よりダイレクトでフェアな出版をめざして――DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING
バリューブックスから、新しい本が出版されます。
なんと、吉本ばななさんによる書き下ろしの、1年間の日記の本です。
プレスリリースはこちらです。
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000033.000026949.html
実は今回、「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」という新しいレーベルを立ち上げ、出版と流通の方法においても、踏み込んだチャレンジをしています。
この記事では、プレスリリースには書ききれなかった、そのチャレンジの内容を詳しくお伝えしたいと思います。たいへん長いですが、きっと「なるほど~」と思ってもらえると思います!
著者の影響力によって一番利益を得ているのが、Amazonであるという現状
著者のSNSに貼られるリンク
少々遠回りしますが、まずは今回の取り組みに至るまでの背景からお話します。
最近では多くの著者が、オンラインで告知のできる場所をもっています。SNSでたくさんのフォロワーがいらっしゃるような方もたくさんいて、新刊が出るときには、著者のSNSで「こんどこんな本が出ます!」というお知らせが、発売前に行われることが多いでしょう。
発売前ではあっても、発売予定の本として書誌情報がJPROというデータベースに登録されていると、そのときすでに、Amazonをはじめとする大手のオンライン書店では予約販売の受付がはじまっています。
著者としては、予約をして確実に買ってもらえるとうれしいですから、よく、その告知の末尾に、最大手であるAmazonのURLが貼られます。よく見かける光景だと思います。
よって、SNS上で、著者の影響力や、本の話題性が高いほど、Amazonに事前予約が集まることになります。
それは誰の築いてきた力か?
Amazonなどで事前予約する方は、現物を見る前に、買うことを決めています。
この著者の新刊が出る。こんな内容の本が出る。これは必ず、忘れずに手に入れたい。そう考える人が予約します。著者のこれまでの活動を追いかけてきたファンの方や、事前情報だけでその本が面白そうだと思った読者の方です。その力は、著者ご本人や、本それ自体のものです。
ところが、その力によって一番利益を上げるのは、Amazonであることになります。著者印税が10%だとしても、Amazonは最低でも20%台、出版社によっては30%以上の利益を上げていたりします。
もちろん、発売が開始されてリアルの書店に並んだあとは、そこでたまたま「◎◎さんの新刊が出ていたのか!」と気づいて、そこで買う人がいます。書評が出たり、イベントが行われたり、広告が打たれたりもします。書店や出版社を含む、いろんな人の力で売れていきます。
一方、この事前のオンライン予約開始のタイミングというのはそれと比べて、かなり著者本人のSNSでの影響力や、本それ自体の力による部分が大きいといえます。もちろん編集者や、そこまで関わってきたいろんな人の力で本が出ているのですが、とはいえ予約のタイミングは、著者の力であるといえる領域が、比較的大きめだと思うのですね。
にもかかわらず、一番の利益を得ているのがAmazonになっている。これは、やや歪んでいるのではないでしょうか。
そこにある歪みに着目する
自分は、Amazonを全否定する立場ではありません。日本全国、あるいは世界のあらゆる場所に、ある本を必要としている人がいる。その人たちに必要な本、あるいは本以外のあらゆるものを届ける、Amazonが世界に与えているポジティブな影響も、とても大きいと思います。
またもちろん、Amazonの立場に立ってみれば、そこまでのインフラになるまでの間に莫大な投資を行って、そのポジションを取っているのですから、一番の利益を得て何がいけないのだ、と思うでしょう。それはそれで当然だと思います。
とはいえ、やはり歪んでいると思ってしまう点は、他にもあります。それは、Amazonでのランキングが「売れている本」を示すひとつの大きな指標になってしまっていることです。
Amazonランキングを気にする著者や出版社がいるのはもちろん、仕入の参考にする書店さえあります。よって著者や出版社は、事前に計画して、同じタイミングで一斉に予約をAmazonに集中させて、ランキングを上げようという動きをすることも珍しくありません。
かくいう私たちも、古本の買取価格を決めるにあたっては、Amazonのランキングは重要な指標として参考にしています。そのくらい、ひとつの信頼できる数字になっているのは確かです。
とはいえ、特定のオンライン書店に著者以上の割合の利益が集中し、そのランキングに一喜一憂し、書店までもがそれを仕入の参考にする、という状態は、やはり出版業界にとって、一冊一冊の本にとって、健全なあり方ではないのではないか、と私たちは感じてきました。
そこで今回の「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」では、いわゆる出版流通に乗せるのをやめることにしました。つまり、Amazonランキングが上がるどころか、そもそもAmazonでは販売されません。発売前にオンラインで予約ができるのは、バリューブックスのみということになります。
より直接的な回路を引き直すことで還元する
直販が増えれば利益が分けられる
私たちバリューブックスは、オンラインでの古本の買取・販売を主な事業としています。お客さまから買い取った古本を販売する場所として、Amazonは最大の、大切な取引先でもあります。いつもありがとうございます。
ですが、いずれにせよ、他社への依存度が高いことは経営として望ましくありません。そこで、ここ数年、自社の販売サイトに力を入れてきました。
よって、私たちは「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」という出版社でありながら、「バリューブックス」というオンライン書店でもあります。
自社の販売サイトで売れた場合、出版社としての利益と、書店としての利益の、両方が残ります。つまり、書店としての利益が十分に出せれば、出版社としての利益は削ってもよいことになります。
そこで、私たちはこの本を、バリューブックスによる直販でなるべくたくさん売れるようにすることで、出版社としての利益を削り、そのぶんを著者や書店、読者に還元することができないかと考えました。
発売前にオンラインで予約ができるのはバリューブックスだけですから、それが増えれば増えるほど、余分に出た利益をフェアに、別のステークホルダーに分けられるというわけです。
一対一の関係で、丁寧に売ってくださる書店に卸す
とはいえ、吉本ばななさんの本が出るとなれば、それを売りたいという書店さんも、全国にたくさんあるはずです。
そして実際、まだまだ多くの人が、オンラインでばかり本を買うわけではありません。現物を手に取ってから買いたい人もいれば、書店に並ぶのを見て初めてその本の存在を知る人も、たくさんいるはずです。
とはいえ、一方で、いわゆる出版流通に乗せてしまうと、他のオンライン書店でも売られてしまいます。また、全国の書店に広く遍く並んだとしても、残念ながら、必ずしもすべての場所で、大切に売ってもらえるとは限りません。
そこで私たちは、直接連絡をくださり、丁寧に売ってくださる一部の書店・小売店さんだけに直接、卸させてもらう、という形をとることにしました。
とはいえ、卸のやり取りというのは、たくさんの手間とコストがかかります。だからこそ出版流通の仕組みがあるわけですが、今回はそこに乗せないことで利益をなるべく分けようとしているため、その取引のところにたくさんのコストをかけてしまうと、分けられるはずだった利益が出なくなってしまいます。
そこで、返品なしの買切での注文のみ、しかも5冊単位のみ、という形をとることにしました。掛率は65%で、通常よりも書店の利益が高くなります。5冊というのは、印刷所から届くときの一梱包の単位です。それを破かずにそのままお届けします。
書店さんにとっては、利益率は高いものの、ふだんよりも制限の多い取引になります。けれど、自分も書店をやっているのでわかるのですが、本気で売りたいと思える本であれば、大した制限ではありません。特に、リトルプレスなどを直取引で買切で仕入れている書店から見れば、普段からそうやって仕入れているので、あとは5冊売れると信じられるだけです。
取引方法が変われば、利益構造も、本のつくりも変わる
先ほど、利益を「著者や書店、読者に還元する」と書きました。より具体的にいえば、著者への印税、それを含む制作費、卸掛率(書店・小売店)への利益率に、それぞれ普通よりも多くの割合を充てています。
今回の本の写真を見ていただくとわかりますが、ビニールカバー装に箔押しをしており、さらにそれがフルカラーのスリーブケースに入っています。少し詳しい人ならわかると思うのですが、かなりコストのかかった、豪華な仕様です。ところが、定価は1800円+税という、かなり一般的な価格に抑えています。
一般的な出版社において、著者印税を含む製作費は、30%台に収めるものとされます。著者印税は8~10%であることが多く、それに加えて印刷・製本、ブックデザイン、イラストや写真、校正、その他もろもろをなんとかその中で捻出して、出版社の人件費とメーカーとしてのリスクを背負えるだけの利益をなんとか確保しながら、取次を介して、書店に卸します。
本書の制作費は65%です。著者印税は15%と、通常より高く設定させていただきました。印刷・製本その他に50%を使っています。だからこそ、高いクオリティの仕様に対して、価格を抑えることができています。
書店さんに本を買い切っていただくにあたっても、物体として魅力的であること、それが価格感として手ごろであることは大切です。「これは売れる」と思ってもらえる仕上がりになっていれば、自信をもって買い切ってもらうことができるでしょう。
お気づきの方もいるかと思いますが、制作費が65%、卸掛率も65%なので、初刷分に関していうと、書店に卸しても、出版社としては実はまったく利益が出ません(増刷分からは少し出る計算になっています)。
ですが、出版社としての利益がなくとも、オンラインでの販売がバリューブックスに集まれば、書店としての利益は入ってきます。またそもそも、バリューブックスの販売サイトを使ったことがある人は、まだまだ少ないはずです。ユーザーになってもらうこと、バリューブックスという会社を少し好きになってもらうことだけで、私たちには十分な価値があります。
自分が社会人になる少し昔には、書店に並べるだけで飛ぶように本が売れていたといいます。そういった時代には、より大量に印刷し、大量に流通させるために巨大な仕組みをつくる必要があったでしょう。けれど残念ながらもう、そういう時代ではありません。
とはいえ、単にいままでの作り方と流通の仕組みで続けるのが苦しくなっただけのことをもって、本そのものが世の中から必要とされなくなったように語るのは、間違っているとも感じます。
単に規模や趣向が変わっただけだと思えば、そこにより個別の、小さく直接的な回路を引き直すことで、流れがよくなり、ぐったりしていた本も息を吹き返すのではないでしょうか。
本の届け方やその取引方法をよりダイレクトなものにして、利益構造をスマートにし、モノとしての本のクオリティを上げて、より現状に即した、フェアでサステナブルな出版をめざす。私たちバリューブックスが「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」を通じてやりたいのは、そういうことです。
それでもISBNが必要である理由
ISBNがないと買い取れない
ISBNというのは、本につけられた、国際規格のコードです。いまは13桁あり、本につけられたバーコードで読み込むことができます。このコードが、世界中のさまざまな場所で使われています。
本書はつまりいわゆるリトルプレス的なあり方の本です。リトルプレスにおいては、ISBNのついていないものがむしろ大半なので、ISBNをつけないという選択肢もありました。ですが、今回私たちは、ISBNをつけることにしました。
その最大の理由は、古本買取サービスとしてのバリューブックスが現状、ISBNがついている本しか買い取ることができないからです。
旧来の古本買取というのは、古本屋の目利きによって買取価格が決まっていました。バリューブックスの買取は、ISBNのバーコードを読み込んで、システムが買取価格を算出します。そうすることで買取という行為を、本の目利きがなくても行えるようにして、地域に暮らすさまざまな人たちが働くことができるようにしたうえで、大きな倉庫を効率的に運用して、なるべく高く買い取ることで、お客さんに還元できるように仕組みをつくってきました。
いずれは別のテクノロジーを駆使して、ISBNがついていない本も買い取ることができるようにしたいと思っていますが、いまのところまだその準備はできていません。現状のバリューブックス社内の仕組みに乗せることができなくなってしまうと、本来生み出したい循環が生めなくなってしまう。そう考えて、ISBNをつけることにしました。
古本が循環しても印税が支払われる
私たちが理想とする姿は、同じ本が何度も古本として循環することが、環境にとってだけではなく、作り手にとってもサステナブルであるという状態です。
私たちはもともと、長く読み継がれる本をつくっている一部の提携出版社に対して、古本の販売から生まれた利益の一部を出版社に還元する取り組みを行っています。
本書もそれにならって、本書の古本が入ってきて売れた場合には、そのぶんの印税をもう一度お支払いすることにしています。
新品の本が売れても、古本が売れても、印税を著者にお支払できるとしたら。たとえば、本が品切れになったけれど増刷するには早すぎたり多すぎたりするようなときに、無理やり増刷という選択肢を取って必要以上の印刷物を刷らなくても、古本を回し続けるだけで著者に還元をし続けられることになります。
本書を買ったあなたが、もし本書を含む蔵書を古本として手放されるときは、ぜひバリューブックスの買取サービスをご利用ください。私たちがビジネスを続けていく活力になるだけでなく、著者にも還元されます。
国際規格コードの見えない価値
ISBNというのは、国際規格のコードです。世界中のさまざまな場所で使われています。
本書をAmazonをはじめとする大手オンライン書店には卸さないと書きましたが、ISBNをつけたことで、おそらくいずれAmazon上にも登録され、在庫を卸さなくてもページは生成されてしまうと思います。それもまた、ISBNというものが持つ力です。
けれど同時に、私たちが買取のシステムの中でいまはISBNがない本を買い取ることができないように、本にまつわる想像もしない場所でISBNが使われていることが、きっとあると思います。
世界のどこかで、誰がどのように使っているかわからない、本の識別番号。そう考えると、吉本ばななさんという世界的な作家の本を世に出させていただくにあたり、やはり一冊の本として認識され位置づけられるために、いずれにしてもISBNはつけておいたほうがよい、といまは感じています。
著者や編集者、出版社のみなさんと取り組みたいこと
バリューブックスとコラボレーションしませんか
ここまで、今回の「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」についての話をしてきましたが、実は自社での出版よりも前から、バリューブックスでは著者や出版社さんとのコラボレーションでの販売をすすめてきました。
詳細は、バリューブックスの飯田が書いた以下の記事などをご覧いただくとわかりやすいです。
また、バリューブックス・パブリッシングとして自社で出版まで取り組んだ例として、坂本龍一さんの『坂本図書』もあります。
今回の「DR BY VALUE BOOKS PUBLISHING」は、自社で出版するだけでなく、直取引による流通まで行うことで、こうしたコラボレーションで行ってきたことをもっとも突き詰めた形であるともいえます。
ですが、Amazon一強となってしまったこの出版業界の中に、少しだけでも別の回路を引いて、なめらかな流れをつくっていくような取り組みは、決して私たちだけでは実現できません。
これまでのコラボレーション事例のように、他社さんからの出版物でも、Amazonではなくバリューブックスに対して予約販売の先を振り向けていただくことで、著者の影響力を著者自身や出版プロモーションに還元することができます。
このような取り組みをぜひ、加速させていきたいと思っています。そのためには、JPROに登録されてAmazonに予約ページができるよりもずっと前の段階から、ご相談を進めておく必要があります。ご興味のある著者や編集者の方はぜひ、ご連絡いただければうれしいです。
編集してくださる方との、よい出会いもあればうれしいです
また最後に、このような取り組みをさらに推し進めることに関心があり、今回のような本を企画・編集できる、書籍編集者の方との出会いも求めています。採用という形でもフリーランスでも、我こそはという方がいればぜひ、ご連絡ください。
最後に
読者のみなさまへ
長くなりましたが、あらためまして。ぜひ本書をご予約ください。
https://www.valuebooks.jp/bp/VS0058753112
※予約締切:2024年5月12日
文章の主旨上、内容については触れませんでしたが、一日一日の短い文章の中に、宝物のような小さな発見がたくさんあり、生きていく元気がわいてくる、本当にすばらしい本です。造本も最高です。ぜひあなたのお手元に置いてください。
書店のみなさまへ
そして書店のみなさまは、ぜひ本書を仕入れてください。利益は出ないと書きましたが、私たちは本書をぜひたくさんの人に手に取っていただければと思っています。大切に売ってくださる書店さんと、よい関係を築いていきたいと思っています。
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