読書感想文:『スクラップ・アンド・ビルド』


生き方を選ぶのは難しいが、死に方を選ぶのはもっと難しい。医療の発展と平均寿命の延伸に伴う老後の長期化は、死に接近した時間がより長さを増していることを指している。例え死の足音がそこまで迫ってきていたとしても、死を選ぶことのできる状況は限られている。死とは自らの意志とは関係なくもたらされるという点で暴力的で、それが避けられないという点で宿命的である。それに抗うことは困難だ。

いつか自分が老いたとき、眼前に近づいてくる死についてどう思うのだろう。死とは生の不可避な結末で、老衰もまたそこに付随する。人は必ず死ぬし、人は必ず老いていく。いつか訪れる終わりに向けて進んでいく人生を、私たちはどのように生きていけばよいのだろうか。

『スクラップ・アンド・ビルド』において健斗が抱える葛藤にも、同じような不安があったのではないかと思ってしまう。介護を受けて生きる祖父を前にして、そこに自身の未来を見たのではないか。だからこそ、それを振り払うようにして自身の力の再構築に走ったのではないだろうか。健斗の取った行動は極端でこそあれ、人生に対する向き合い方として欠くことのできない視点を提示しているように思えてならない。



新卒で入社した会社を辞め、アルバイトや資格勉強を熟しながら、母・祖父と共に実家で暮らす健斗。入浴の補助といった祖父の介護をしながらも、弱音を吐きながら甘えを見せる祖父に対して母と同様に苛立ちを募らせている。

祖父のような衰弱を忌避するかのように、健斗は自身を鍛えることに没頭する。楽な方向に流れていくことを拒み、自身を追い込んでいくことそのものに快楽を見出しているようにも見える。

ただ漫然と時間をやり過ごさなければならないのは、生き地獄そのものだと健斗は思った。

—『スクラップ・アンド・ビルド (文春文庫)』羽田 圭介著
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身体的な作用を分解していき、自らの支配下に置く感覚は心地よい。そうやってスクラップ・アンド・ビルドを繰り返す。その姿はまるで、自らを再構築していく過程そのものに価値を見出し、それで結局どうなるのかには目を逸らしているようでもある。



活力に満ち溢れて生きる健斗と比べると、家族に気を遣い息を潜めながら、それでも生きてひっそりと死に向かう祖父の姿は非常に弱々しい。身体の痛みを訴え、(慰めてもらうための)生きることへの弱音を吐きながら生きる祖父。しかし、その訴えを聞いても、どうすることもできない。祖父の身体は医学上は健康体であるからだ。もしも(祖父が言う通り本当に)死を願っているのだとしても、その道程はまだ長い。しかし、医学上は健康であったとしても、身体が衰えていくことに伴う苦痛はあるだろう。本人の痛みは本人にしかわからない。

死にたい、と浅ましく慰めを求めるかのような声を聞き、健斗は「そうであってはほしくない」と思い、祖父の真意が死を望むものであると断じた。健斗は善意から、祖父に尊厳ある死を贈ろうとした。それは祖父にある種の高潔さを求めたからではないだろうか。或いは、そこに自分を重ねて、死すら制御下に置く自身の理想を押し付けたのではないだろうか。

人は生きているうちに死を経験することができず、故に死への価値観は生に内在する。健斗が鍛錬によって自らの生をコントロールしようとしていたのだとして、その究極の延長線上は死すらその範疇に収めることにある。死とは、人生における最後の事象である。その事象を制御下に置くことができたのだとすれば、ひいては人生のすべてを思い通りにするということに他ならない。健斗自身の鍛錬と、祖父に対する緩やかな尊厳死への誘導は、ここで結びつく。

失念してはならないのは、祖父の死を決定できるのは、祖父自身であるということだった。健斗は、祖父が入浴時に溺れず生きていたことに安堵している様子をみてそれを悟った。



再就職先へと向かう電車の中で、健斗は知らず祖父を探していることに気づく。自分よりも弱い存在がそばにいたことで、相対的に自らの強度を実感することができた。しかしひとたび外に出てみれば、自分よりも幸福そうな姿が目に映る。相対的に自身の不安定さを思い知る。

結局のところ、人は一人で生きていくしかない。そのための力は自分の中にしか見いだせず、スクラップ・アンド・ビルドで作り上げていくしかない。祖父への反発から行ってきた鍛錬を、今度は自らの中で打ち立てるしかない。それは祖父がいたからこそ気付くことのできた弱さであり、それを乗り越えていくための強靭さでもある。自分の人生は、自分で舵をとっていくほかない。

生きて何処へ行くのか。辿り着く場所がわからないまま、曖昧な未来を掻き分けていく。いつだって未来は灰色の不安で満ちていて、それでも自分の脚で歩いていかなければならない。

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