アメリカのプラグマチズ(pragmatism)・・・原点は植民地時代、知らずしてアメリカを語れない
本稿は連載コラムFor Lifelong English (鈴木佑治 TOEFL Web Magazine)に掲載されたものです。
プラグマチズム(pragmatism)は1870年代のアメリカで起きた哲学ムーブメントで、
1776年の独立宣言より100年目を迎えたアメリカ社会が建国より培ってきた実用性を重んずる伝統が背景にあったものと思われます。「実用主義」、「現実主義」、「実利主義」などと訳されますが、特に「実利主義」という訳には注意が必要です。「実利」ということばの解釈次第では功利主義的処世術と解釈されてしまうかもしれませんが、勿論そうではありません。以下、このムーブメントの歴史、人物、考え方につき、Internet Encyclopedia of Philosophyの“Pragmatism”(*1)を参照して要点のみ紹介します。(*2)
pragmatismは19世紀後半の1870年代、アメリカ哲学者Charles Sanders Peirce(1839-1914)を中心にWilliam James(1842-1910)やJohn Dewey(1859-1952)らによって立ち上げられました。これら3人はpragmatismの始祖3人組(the classical pragmatist triumvirate)(*3)と称されています。PeirceとJamesの没後はDeweyを中心に同年配のGeorge Herbert Mead(1863-1931)やC. S. Lewis(1898-1963)らが継承し、その後は、W.V.O.Quine(1908-2000)やHillary Putnam(1926-2016)やDonald Davidson(1917-2003)そしてRichard Rorty(1931-2007)らが受け継いできました。
勿論、他にも多くの著名な哲学・思想家がこのムーブメントに関わっています。
かくして19世紀後半から20世紀を越えて21世紀前半まで脈々と継承されて来たわけですが、この間ずっと順風満帆であったわけではありません。PeirceとJamesを継いだ始祖3人組の最年少者Deweyには熱心な後継者がおらず、1952年に亡くなる以前の1940年代から停滞し、1970年代後半までこの状態が続きました。それを救ったのがDeweyの思想に触れて傾倒したRortyでした。1979年にPhilosophy and the Mirror of Natureを出版するや反響を呼び、翌年の1980年より再度脚光を浴びるようになって今日に至ります。(*4)現在活躍しているのはStephen Stich(1943-), Susan Haack(1945-), Robert Brandom(1950-), Cornel West(1953-), Cheryl Misak (1961-)らのようです。
こうして見ると、pragmatismの黎明期から今日に至るまでの歴史は、南北戦争で二分されていたアメリカが統一され、その後体制を整えて世界デビュー、そして大国にのし上がり繁栄を極めていく時期と重なります。pragmatismの誕生と成長は多分にアメリカ社会に負うところがありましたが、逆も真なりと言えるでしょう。両者は相互に影響し合ったと考えます。pragmatismを知る上ではアメリカ社会を、アメリカ社会を知る上ではpragmatismを知る必要がありそうです。
では、pragmatismはズバリ何を主張しているのでしょうか、以下のようになります。
An ideology or proposition is true if it works satisfactorily; the meaning of a proposition is to be found in the practical consequences of accepting it, and unpractical ideas are to be rejected.
(ある考えや命題について、もしそれが十分満足に機能すれば、すなわち、実用的であれば、それは真実である。その意味するところはそれを受け入れて実践することにより得られる実用的な結果に見いだされる。そうでないものは棄却すべきである。)
よって、満足に機能せず実用的結果をもたらさない考えは意味がないものとして捨て去ります。JamesとDeweyのことばを借りると
The truth is what “works”: true hypotheses are useful, and vice versa.
ということに集約されます。何か内容の薄い考え方のように思えますが、決してそうではありません。ギリシャから続いてきた二元論的なものへの痛烈な批判が秘められています。二元論のように理論(theory)と実践(practice)が、または、知識(knowledge)と行動(action)がそれぞれ二項対立して別次元のものであると考えることへの批判です。実践と行動こそが理論と知識の礎であることを謳うことにより、アメリカのみかヨーロッパの思想界にも影響を与えてきたのです。
端的に言えば、人間社会の現実から目をそらして抽象的で絶対的かつ普遍的な理念を追い求めて万物を判断することを止め、人間社会の現実に介在する問題に立ち向かい、その解決に向けた実践・実用に重点を置くことになります。すなわち、理論と知識は実践と行動を基軸に判断しようということです。その為に、哲学者たる者は、
What concrete practical difference would it make if my theory were true and its rival(s)false?
(自説を真とし他説を偽りとするなら、自説がどのような具体的、実用的結果をもたらすであろうか?)
と自問しながらinquiry(探求)する事をmaxim(公理)にすべきとしています。
Deweyの考え方に心酔したneo-pragmatistの旗頭Rortyは、そうしたことを踏まえて文化に目を向けました。静的な遺産とされてきた文化は現在進行中の会話であり、そのさなかで刻々と変化する営みや実践を解釈する、それこそが哲学の目的であると説きます。動的な会話としての文化を構成する科学、哲学、芸術、道徳、宗教その他諸々の分野の様々な声がどのように関連しているか、その方法を探ることこそ哲学の本来あるべき姿であると述べています。要は、普遍的な(universal)、絶対的な(absolute)、超越的な(transcendental)理念の追究に終始した伝統的な認識論と一線を画し、相対的な(relative)文化の実践(culture’s practices)を理解する術(the art of understanding)の追究こそが認識論のあるべき姿であると主張しました。
ある理論が正しいかどうかの判断は、事前に収集したデータと照らし合わせることではなく、事後の実践結果を精査することに委ねられます.
DeweyやJamesらはさらに切り込んで「理論は現実を処する道具である」とさえ言い切っています。そして、理論の有効性は問題解決力(the power of problem-solving)であって、情緒的で主観的な慰みをもたらす一過性のものではなく、時を越えて何度も厳しい問題に立ち向かい重大な困難を取り除ける信頼性の高いものでなければならないと付け加えています。
Peirce、James、Deweyらclassical pragmatistsとRorty、Davidsonらのneo-pragmatistsに共通しているのは、(1)Descartesのいわゆるデカルト主義(Cartesianism)と称される合理主義、および、(2)Locke、Hume、Berkeleyらイギリス経験主義者が唱える認識論への批判です。周知の通り、これら2つの相反する考え方が17世紀以降の西欧の哲学界を二分してきました。
デカルト主義者は、心身二元論の立場から、精神と身体は別次元のものと捉え、低次元の知覚や感覚などの身体的体験による信念(beliefs)を主観的なものとして却下し、高次元の精神に属する超越的(transcendental)、客観的(objective)、普遍的(universal)真理と称するもののみを追究します。(*5)
よってデカルト主義では主観的な信念を虚偽なものとして棄却しますが、pragmatismでは信念こそ我々の実践・行動を導くルールであると主張します。信念は我々の判断過程において生成される仮説(working hypotheses)であり、知識を築く上で重要な要素であると反論するのです。要は、理論の真偽をその結実である実践・行動をもって判断するとしたら、信念が実践・行動および判断過程のいずれにおいても作用するということになり、信念を排除するデカルトの合理主義は非現実な考え方として却下することになります。(*6)
また、イギリスの経験主義者Lockeらの経験主義(empiricism)とは、知覚と感覚を通して物事を認識するという点では一致しますが、知覚・感覚から得る情報を知識にする認識過程に関してLockeらの考え方と大きく対立し痛烈な批判を向けることになります。すなわち、私たちが知覚する情報について、Lockeらは受容されてそのまま知識になると主張しましたが、PeirceとJamesとDeweyらは能動的に取捨選択して知識にすると主張しました。科学方法論、問題解決などを説いたKarl Popper(1902-1994)はLockeらの考え方を知識のバケツ理論(the bucket theory)と揶揄しています。Lockeらは人間のこころ(mind)は生まれながらに白紙状態(a blank slate/ the tabula rasa)で、体験を知覚・感覚器官を通すことにより世界を認識する、すなわち、全ての知識は感覚を通して経験することにより得られる情報で構成されると考えましたが、Popperはこれをthe bucket theoryと呼び、こころは情報を集めるだけの単なるバケツのようなものではないと批判したのです。(*7)
もう少し詳しく説明すると、pragmatismは「知識は誤りうる」という可謬主義(fallibilism)の立場をとっていますから、
経験を通して得る知識はそのままでは現実にworkする知識にはなりえないと主張します。よって、pragmatismは、Deweyの著書Logic: The Theory of Inquiry(1938)のタイトルが示唆するように、inquiry(探求)にかなり重要な意味を持たせることになります。
Deweyは、知ること(knowing)と単に知覚情報を受容することを同一視したLockeらの考え方をthe spectator theory of knowledgeと呼んでいます。pragmatismでは、知識はそうした受動的プロセスではなく、inquiryという能動的なプロセスの結実、言い換えれば、疑念から信念に導く問題解決プロセス(a problem solving process)の結実であると主張します。inquiryを効果的に進めるには、実験、すなわち、現実を操作し変化させるプロセスが伴うことを強調します。知覚されたものはそのまま知識になるのではなくこうした能動的なinquiryを通して加工され知識として形成されていくということでしょう。知るということは能動的行為であり、よって私たちは行為者(agents)であって受容者ではないと力説します。Deweyはこれをthe experimental theory of knowledgeと呼び、Lockeらのthe spectator theory of knowledgeと区別しました。
pragmatismは経験主義(empiricism)の伝統を変革することに多くのエネルギーを費やしたと言っても過言ではありません。
当然のことながらこのような能動的な経験主義は現実社会の様々な現象に直面することになります。しかも単に受容するのではなくinquiryを通して能動的に究明してworkするものを知識として蓄積していく、絶対的なものはなく相対的なものを究明する訳ですから、立ち上げ当初から意見の相違が生じるのは至極当然のことでした。良く言えば多様で悪く言えば雑多な集団と言うことになり、従って、pragmatismについて細々と規定する教条、主義、主張(the party-line)のようなものは見当たりません。ですから、PeirceとJamesでさえ多くの点でそれぞれの主張の間に齟齬があり、PeirceはJamesらが使い続けたpragmatismということばを嫌ってpragmaticismということばを使ったと言われています。(*8)
こうした多様性や相対性はアメリカ社会で自然発生的に生じた非常にアメリカ的な特徴と言えるでしょう。この特徴を踏まえて、刻々と変わりゆく現実に対処する社会秩序が形成されてきたように思えます。多様性に乏しい社会の視点からみると一種の違和感さえ覚えますが、世界はますます多様性が顕著化する方向に動いています。多様性と相対性の極地であるグローバル化が始まった1980年代よりpragmatismが再度脚光を浴びたのは偶然ではなさそうです。
かくしてアメリカではあちこちでpragmatismの影響が感じられます。当然幼稚園・初等・中等教育(K-12)から大学以上の高等教育
にも反映されています。10月号で報告するScience Olympiadも例外ではありません。種目の数が多い上に内容も多岐に渡り、具体的な課題を分析・解決するinquiry能力を駆使して結果を出さなければなりません。今年度も日本から「科学の甲子園」で優勝した海陽中等教育学校のチームが2016 Science Olympiadに参加し、次の4種目にエントリーしました。
■Forensics
■Bridge Building
■Wind Power
■Write it Do it
具体的な課題に対して参加者は試行錯誤を繰り返すうちに、複数生まれるworking hypothesesの内でもっともworkするものを実用モデルとして、具体的な結果を提示しなければなりません。inquiryの力、行動力、創造力が試されます。最もworkableなモデルを提示したチームが勝ちます。具体的な結果を判断します。
数学だけ、物理だけ、化学だけ、生物だけに特化した問題は出題されません。むしろ、それらのいわゆる理系とされる科目のみならず、人文科学や社会科学の科目の知識を上手くコラボレーションさせてしか良い結果を出し得ないといった問題が出題されています。アメリカはまさにそのようなコラボレーションを前提とする多くの先端研究が行われている本場であると言ってよいでしょう。それら先端研究にもpragmatismの伝統がありそうです。日本の若人も一度体験してみる価値はありそうです。その選択が正しかったかどうか自体も、結実をもって判断せざるを得ません。
(2016年8月26日記、入稿)
(*1)1960年後半から今まで筆者が関わったアメリカ人の多くはそうした気概に満ちていたことは確かです。議論好きで行動力に富み、結果にこだわり、何においても最後まで諦めずに勝負強い、そうした気質もpragmatismの影響ではないかなと思うのです。
(*2)余白に限りがあり、postmodernismなど他の思想との関係や詳細は省きました。
関心ある読者はサイトを開いて読んでみてください。哲学・思想についての予備知識が必要ですが、特にアメリカの大学院を目指す人に読むことをお勧めします。以前本コラムで紹介したGRE General Test のAnalytical Reasoningにおける比較的難易度が高いreadingの練習に最適です。
(*3)PeirceとJamesは1870年代Chauncey Wright(1830-1875)ら各界のHarvard卒業者により設立されたThe Metaphysical Clubに属し、その影響を受けて提唱したようです。pragmatismという用語が世に出たのは1898年で、Jamesの“Philosophical Conceptions and Practical Results”と称するCalifornia大学での講演で使用されました。しかし、Peirceが作った造語であることをJames自身も明言しています。もっとも当のPeirce自身はJamesらの考え方への異論がありpragmaticismという別の造語を作って固執したようです。
(*4)RortyやPutnamやDavidsonらの最近活躍しているpragmatistsを初期のpragmatistsと区別する為にneo-pragmatistsという名称が使われています。
(*5)デカルトの「われ思う故にわれあり(“Cogito ergo sum”)」は、提唱した精神的真理の追究(cogitoコギト=考える)を指す。
(*6)Davidsonは“the myth of the subjective”(主体性についての神話)と称する主観についての見解も参考になります。また、最近では以前、本コラム(第74回 ヒップ・ホップもあるアメリカの大学の音楽プログラム!)でも紹介したAntonio Damasio がDescartes’Error(1994)そしてDaniel C. DennettがConsciousness Explained(1991)で脳神経学や認知科学や人工知能の視点からDescartesの心身二元論を痛烈に批判しています。これら2人の著名な科学者がpragmatistsであるかどうかはさておき、pragmatismと同様の問題に触れており認識論を考える上で参考になります。
(*7)Karl Popper: All life is problem solving(1999)P.72: “I have refuted classical empiricism-the bucket theory of the mind that we obtain knowledge just by opening our eyes and letting the sense-given or god given ‘data’ stream into a brain that will digest them.”
(*8)結果、Peirce, James, Dewey, Rortyなどを除いて、pragmatistsであるかどうかを認定するのは困難です。特に1940年代~1970年代の停滞期にはそうした傾向がありそうです。
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