Taylor Swift「folklore」レビュー
Taylor Swiftの8枚目アルバム「folklore」がサプライズ発売されてから、24日で1ヶ月が経った。
あの訳が分からなくてひたすらTwitterで情報を追った日からもう1ヶ月か…。リリースされてから毎日聴いているが正直言って飽きない。
毎回聴くたびに気付かなかったメロディに気付けるし、このアルバムは知らない単語が沢山出てくるのでとても勉強になる。
そしてとにかく歌詞とメロディが良い。良い、という言葉では足りない、もっと適切な言葉があるような気がするのに、それしか言葉が出てこない。辛い。徹底してインディーフォークを取り入れたのは、ポップなメロディだとどうしても歌詞よりメロディに耳がいくのを、今回はより物語を伝えるのに重きを置いたからだろうかと邪推する。
どの曲もベースはピアノ伴奏とギターのシンプルなメロディなのに聞き続けるうちに耳から離れないスルメソングだらけの作品。
歌詞も多様な感情の波のようで、これは新アルバムの度言っていることなのだが、テイラーの引き出しの多さに驚かされる。これを聴いて誰が彼女をアイドル歌姫と思うだろう。テラスハウスのあの曲の人だよね、とは誰も思わない。
どっぷり彼女の世界観に浸れるアルバムだ。
1.the 1
水が流れる様が聞こえるようなメロディ。I’m doing good(わたしは元気よ)から始まる歌詞が彼女の近況報告のようで、ホッ。しかし続く歌詞は、付き合っていた恋人と別れたことを後悔をしているような歌詞。「血の出るような辛い痛みを負ったことがなければ、成長することもない」胸に刺さる歌詞。
★お気に入りの歌詞→「Rosé flowing with your chosen family.(あなたが選んだ家族にロゼワインのような甘い幸せが流れている)」
2.cardigan
最初のコツコツと聞こえる音は石畳を歩く、ハイヒールの靴の音だろうか。「スパンコールに煌く笑顔、真っ黒なリップ、官能的な政治」はかつてフラッシュの中で笑顔を振りまいていた自分への回顧もそこには含まれているように感じる。20年生きていて一度きりの感情。とは、どんなものだろう。わたしはまだ出会えていない。
これは後に続く「august」と「betty」と合わせた3部作として、「ティーンエイジ・ラブ・トライアングル(高校時代の愛の三角関係)」について書かれたものの1つだ。MVも公開され、コロナ禍で制作されたとは思えないほど、完成度の高いものだった。
★お気に入りの歌詞→「You drew stars around my scars(わたしの傷跡を囲むようにあなたが描いてくれた星たち)」
3.the last great american dynasty
タイトルだけ公開されていた時はLoverの「Miss Americana&Heartbreak Prince」の続編かなと思ったが全然違うものだった。
彼女は2013年にロードアイランドに別荘を買い、以前はイベントのたびに仲の良い友だちや家族と盛大なお祝いをしていた。そしていつしか自分が住む前にここに住んでいた人に想いを馳せ始めた。
いつかテイラーがこの屋敷を手放した後、何十年か経って、また別の誰かがこの別荘を買うかもしれない。そうしてテイラーの事を知り、また想いを馳せる。そして誰かに語り継いでいくのだろう。それこそがfolklore(言い伝え)なのではないかと思った。
★お気に入りの歌詞→「Free of women with madness, their men and bad habits ,Then it was bought by me(イカれた女性たちとも、その恋人たちとも悪い習慣とも縁が切れ、それからその家を私が買った)」
4.exile
ボン・イーヴェルのジャスティン・ヴァーノンをフューチャリングした曲。吟味された単語がすべて美しい。REDに収録されているスノウ・パトロールとの共作「the last time」と似たような空気を感じる。後半の重なっていく掛け合いが本当に素晴らしい。これは喧嘩中の言い合いだろうか。
★お気に入りの歌詞→「You were my crown. Now I’m in exile seeing you out(あなたは私の王様だだた。今、あなたから去っていく私は流浪の民)」
5.my tears ricochet
コーラスは空からの天使の歌声か、はたまた亡霊の世を呪う声か。それは晴れたお通夜の日のこと。お通夜の参列者は、小さな会社だったBig Machine Recordを二人三脚で大きくしてきた功労者のテイラーに酷い仕打ちをした、スコット・ボーチェッタ。
「あなたを愛してた。本当に愛してた」泣きそうになりながら聴いた。涙の流れ弾であいつらの心臓が貫かれたら良いのに。そして永久にあいつらの戦艦は海の底深くまで沈んでほしい。
★お気に入りの歌詞→「And when you can’t sleep at night, you hear my stolen lullabies(あなたが眠れない夜には、私から奪った子守唄が聞こえるはず)」
6.mirrorball
ゆったりとした音楽が流れるダンスフロアのようなメロディにとても可愛らしい歌詞。こういう曲がアルバムの真ん中にあるとホッとする。自分をミラーボールに例えるなんてさすがテイラー。いろんな面を映し出しながら、割れたら粉々に100万個の破片になってしまう。彼女の多才な面と繊細な内面を表現してるんだろうか、すごい。テイラーですら、「天賦の才があったわけじゃなく、いつだって努力に努力を重ねるしかない」なんて言うんだから、わたしはもう、どれだけ努力すれば良いのだろう。
★お気に入りの歌詞→「I’m still on that tightrope, I’m still trying everything to get you laughing at me(わたしはまだ綱渡りの最中で、あなたを笑わせるために今もあらゆる事を試してる)」
7.seven
わたしにも幼い頃、近所に住んでいた今はぼんやりとしか顔も思い出せない、小学校の登下校はいつも一緒だった子いるけれど、そういう子をふと思い出して、月や土星に届くほど愛してる、一緒にインドに逃げて永住しよう、なんて言えない。きっと本人自体を愛しているわけではなく、その人と一緒に過ごした7歳の頃の景色や感情や思い出をまとめて愛しているということなんだろう。
★お気に入りの歌詞→「Passed down like folk songs, The love lasts so long(伝承歌のように受け継がれていった、いつまでも絶えることのない愛)」
8.august
三角関係の三部作のひとつ。bettyの歌詞からするにこの曲の主人公はイネスではないかと思われる。潮風を感じるイントロと、全体を通してキラキラした真夏の日差しと夏風の匂いがするメロディが素敵。だけど歌詞はひと夏の恋の歌。
思い出にするつもりなのに、電話を待って予定をキャンセルしたり、彼女に悪いという気はないのかと思ったり。モールで会おうっていうのが何となく学生っぽい。社会人だったら休憩室とか、喫煙所とか車の中とかなのか…分からないけど。
★お気に入りの歌詞→「August slipped away like a bottle of wine(8月は少しずつ味わいながら、ワインのボトルを1本空けるように飲み干された)
9.this is me trying
これはテイラー自身の曲なのではないかなと思ってしまう。若い頃から煌びやかな世界で生きてきた彼女が抱えていた不安や思いを正直に歌詞に乗せている曲。溢れてくる気持ちの中に、車を走らせる描写もあり、きっとくたくたになって車を走らせながら色々なことを考えているんだろうなあと思った。テイラー自身のことならば、もう頑張らなくても良いんだよと言ってあげたい。
★お気に入りの歌詞→「You're a flashback in a film reel On the one screen in my town...(あなたは私の町にたった一つしかない、映画スクリーンに映し出される回想シーン...)」
10.illicit affairs
秘密のロマンス。禁じられた関係の歌。今のテイラーには無縁なような気がするので、想像上のことなのかと思ったが、Don't call me kidからの苦しい気持ちは、聞いているだけでもなかなか辛くなってくる。人の気持ちの動きとかを書くのがテイラーはとてもうまいなあと改めて感心する。お気に入りの歌詞の部分ははあぁあ、すごいなあとため息が漏れてしまった。
★お気に入りの歌詞→「Take the words for what they are. A dwindling, mercurial high(言葉は額面通りに受け取って。気まぐれな高揚感は、次第に薄れていく)」
11.invisible string
日本人ならきっと誰もが知っている、運命の人と小指と小指が赤い糸で結ばれているという赤い糸伝説。これは日本古来からの言い伝えらしいのだが、この曲には赤い糸を連想させるような歌詞が登場する。(あなたと私を結ぶ見えない糸がずっと前からそこにあったと)
テイラーが赤い糸伝説をなにかしらで知ったのならなんだかとても嬉しい。
他の歌詞もテイラーらしいソングライティング力が光っている。随所に散りばめられた、「交際3年記念旅行」「16歳でヨーグルトショップで働いてた」「初めてのLA旅行でタクシーで流れた曲はBad Blood」「以前心を粉々にした元彼の、今は赤ちゃんにプレゼントを贈ってる」などのイースターエッグを探すのも楽しい。purple pink skyはloverのアルバムジャケットを思い出す。folkloreの中で一番好きな曲。
★お気に入りの歌詞→「Hell was the journey but it brought me heaven(地獄のような旅路でも、その道は天国に続いていた)」
12.mad woman
私の死を願う思いが二人を結び付けた、という歌詞のようにこの曲もスコットとスクーター・ブラウンのことについて書かれていると思われる。相手を罵る言葉を使うようになったところも今までのテイラーにはない試みで、本当に腹立ってるんだなあと。(当たり前だけど)その気持ちを色々な曲で、色々な表現で書いていくテイラー、強いなあと。
★お気に入りの歌詞→「And there's nothing like a mad woman(キレた女ほど手に負えないものはない)」
13.epiphany
1942年、ガダルカナル島の戦いで最前線で戦っているテイラーのお爺様。かたや現代、コロナ禍で最前線で患者のために働く医者や看護師たち。目的は違うが目に見えぬものと戦い続けている人のための曲。過去と現在を多くを語らずに歌いきっている。しかし、Loverからtwenty(20)という単語を頻繁に使っているけど、なにか特別な意味があるのだろうか。
このアルバムにはTrack3など過去と現在を混ぜ合わせて書いている曲がある。これもfolklore。
★お気に入りの歌詞→「Holds your hand through plastic now(今はプラ手袋越しに手を握る)」
14.betty
三角関係の3部作のひとつ。他のSNSでも言ったのだが、この曲は一部の聴者から同性愛の歌と言われている。だけれども私はそれがどうしてだか分からない。普通にひと夏の気の迷いで浮気したJamesがBettyに『若くて何も分からなかった、君とやり直したいんだ』っていう都合の良いクソ男の曲なのでは…(笑)調べてたら、Taylorの名前はJames Taylorにちなんで名づけられたから、James=Taylorらしい。JamesがTaylorならBettyは?と思ったら、数年前まで親友だった(今もかもだけど)カーリークロスらしい。色んな方向から色んな解釈ができるテイラーの曲はやっぱりすごいなと思った。この曲でJamesは17歳だから、まだなにも分からないと言っているけれど、恐らくcardiganの主人公である、Bettyは若い頃はなんでも知っていたと一蹴している。そして最後の「Standing in your cardigan,Kiss in my car again」とふたつの似たような単語を重ねているのも聞いていてにやりとしてしまった。
★お気に入りの歌詞→「Standing in your cardigan,Kiss in my car again(君のカーディガンを羽織って佇んで、僕の車の中でもう一度キスをして)
15.peace
テイラーのライフスタイルは、ME!でも歌っていたように「trouble's gonna follow where I go(私の行くところはいつもトラブルがつきまとう)」。この曲でも冒頭同じ事が歌われている。誠実な相手を前にして、それでも大丈夫?と語り掛けている曲。いままでのテイラーの色々な歌詞の要素が詰まっているように思う。(reputationやLoverのアルバムから)平和な日々はあげられないけれど、他のものは与えられるよ、と。その中の「あなたに子どもを授けてあげる」でなんでかドキッとしてしまった。東の盗人、西の道化師。この辺りもうまいなあと唸ってしまった。
★お気に入りの歌詞→「Give you the silence that only comes when two people understand each other(分かり合っている二人だけに訪れる沈黙をあげる)」
16.hoax
この曲はいろんな解釈ができると思う。恋人との別れの歌だという説。Track5のmy tears ricochetに「私が空に向かって叫んでいるときは今もあなたに語りかけている」という歌詞があり、この曲でも「岸壁に立ち尽くして、理由を教えてと叫んでいた」とあることから同じ人物についての歌だという説。あるいはTrack3で歌われているレベッカが夫のビルを亡くして悲しみに暮れている歌だという説など。
真相はテイラーしかわからないけれど、今までのアルバムだったらTrack15の「peace」をラストに持ってきそうなものだが、あえてhoax(=デマ、でっち上げ)を置いたのが気になる。やはりこのアルバムに収録されている曲はすべてfolkloreということなんだろうか。
★お気に入りの歌詞→「No other sadness in the world would do(この世のどんな悲しみも代わりにならない)」
17.the lakes
ボーナストラック。イントロはまるでモノクロ映画のオープニング曲のよう。歌詞中に出てくるWordsworthとは19世紀イギリスのロマン派の詩人、William Wordsworthのこと。彼は自然についての詩をよく詠んだそうだが、テイラーが歌うのは彼女が"my muse"と表現する恋人とのロマンスと、未だ終わらないBig Machine Recordsの売却による過去の楽曲の版権問題。彼女は大きな湖を眺めながら、古き良き牧歌的な風景の中でこの歌を詠んだ。ため息が出るほどに美しい言葉の数々。
これが彼女が語り継ぐfolkloreの結び。
★お気に入りの歌詞→「A red rose grew up out of ice frozen ground With no one around to tweet it (凍てついた大地から芽を出して咲いた赤い薔薇。周りにはそれをツイートする人は誰もいない)」
とくにラストにかけての3曲が解釈が難しく、とりとめのない文章になってしまった。
しかし、ちょっと今までにない種類の感動を覚えたアルバムだった。歌詞が良すぎる。こんなもの作れちゃうんだもんなあ。
このアルバムのライブツアーはあるのだろうか。この状況下ではまったく判断できないけれど、来年でも再来年でもよいので是非やってほしいと思う。(Loverのツアーもまだやってないけど)
「大好きなものを作ったのなら、早く世間に出すべきだって私の勘が言ってる」
彼女の、ずっと同じ場所にとどまらず、新しいところに踏み出していく姿勢、いつまでも変わらないクリエイティブと発信力。
本当に好き。
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