俺のさつまいも
えらく小振りなさつまいもが4本で250円、みたいな売り方をされていて、そろそろ終わりかなと切ない気持ちになってみる。
3月にさつまいもの旬も何もないだろうと思っていたのだけれど、収穫から一、二ヶ月おくと、水分が飛んで甘味が増すのだそうで、この時期が最後の売り時となるらしい。
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男性の好みが分かれる食材である。
結婚して実家を出たとき、「これからはかぼちゃとさつまいもをおかずにできる!」とほくそ笑んだ。
26年一緒に暮らしていた弟は、いも栗南京を好まない男であった。昔は菓子類など喜んで食べていたと思うのだが、成長に従い味覚が変化したらしい。ケーキなども甘さ控えめか、フルーツの甘さが際立つものしか受け付けなくなった。
私がかぼちゃやさつまいもでおかずを作ると、「これで白米を食えと?」とばかりのしかめ面をする。
文句を言いつつ食べるのが末っ子の可愛げであろうか。しかし作り手からすると、時間と手間をかけて作った食事を嫌々食べられても面白くない。
徐々にそれらはNG食材として、食卓に上げなくなった。
結婚した男は甘党であった。
入籍したのは秋のことで、大きなさつまいもがお安く投げ売りされている時期だった。
「そうだ、これを醤油で甘辛く煮付けてやろう」
実家では絶対出てこないメニューである。
新米主婦は、ところどころの皮むきから面取り、あくぬき、おとしぶたと、煮物でしつくせる技術すべてを使って、さつまいもの煮物を作った。
悲劇は夕食の団欒で起きた。
「……これ、ちょっと無理」
と、旦那がのたもうた。
手前味噌だが、煮物は上々の出来だった。旬の素材の新鮮さとも合間って、正直おいしかった。
それなのに、なぜお前はこれが食べられないんだ!
問いただすと、驚愕の言葉が返ってきた。
「甘辛いから無理」
は?
「甘いものは、甘くないと無理」
え、でもこれ甘い煮物です……けど……。
「醤油の味が無理!」
心の中で悪態をつくことくらいなら、許していただけるだろうか。
めんどくせっっっっ!!!
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かくして、「かぼちゃとさつまいもは(ただでさえ甘いけれど)甘く味付けする」が我が家の鉄則となった。
ちなみに、NGなのは醤油だけではない。
かぼちゃを薄切りにして、にんにくとバターでソテーしてみても、さつまいもを根菜で作ったラタトゥユに潜ませてみても、もちろんみそ汁の具にしてみるのもダメだった。
唯一、母からときどきもらう豚汁に入っているさつまいもや、カレーに入っているかぼちゃは食べるのだが、それは義理の息子としての全力の気遣いらしい。できた婿である。(実の息子と義理の息子、両方が好かないものを潜ませる母のメンタルも強い)
かぼちゃを食べたいなら、砂糖とみりんと酒で作る煮物。もしくははちみつとクリームチーズを入れたサラダ。さつまいもを食べたいなら、甘いレモン煮にするか、同じくサラダ、もしくは大学芋。またはごはんに芋を炊き込むさつまいもごはん(これなら栗ご飯感覚で食べられるらしい)。
一年半かけて貯めたレシピは、とにかくどれもこれも甘かった。
あぁ、甘辛いさつまいもが食べたい。
おかずっぽいかぼちゃが食べたい。
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旬の終わりのさつまいもは、食卓に上げるにしては小さすぎる。
やめておこうかと袋を戻しかけて、ふと思った。
「弁当に入れればいいじゃないか」
夕飯は二人分用意しなくてはならないが、弁当は私の分だけを作ればいい。
詰めるものは大体夕飯のおかずの余りと相場が決まっているが、決めたのは自分である。
自分が自分の好きなもので自分をもてなさなければ、一体他に誰が私をもてなしてくれるんだ!
そんなわけで、今日の私の弁当のメインは、醤油多目のさつまいもの甘煮である。
二本分煮付けたから、今週一杯は楽しめるだろう。
これは私のためのさつまいも。誰に遠慮することもなく、旬の終わりを楽しもうじゃないか。