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【短編】世界が滅んでいくだけの物語 ♯1

♯1 富士山にて

「あと少しだぞぉ。もう少しで山頂だぞぉ。」
俺がそういうと、妹の美羽が顔を上げた。
「もう、本当むり。」
そういうとムウと唸った。
「そっちが登りたいって言ったんだから、がんばれ。」

富士山に登りたい。何を思ったのか、5月のゴールデンウィークに帰省した時にお願いをされた。まあ、帰省と言っても、中野から横浜とすぐに帰れる距離だが。
俺は高校生の頃から登山を始め、大学では山岳サークルに入り、休みのたびに山に行く生活をしていた。美羽はそんな俺を見て『何が楽しいの?』『またぁ?』と呆れた顔をしていた。
この春から俺は社会人に、美羽は大学に進学したのだが、特にサークルなどに入っていないようで、バイトに明け暮れている。もう少し、大学生活を楽しめばとも思うのだが…。
「兄さん、私、富士山に登りたい。」
リビングでコーヒーを飲みながらテレビ見ていたらそう唐突に声をかけてきた。
「富士山?なんでまた、急に。」
「何だって良いでしょ。この夏には登りたいと思っているんだ。連れて行ってくれない?」
妹の性格はよく知っている。何か理由があるなと察した。
「分かった。7月1日に山開きをするから、梅雨の様子見てになるけど7月の後半に行くか。」
「ありがとう。助かる。」
「その代わり、おまえさ、運動全然してきてないだろ。少しは体力作るために走ったりしろ。あと、富士山行く前に何回か登山に行こう。いきなり富士山は厳しいよ。」
「え?そうなの?」
「山をなめるんじゃない。」
「はいはい。わかりましたよ。」
面倒くさいという感じの返事をしてきた。
「その返事はなんだよ。かわいい彼女とでも行きたいところだけど、妹の頼みとあっちゃ断れないから引き受けたんだぞ。」
「こんなかわいい妹が一緒に登ってあげるんだからいいでしょ。どうせ彼女もいないのに。」
「ぐはっ!」
いつものようなやりとりなのだが、何だろう、一瞬暗い表情を見せた美羽が気になった。
「明日、登山で使うもの買いに行くから一緒に来てよ。」
「・・・。」
「なによ。」
「俺は金出さないぞ。」
「ばれたか。」
そういうと、美羽は自分の部屋に戻っていった。
「・・・。本当、何があったんだ?」

「それにしても、本当に人が多いんだなぁ。もう少しだと思うのに、渋滞になってきたね。」
登山初心者の美羽のことを考えて、一番メジャーな登山道である吉田ルートを選択したのだが、その分登山者も多い。登山道に入ってからはしばらく道幅も広いが、それも徐々に狭くなっていき、渋滞も発生する。9合目付近から渋滞も佳境になっていく。
「慌てない慌てない。渋滞は休憩だと思えば楽になる。」
富士山に登る人は、日本人だけでなく今は外国人も多い。世界遺産という点も大きいからか、観光の一つにもなっている。世界遺産の中でも、自然遺産でなく文化遺産での登録というのが富士山らしいといえばらしい。信仰や芸術の対象としての富士山という点で、古くから密接に文化とかかわってきたことが登録の理由ということだったそうだ。
日本最古の物語『竹取物語』でも富士山が出てくる描写があるくらいだ。
「あの鳥居を過ぎたら、もう終わりも目の前だ。」
「やっとかぁ。」
「よくやったよ。時間はかかったけど、十分だ。」
「2か月のランニング、事前の登山も良かったみたい。ありがとう。」
俺があの時伝えたことをすぐに実践したのを知っている。真面目過ぎるくらい真面目な性格だから、自分でやると決めたことはやる。そういうところが良いところだ。
「さあ、着いたぞ。」
吉田ルート山頂に到着した。
「本当の山頂はあそこの剣が峰になるのだが、ここを山頂としてもいいんだ。お鉢巡りと言って、火口を一周回ることもできる。でも、回るのに1時間半はかかるだろうから、下山時間を考えるとここまでかな。」
「いや、もうここで十分です。」
「次回は別ルートから登って、剣が峰に行こう。」
「いや、もう次はない。」
疲れ果てた顔だが、美羽は笑いながら言った。
「よし、少し休憩しよう。昼も過ぎているし、弁当食べて下山だ。」

弁当を食べて、一息ついていた。
富士山に登りたいと言った日からの2か月、美羽と会うことも少なく事前の登山の時も聞くことが出来なかったことを聞こうと口を開いた。
「なあ美羽、何で富士山に登るなんてあの時急に言い出したんだ?」
美羽は黙ってうつむいていた。ため息をついて、俺を見ながら話しだした。
「私ね、好きな人がいたの。」
ちょっと驚いた。今まで彼氏がいたそぶりもなかったし、そういう浮いた感じもなかったからだ。でも、過去形か…。
「彼氏じゃないよ。」
俺の表情を見て、察したようだ。超能力でもあるのか?とたまに本気で疑いたくなるくらい、表情を見て考えていることを的確に読む能力がある。
「入試ゼミで一緒だった人なの。」
「そうなのか。」
「うん、帰り道が途中まで一緒で、よく一緒に帰っていたんだ。」
「へぇ。」
「その人、登山を子供の頃からご両親と一緒に行っていたみたいで。入試で我慢しているけど、大学に入ったら山に行きまくるぞって言っていたの。」
「なるほど、その人と一緒に山に行きたくて興味を持ったってとこか。」
「ちがうな。私は特に山には興味なかったの。でも、そうやっていうその人の笑顔が本当に好きだった。」
「・・・。」
「お互い、進学も決まって・・・。ゼミが最後の日に、一緒に帰っていたとき話になったの。今年の夏、もしよかったら一緒に富士山登りにいかないかって。日本で一番高いところからの景色を見てみないかって。」
「そうか・・・。」
そこまでの話になっていたのに、俺とここに来た。何となく話が見えてきた気がした。
「山には興味なかったけど、うれしかったな。」
そういうと、立ち上がってこっちを見た。
「その人、4月に死んだの。事故で。大学は別だったけど、よくLINEはしていたの。でも、ある日LINE送っても既読にならなくて・・・同じゼミの友達がその人と同じ大学に行っていて、次の日聞いたの。そうしたら、新歓コンパの帰りに、飲酒運転の車に轢かれたって…。即死だったらしい。」
「そうか・・・。」
やっぱり。だからあの時の俺の冗談に暗い顔をしたのか。
「お葬式にも行ったの。でも、涙が出なくて・・・泣きたいのに泣けなくて・・・。そう思っていたら、ふと考えたの。あの人が誘ってくれた富士山に登りたいって。」
そういう美羽の頬を、大粒の涙が流れていた。
「そうしたら、あの人が見ようといった景色を見たら、少しはあの人は死んだことが現実なんだってわかるかなって・・・現実を受け止められるんじゃないかって・・・。」
「・・・。」
俺はそっとハンカチを渡した。
「そうか・・・辛かったな、美羽。」
泣いている自分に気が付いて、ハンカチで目を抑えた。
「まあ、きっと今上から見ていると思うよ。日本じゃここが一番天国に近いんだ。」
「見ているかなぁ。化粧崩れちゃったから見てほしくないな。何で泣いたんだろ。」
泣きながら冗談を言う美羽を見て、俺も少し笑った。
「本当ならその人と見たかった景色だろうけど、こうして妹と一緒にここに来れて俺もうれしいよ。」
「ううん。今日はありがとう。」
「登山も良いもんだろう。ぜひ、これからも続けてほしいな、俺としては。」
「・・・気が向いたらね。」
「せっかく買った道具がもったいないぞ。」
「はいはい。でも、本当景色いいね。」
そういうと、下界に目を向けた。
「あれ、スカイツリーだよね?」
「そうだな。」
遠くに見えるひと際高い建造物が目に入った。
「すごいなぁ。遠いけど、東京が見渡せる。」
「横浜も見えるんだぞ。」
「そうなの?」
「そういえば、今日母さんたちスカイツリーに行くって言っていたな。昔の友達が遊び来るから観光するとかって。」
「私はまだ上ったことないな。」
「えっ?そうなの?」
「興味ない。」
いつもの美羽に戻っていた。

13時24分

荷物を片付けて、下山の準備を始めた。このペースでいくと、富士スバルラインに戻れるのは夕方になるかな、と考えていた時、けたたましい音が辺りから鳴った。
何だと思ったらみんなスマートフォンを出して画面を見ている。
スマートフォンを見た。

『緊急警戒アラート:太平洋から飛翔物を確認。国民は速やかに地下に避難、もしくは近くの建物に避難してください。』

何だ?こんなアラート見たことない。
[なんだ?また北朝鮮が飛ばしたのか?]
[いや、今回太平洋からって言っているじゃん。]
[これ、エリアどこだよ?]
[国民って、全エリアってことじゃない?]
[いや、地下って、ここにはそんなもん無いよ~]

「兄さん、これ、どういうことだろう。」
「分からないな。何か飛んでくるってことか?まさかそんなことあるか。」
「誤配信ってことない?」
「あー、それはありえるな。」
そうしている間に、再びアラートが鳴った

『緊急警戒アラート:日本海から弾道ミサイルとみられるものが飛翔しております。国民は速やかに地下に避難、もしくは近くの建物に避難してください。』

「えっ?弾道・・・ミサイル?」
「いや、今度は日本海って。さっきは太平洋だったよな。」
「ど、どういうこと?」

[弾道ミサイルって、どういうことだよ]
[何かのドッキリじゃないの~?]

それぞれのスマートフォンが鳴った。

『速報:ニューヨーク、ヘルシンキ、モスクワで核爆発とみられる爆発が確認された。』
そう知らせる速報ニュースが入ってきた。

[やばいじゃん!]
[逃げなきゃ!]
[うそうそ!どうするの!?]

周りがパニックになってきている。
「兄さん、どうしよう」
美羽もさすがに慌てた様子でこちらを見ていた。
「どうするもなにも・・・ここじゃどうにもならないだろう。」
「そうだけど・・・。」

[とりあえず、小屋に避難しよう!]
[ちょっと、押すなよ!]

まさか、こんなことあるか。現実的でない状況に呆然としていたときだ。
遠く東南の上空から何かが飛んできているのが目に入った。
「あれ・・・飛行・・・機か?」
「えっ?」
俺の声に周りの人も上を見上げた。
その数秒後、東の空から巨大な閃光が起きた。
昼間でもわかるその大きな閃光のあと、歴史の教科書や映画で見たことあるキノコ型の巨大な雲が立ち上がった。俺はサングラスをしていたので、一部始終をすべて目にすることが出来た。
「・・・東京が・・・。」
「うそ、うそ・・・。」
美羽が、その場にいる人たちが閃光のあった東京方面を見ている。

[あ・・・あれ見ろ!]
[え?何か飛んで行ったぞ!?]
[横浜?]
[あれ、ミサイルじゃね?]

周囲がどんどんパニックなっていく。
見ると、横浜の海から何かが飛んでいくが見えた。
「兄さん、何あれ?」
「何だろう。」
そういうと、隣にいた男性が声をかけてきた。
「あれは・・・多分米軍のミサイルじゃないでしょうか。」
「えっ?米軍ですか?」
「原子力潜水艦には、核ミサイルを格納しているものがありますから、それでしょう。」
「それって、憲法違反じゃ・・・。」
「憲法違反だろが何だろうが、そういうことじゃないでしょうか。」
そういうと、男性はフラフラと歩いて下山道に向かって歩いて行った。
「ど、どこに行くんですか?」
「下山するんですよ。ここにいても仕方ない。」

[おい、また飛んできてるぞ!]
空を見上げた。また一つの飛翔物が南から飛んできている。
でも、今度は方向が違う。
「名古屋だ。」
「え?」
俺がつぶやいたことに美羽が反応した。
「これって、兄さん・・・戦争?」
「だろうな・・・。」

核戦争・・・。うそだろ。
いきなりそんなことが起こるのか?この時代に?
日本海から飛んできているっていうのは・・・。
北側の空を見た時、北西上空から飛んでくる飛翔物が目に入った。
目に入ったと思ったら、一気に通過して東京に再び落ちた。

山頂はパニックになっていた。その状況をみて、このままでは返って危険だと判断し、先ほどの男性と共に下山道に入った。案の定、どこもパニックになっていたので、下山にも時間がかかった。我先に降りようとする人たちに押されて滑落している人がいれば落石を起こしたり、とてもじゃないが生きた心地がしない。まあ、この状況でひとまず生き伸びたのは奇跡なのだろうが。

「慌てても仕方ないんですよ。これが核戦争なら、いずれ私たちも放射能にやられて死にます。ひとまず落ち着いて行動して、下山するだけです。」
この男性は何でこんなに落ち着ているのだろう。
「怖く・・・ないんですか?」
「怖いですよ。でも、起きてしまったことです。どうしようもないでしょう。」
「確かにそうですが・・・。」
「家族は、おそらく皆死にました。東京なので。」
「僕の両親もおそらく。妹がここにいることが唯一の救いです。」
横で美羽が泣いている。
「生き延びて放射能にやられて死ぬのが良いのか、痛みも感じず一瞬で死ぬのが良いのか。難しいところですね。」
そういうと、男性は黙ってしまった。

何とか車に戻った時には、辺りも暗くなっていた。
まだ、このあたりの電力は生きているようだ。街灯が点いている。
生き残った地方の新聞社によるネットニュースで確認したが、関東には3発のミサイルが落ちたという。日本含め、世界の主要都市で核による爆発が記録されたらしい。それも何千発も。
これからどうしたらいいのだろうか・・・。
「私は、明るくなってからどうするか考えます。あなた達ともここまでですね。」
「ありがとうございました。」
「妹さん、その時が来るまでしっかり守ってあげてください。」
その時・・・放射能で死ぬときということか。
「はい。」

そういうと、男性は車のある方へ歩いていった。
俺たちも車で休もう。
「兄さん、ごめんね。私が山に登ろうと言わなかったら苦しまず死ねたかもしれないのに。」
「何を言っていんだ。まだ死ぬとは限らない。生き延びたことに感謝すらしている。」
「でも・・・。」
「考えるな。ひとまず、ちょっと休もう。」
そういって、車に入った。

男性が言うように、これだけの核が使用されたのなら、おそらく放射能から逃げることはできないんじゃないだろうか。だからと言って、諦めることはしない。
横でぐっすり寝る美羽の顔をみて、最後の最後まで生きていく。
そう俺は心に決めた。
外は雨が降り出した。
どす黒い雨が。





あとがき

作品について。
久しぶりにこういうものを書いた。
全くセンスもなく、科学的検証も特にしてませんが、想像で書いてます。
先日、「渚にて 人類最後の日」を読んで、それにインスパイアされました。一人の青年の目線で、日常の中でいきなりこういうことが起きたらどうか。もっと物語的に色々と話を盛り上げるような出来事を付け加えてもいいと思いましたが、おそらく、実際そうなった時ってこんな感じではないだろうか。
そう考えて、端的に書いたつもりです。
下手糞な文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございました。


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