夏へ帰る。
夏の帰省は、チケット予約のタイミングが難しい。
早めに確保しておけば安心なのだが、あまり早く取りすぎると、台風とぶつからないか、災害などで運休にならないか、心配しながら過ごす時間が長くなって、落ち着かない。7月半ばから始まるこのソワソワは、たいてい仕事の忙しさと重なることになっていて、疲労や眠気、あるいは変な高揚感がピークに達した瞬間、「そうだ、予約しよう」と急に解決することが多い。わかりやすすぎる現実逃避。ちなみに今年は、どうしようもない悔しさに歯を食いしばりながらの帰宅途中に予約した。景色が好きなほうの窓側の席が無事取れたことがわかると、不思議と心が静かになって、からだの力がぬけた。もうすぐ帰れる。がんばれ、私。
今年の暑さは強烈で、新幹線に乗車した時点ですでに汗だくだった。いつもは景色が郊外に変わるまで待つのだが、今回はとても無理。発車と同時に缶ビールを開けていた。
汗がひいていくにつれ、気分もだんだんと帰省モードになっていく。歯ブラシと化粧水を忘れたことに気づいた。ちょっと疲れてるのかな、私。
天むすを買った後に見つけたシュウマイと唐揚げがとてもおいしそうで、うっかりどちらも買ってしまった。こんなに食べられないし、そもそも車内ではにおいが強すぎて開けられないのに、なにやってんだ。やっぱり疲れてるんだな。実家へのおみやげにした。
両親に会うのは三ヶ月ぶり。家の前で待っている母と、居間で出迎える父と。少しずつ老いながらも、元気でいてくれるのが有り難い。父が唐揚げを喜んでくれたのでよかった。
家の畑で採れたインゲンとオクラを、母が天ぷらにしてくれた。形はふぞろいで不格好だが、色が鮮やかで見るからに新鮮。ほおばれば、濃くて力強い味と香りが口いっぱいに広がる。おいしいなあ。私なりにあれこれがんばってみたここ数ヶ月よりも、この一口のほうがはるかに豊かで、深くて、尊いと思った。おいしすぎて、涙が出てきた。そうとう疲れて弱ってたのかな、私。
広い空、山と海、父と母。六十代で地方移住した両親が住む家は、私にとって懐かしい実家ではなく、日常ではない。その日常とは違う場所と時間に身を置くと、自分が普段どんな日常を過ごしていたのかがよく見えてくる。
この両親のもとでどんなふうに育ったか、どんな大人になりたかったか、昔のことをだんだんと思い出していく。そして、自分が今、本当はどんなふうに生きたいと思っているのか、少しだけど気づかされる。帰省には、そんな意義もあったりするのかもしれない。いや、ないかもしれないな。
帰る場所があって、よかった。
帰る場所をつくってくれる父と母がいて、よかった。
二次会のハイボールを飲みながらそんなことを考えた、帰省一日目の夜だった。