実写化映画『不死身ラヴァーズ』が最高だった話
これは何?
別冊少年マガジンで連載されていたマンガ『不死身ラヴァーズ』が松居大悟監督によって実写映画になり、現在公開中です。度肝を抜かれたので感想を残しておきたいと思ってしたためています。
ネタバレがあります。
注意書き
原作漫画、映画ともに完全なネタバレを含みますので、了解いただける方だけ先にお進みください。
前提知識
原作について
原作は別冊少年マガジンで2013年ごろに連載しており、第一部完の状態で10年止まっていた状態の漫画でした。(というか、ぶっちゃけ打ち切りだと公言されています。)
最近、映画公開に合わせて完結編ともいえる読み切りが公開されました。ありがとうございます。ありがとうございます。
映画の設定
長谷部りの(女主人公)は幼い時に命を救ってくれた甲野じゅん(ヒーロー)を運命の相手だと信じ、探し続けていた。
中学校で甲野に再会した長谷部は、甲野に猛アタックして、両想いになった。しかしその瞬間、甲野が消えてしまう。
甲野のことは、友人の田中も存在を知らず、スマホにも画像が残っていない。何もわからず困惑する長谷部。
しかし、甲野は年齢や立場を変えて何度も長谷部の前に姿を現し、恋をし、消えていく。
といった感じです。
原作の設定
映画とは男女の立ち位置が逆になっています。
甲野じゅん(男主人公)は長谷部りの(ヒロイン)を運命の相手と信じ、友人のイケメン田中の協力のもと、生涯長谷部を追いかけ続ける。しかし見事両想いになると、長谷部が消えてしまう。
消えたはずの「長谷部りの」は別の人間として甲野とまた一から出会い、甲野と恋をして、消えていく……
と大枠は一緒です。
原作はシリアスもありますがギャグ調なので、同時に彼女が存在できない100カノみたいなマンガだと思えば、だいたいあっていると思います。たぶんそう。部分的にそう。
気になる人は電子書籍かマガポケなどで買って読んでみてください。
原作の結末(ネタバレ)
ここからは原作のネタバレです。
両想いになった「長谷部りの」は消えた後、年齢、容姿、性格、家庭環境、といった名前以外のほぼすべての要素が異なる別の人間になっています。
それでも何度も長谷部にアタックを続ける甲野でしたが、最終的に「長谷部りの」の性別が男になりました。
それでも好き! となったところで、甲野が記憶を失い、物語の根幹である甲野が猛アタックするということができなくなるのですが、甲野は最強なので、記憶を失ってもなお、「長谷部りの」が運命の相手だと理解しています。猛アタックも再開します。最強の主人公。
はれて男長谷部と両想いになったところで、いつもの通り消失が発生しますが、今度は特大の異変が発生しており、なんと甲野の方が消失します。
そっちが消えるのかよ。
男長谷部が新しい甲野を探すと簡単に見つかりますが、今度は甲野が女になっています。
男長谷部を主人公として、逆向きの恋と消失の無限リトライが始まるところで第一部完となっています。
男長谷部も、心の強さでドリトライだ!
映画のすごいところ
映画は原作第一部の終わりからスタートしたのかな、と思いきや、特にそうではなく第一部を男女逆にしてやっている感じです。
以降、ネタバレありで、映画のすごいところの感想です。
疾走感が表現されている
大事なシーンでずっと走っているだけですが。原作も走る勢いの表現が印象的で、何度もリフレインするダッシュのシーンが原作の空気感をうまく実写に落とし込めています。
原作のシーン、セリフの再現を頑張っている
男女逆なので入れ込むのが若干難しそうなセリフも、ほぼそのまんま採用されています。原作第一話だけでも読んでから行くとよくわかるかと思います。
実写版長谷部りのの魅力
主演である、「長谷部りの」役の見上愛さんが魅力的で、見上さんに惚れてしまう人が続出間違いなしです。
衣装がどれもポップでかわいらしく、見上さんの魅力を引き立てています。
映画に欠かせないフェチズムあふれるシーンもあります。
アイスを食べるシーンがおすすめです。
ギミック(ネタバレ)
以降は映画の核心的なネタバレを含むので、できれば見てから読んでほしいです。
映画前半にギミックが仕掛けられており、後半に明かされると驚きをもたらします。
まず、根幹にかかわる甲野の消失がやけにちゃっちいエフェクト、というかエフェクトすらありません。目を離すといない、といった感じです。
カメラワークからして妙なことになっていて違和感がバリバリです。
消えていく甲野たちのエピソードもびっくりするほど省略されています。話の流れからどんな関係になったかはわかるのですが、出会ってすぐ告白して両想いになり消える、みたいな映像がサンプリング的に流れます。違和感がバリバリです。
(こんなに省略してもいいんだ、映画って自由だ、と感動しましたが、それは別の話です。)
後半のヒーローである大学生甲野が出てくると、こういった違和感が少なくなるので、おそらく意図的にやられています。
大学生甲野に関しては、寝たら記憶を失うタイプの前向性健忘症(新しい記憶が一定時間しか持たない症状)であるため、両想いになることはなく、それゆえに消失しません。
前半の甲野の消失とはうってかわって、前向性健忘症との闘いが後半の肝になります。
そして最後に明かされる消失の真実。
「甲野じゅん」は消えているのではなく、もともと存在しない。
長谷部が歴代の彼氏や彼氏候補(甲野とは姿も名前も別人)に振られた、または失恋した際に「甲野じゅん」で脳内の記憶を上書きしていた。振られるに至った出来事も含めて告白以降の出来事を自分の記憶から消して自我を保っていた、というサイコなオチが明かされます。
つまり、前半の変なエフェクトとか妙なカメラワークは、語り手長谷部の信頼できなさを表すため、という意図があったとわかります。
信頼できない語り手というミステリー手法がラブコメに使われることあるんだ……。
スラップスティックなラブコメ『不死身ラヴァーズ』を見に来たはずなのに、フェイクドキュメンタリー風味の(サイコ)ホラーだった……? としったとき、これには、マジで感動しました。
原作要素を全部フェイクでひっくり返すサイコなオチをやったことも驚きですし、後半のギミックの種明かしなんかは、この大SNS時代にネタバレとしてガンガン情報が出てしまい、知ってから見ることが多いのではないしょうか。同時期公開の『トラペジウム』なんかはそういう風潮ですし。
あまり情報を入れないようにしていたこともありますが『不死身ラヴァーズ』の映画では、油断していたのでとにかく刺さりました。
最近『TXQ FICTION #イシナガキクエを探しています』の関連でフェイクドキュメンタリー系ホラーを結構見ていたのも刺さった理由の一つかな、とは思います。ああいうフェイクドキュメンタリー好きな人はどんどん見に行った方がいいです。※核心的なネタバレすぎてTwitter/Xに書けないのが難点。
あるいは、原作と全然違うのに原作要素が感じられて面白い、と話題のチー付与(※注1)が好きな人も、料理の仕方の方向性が似ているので、きっとハマると思います。
こっちはノワールじゃなくてサイコスリラーですけど。
(※注1 チー付与とは『追放されたチート付与魔術師は気ままなセカンドライフを謳歌する。〜俺は武器だけじゃなく、あらゆるものに『強化ポイント』を付与できるし、俺の意思でいつでも効果を解除できるけど、残った人たち大丈夫?〜』のこと。コミカライズ版が作画の業務用餅先生のお得意のノワールものとして、原作要素を残しつつも、原作にない大胆に改変された展開が続く異色作。読み味抜群)
採用されていないセリフ(ネタバレ)
先に触れたとおり、映画版は、かなりかっちり原作のセリフを入れており、第一部の展開のうち、ファンが見たいシーンは入っていると言っていいと思います。男女逆ですが。
追われていたはずの甲野が残り、追いかけていた長谷部が逆に消失するシーンも(男女逆ですが)もちろんあります。
ここで採用されていないセリフがあります。
「そっちが消えんのかよ…」です。
映画版では甲野に消失のことを教えていないので、言わないのは当然といえば当然ですが、これは原作勢の観客が心の中で言うセリフなので不採用という可能性もあります。原作勢じゃなくてもみんな言ってそうですが。
「そっちが消えんのかよ…」を採用していないのには理由はおそらくもう一つあります。
大学生甲野は前向性健忘症(新しい記憶が一定時間しか持たない症状)を患っており、寝ると記憶が消えます。
つまり、大学生甲野と出会ってからは、消えているのは長谷部の方だったというわけですね。しかも毎日。
すでに消えているものは消えることができないので不採用だったのかと思います。
長谷部が消えるのはフェイクで、全部フェイクと明かされる前振りなのも不採用の理由かもしれません。
とはいえ、「そっちが消えんのかよ…」を心の中で言えたので楽しかったです。ちゃんとこのシーンあってよかったです。ありがとうございます。
その甲野じゅんは本物なのか?(ネタバレ)
さて、映画の公判、真実が明かされた結果、消失したはずの歴代「甲野じゅん」は長谷部の妄想でした。
消失していない、前向性健忘症を患っている大学生甲野は本当に「甲野じゅん」なのでしょうか。
実は、名前が「甲野じゅん」であることは、ほかの大学生や母親との会話からわかります。友人のイケメン田中も「甲野じゅん」と呼んでいますし。過去の彼氏は田中からは後輩とか店長とかの呼ばれ方で、甲野と呼ばれているシーンはなかったはず。
とはいえ、大学生甲野が運命の相手である「甲野じゅん」かどうかは、解釈が分かれます。
最後のほうで、序盤にも挿入された死にかけた長谷部のシーンと現在がシンクロします。ここで大学生甲野は、花を渡したことを覚えていると言っていました。
長谷部は8歳のときに、「甲野じゅん」に手を握ってもらって息を吹き返し、花をもらったことで「甲野じゅん」を運命の人と認定しています。
これを覚えているなら、子供の時の「甲野じゅん」と大学生甲野は同一人物です。
大学生甲野は6歳で事故に遭い、その後遺症が十数年後に出てきて前向性健忘症となっています。時系列的には、6歳の事故の後通院していて、その期間に長谷部に出会ったと考えれば整合性はとれます。
一方で、運命の相手「甲野じゅん」ではない、という解釈もできます。
大学生甲野とデートしたときに、長谷部から大学生甲野へ花を渡したシーンがあります。花を渡したことを覚えている、というのがこちらを指すなら、おそらく運命の相手ではありません。花を渡されたエピソードを過去の自分から引継ぎをしていただけです。
どちらにしても、長谷部と大学生甲野の未来には影響はありませんが。
私は運命の相手「甲野じゅん」と再び出会ったと解釈しました。
原作のアンサー
原作で最近公開された読み切りマンガ(シン・最終話?)は、前半は映画とほぼ同じ話です。
ただ、原作の第一部の通り、甲野(男主人公)が長谷部(ヒロイン)を追いかける話です。映画とは男女が逆になっています。
これが非常に大きな違いとなっています。
やはり原作甲野はメチャクチャですがカッコイイです。
読み切りは、映画とは別のストーリーで長谷部が消える理由が明かされ、第一部の補完がされています。
この読み切りはいまのところ無料です。マガポケなどで探して読んでみてください。
映画のオチをひっくり返すような、映画への原作からのアンサーでもあり、10年待ったファンへのアンサーでもある読み切りに、うれしくなりました。
映画『不死身ラヴァーズ』をその目で確かめてくれ!
電子書籍で買って全3巻を読んでから劇場に行ってほしいという気もしますが、マガポケで第一部最終話と番外編以外は全部無料で読めるので、それだけ読んでから行くのでも全然違うと思います。
少なくとも、1話と11話だけでも読んでから行くといいのではないでしょうか。
映画『不死身ラヴァーズ』、『不死身ラヴァーズ』をよろしくお願いいたします。
この先は自分の目で確かめてくれ!