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あなたには、ぬいぐるみの声が聴こえるか―書評『ぬいぐるみさんとの暮らし方』



奇書『ぬいぐるみさんとの暮らし方』

『ぬいぐるみさんとの暮らし方』(新潮社、1989年)は、ぬいぐるみとともに人生を豊かに生きるためのガイドブックである。
原書はGlen Knape 著 “The Care and Feeding of Stuffed Animals / Photos by Jeanne Hamilton” (Harry N. Abrams, Inc. 1983) 、すなわち、『ぬいぐるみ動物の飼育と給餌』。この風変りなタイトルの洋書を、ぬいぐるみ好きで知られる新井素子とフリー・ライターの土屋裕が共訳したのが本書である。断っておくが、歴とした大人のための指南書であり、かつ、時代を先取った「早すぎた名著」である。


諧謔に満ちた生命讃歌

本書は、ぬいぐるみ(以下、「ぬい」)たちを家に迎え、ともに年を重ねてゆく際に必要な知識を伝授してくれる。ぬいの歴史にはじまり、選び方、先住ぬいとの引き合わせ方、食事の与え方……その書きぶりはさながら、犬や猫など、ペットのきもちと飼育方法を解説するマニュアル本の様相を呈している。あえてメタ視点に立つなら、そうした数多のペット本のパロディであるといえよう。だが、本書の精神はむしろ、生きとし生けるもの(ぬいを含む)すべてへの惜しみない愛と称賛に満ちている。

提示される「共生」のヒント

例えば、第9章の扉には次のようにある。

「ぬいぐるみの生殖 男性のぬい、女性のぬい どうやってぬいぐるみは殖えていくか」(p.109)

80年代という時代の制約がありつつも、本書はぬいの性別について、

「研究は、実はまだ始まったばっかりで、とても完全だなんて言えないようなものなんです」(p.113)

と述べる。無論、ぬいという存在はその飼い主たる人間の映し鏡である。そして、本書はぬいと飼い主との「共生」を説くが、それは正しく、人と人との「共生」を模索する姿勢なのである。

再び、ぬいの声を聴くとき

読後、かつて遊んだぬいたちを、押し入れから再び本棚の一角へと移し、折に触れて眺めるようになった。私の感性が鈍ってしまったせいか、はたまた、放りっぱなしにしていた期間があまりに長く、彼らがへそを曲げているせいか、ぬいたちが言葉をかけてくることはまだない。しかし、あるいは。この書評を最後まで読むあなたなら……

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