を達成する際も、人生においても、必ず必要になってくるものである。留学という長い期間、きっと何かの目標を皆さんがもっていることであろう。そしてそれらをできるだけ達成したいと思っているであろう。そういう時、計画を立て、それを見つめなおす期間を作ることはとても大切だ。私は、留学期間中、くどいほど目標を立て、修正してきた。その結果、全てを達成できたわけではないが、少なくとも目標を立てなかった時よりも、うまくいったと信じている。自分のやりたいことを可視化し、記録することは、その後の自分の行動に影響を与える。ふとだらけたいと思ったとき、何をしていいか分からなくなった時、落ち込んだとき、目標は人の行動を後押しするきっかけとなる。私も幾度となく、自分の立てた目標に助けられてきた。そうして行動を修正していくうち、自然と目標を達成する自分に近づく。騙されたと思って必ずやってほしい。でも目標を達成できない自分を、あまり責めすぎないように。
(3)留学で役立ったもの
この章では、留学中役に立ったものを紹介する実用的な章にしたい。色々あると思うが、まずは箇条書きで書いて、注目するものをいくつかピックアップする形にしたい。
・シンガポール銀行口座
・物語 シンガポールの歴史(書籍)
・電子辞書
・薄い長袖のパーカー
・インスタント日本食
・地球の歩き方 シンガポール
・全世界対応型充電器
・日焼け止めクリーム
・マルチビタミン
・Carousell
・Split wise
・Grab
・シンガポール銀行口座
シンガポールに1年間留学するなら必ず作っておきたいのが銀行口座。恐らくどのサイトを参照してもこれは書かれている気がするが、電子決済が使えるのと使えないのでは、QOS(quality of Singapore)に雲泥の差が出る。個人的におすすめなのがDBSのmulti currency口座。開設方法などは他のサイトを参照してほしいが、オンラインで全て手続きが完了する仕組みになっている。最初は大変だが、残りの生活が格段に楽になるため絶対に開設してほしい。
・物語 シンガポールの歴史(書籍)
シンガポール理解の基本書として、留学後も常に手元に置いておきたい書籍。シンガポールの歴史、教育システム、社会制度など、基本的なものは全て網羅している。授業でシンガポールについて学んでいる際、「これってどういうこと?」となることがある。その時は、この本を参照すれば、それに関連するテーマを見つけ出せるはずだ。日本語でここまでクオリティ高く、かつコンパクトにシンガポールについてまとめている本は私が知る限りないので、留学前に購入することを勧める。(別に回し者ではないです)
・インスタント日本食
これについてはどれを持っていくか、気になるところだろう。そもそもシンガポールは日本食文化が浸透しており、ドン・キホーテや無印良品などで、簡単に日本食を手に入れられる。したがって、お金さえあれば、日本食は持っていかなくても構わない。ただし、ある程度予算の制約がある中で、日本の味を思い出したい人に関しては、日本食を持っていくことを強く勧める。
私の優先順位は以下のようであった。
Aランク(必ず持っていきたい)
・味噌汁
・レンジご飯
・どん兵衛
・緑茶の粉
Bランク(持っていきたい)
・インスタントラーメン/焼きそば
・インスタントカレー
Cランク(別に持っていく必要はない)
・お菓子
・その他インスタント
味噌汁、ごはんに関しては、本当にあってよかったと感じている。現地の食生活に舌が慣れていった私であったが、やはり味噌汁を飲むと日本を思い出す。また、インスタントの中でもどん兵衛は格別の美味しさだった。やはり日本人は、出汁を大切にする文化を持っているのであろう。メンタルが落ち込んだとき、やる気が出ないとき、日本食は心の支えになった。日本に帰って改めて、この国の食文化のすばらしさを感じる。留学から帰ってきて1食目の日本食は、涙が出るほど美味しい。それを楽しみにして、あえて一切日本食を食べないのも面白いかもしれない。シンガポールは日本食が発達していて、恵まれている国の方ではあるが、持っていくならこのようなものを検討してみてはいかがだろうか。
・Carousell
このアプリ、聞いたことがある方はどれほどいるだろうか?簡単に言えば、「シンガポール版メルカリ」出品者と購入者がやり取りでき、手渡しで取引を行うことが特徴的。国土が小さいシンガポールならではの面白いアプリだといえる。このアプリの最大のメリットは、「そこそこ高いけど1年しか使わないもの」を安く購入できること。私の場合はPCモニターをこのサイトで購入した。友人の場合だと、ドライヤーを購入したり、ヘアアイロンを購入したりしていた。わざわざ日本から持ってこなくても、このサイトを使えば安い価格で購入できる。また、留学が終了した後も、このサイトを用いて商品を売ることができる。中古が気にならない人なら、絶対に入れて損はしない便利なアプリだ。
・Grab
紹介するまでもないが、シンガポールを含む東南アジアで最も使われている配車アプリを最後にご紹介。Grabはタクシー配車、ご飯のデリバリーができるアプリで、特にタイやインドネシアでは格安で利用可能。シンガポール生活で使った覚えはあまりないが、東南アジアを回る時にこのアプリは必須。現地のタクシーにぼったくられないためにも、留学に行ったらこのアプリをダウンロードすることをおススメする。フードデリバリーに関しては、手数料が上乗せされる場合が多いが、どうしても家から出たくない場合は使ってみるのもよいと思う。
(4)留学でメンタルが落ち込んだら
留学中、様々な形でメンタルが落ち込むことがあると思う。それは私の経験からも、友人の経験からも言える。この章では、留学中にメンタルが落ち込むケースと、それらに対する対策を、私の経験から話せたらと思う。
1 ホームシック
留学中、最もメンタルが落ち込む要因がこれだろう。留学して2週間~3週間程度たつと、これからの生活が想像以上に長いことに気が付いてくるはずだ。また、キラキラしていると思った留学生活が、想像以上に日常の連続ということに気が付くかもしれない。その結果、ホームシックになる人は少なくない。実際に私も、留学の最初の1ヵ月は体感時間が恐ろしく長く、カレンダーを眺めて、帰国までの日数を数えていた。そのようなホームシックへの対応策を私なりに記せればよいと思う。
・不安を書き出す
個人的に最も有効だと思うのがこの解決方法である。自分がなぜ不安を感じているのか?その原因は何か?などを書き出してみると、これからの行動が見えてきやすい。私の場合、不安を感じている要因は、英語があまりしゃべれないことと、現地で楽しみがなかったことであった。このように原因がわかると、それに対する解決方法がわかり、不安が少なくなる。また、自分のやるべきことが分かることで、それに対して集中でき、最終的に良い結果につながると思う。
・定期的に、家族や友人と話す時間を作る
留学というと、「絶対に英語しか話さない!」と意気込む人も多い。それゆえ、日本の友人や家族に連絡をすることは、一種の逃げと捉える人もいるかもしれない。確かに短期留学ならば、英語にどっぷりつかるのもよいだろう。しかし、長期留学においては、それが逆にストレスになってしまい、最後まで頑張れないケースもある。なので、私個人としては、定期的に家族や友人と電話をして、コミュニケーションをとる時間を作ることをおススメする。それによってリフレッシュでき、気持ちを切り替えて頑張ることができると思う。
・SNSを短期間ストップしてみる
SNSは、ホームシックを加速させる要因となりうる。私も留学中、なんど日本食の動画をみて日本に帰りたくなっただろうか。この対策法として、SNSを短期間(数時間~数日)ストップすることをおススメする。それによって、その期間本当に自分がしたいことに集中できる。私は実際留学先に、スマホロックチェーンを持ち込んだ。これは、箱のようなものに入れタイマーをスタートさせれば、強制的にスマホを使えなくできるというアイテム。少々強引だが、これがかなり効果的で、自分のやるべきことに集中できるようになる。特にテスト前や課題提出直前など、頑張らなければならない時期においては、SNSをストップさせることで、メンタル面で不安定になることを解消できる。
2 劣等感
留学先でホームシックと同じくらいに感じるのが劣等感である。これは、留学して初期~中期、自分と現地の学生、あるいは自分と他の留学生を比較することによって生じる。私の場合は、英語力において、劣等感を感じていた。私は元々積極的な性格ではなく、ノリで海外生活を満喫できるとは考えていなかった。英語力があればよかったのだが、最初の方は英語力が十分になく、ただの「かわいそうな留学生」になっていた感は否めない。私なりに苦しんで出した、劣等感への解決方法を紹介できればと思う。
・自分にしかだせない「独自性」を発見する
劣等感は一般的に、自分が相手と比べて全ての要素で劣っていると考えることから生じる。例えば、周りの友人を想像したとき、自分より頭の回転が速い友人、スポーツができる友人、話がうまい友人など、様々いるだろう。しかし、自分がその友人と比較したとき、何か一つでも勝っている(と考える)部分があれば、劣等感は生まれない。逆に友人たちがもつ多様性が、心地よく感じてくるはずだ。留学は一般的に、「英語を成長させる場所」という風な認識が強いため、他の留学生と比較する際、どうしても「英語力」という一軸で判断をしてしまう。その結果、自分より英語力が優れている、あるいは英語を用いたコミュニケーションの能力が優れている留学生に対し、劣等感を感じてしまう。私の場合も、振り返ってみればそうだったと思う。そうではなくて、留学中、どんなささいな事でもよいから、独自性を発見し、それを少しでも成長させると、不思議なことに劣等感は消える。人よりたくさん旅行に行くでもよいし、人よりその国に対して詳しくなるでもよい。人に対して、少しでも自慢できることを増やすことが、劣等感を解消する一番の方法ではないかと考える。
・自分の成長を記録する
よく劣等感を解消させる方法として、「人と比べず、自分と比べる」という方法がある。確かにその通りだと思う。しかし、留学中は自分の英語力が上昇しているのか、していないのかあまり分からない。そこで、自分の英語力や思いを動画という形で記録し、それを積み上げていくことをおススメする。これは、短期的な劣等感の解消にはならないが、長期的に考えた際、劣等感の解消になる。そして何より、振り返ってみて楽しい。自分の成長の記録を動画に残すなんて、普段の日常では考えられないと思う。留学という非日常だからこそ、自分の成長を動画に残してみてはいかかだろうか?数か月経ってその動画を見返した際、確かに自分は成長していると、思えるはず。
以上が対処法である。この他にも、メンタルが落ち込むことがあるかもしれない。とにかく大切なのは、「現状と向き合うこと」だと私は考えている。現状と向き合わないと、問題は何も解決しない。でも、そこに向き合うことはなにより難しい。スマホを触って逃げたくなる。私も幾度となく経験した。ただ意外と一歩踏み出せば、そこまで高い壁ではないことに気が付くはず。人間の脳は不思議で、一旦作業を始めると、その作業に集中し、不安や焦りが少なくなる。逆に逃げ続けていると、その不安は一層大きくなる。自分を信じて、小さな一歩を踏み出してほしい。留学してるだけで偉いのだから。
(5)私の率直な思い
「口で言うのは簡単。実行するのは難しい。」
留学中、幾度となく感じたことである。留学中、達成したい事、やってみたいことは本当にたくさんあった。それを達成するための計画も立てた。しかし、それを実際にやり遂げることは並大抵のことではない。様々な出来事によりメンタルが落ち込み、ルーティーンの継続が難しくなったこともある。これだけ偉そうに記事を書いているが、テスト前に全然やる気が出ず、10時間スマホを見てしまったこともある。そういう時間は、長くて苦しい。
華やかに見える留学生活の中には、淡々と作業をこなさなければならない時間が存在する。どうかあまり、できない自分を責めないでほしい。1日何もできなくても、次の日にきちんと行えば、それは継続できたということ。慣れない、不安定な環境。そこに飛び込んでいる自分をまずは肯定してほしい。メンタルをポジティブに保つことが、留学を成功させる一番の要因だと考えている。そのための努力や手助けは、どんどん使ってほしい。そうしていくうちに、少しずつ理想の自分に近づいていく。諦めずに、少しずつ。
過程を楽しむ。結果が求められるこの現代社会で、これほど過程を楽しめる出来事は存在しないかもしれない。大学受験でも、大学の成績でも、その後の就職でも、この世の中のほとんどすべてのイベントは、結果が全てである。どれだけ頑張っていても、結果が出なければ、試験には落ちるし、会社内の評価も下がる。それにひきかえ、交換留学は、あまり成果に固執する必要がない(それゆえ難しいのかもしれないが)。一般的に、正規生と比べて授業の成績は劣るし、それが日本の大学生活に響くことも少ない。したがって、どれだけ勉強するかは、完全に自分の意欲、モチベーションに任せられるということだ。また、勉強以外のことをしてもよい。旅行、インターン、ボランティアなど、視界を広げれば様々な出来事が存在する。その変化の過程を、一番に楽しんでほしい。自分がどういう風に変わっていくのか、どういう可能性を獲得していくのか。それらはきっと今後の人生にプラスになる。私が留学していたシンガポールは、幼稚園から大人まで、競争が止まることがない、いわゆるメリトクラシー社会であった。現地生と話す中で、彼らがその環境に疲弊し、留学をすることで、ある種その環境から一時的に逃避しようとしていると知り、驚いた。私にとって、留学は挑戦だったのに、彼らにとってはバカンスだったのだ。このような話を聞くと、少し留学に対して楽観的な気持ちになれるのではないだろうか?結果にこだわることはもちろん大切だし、自分が決めた決意から逃げるのは、恰好が悪い。しかし、過程を楽しむという観点を頭の片隅において、留学を送ってほしい。留学は明らかに人生におけるターニングポイントになりうる。ぜひ最後まで、ポジティブに走りぬいて!
現在の文字数はちょうど37000字。キリが良いので、あと3000字記して、このnoteを締めたいと思う。ここからは私の勝手な話。あとがきのようなもの
このnoteを書き始めたのは、シンガポールの最終授業が終わり、旅行に向かう飛行機の中。日付で言うと、5月の頭。そして今この文章を書いているのが、8月20日。noteを書き始めて約4か月、帰国してから約3ヵ月経ったことになる。あまりに時がたちすぎた。あれだけ鮮明だったシンガポールの記憶も曖昧になっていき、快適すぎる日本の環境に、どっぷりと浸かりそうになっている。英語を話す機会も明らかに減った。もしかしたらマインドも、少し弱気になったかもしれない。それでもこの留学記を記し続けたのは、留学の思い出のようなものを作りたかったから。もし私が今日死んでも、誰かに私の留学を投影できるかもしれない。自分という人間が体験した思い出を共有し、それが少しでも誰かの記憶に残れば、それは私が生きた証であり、価値だといえる。そういう大それた思いから始めたわけではないが、ほとんどを記し終わった今、そのように思う。
留学を終えた今だから言えるが、留学中は、良い意味でも悪い意味でも、少しおかしかった。今ならノリと勢いで海外に一人旅に行けるかと言われれば、ノーというかもしれない。見たこともない食べ物を食べろと言われれば、食べられないかもしれない。積極性という観点において、今よりも留学時の方が優れていたのは間違いない。もちろん、その積極性が悪い方面に発揮されたこともあった。それでも総合的に考えると、留学時、積極性をもって動いて本当に良かったと思える。あの時にしかできない経験が色々あった。それをほとんど妥協せずに遂行できた自分に、ナイス判断だったと伝えたい。
「変化しつつ、変わらないでいるように」
留学前、自分に願ったことである。私はこの留学以前、コンフォートゾーンに浸る生活をしていた。人間関係も充実していたし、生活環境にも不安はなかった。人並には大学生を楽しめていたと思う。ただなんとなく、このまま終わるかもしれないという漠然とした恐怖があった。このまま大学生活を終えたとき、それは自分にとって有意義だったといえるのだろうか?
そんな思いが、自分を深く振り返れば振り返るほど、湧き出てきた。
留学は、そんな自分を変えたかった。コンフォートゾーンから抜け出し、様々なことに挑戦したい。その中で、自分の性格や価値観を少し変容させたい。しかし、根本的な性格は変えたくない。そう思っていた。結果としては、わからない。ただ、ポジティブな方向に変わったのではないか。
留学から戻って3ヵ月、日本においても、新しいことを始める際、留学前よりもより楽観的に、積極的に始められるようになった気がする。でも恐怖は依然として感じている。自分が他人からどう思われているか、どのように評価されているのか。それに対する恐怖は、留学を終えても消えることはなかった。恐らくそれは、私の心の、もっと根深い場所にあるのだろう。それは仕方がないと、今は割り切れる。それが私の性格であり、変えようはないのだ。それを受け入れた上で、行動に移せる。それができるようになっただけでも、留学をしてよかったかな。
留学中、留学後、様々な人に接し、関わってきた。その中での気づきは、「自分の好意や嫌悪感は、巡り廻って自分に戻ってくる」ということ。
留学の初期、寮内のワイワイした雰囲気が苦手で、それを忌避していた。そういう自分の雰囲気や態度は、必ず相手側にも伝わる。留学して数か月、そのような逆張りをやめて、現地の生活に接近した。その結果、かけがえのない友人ができた。結局人間関係は、思ったよりも自分の行動、態度に依存しているのだ。留学後も、様々な人に出会った。その中で、以前よりも疑うことなく、フラットな感情で関われている自分に気が付いた。人間は思ったよりも相手のことを思っていて、素直だ。このような楽観的思考を抱けるのは、私が留学中、人間関係に恵まれたからかもしれない。だから今は、自分の気持ちを、より素直に表そうと努めている。きっとその方が、自分にとって良い人間関係が構築されるはずだから。
自分はドラマ的な思考をする人間だなと、ふと感じた。ドラマ的思考とは、今私が考え出した言葉に過ぎないが、残念ながら先駆者がいたみたい。結局留学は、私の人生という物語を形作っている一部に過ぎないと、留学初期から考えていた。だからこそ、この留学という章は、人生における区切りになると、本気で考えていた。普通に考えると、日常は連続しているし、人生に区切りなんてあるわけはない。毎日毎日、死ぬまでの積み重ねであり、暇つぶしだ。でも、自分のドラマや物語の主人公に見立て、現実を大げさに考える思考法は、時にモチベーションになるし、楽しい。逆境が来ても、これは自分に課された課題なんだと、楽観的に捉えられる。よく人生は、仮想現実に例えられることがある。私たちは仮想現実のゲームの中にいて、違う世界のプレイヤーが私たちを操っている。普通に考えたら非現実的な話。でも私は、この話を20%くらい信じている。信じているからこそ、自分が主人公プレイヤーのように、逆境に立ち向かって、最終的に乗り越え、目標を達成する、そのような未来を思い描いている。留学においても、そういう思考法ができたことで、自分のモチベーションや努力が、キープできたのかもしれない。
結局私の留学が、最終的にどのような結果をもたらすのか、まだわからない。この留学の結果でよかったのか、もっとできたのではないか、思うところはたくさんある。留学中、この世界には想像よりも、努力している人間が多いことに気が付いた。みんなその努力をひけらかすことなく、淡々と日々をこなしている。努力をどこかに見せないと気が済まない私は、たまにそれによって自己嫌悪に陥る。それでも、自分なりに努力を続けていくしかないのは、分かっている。この文章を書き終えた8月後半、今から様々なことにチャレンジしていかなければならないだろう。そしてそれらは留学と異なり、結果を出すことが求められる。いつまでも留学の思い出に耽ることなく、前に進まなければならない。この経験が正解と言えるように。そしてこの経験によって、自分が変化したといえるように。留学のnoteは、留学する人へのアドバイスのように見えて、実は自分への思い出保存のような側面を強く持っていた。この記事は、その集大成のようなもので、これを最後に、留学に固執する自分から抜け出そうと考えている。いわば遺書のようなものかもしれない。これからの長い人生、これほど経験的に濃い時間を過ごすかは分からない。決して全てが充実していたとは言わない。笑っている時間は、日本に帰った後の方が圧倒的に多い。けれど今は、多くの楽しみとやらなければならないタスクに挟まれて、自分の決意と覚悟が曖昧になっていると感じる。気持ちが曖昧な人間は、魅力がなくて、ダサい。この留学記を契機として、そんな自分から変わりたい。新たな人生のステージで、格好良く踊れますように。
ここまで見てくれた方がどれだけいるかは分からない。二転三転する発言や、支離滅裂な文章構成に辟易した方も多いだろう。でもこれが、嘘偽りのない私の気持ち。楽しんでくれた?
ではまたどこかで。
結
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