たのしいぞ郷土資料館「山﨑記念 中野区立 歴史民俗資料館」
郷土資料館というのはだいたいちょっと不便な場所にある。
不便とは失礼な。広域商圏からのアクセスは重視していないとでも言おうか。と書いて気づいた。そりゃそうだ。郷土資料館は”地域住民”が歴史・文化を学び、郷土への愛着をはぐくむ場なのだ。住民ではないわたしが郷土資料館を訪ねるとき、アクセスしづらさを味わうのもまた楽しさだと思う。
今回は中野区の郷土資料館「山﨑記念中野区立 歴史民俗資料館」へ行ってきました。なかなかすごいところにあった。
1.施設概要
・施設名称 山﨑記念 中野区立 歴史民俗資料館
・営業時間 午前9時から午後5時
・入館料 無料
・休館日 月曜日・第3日曜日
・写真撮影:可能 一部展示品は撮影NGの表示あり
自宅のテニスコートを資料館の用地として寄贈されたのだそうだ。
自宅に・・・テニスコートて・・・
東京都に「寄贈された土地にある郷土資料館」は他にもある。渋谷区の「白根記念渋谷区郷土博物館・文学館」だ。こちらも施設名に寄贈者名(白根氏)を冠している。となりの渋谷が寄贈地に郷土資料館を?ならばおらが中野区も!山﨑氏が寄贈を決意、などと勝手な想像をめぐらせる。
お隣さんは一番のライバルみたいなところがあるじゃない。郷土資料館界隈もなんとなく隣接する市区を意識した展開があるのでは?どうだろうか。
2.まずはホームページで予習
山﨑記念 中野区立 歴史民俗資料館がどんな郷土資料館面(づら)をしているのか。まずはホームページで予習していこう。
区役所サイトに間借りした無駄なし色気なしそっけなし。常設展は2020年にリニューアルしたそうだ。企画展を積極的に開催していてサイトには過去のチラシが掲載されている。このチラシが興味をそそるデザインでとてもいい。
施設のアイデンティティとして山﨑氏の寄贈地というのは大変重要なことで、正しく伝えるための配慮には余念がない。
文字化けをしない「崎」で表示をし「立」と注記する丁寧さ。そらそうですわ。ここいらの土地って坪200万くらいいくんでない?この配慮は未来永劫やってもおつりがくるぞ。
気になる入館者数は中野区施設白書(2018年度版)にあった。
2017年度実績で
開館日数296日
来館者数35,114人
一日当たり 119人
文京区、杉並区よりも多いのは、入館料が無料だからか企画展に力を入れているからか。常設展のリニューアル後に来館者が増加したのかも気になる。増えていてほしいぞ!
3.アクセス
すごいところにある。最寄り駅は西武新宿線「沼袋駅」でそこから徒歩8分だが、駅前の道づきはまるでわたしがシムシティでつくる無計画な街のよう。どうやって新青梅街道へ出るの。
もちろんホームページでも心配しており、地図に示した番号と風景写真をヒントにゴールへたどりつけ!「おたからの地図」方式のアクセスマップが載っている。
これね、隣接する杉並区と同じ仕様なんですわ。ほらね、お隣さんを意識しているでしょう?
・・・と、わたしはといえば今回も自宅から6kmちょっとの距離なので手っ取り早く走って行ってきた。走って行く郷土資料館。ハマりそう。
4.外観と周辺環境
おもわせぶりな外観。茅葺きの古民家をイメージしているように見えるが、節々に山﨑センセイへの並々ならぬリスペクトが感じられるので、往時の建物をモチーフにした可能性もあろうかと。ともかく開設は平成元年である。世はバブル。「じゃんじゃんお金をつかって派手に建てるぞ!」という意気込みだけは大いに伝わってくる。
こちらは郷土資料館にありがちな古民家を移築ではなく、茶室の隣に郷土資料館がやってきたという逆パターン。庭園を含めた一帯が残されているので往時の雰囲気を味わうことができる。
5.いざ、入館
なんかね高級旅館みたいなんですよ。となりの「山崎家茶室・庭園」部分を額縁のように切り取る大きな窓があったりして、品が良くて落ち着きと重厚感。こんな素敵な場所が無料というね。
常設展示室は2階にある。導入部分から洗練された演出で、これはどこか有名どころがつくっているなとおもったら丹青社でした。業務委託も丹青社が請け負っている模様(パートの募集があった)。
やわらかい曲線をつくる展示コーナーが原始から現代へと反時計回りに展開する。本来は右からスタートの順路だが、みなさん中野サンプラザ(昭和)から時代を遡って見学するようにみえる。エントランス左手のガイダンスモニターに自然と足が向かうのだろう。これがフックになって順路を逆走する導線を生んでいるのではないかと。
文字数少な目の展示は圧がなく、背景の絵やボタンを押すと流れる壁面映像などビジュアルが想像をかきたてる。
気になる「古代~中世駆け足になりがち傾向」
そう。わたしは「杉並区立郷土博物館」で勉強して知っている。
中世の武蔵野界隈ってのは草っぱらが3日も続こうかというほど何もなかったのだ。中野区も然り。「奈良時代:中野付近には人が少なくなった」として一気に室町まで年表を飛ばしている。
だが展示で古墳時代から室町時代まで700年をワープするわけにもいくまい。杉並区は1063年創建として大宮八幡宮を紹介することでやり過ごすが、お隣の中野区は国分寺市の出土品に救いを求めたようだ。
近世になると俄然展示が勢いづく。
江戸時代は「これ、進研ゼミで見たやつだ!」が続く。展示内容が先日(というか前日訪問した)杉並区立郷土博物館と被るのだ。初見ならスルーするポイントが杉並のおさらいで嬉しくなる。
おかげで中野ならではのナイスな歴史をことごとくすっ飛ばしてしまった。
(徳川吉宗の頃、中野に象がいた。とか、なかなかのネタよね)
だが、これこそが郷土資料館だ。図らずもわたしは「山﨑記念中野区立 歴史民俗資料館」で杉並区民として郷土への愛着をはぐくんでしまったらしい。
姉の家の方面へ行くときに通る交差点が「鍋屋横丁」という。変わった名前だなぁと気になっていた。金物屋街でもあったのかとおもったら「鍋屋」という茶店なんですって。
近代から現代へ。あまり印象に残っていない。どうもわたしは近世までの展示におなかがいっぱいになって近代史以降を流しがちな傾向にある。
冒頭で「左側のモニターの動画につられて来館者が順路を逆走する」と述べたが順路にルールはないよね。スタミナがあるうちに近現代を見るのもいいかもしれない。
中野の展示は洗練されていて視覚に訴えてきて見て楽しい。多くを語らない展示で気軽に郷土史に触れることができた。杉並は情報量が多くてじっくり読むと発見が沢山あっておもしろかった。どちらが良いとかない。是非どちらも行ってみて欲しい。
6.企画展 その名は「中野サンプラザ」
企画展、訪問時は中野サンプラザ回顧展をやっていた。当時の青焼きの図面だとか様々な資料が散りばめられていて生粋の中野区民にはたまらない展示だろう。わたしは刺さったのはココ。
中野サンプラザのオープン当時は全国勤労青少年会館として「全国の地方紙が読めるヤングフロア」があった。現代では想像もつかないヤング像である。
7.哲学堂公園とはなんぞや
中央の展示「中野みどころの樹」で紹介する「哲学堂公園」が気になった。1kmほど先にあるので行ってみることに。
こちらの公園、哲学の一端すらも解さないわたしにとって頭がおかしくなりそうな場所だった。こんな案内板が無数にある。
この案内板の先がこれ。
二元論とは・・・哲学とは・・・左はお足もとご注意ってことかね?
なお、こちらの公園の哲学たる本丸「哲学の庭」は撮影禁止だったので、是非、現地へ行って、実際に見て、おおいに惑ってみてください。
8.帰り道、中野の和菓子屋さん?
哲学堂公園から中野駅へ走って帰路に。
中野で有名な和菓子屋さんかな?すてきな和菓子屋さんがあったので立ち寄る。ありゃ、帰って調べたら全国的に有名な和菓子屋さんでした。
清閑院の隣に中野区の老舗洋菓子店がありました。郷土資料館めぐりにはこちらの方が中野区を体感できたかもしれない。
9.最後に
山﨑記念 中野区立 歴史民俗資料館、ホームページがそっけなくて訪問前は施設の想像がつかなかった。建物がいい。常設展もいい。企画展がたのしい。チラシやパンフレットのデザインもすごくいい。
図録や図書にまじって控えめながら一筆箋などの物販もあったよ。
山﨑記念 中野区立 歴史民俗資料館、たのしいよ。是非!
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