日記:道を歩いていく
寒かった。どうやら雪も降っていたみたいだが自分は目にすることがなかった。でも積もらない雪を見てもわけもなく悲しくなるような気がして、それでよかったような気がする。雪が好きだが、だからこそアスファルトに舞い降りてただ溶けていく様子を見ると人一倍切ない気持ちになってしまうと思った。
電力が逼迫していて停電になるかならないかの瀬戸際だったらしい。昨日は知らず暖房を使ってしまった。寝るときには部屋も暖かくなっていたので切ったものの、そこはかとなく罪悪感が胸に去来する。
もしかしたら20時過ぎには停電してしまうかもしれないとのことで、その頃にちょうど帰宅の途に就く予定であったから、電車が止まってしまわないか不安になった。いくつかニュースを調べてみると、停電の恐れは20時から23時くらいに渡っているらしく、流石に23時まで仕事をする予定もないし、そもそも停電になってしまえば仕事もできなくなってしまうのだから、それならば家路を急ぐのがよかろうと思ってオフィスをあとにした。結果として電車は止まることなく最寄り駅まで自分の身体を運んでくれて、きっと節電に励んでくれていたであろう顔も知らぬ誰かや、電力の融通に奔走してくれていたであろう電力会社やその関係者の方々が、自分を家に帰してくれたのだろうと思うと、本当に頭が下がる思いだった。
家に着く頃には、どうやら今夜は停電することはなさそうだという報せが舞い込んできていて安堵した。電気がなければどれだけ不自由な思いをすることだろうか。電灯によって人類が克服した夜は再び闇へと舞い戻ることになるし、冷蔵庫をはじめとした家電はその働きを失う。ましてやこんな寒い日になにより大きいのは暖房が使えなくなることで、しかしこんな日だからこそ電力の需要も高まり逼迫した事態になったことを思うと、はてさて卵が先か鶏が先かとも問いたくなる。まあ今回は先日の地震の影響で火力発電所が停止していることに端を発しているらしいので何が先かははっきりとしているのだけれど。
今日は読書会(とは言うが別にその場で本を読み合わせるのでもないのでこの呼称は適当でもないのかもしれない。ただ読書が好きな何人かで通話する会)の予定があったのだが、先にも述べた停電の恐れがあったので延期しようと言う話になった。今回の課題図書(読んでおいて感想を話しあう対象の本)として挙げられていたのは昨日の日記でも触れた誉田哲也の『武士道シックスティーン』と、もう1冊がまさきとしかの『あの日、君は何をした』で、そのどちらも読み終えてはいたのだけれど、どちらも続編が出ているらしく、どうせならそれも併せて読んでおきたいと思っていた。前者は4冊目である『武士道ジェネレーション』をなんとか読み終わりそうだったのだが、後者については続刊の『彼女が最後に見たものは』に手をつけることができていなかった。なので読書会が延期になったのはむしろよかったのかもしれない。
武士道シリーズは今日の夜を使って読み終わった。非常に面白い作品だっただけに、読み終えてしまうのが嫌になるくらいだった(好奇心に負けて読んでしまったが)。以下、ふんわりとだけど内容に触れている感想。
『武士道シックスティーン』『武士道セブンティーン』『武士道エイティーン』はそれぞれ高校1年から3年までの剣道に打ち込む女子高校生たちの物語が繰り広げられる。シリーズを通して主人公となるのは2人。幼い頃から剣道を続け、ただ強くなることに真っ直ぐ突き進んでいく勝ち気な磯山香織と、中学生になってから日本舞踊から剣道に転向し、勝つことよりも自分の剣道と向き合うことに意識を傾ける西荻早苗。小さな大会で出会った2人は、やがて好敵手として切磋琢磨していく。ぶつかり合い、つまずき、手を差し伸べ、その手を取り、それぞれの目標に向かって邁進していく。熱く爽やかで繊細な、スポーツと青春の日々を鮮やかに描き出している。
3年間、同じライバルとの関係性を描き続けていながら、その展開を読ませない巧みな筆致に惹き込まれていった。進級するにつれて彼女たちは成長するし立場も変わる。ただ挑む者であった1年生から、教え導く立場である上級生へと。そして最後の舞台となる3年生において彼女たちが背負うもの。その心理の動きを克明に描いているから、読み進める手に汗を握らずにはいられない。トップクラスで戦う選手の覚悟が、息も詰まる緊張感となって伝わってくる。一度きりの残酷な勝負の世界。だが結果だけが残るのではない。歩いた道が心の中に確かに残っている。
『武士道エイティーン』には短編として、それまで語られてこなかった人の物語が紡がれている。そのどれもがそれぞれの色濃い人生の影を映し出していて、そんな様々な人の熱い想いが交錯していく様子がさらに物語を重層的にしている。
人生は続く。『武士道ジェネレーション』では、高校を卒業したあとの2人の姿が描かれる。剣道があり、そして生活がある。背負う未来がある。そしてきっと、それらを貫く武士道がある。答えは歩いて確かめていくほかない。
主人公2人の視点を中心に、周辺の様々な世代の人々の人生まで捉え、さらに学生から大人へと変化していく時間軸による人生の縦軸までも描き出す。この小説はそれぞれでスポーツの物語として完成されているが、シリーズを通すことでさらに遠大でかつ普遍的な人生への問いかけをも表現しきっている。有り体に言えばこれは人生の物語で、自分はそういう物語が大好きだし、このシリーズも読み終えたくないほどに大好きになってしまった。そして物語の後も彼女たちの人生は続く。そのどれもに幸多からんことを祈っている。
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