聖書のストーカー

中年男性の性について語ってきたが、性に悶え、悩み苦しむのは彼らだけではない。若い男性もそうである。彼らはニュースで報じられるような、地位ある立場からセクハラをすることはできない。だが、惚れ込んだ女性のことで思いつめるあまり、その女性につきまとい、暴力を振るってしまうことはある。ストーカー事件である。

ストーカーという言葉こそなかったが、はるかな昔から人類は、というよりも男性は、おのれの性欲に苦しみ、しばしば道を踏み外してきたようだ。じつは聖書にもストーカーはいる。じつに、紀元前10世紀ころのストーカーの記録である。

ダビデの子アブシャロムにタマルという名の美しい妹がいた。ダビデの子アムノンは彼女に恋をした。アムノンは妹タマルのことで思い悩み、病気になるほどであった。というのも、タマルは処女で、アムノンが彼女に手出しをすることなど思いも寄らなかったからである。

(サムエル記下13章1~2節 聖書協会共同訳、以下、引用は同訳)

ダビデは王なので、妻が何人もいる。アブシャロムとアムノンは異母兄弟。アブシャロムとタマルは同じ母親から生まれたようだ。だがアムノンはそうではない。アムノンは「病気になるほど」異母妹タマルを求めてしまう。病気ということで、聖書はどんな病気を表しているのだろう。アムノンの友人ヨナダブが心配して声をかける。

「王子よ、なぜか、あなたは日に日にやつれていかれる。」

(同4節)

朝から晩までタマルの容姿が頭にこびりついて離れず、何も手につかず、夜も眠れない。アムノンはタマルを想像しては食事もしないで、ひたすら自慰行為に耽っていたのだろうか。彼はヨナダブに、タマルへの激しい欲望を打ち明ける。そこでヨナダブは彼に、ある禁じ手を教えてしまう。

「病と偽って寝床に横たわり、お父上(筆者注:ダビデ王のこと)が見舞いに来られたら、こう言うのです。『どうか妹タマルをよこし、私の食事の世話をさせてください。私に見えるように、目の前で食べ物を作らせ、彼女の手から私が食べられるようにしてください』と。」

(5節)

このあたり、質の悪い不良たちが、女性をどうやってレイプするか、計画するような暗さがある。アムノンは計画どおり仮病を使い、タマルにパン菓子を持ってこさせる。彼は従者らを周到に退室させ、彼女と二人きりになる。そのあと、彼女には悲惨な暴力が待ち受けているのだ。聖書はそのことを包み隠さず告発する。

アムノンはタマルに言った。「料理をこちらの部屋まで持って来てほしい。お前の手から食べたいのだ。」タマルが自分の作ったパン菓子を取り、兄アムノンのいる部屋に入り、彼に食べさせようと近づくと、アムノンはタマルを捕まえ、「妹よ、お出で。私と寝てくれ」と言った。タマルは言った。「いけません、兄上。私を辱めないでください。イスラエルでは、このようなことは許されないことです。愚かなことはなさらないでください。私はこの恥をどこへ持って行けるでしょうか。あなたも、イスラエルの愚か者の一人になってしまいます。どうか王様にお話しください。王様は、私をあなたに与えるのを拒まれないでしょう。」しかし、アムノンは彼女の声を聞こうとせず、力ずくで辱め、彼女と寝た。

(10~14節)

彼は彼女を襲い、射精する。欲望は満たされぬがゆえに欲望であり続ける。満たされるや否や、それは急速に神秘性を失い、冷めてゆく。アムノンはタマルの肉体を欲し、膣に射精したかったのであって、彼女に対して何の責任を感じてもいない。
「ああ、やっちまった。めんどうくさいことになったな」
それがアムノンの、射精後の正直な心境であっただろう。なぜなら、そのあたりのことも聖書では精確に描いているからだ。

ところが、アムノンは彼女に激しい憎しみを覚えるようになった。彼の抱いた憎しみは、彼の抱いた愛よりも激しかった。アムノンは彼女に言った。「すぐに出て行け。」彼女は彼に言った。「いやです。私を追い出すなど、あなたが私になさったことよりも卑劣です。」しかし彼は、彼女の言うことを聞こうともせず、召し使いの若者を呼び、「この女を私のところから外に追い出せ。その後で、扉に鍵をかけておくのだ」と言いつけた。彼女は長袖の上着をまとっていた。王女で処女である者たちは、このような長衣をまとっていたのである。アムノンの従者は彼女を外に出し、その後で扉に鍵をかけた。タマルは頭に灰をかぶり、着ていた長袖の上着を裂き、手を頭に置いて、大声で泣きながら立ち去った。

15~19節

古代イスラエルの王宮において、王子であるアムノンはタマルの処女を奪った以上、責任を取って結婚しなければならなかった。暴力を受けたタマルが、それでも退室を拒んだのもそのためだ。だが彼女の美しい身体を征服、凌辱するという欲望を果たした今、そのあとの結婚や彼女との人格的な交わり、長い人生を共にしてゆくことなど、アムノンにはなんの興味もない。ああだこうだ言ってくるタマルが鬱陶しい。用は済んだから、さっさと視界から消えてくれ。

ストーカーは、欲望を満たしたいからストーカーとなる。冷静に考えれば、ストーキングしている時点で相手から嫌悪されることは明白なのだが、欲望が思考を覆ってしまう。アムノンもまた、タマルに射精したいという欲望に取り憑かれたとき、射精したあと彼女とどう生きていきたいのか、彼女からの信頼をどうやって得るのか、そういうことには考えがまったく及ばなくなったのだ。それが聖書の語る「病気」なのである。

このあとアムノンはアブシャロムに復讐され、殺害される。この復讐がきっかけでアブシャロムは父ダビデと疎遠になり、やがて謀反を起こし、彼もまた斃れ行く運命をたどる。思えば父ダビデの過ちは、他人の妻を奪うため、その夫を激戦地に送り込んで故意に戦死させたことであった(サムエル記下11章)。父の尽きせぬ性欲はめぐりめぐって、息子たちの惨劇となった。


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