大声トークLoud Talkingによるウイルス拡散増(米国立衛生研レポート2020)を音声学からレビュー・・・閉鎖音、摩擦音、破擦音の「気音」
はじめに
本稿はTOEFL Web Magazineの連載コラムFor Lifelong Englishに2021年3月に掲載したものをタイトルも含め少々加筆・修正したものです。新型コロナCOVID-19がアメリカで拡散し猛威を振るっていた2020年NITの医学論文が、大声での会話が感染拡大の原因の一つとする実験結果を公表しました。アメリカは前年度大統領選挙が行われており両候補入り乱れ、大声を張り上げた大集会が頻繁に行われていた時期です。科学者は予防医学の見地より原因と対策が急務でこの報告書はそうした最中で発表されましたが、言語学特に英語学の見地から少々貢献できるのではと思い執筆した次第です。現在COVID-19は収束されつつありますが、今後もこのような事態が起こらないとは言い切れません。大声による会話がウイルスの拡散にどう影響するかこうした研究は今後も重要です。
今回は音声学(phonetics)に関する記事ですが、現代言語学では文法(grammar)とは音声・音韻の体系(phonetics/phonology)、形態・語の体系(morphology)、統合の体系(syntax)、意味の体系(semantics)の4つの体系からなる大体系を指します。よって「その先の英文法」では音声学、音韻論も扱うことをご承知おきください。少々長くなりましたがアメリカ留学を考えている人は音声学についても知っておくと役に立つと思います。
アメリカNIT (National Institute of Health)大声会話と飛沫の研究レポート
2020年5月13日付MIT Technology Reviewは、“Loud Talking Could Leave Coronavirus in the Air for up to 14 minutes National Institute of Health(NIH)”と題し、National Institute of Health(NIHアメリカ国立衛生研究所)の研究reportを紹介しています。次のサイトに動画による紹介があります。“Study finds loud talking can increase spread of COVID19”大声で“Stay healthy!”と発した場合のマスク非着用時とマスク着用時におけるdroplets-aerosols(飛沫・エアロゾル)の飛散状況をrazor光線で可視化し、大声で話す危険性、および、マスク着用の効果を指摘しています。(*2)日本では理化学研究所・神戸大学の坪倉誠先生の研究グループが、2020年6月17日付けの「スーパーコンピュータ「富岳」記者勉強会 室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(1)」と称する勉強会で、スーパーコンピュータ「富岳」を使い、くしゃみ、咳、発話によるdroplets(飛沫)、aerosols(エアロゾル)の飛散状況をシミュレーションしています。オフィス、教室、列車内、病院、大ホール、野外などにおける、マスク(着用の有無)、換気(エアコン、窓開け)、パーティション(有無)、座る位置(前後横)、混雑度(通勤、閑散時)、湿度(高低)などの様々な状況に分け、咳、クシャミ、発話で生じるdroplets(飛沫)とaerosols(エアロゾル)によるCOVID-19感染拡大のリスクを可視化しています。発話に焦点を絞り、loud talking(大声発話)によるCOVID-19感染拡大の危険性を取り上げたNIHの研究は、言語学専攻の筆者の関心を大いに引くところで、上記の2サイトの情報を手掛かりに自分なりに考えて見たくなりました。(*3)
言語とは音とは
言語構造は、the system of sounds(音の体系)、the system of words(語彙の体系)、the system of syntax(統語の体系)、the system of meaning(意味の体系)の4つの小体系が連動する体系と言えます。それに沿い、言語学には、phonetics(音声学)、phonemics/phonology(音素論・音韻論)、morphology(形態論)、syntax(統語論)、semantics(意味論)の分野があります。NIHの研究は発話時の音(sounds)に触れるので、phonetics(音声学)とphonology(音韻論)に関わります。(*4)以下、第145回で触れた筆者の恩師の一人Francis P. Dinneen先生のAn Introduction to General Linguistics(以降Dinneen 1967)を参照しながら、気付いた事柄を列記します。
その前に、Dinneen 1967は、アメリカの大学院言語学プログラムの言語学序論用のテキストです。言語学の初心者にはV. Fromkin & R. Rodman著のAn Introduction to Languageなどがあります。学部のcore program(従来のgeneral education)に設置されている言語学序論のテキストとして使われているようです。TOEFL iBT®テスト、SAT®、GRE®などの準備に、また、現地で履修する授業にも役立ちます。以下、本稿では言語学用語を全て英語で表記し、括弧内に日本語訳を付します。
言語学では、sounds(音)に関し、(1)composition(物理的構造)、(2)distribution(位置・分布)、(3)function(機能)に分けて分析します。(1)はphonetics(音声学)が、(2)と(3)はphonology(音韻論)(*5)が扱います。Phonetics(音声学)はphones(素音/単音)を、phonology(音韻論)はphonemes(音素/音韻)を対象にします。Phones(素音)は私たちが発したり聞いたりする実際の生の音です。複数のphones(素音)より共通の特徴を抽出したものがphonemes(音素)です。Phones(素音)は[ ]付きで、phonemes(音素)は/ /付きで表示されます。例えば、/p/というphoneme(音素)は、word-initial(語頭:例“pit”)、word-mid(語中:例“spit”)、そして、word-final(語尾:例“tip”)のどのposition(位置)に来るか、また、前後にどの音が来るかで物理的に全く違う[p]になります。人によって、また、同じ人でも100回/p/を発音すると100回違う[p]が生じます。空気中に起こすphones(素音)の周波数をsound spectrogram(音響スペクトル)で計測すれば一目瞭然です。(*6)Phonemes(音素)は他の音との違いを示すfeatures(特徴)のみを抽出したもので、(*7)phones(素音)はその特徴を保ちながら発せられるままの素の音です。Phonemes(音素)を楽譜に例えると、phones(素音)は楽譜を基に奏でる演奏です。ベートベンの第九交響楽の楽譜は一つですが、その演奏は演奏の数だけ違うのと同じです。
音声学とは、3種類
次に、phonetics(音声学)には、(1)articulatory phonetics(調音音声学)、(2)acoustic phonetics(音響音声学)、(3)impressionistic phonetics(印象的音声学)(*8)があります。(1)は音が体内で作られる過程を、(2)は体外に出た音が起こす空気の振動を、(3)は音が聞き手の鼓膜に達してから体内の聴覚に認識される過程を扱います。NIHの研究は(1)と(2)が扱う事象に関係します。私たちは、肺に空気を入れたり出したりして呼吸しますが、空気を出す際にその流れを利用して言語のsounds(音)を発します。言い換えれば、一連のphones(素音)を発します。発せられたphones(素音)は大気中に振動を起こし、相手の鼓膜を叩き認識されるのです。その際、それらphones(素音)を大声で発すると、強い空気の流れを伴うので多量のdroplets(飛沫)を遠く長時間拡散することになります。そのdroplets(飛沫)にCOVID-19ウイルスが混じっていると感染拡大のリスクを高めることになります。
articulatory phonetics(調音音声学)とacoustic phonetics(音響音声学)による音の分析
そこで、articulatory phonetics(調音音声学)とacoustic phonetics(音響音声学)の知見から、まず、放出される言語のphones(素音)が、どのように発声され、どのように空気中を伝わるか、その上でvolume(音量)の大小の比較をすれば、droplets(飛沫)やaerosols(エアロゾル)拡散の様子が更に詳細に分かるはずです。以下、Dinneen 1967より、これら2種類のphonetics(音声学)で本稿のテーマに関する重要部分を列記します。関心ある読者には、“Phonetics: Introduction to linguistics [Video 2]” と“MIT Open Course Ware Linguistic Phonetics”(*9)などを勧めます。
口腔音か鼻音か
肺を出た空気の流れは、oral cavity(口腔)やnasal cavity(鼻腔)を通り出て行く過程には、次の図にあるようなspeech organs(発声器官)が存在します。肺から順に、trachea(気管)、larynx(喉頭)、glottis(声門)、その左右 vocal cords(声帯)があります。その上にpharynx(咽頭)があり、その先にpalate(口蓋)後部のvelum(軟口蓋)から伸びるuvula(口蓋垂)が垂れ下がっています。そこがoral cavity(口腔)とnasal cavity(鼻腔)の分岐点となりますが、velum(軟口蓋)を下げ、かつ、oral cavity(口腔)で空気の流れを止めると、その流れはnasal cavity(鼻腔)に向かいます。Speech organs(発声器官)はoral cavity(口腔)やnasal cavity(鼻腔)を通る空気の流れを利用して音を作ります。
有声音化無声音か
まず、開いたり閉じたりする一対のvocal cords(声帯)です。閉じると空気の流れが阻害され摩擦が起きて振動が生じます。その状態で発生する音をvoiced sounds(有声音)と言います。開けたまま空気の流れを通し、振動を起こさずに発生する音をvoiceless sounds(無声音)と言います。手を喉に当て、/s/を発音してみましょう。振動しませんね。よってvoiceless(無声)です。今度は/z/を発音しましょう。振動するのを感じますね。よってvoiced(有声)です。次にpoints(*10) of articulation(調音点)とmanners of articulation(調音方法)についてです。Speech organs(発声器官)は動きの少ないimmovable organs(非可動器官)と、動きの多いmovable organs(可動器官)に大別できます。(*11)最初のimmovable organs(非可動器官)にはoral cavity(口腔)の上部に位置するupper teeth(上歯:形容詞dental)、alveolar-ridge(歯茎:形容詞alvolar-)、alveolar-palate(歯茎・口蓋:形容詞alveolar-palatal)、glottis(声門:形容詞glottal)等があります。言語のsounds(音)はmovable organs(可動器官)をimmovable organs(非可動器官)に密着、または接近させることにより発せられます。別称articulators(調音器官)とも言われるmovable organs(可動器官)には、lips(両唇)、lower jaw(下顎)、tongue(舌)、velum(軟口蓋:形容詞velar)などが入ります。その中でtongue(舌)は、articulator(調音器官)として重要な役割を有し、前方から順に、apex(舌先:形容詞apico-)、blade(舌橋)、front(前舌面)、central(中舌面)、back/dorsum(後舌面:形容詞dorso-)、root(舌根)に細分されます。
可動器官と非可動器官の組み合わせ
言語のsounds(音)は、immovable organs(非可動器官)とmovable organs(可動的器官)を組み合わせてpoints of articulation(調音点)を作り、それに、manners of articulation(調音方法)を組み合わせて生成されます。上述した、vocal cords(声帯)を閉じて振動させるか、させないかによるvoiced sounds(有声音)とvoiceless sounds(無声音)の区分も、そして、空気の流れをoral cavity(口腔)かnasal cavity(鼻腔)かに通すかによるoral sounds/orals(口腔音)とnasal sounds/nasals(鼻音)の区分も、みなmanners of articulation(調音方法)に入ります。そして、空気が妨げられずにスムーズに流れるか、どこかで妨げてaspiration(気音)を起こすかも重要なmanners of articulation(調音方法)の一つです。空気がスムーズに流れるのがvowels(母音)です。必然的にmelodious(メロディアス)な音になります。(*12)一方、空気の流れが妨げられ、aspiration(気音)を伴うのがconsonants(子音)です。(*13)その中間にvowels(母音)の要素とconsonants(子音)の要素を持つsemi-vowels(半母音)があります。
子音を細分する調音方法による、気音の程度で閉鎖音、摩擦音、破擦音など
更に、consonants(子音)を細分する幾つかのmanners of articulation(調音方法)が続きます。即ち、aspiration(気音)を作る方法の違いにより、stops(閉鎖音)、fricatives(摩擦音)、nasals(鼻音)、laterals(側音)、affricates(破擦音)に分かれます。Stops(閉鎖音)はoral cavity(口腔)のどこかで空気の流れを完全にstop(閉鎖)し、一気に解放させ発する音です。例えば/p/は、lower lip and upper lip(上下の唇=両唇)を閉じて空気の流れを止め、その後一気に解放します。Fricatives(摩擦音)はoral cavity(口腔)のどこかで空気の通路を狭めて摩擦を作り発する音です。例えば、/s/はapex -blade(舌先・舌橋)をalvolar-palate(歯茎・口蓋)付近に近づけて通路を狭めます。Nasals(鼻音)はoral cavity(口腔)のどこかで空気を止め、かつvelum(軟口蓋)を下げてnasal cavity(鼻腔)に空気を流し、nostrils(鼻孔)から出す音です。例えば、/m/は、 upper lip and lower lip(上下の唇:両唇)で空気を止め、nasal cavity(鼻腔)を通してnostrils(鼻孔)から流します。Laterals(側音)はoral cavity(口腔)の上部にapex(舌先)をつけ、舌の両側から空気の流れを通して作る音です。例えば、/l/はapex(舌先)をalveolar-ridge(歯茎)辺りに付け両側から空気を流します。Affricates(破擦音)はstops(閉鎖音)とfricatives(摩擦音)を足して2で割ったような音です。出だしはoral cavity(口腔)内で一旦空気の流れを閉め、そこから、一気に解放するstops(閉鎖音)と違い、fricatives(摩擦音)のように狭い通路を通して空気を逃します。例えば、“church”のchに当たる/ č/は、apex(舌先)をalveolar-ridge(歯茎)とpalate(口蓋)付近に付けて空気の流れを一旦閉鎖し、狭い通路を作って空気を逃して発する音です。
母音の調整方法
Vowels(母音)は通常voiced sound(有声音)で、points of articulation(調音点)は、tongue(舌)のrelative position:front/central/back(相対的位置:前部/後部/中部)、relative height:high/mid/low(相対的高さ:高/中/低)、relative shape of the lips:round/unround(両唇の相対的形状:丸い/平たい)などで区別されます。Movable organ(可動器官)のtongue(舌)一つで調音するので、調音点が2つあるconsonants(子音)と比べると非常に曖昧です。Semi-vowels(半母音)は数が少なく、英語では/w/と/y/で、それぞれ母音の/u/と/i/に類似しますが、“wow”のようにglide(動く)するのが特徴です。以下、これまでのポイントを踏まえて英語のvowels(母音)とconsonants(子音)をまとめてみます。尚、Dinneen 1967はTrager-Smithの分析に基づいています。(*14)英語も含め多くの言語を対象にしたInternational Phonetic Alphabet(Full IPA Chart)があり、Interactive IPAを開くと各音の練習ができます。TOEFL iBTテスト準備中の読者は練習してみましょう。
子音は調音方法と調音点で区別
Consonants(子音)は、manners of articulation(調音方法)とpoints of articulation(調音点)で大まかに分類されます。即ち、manners of articulation(調音方法)で、voiced sounds(有声音)か、voiceless sounds(無声音)か、oral sounds(口頭音)かnasal sounds(鼻音)かに分類され、更に、stops(閉鎖音)かfricatives(摩擦音)か、laterals(側音)か、affricates(破擦音)かに分類されます。次に、points of articulation(調音点)のimmovable organs(非可動器官)とmovable organs(可動器官)の組み合わせで個々の音を特定・表示します。例えば、/t/は、movable organs(可動器官)のapex(舌先)をimmovable organs(非可動器官)のalveolar-ridge(歯茎)に付けて発するstop(閉鎖音)なので、voiceless apico-alveolar stopと表示します。(*15)尚、表示にはラテン語の形容詞が多用されます。例えば、lip(唇)→labio;lips(両唇)→bilabial;upper teeth(上歯)→dental;alveolar ridge(歯茎)→alveolar;alveolar-palate(歯茎・口蓋)→alveolar-palatal;apex(舌先)→apico;dorsum(後舌面)→dorso;velum(軟口蓋)→velarなどです。以下、英語のconsonants(子音)を表示します。
NIHの研究レポートについての筆者の感想
音の種類により飛沫の飛び方が鼻音vs口腔音、母音vs子音、気音の差
改めてNIHの研究reportを見てみましょう。この研究では、“Stay health!”と小声で言った場合と大声で言った場合のマスク着用時と不着用時の比較をしています。COVID-19の感染拡大の原因の一つが、普段の何気ない会話であることは明らかです。声の大小とマスク着用の有無が、感染拡大の度合いに影響していることも明白です。マスクの着用と小声での会話を推奨するこのpilot studyの意義は、普段の会話における音声の仕組みをより詳しく示すことでより伝わるでしょう。以下、筆者の感想を述べます。(*16)上述した通り、肺から送り出される空気の流れは、nasal cavity(鼻腔)よりoral cavity(口腔)を通して体外に放出される方がより遠くに届くものと思われます。よって、nasals(鼻音)よりoral sounds(口腔音)の方が、より多量のdroplets(飛沫)をより遠くに飛ばすことが想像できます。また、oral sounds(口腔音)においても、oral cavity(口腔)内でaspiration(気音)を伴うconsonants(子音)が、aspiration(気音)が無くスムーズな空気の流れを伴うvowels(母音)より、より大量のdroplets(飛沫)をより遠く大気中に飛ばすでしょう。
子音の閉鎖音、摩擦音、破擦音の気音の違いに注目すべき
そして、consonants(子音)においても、本稿のテーマであるstops(閉鎖音)、fricative(摩擦音)、affricate(破擦音)の3種類の音が、空気の流れが舌の横から流れ続けるlaterals(側音)や、oral cavity(鼻腔)から空気を流れ続けさせるnasals(鼻音)より、大量のdroplets(飛沫)を遠くに飛ばす可能性があります。また、stops(閉鎖音)の方が、fricative(摩擦音)とaffricates(破擦音)より遠くに飛ばす可能性があります。IPAではstops(閉鎖音)ではなく、plosives(破裂音)という名称を使っていますが、そのことをよく物語っています。次に、fricatives(摩擦音)とaffricates(破擦音)を比較すると、affricates(破擦音)は、空気を一旦stop(閉鎖)する分、fricatives(摩擦音)より多量のdroplets(飛沫)を遠くに拡散するでしょう。違う角度からこれら3つのカテゴリーに属する音を比較してみましょう。上記の表Consonants(子音)では横軸にpoints of articulation(調音点)が、lips(labio-両唇)→alveolar ridge(歯茎)→alveolar ridge-palate(歯茎・口蓋)→velum(軟口蓋)→glottis(声門)の順に並べてあります。要は、oral cavity(口腔)の前→中→後という順です。筆者の推測では、oral cavity(口腔)内におけるpoints of articulation(調音点)が、Chomsky and Halleの用語を借りればanterior(前方)であればある程大気中に吐き出されるaspiration(気音)の度合いは高まるでしょう。従って、5つのstops(閉鎖音)を比べた場合、/p//b/に比べ/k//g/が、また、/h/に比べ/k//g/が、より多量のdroplets(飛沫)を、より広範囲に拡散するでしょう。同様に、fricatives(摩擦音)同士の比較では、/f//v/が1番、/θ/ / ð /が2番、/s//z/が3番、/ š // ž /が4番、/h/が最後という順になります。但し、これらfricatives(摩擦音)におけるaspiration(気音)の作り方には、舌で細長い隙間を作るslit fricatives(略称slits:/f//v//θ/ / ð //h/)と、舌の真ん中をやや丸めて隙間を作るgroove fricatives(略称grooves:/s//z// š // ž /)の2つがあります。(*17)後者のgroovesは抜け口が一点に集中する分、フラットに広がる前者のslitsに比べてより強い空気の流れを作るでしょう。また、筆者の直感では、/θ/ / ð /は/s//z/よりanterior(前方)の音ですが、/s//z/の方がより強い空気の流れを作るでしょう。
気音の大小は後における音の位置により違う
もう一度、aspiration(気音)サイトに戻ります。このサイトは、ある音が、語・句・文のどこにdistribution(位置)されるかで物理的な違いが生じることを示しています。例えば、/p//t//k/などのaspiration(気音)の度合いは、語のどこに位置するかで違うことを、pill-spill、till-still、kill-skillなどのminimal pairsを使い例示しています。いずれのpairでも、word initial(語頭)の位置の音がword mid(語中)の音よりaspiration(気音)が強いのです。口元に薄い紙をかざして発音すると揺れ方で分かります。尚、このサイトでは述べていませんが、word final(語尾)に来る場合もaspiration(気音)が生じます。特にaspiration(気音)が強い場合、例えば、pep、kick、totのword final(語尾)の音は、word initial(語頭)の音よりは弱いもののaspiration(気音)が発生します。Phonetics(音声学)では、aspiration(気音)の強い音を[pʰ]のように、音の右上に小さなhを付けて表示します。まとめると、英語のstops(閉鎖音)のdistribution(位置)によるaspiration(気音)の強さは、word-initial(語頭)、word final(語尾)、word mid(語中)の順です。ただし、アメリカ英語では、word-final(語尾)のstops(閉鎖音)は、speech organs(発声器官)を整えたまま発しないunreleased stops(未発声閉鎖音)という現象が起きます。例えば、[p̚]のように表示します。上例のpepは、[ pʰe p̚](「ペッ」)となり、word final(語尾)のpは発音されないのでaspiration(気音)は発生せず、上記の順では最後になります。このように、言語の音声は、語句文のどこに位置するか、前後にどのような音が来るか、後述のaccent(アクセント)を受けるか、受けないか、など、言語学でいうenvironment(環境)により変化するのです。Phonemes(音素)には、それぞれ環境により変化する幾つかのallophones(異音)があります。辞書に記載されている発音記号はphonemes(音素)に基づく記号であることが多く、allophones(異音)は記載されておらず、ましてや、無限個のphones(素音)を記すのは物理的に不可能です。他の音についても同じことが言えます。(*18)
調音点が口腔の前か後ろか
言語の会話はこうしたsounds(音)を通して行われるので、それぞれの特性を知ることにより、大気中に吐き出す空気の流れの強弱が分かります。総合すると、stops(閉鎖音)で始まる語彙には要注意です。また、points of articulation(調音点)が、oral cavity(口腔)のanterior(前方)に来る音にも要注意です。Stops(閉鎖音)では/p//b/、/t//d/、そして、fricatives(摩擦音)では/f///v/、/s//z/などでしょうか。上述のaspirationのサイトが指摘していますが、Dinneen 1967(P.25)が述べているように、voiceless stops(無声閉鎖音)は、voiced stops(有声閉鎖音)よりaspiration(気音)が著しいとのことなので、特に/p/と/t/で始まる語句文には要注意です。恐らく同じことはvoiceless fricatives(無声摩擦音)にも当てはまると思われ、/s//f/で始まる語句も要注意かもしれません。NIHの“Stay healthy!”に加え、“Pardon me.”とか“Trick or treat.”とか“Fantastic!”なども試してみたくなります。
文節音素だけではなく超文節音素も加味する必要あり
これらはsegmental phonemes(分節音素)と称されますが、accents(アクセント)、intonation(イントネーション)、juncture(連結)などを総称するsuprasegmental phonemes(超分節音素)があります。ここではaccents(アクセント)のみ取り上げます。英語のaccents(アクセント)は、stress accents(強勢アクセント)で、primary stress(第1強勢)、secondary stress(第2強勢)、tertiary stress(第3強勢)に細分されます。(*19)Stress accents(強勢アクセント) は、強勢箇所を強く発音するということで、例えば“paper”/ ˈpeɪpər/では最初の音節peɪがprimary stress(第1強勢)を受け、newspaper /ˈnuːzˌpeɪpər/では、最初の音節ˈnuːzにprimary stress(第1強勢)が、2番目のˌpeɪにsecondary stress(第2強勢)が掛かります。特に、primary stress(第1強勢)が掛かる箇所は殊更に強く発音され、それに応じて多量の空気が吐き出されるので、paperの最初のpは相当量のdroplets(飛沫)を拡散するでしょう。ただでさえそうですから、大声で発するとそれに輪を掛けた量が飛ぶことになります。ちなみに、swear words(罵り言葉)や、いわゆる新聞報道などのforbidden and taboo words(禁止用語)(*20)の多くは、これらのstops(閉鎖音)やfricatives(摩擦音)やaffricates(破擦音)を含んでいます。しかも、swear wordsには大声が付いて回る可能性が大で要注意です。
日本語の場合はどうか、閉鎖音、摩擦音、破擦音の日英比較、スパコン「富岳」の出番
実験室でswear wordsが飛び交う言語状況を再現し、スーパーコンピュータを使ってdroplets-aerosols(飛沫・エアロゾル)の飛散状態を調べてみてはどうでしょうか。冒頭で述べた理化学研究所の「富岳」を使ったシミュレーションは会話における飛沫の拡散状況を示しています。Abema News 2020年8月24日の「スパコン「富岳」飛沫検証 マスク材質は?教室は?」の方も観てください。実験での会話は日本語で行われたものと思えますが、日本語のphonetics(音声学)phonology(音韻論)の分析を導入することでより詳細が分かると思います。他の言語の分析も導入して比較対照すると更なる詳細が分かると思います。アメリカで英語話者に日本語を教えた経験から、英語との比較対照で気付いたことを幾つか列記します。英語は日本語に比べphonemes(音素)の数が少ないのは周知の通りです。ですから、英語話者が日本語を習う場合と、日本語話者が英語を習う場合を比較すると、この点では英語話者が有利です。ただし、質的に違います。
日本語の子音における調音点の軽さ、英語より気音が少ないか?
本稿のテーマに関連するconsonants(子音)に限ると、日本語のstops(閉鎖音)、fricatives(摩擦音)、affricates(破擦音)におけるpoints of articulation(調音点)の軽さです。例えば、英語の“paper”とその日本語への借入語「ペーパー」の発音を比べれば一目瞭然です。口元に紙をかざして発音してみてください。前者と比べ後者のaspiration(気音)量は格段に減ります。同じことが、“baseball”と「ベースボール」を、“fat”と「ファット」を、“church”と「チャーチ」を比べれば分かります。筆者の推察ですが、その理由は、日本語独特の一つのconsonant(子音)と一つのvowel(母音)の組み合わせから成るmora(拍)、によるものと考えられます。書き言葉のひらがな、カタカナは、全て子音(C)と母音(V)の組み合わせで、英語のようにC(例、chat)、CC(例、lift)、CCC(例、strike)など子音だけの組み合わせはありません。例外は/n/(ん)のみです。(*21)恐らく、aspiration(気音)を伴うconsonants(子音)とそれを伴わないvowels(母音)との組み合わせであるmora(伯)では、conditioning(条件的変化)という現象が起き、consonant(子音)のaspiration(気音)が直後に続くvowel(母音)の影響で弱くなるものと思われます。
日本語のピッチアクセントと英語のストレスアクセントの違い
加えて日本語のアクセントはstress accents(強勢アクセント)ではなく、pitch accents(ピッチ・アクセント)です。橋、端、箸はみな/haʃi/ですが、/ha/と/ʃi/のpitch(ピッチ)、すなわち、音の高低で識別します。上述下通り、stress accents(強勢アクセント)は殊更強く発音するのですが、pitch accents(ピッチ・アクセント)は音の高低である為、殊更強調する必要はありません。前者は空気の量をより多く放出し、その為により多くを吸入しなければなりません。他にもphonetics(音声学)、phonology(音韻論)から観ると、日本語と英語の違いは多々あります。マスク一つを取り上げても、日本語話者用のマスクと英語話者用のマスクは、この点でも微妙な違いが出てきます。英語を話す時、少なくとも、stops(閉鎖音)など、唇とマスク本体に余裕が必要ではないでしょうか。それは他の言語にも言えます。それぞれの言語の母語話者に適するマスクを作ることができます。NIHの研究も、理化学研究所の研究も、phonetics(音声学)、phonology(音韻論)関係の専門研究機関とコラボレーションすることで、それに答える素晴らしい成果を期待できそうです。
(2021年2月22日記)
(*1)Stops(閉鎖音)やaffricates(破擦音)などを起こす強い呼気のことです。
(*2)(*3)を参照してください。
(*3)MIT Technology Reviewの記事は、NIHの研究reportに関するreviewです。よって、研究の詳細は分かりません。記事が出た2020年5月当時、アメリカでは11月の大統領選に向けて各地で集会が催され、候補者が大声で訴え、支持者が大声で呼応する様子が見られました。そんな中、3密、くしゃみ、咳による感染拡大の危険性が指摘されたものの、大声発話の危険性はあまり指摘されておらず、その点で先駆的研究であると思います。
(*4)言語体系はこれら小体系が連動するholistic(ホリスチック)な体系です。よって、phonetics(音声学)とphonology(音韻論)が扱う音の事象は、他の小体系とも連動します。例えば、“stay healthy”という動詞句は、“Stay healthy!”のようにimperative sentence(命令文)として使われるか、“She stays healthy.”のようにdeclarative sentence(平叙文)として使われるかで、音声学的にも音韻論的にも違いが生じます。
(*5)Phonology(音韻論)以外に、phonemics(音素論)とphonematics(音素学)という用語があります。
(*6)“PHO121 – Speech Analysis”が分かり易く説明してくれます。言語以外に、生物の鳴き声、音楽など、音に関わる広い分野で使われています。“Bernie Krause: The Voice of Natural World: Ted Talk“などの視聴を勧めます。TOEFL iBTテストにも役立ちます。
(*7)意味の違いを示す機能があるということです。例えば、/t/と/p/は、sit/と/sip/のように意味の違いを示します。
(*8)別称はauditory phonetics(聴覚音声学)です。Dinneen 1967は、impressionistic phonetics(印象的音声学)を使っています。
(*9)シラバスを見ると、N. Chomsky and M. Halleのphonology(音韻論)The Sound Pattern of Englishの導入コースでしょうか。AIのnatural language processing(自然言語処理)に興味を持つ読者には必見です。
(*10)“Points”の代わりに“places”を使うことがあります。
(*11)本稿では“immovable organs/movable organs(非可動器官/可動器官)”としますが、Dinneen 1967ではなく“immovable parts/movable parts(非可動部位/可動部位)”を使っています。恐らく、relatively(比較的)immovabl/movableであることを強調する為でしょう。例えば、upper teeth (上歯)は絶対にimmovableと言えないからです。ただ、英語の発音に関する限りあまり考えられないのでこれらの表現を使いました。
(*12)Chomsky and HalleのThe Sound Pattern of Englishでは、“vocalic”(母音特徴)という用語を使っています 。
(*13)Sounds(音)とnoises(騒音)の違いは、不快感を与える強さかの違いでもあります。音の強さを示すデシベルと音の高低を示すヘルツで計測すると、noises(騒音)は不快感を与える数値になり、consonants(子音)は不快感を与えない範囲です。但し、vowels(母音)よりnoise(騒音)に近いことは確かです。
(*14)Dinneen 1967は、アメリカ中西部の英語を分析したG. L. Trager- and H. L. Smithの分析を使っています。他にもJ. S. Kenyon and T. A. Knottの分析があります。イギリス英語の音声分析ではDaniel Jonesの分析が有名です。
(*15)但し、/h/は、glottis(声門)の調整のみで発せられるので例外です。Semi-vowel(半母音)と分析されることもあります。
(*16)単なる着想に過ぎません。科学的価値ある言説にするには、十分なdataを集め、第149回で扱ったinductive reasoningを通して仮説を立てて実証する必要があります。言語分析においては絶対的なpremises(前提)を整えるのは不可能であり、deductive reasoningを採るのは厳しいと思っています。
(*17)Dinneen 1967P.25参照。
(*18)一つのphoneme(音素)には幾つかのallophones(異音)があり、実際発音されるphones(素音)は無限個です。発音記号は基本phonemic(音素的)で、素音(phones)を示すものではありません。かつて大学や高校の入学試験に発音記号に関する出題がありました。1990年代にUniversity of California卒業のALTに県立高校入試問題の発音に関する問題を解いてもらったところ正解はゼロでした。
(*19)関心ある読者は、The Sound Pattern of English Chapter 3を参照してください。
(*20)Richard A. SpearsのForbidden American Englishなど、slang関連の辞書や本をチェックしてみてください。
(*21)よって、lift→リフト/ri fu to/;read → リード /ri: do/;strike→ ストライク/su to ra i ku/と、みなCV(Consonant + Vowel)です。英語でC、CC、CCCの間にはVを差し込み、CV、CVCV、CVCVCVにします。 勿論、日本語でもCCの組み合わせがないわけではありません。例えば、動詞「言う」の過去(終止)形「言った」(“itta”)におけるparticle(助詞)とか、“pitcher”などの外来語におけるCCに対応する表記、「ピッチャー」などに見られます。小さい「つ」「ツ」で表記されます。基本的にCVの組み合わせが主流です。