アメリカ留学を振り返って-Memorable Teachers (その5の1): University of Hawaii (分割バージョン)
表紙写真 University of Hawaii, Manoa (Wikipedia), ワイキキから少し離れた山側にあり、ワイキキは晴れていてもよく雨が降り虹がかかることも。
はじめに
「アメリカ留学を振り返って-思い出の恩師たちMemorable Teachers…Cal State Hayward」(3-1)(3-2)(3-3)(4-1)(4-2)の続きです。
日本の大学では学部を卒業するとそのまま同じ大学の大学院に進むことが普通です。他方、アメリカでは多くの人が他大学の大学院に行くのが普通です。1970年代のUniversity of CaliforniaのBerkeley校などは大学院募集要項にBerkeley卒業生は他大学の大学院に進むようにとの忠告が明記されていました。筆者の場合は英文学から言語学に専攻を変え、University of Hawaiiに行くことにしました。1968年渡米して以来4年目、4ヶ所4大学目です。一見紆余曲折の回り道(by-ways)だらけ、しかし、今振り返ると無駄な体験は一つもなく一本の公道(highway)に繋がっていきます。Frank Sinatraのsignature song ”My Wayの ”I travelled each every highway…planned each chartered course, each careful step along the by-way”かな?なんて、少々のおこがましさを感じながらも勝手に思っています。Hawaiiは留学生活10年の中間の折り返し点で短い1年間の滞在でしたが、いよいよ博士号取得に向けての後半5年の歩みに勢いをつけてくれました。英語教員を志す若き読者の参考になればと思います。
University of HawaiiのTeaching English as a Second Language (TESL) M. A. Programを履修するためHawaiiに
1969年のSpring Quarterから1972年Winter Quarter までのCal State Haywardでの留学生活を通し、日本の英語教育の遅れを痛感し、その改革に貢献できたらとの思いを強めました。それに、日本語を教えながら言語分析と言語教材と教授法の重要性を改めて感じていました。Cal State Haywardでお世話になったGonzalez先生が言語学を薦めてくれたこともあり、1971年の暮れに、英語分析、英語教材開発・教授法を学べるUniversity of Hawaii(UH)のTeaching English as a Second Language(TESL)M.A. programに入学願書を提出しました。
明けて1972年2月に合格通知を受取りました。3月末にWinter Quarterが終了するや4年ぶりに帰国し、年老いた両親の実家でUHの新学年が始まる8月下旬までの4ヶ月を過ごしました。Cal State Haywardで日本語を履修した者した教え子達(友人達)が三々五々訪ねて来たこともありました。あちこち案内しましたが、彼らと接した多くの人達が「英語が話せるようになりたい」と口々に漏らしていました。TESLを学び日本で英語を教えようという意欲が募りました。(*1)
1972年8月中旬、Hawaii州Oahu島Honoluluに到着しました。1968年3月、この地に降りて入国手続きをして以来2度目のHonoluluです。なま暖かいそよ風の中タクシーに乗り、第139回に登場した親友Jackのフィアンセ、Paulineの姉、Honolulu在住のMaxineが探してくれたMoiliili Dormitory(Moiliili本願寺直轄)(*2)に直行しました。University of Hawaii(UH)Manoaキャンパスに歩いて10分程度の男子寮で、Hawaii在住の日系3世の大学生と日本人留学生が住み、朝夕食事込みの寮費は格安でとても助かりました。
当時のUHの大学院留学生の年間授業料は、有名私大の平均$10,000(*3)に比べるとかなり格安で、約$200位でした。実は、UHに決めた最大の理由はこの格安の授業料でした。それでも生活費を合わせると年間$2,000になり、当時の日本の新卒給与所得は632,400円($1=¥360で$1,757)であったことを考えると大変な額です。Cal State HaywardとMerritt Collegeで日本語を教えて積み上げた貯蓄で賄えたものの、その後どこかでPh.D. programを続けることになると足りる額ではありません。
UH TESL M.A. Program概要
UHのTeaching English as a Second Language(TESL)M.A. Program(*4)は、学科長(Chair, Department of English as a Second Language, UH, 1972-1975)のRuth Crymes先生を筆頭に、アジアと太平洋地域で英語を教えるスペシャリストの育成に力を入れていました。アジア・太平洋圏で英語を教えた経歴を持つ人、または、これから持とうとする人が多かったのはその為でしょう。
Programは、Master’s Plan A(thesis)、 Master’s Plan B(non-thesis)、Plan Cがありましたが、ほぼ全員がPlan Bを選択し、Plan Cに該当する人は稀で、Plan Aを選択する人はいなかったようです。1971年に筆者が応募した際に入手した“The Master of Arts Program in Teaching English as a Second Language, Department of English as a Second language, University of Hawaii(Revised 1971)”にはPlan Aについての記載はありません。Programの概要は以下の通りです。
[M.A. Program in TESL(1972-1973)]
(1)TESLにおいてアメリカ合衆国で最古、最大規模のプログラムの一つである。
(2)アジアと太平洋での英語教育に重点を置いているのが特徴である。
(3)他の地域での英語教育に関心を持つ者の応募は大歓迎であるが、上記(2)を念頭に入れて応募されたい。
(4)UHのThe Graduate Divisionと本科が課すrequirementsを満たすアメリカ人および外国人に入学を許可する。
(5)ProgramにはPlan BとPlan Cがある。
Plan B
Plan Bは、修士論文無し、30 unitsのプログラム、通常(normally)、3つのsemesters、または、2つのsemestersとsummer schoolで修了。Area Ⅰ、Area Ⅱ、Area Ⅲで構成されている。各授業は3 unitsである。
Area Ⅰ: Practicum(Methods and Materials – 9 units required)
(Required courses)
ESL 610 Teaching English as a Second Language
ESL 710 Material Selection and Adaptation / ESL 711 New Material Development
ESL 730 Seminar in Teaching English as a Second Language(3 units)
(Elective courses)
ESL 425 Linguistics and Reading
ESL 613 Experimentation in Language Acquisition and Modification
ESL 640 Contrastive Analysis and Linguistic Universal
ESL 720 Directed Research
Area Ⅱ English Language and Linguistics(Phonology, Grammar and Linguistic Theory -6 units required)
(Required courses)
ESL 450 English Syntax
ESL 460 English Phonology
(Electives)
ESL 360 The English Language in Hawaii
Area Ⅲ Language Acquisition(Psychology and Social Factors in a Second Language Acquisition – 6 units required)
(Required courses)
ESL 650 Survey of Psycholinguistics with Reference to 2nd Language Acquisition
ESL 660 Introduction Socio- & Ethno-linguistics with reference to 2nd Language Acquisition or ESL 670 Comparison of 1st and 2nd Language Acquisition
Language Requirements
留学生はTOEFL550以上のスコアが必要。達していない場合は、English Language Instituteのfulltime English Intensive Courseを履修するよう勧める。TESLコースでは留学生もアメリカ人学生も同等に競う。英語を母語とする学生は、大学レベルの2アジア語または太平洋諸島の言語の授業をsemesters分履修すること。但し、2年以上アジア、太平洋地域に滞在している場合は免除される。
Examinations
1)The General Examination: 2nd Semesterの初めに、1st Semesterの授業内容に関する30分程度のオーラル試験(口頭諮問)。
2)The Comprehensive Examination:Area ⅡとArea Ⅲに関する筆記試験。
Plan C
5年以上のfull-time TESL教歴、TESL教材開発、2年以上のTESL administration歴を持ち、GRE(Graduate Record Examination)でhigh scoreを取った、成績優秀な英語母語話者に限る
UHはsemester制度で、8月末に新学年度のFall Semesterが始まり、全員がPlan Bを選択しました。毎semester最大4 courses計12 unitsが取れるので、Fall Semesterにrequired coursesを4つ、Spring Semesterにrequired courses3つとoralおよびthe comprehensive examinationを受けて合格し、Summer Schoolで残りのelective coursesを取れば修了できるプランです。手持ちの資金が限られていたので、このプランで頑張ることにしました。
(5-2)に続く
For Lifelong English 生涯英語活動のススメ(Official Site)もご覧ください
(*1)TESLのプログラムを始めるに当たり役立つ情報と考えて注視しました。殆どが筆者の日本語のクラスを履修したアメリカ人で、日本人の多くが最低6年も英語を勉強しながら、英語で簡単な会話ができないことに驚いていました。彼らは1、2年日本語を学んだだけなのに日本語で会話ができましたから。
(*2)本願寺直轄でしたが、仏教徒であるなしに関係なく入居できました。住所は1020 Isenberg Street, Honoluluでした。通りの向かい側には Moiliili Neighborhood Parkがありました。
(*3)“Yearly Tuition” in “The Supersizing of American Colleges”を参照してください。
(*4)現在は、TESLではなくApplied Linguisticsに名称を変えていると聞いています。TESLはM.A. programのみでPh.D. programはありませんでした。
(*5)後述するとおり、このelectives に当たるコースの単位は、Cal State Haywardで履修した幾つかの授業をtransferでき、相殺されました。Staniforth先生、Rumberg先生、Gonzales先生の授業が対象となったと記憶しています。