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「学校は子供の創造力を削ぐか?」ケン・ロビンソン卿警告(TED2006年2月)...後編


「学校は子供の創造力を削ぐか?」(前編)の続きです。


教育現場は教科重視の優先順位、芸術科目最下位、ダンス皆無

Sir Robinsonは、母国イギリスや移住先の米国Los Angelesのみならず、視察で訪れた世界の多くの国々の教育現場でもcreativityをないがしろにする普遍的な傾向が見られると指摘しています。教科に優先順位(hierarchy)を付けることが常態化しており、mathematicsとlanguagesを最上位に、人文系科目(the humanities)を次に、芸術系科目(the arts)を最下位に置くのはどこの国でも見られるようです。最下位の芸術系科目(arts)においては、音楽(music)と美術(art)を上に演劇(drama)とdanceを下に置く傾向があるようです。子供達にとってdanceは mathと同じ位重要な筈なのに、毎日mathを教えていながらdanceを教えるカリキュラムが皆無なのは何故であろうかとの疑問を呈します。世界中どこへ行けども子供というのはdanceが好きで興じており、それを止めることはできません。その理由は、ずばり、体があるからだと述べています。しかるに、現存の多くの教育システムはそのことをないがしろにし、学年が進むにつれて頭にのみ集中する傾向があり、頭と体を引き裂く抽象化(disembodied)が進行して頭でしか生きられないことになってしまうだろうと警告しています。

学力中心の教育システムは19世紀に遡る、学力=知性は創造力に富む子供を落ちこぼす

こうした傾向は学力(academic ability)のみに基づく現行の教育システムの各所に明らかですが、Sir Robinsonはそうなった要因は19世紀に遡るものと考えます。そもそも、19世紀以前には公共の教育システムは世界のどこにも存在しなかったが、産業主義(industrialism)の隆盛とともに産業を推進する上で民衆を教育しようというニーズが高まり、それに応ずる形で公共教育システムが導入され、その結果、同時に上述したような教科の優先順位(hierarchy)も定着したものと考えています。すなわち、工業生産に最も役立つ教科を最上位に、あまり役立ちそうも無い教科である音楽、美術などのartsを最下位に置く考え方が自然に定着していったのだろうと推測しています。

学力中心主義の傾向はやがて知性(intelligence)のあり方を支配するようになり、頂点に立つ大学がイメージするまま公共教育システムをデザインしてきた結果、公共教育は「長々と引き延ばされた大学入学プロセス(a protracted process of university entrance)」に組み込まれたと見ます。そのプロセスから漏れてしまう生徒を無価値と判断し、多くのcreativityに富む生徒を落ちこぼして来たが、今やそうする余裕はないと断言します。

UNESCOの報告ではここ30年間に史上かつてない数の高学歴者が増え、学士号、修士号、博士号など大学や大学院で取得する学位は希少価値を失って職探しの決め手にはならなくなるだろうと言われています。もはや産業革命から続いた価値観や学問体系が効力を失い、学力=知性(intelligence)というあり方そのものを問い直さなければならないということでしょう。

本来の知性は多様性に富む、動的、相互作用的で柔軟

知性(intelligence)は、本来、多様性に富んでおり(diverse)、私たちは生まれつき視覚、聴覚、身体、動き、抽象的な言葉など状況に応じて様々な方法で思考します。知性は動的で(dynamic)、その基盤となる脳の部位同士が相互に連携しあっているように相互作用的(interactive)です。必然的に多くの分野が連携し合うのです。creativityをオリジナルなアイディアを生成するプロセスと定義すると、それはまさしくこうした柔軟な知性からしか生まれない、これがSir Robinsonのtalkの要点(the bottom line)です。

世界的名声を誇る舞踏振付師Gillian Lynne氏は小学生時にADHDとされ

Sir Robinsonは多くの偉大な芸術家をインタビューしていますが、その一人が世界的に名だたる舞踏振りつけ師(choreographer)Gillian Lynneです。オペラ“Cats”と“Phantom of the Opera”の振りつけをした女性です。Sir Robinsonが英国ロイヤル・バレエ団(The Royal Ballet)の理事をしていた時に話す機会があったそうです。1930年代に小学生時代を過ごした彼女は、落ち着きがなくて授業に集中できずに学校側から学習障害ありと判断されてしまいました。今で言うADHD(注意欠陥・多動性障害)です。保護者とともに専門医に赴いて診てもらったところ、ラジオから流れる音楽に合わせて体を動かすのを見た医師は「彼女は病気ではなくdancerだ」と保護者を諭し、ダンス・スクールに入れるようにアドバイスしました。アドバイスに従い或るダンス・スクールに行ってみると、そこでは彼女のような生徒達が生き生きとダンスに取り組んでいたのを見て驚きかつ感動したそうです。動いて考えることに長けた子供達の集団です。早速そのダンス・スクールに通うようになったのは言うまでもありませんが、その先の彼女の人生については、Gillian Lynne Official Siteに記されています。


子供達の創造力(creative capacities)は多様でrichなものであるので、我々大人にできることは、子供達が頭だけではなく全身に注視した教育を受けられる環境を作り、子供達がそれぞれ自分の将来を作り出すことができるようにすることであると強調します。私たち大人には彼らが作る将来を見ることはできませんが、彼らは自分で作る将来を見るのです。大人は、子供達の将来設計の準備に手助けをすることに過ぎないと結びます。

筆者が実施した「プロジェクト発信型英語プログラム」の基本理念と一致

読者の皆さんはどう思いますか?筆者が本コラムでこれまでに何回か紹介してきた筆者開発の『プロジェクト発信型英語プログラム』の基本理念と多くの点で共通するところがあるように思います。筆者の基本理念は筆者自身が考えたコミュニケーション論に基づいていますが、Sir Robinsonの語る多くのことが、人の体の中で行われている神経システムの活動で裏付けられます。筆者はそれをprimary communicationと称し、人と人との間のコミュニケーションをsecondary communicationと称しています。詳細は拙著を参照していただきたいと思いますが、the primary communicationにおいて生成されるメッセージは多感覚で豊富ですが、それを人に伝えようとすると制限が掛かります。社会的制限そして表現形態的制限です。これについては又詳しくお話いたします。(拙稿The word communication is used frequently.But What is it?に綴りました。)

最後に英語のリスニングについて一言。Sir Robinsonのtalkは分かりやすいものの、背景をよく知らないと理解できないことが多いのも事実です。子供達のcreativityは間違いを恐れないことから来ることを示す一つの例として、自分の子供Jamesが4才の頃のthe Nativity play に出た時の話をしています。 彼が咄嗟に言った“Frank sent it.”が例として出されていますが、何故、笑いが起きたのかはthe Nativity playが分からないと分かりません。調べてみましょう。Mel Gibson 主演の映画“Nativity II”もあるようで、このtalkでもそのことが触れられています。このエピソードの状況(前景・背景)を知れば理解できます。普段から他文化について興味を持ちましょう、そのことが英語を聞き取る能力にも繋がります。他にもStratfordやそこで生まれたShakespeareについても調べるとSir Robinsonの英国人的witとhumor (humour)がより理解できます。

(*2)その2年後の2008年にはリーマンショックが、5、6年後からはシリア情勢の悪化に伴う大量難民問題、10年後の2016年6月にはSir Robinsonの母国英国の国民投票(referendum)によるEU離脱決定など予測不可能な事態が起きつつあります。

(2016年7月22日記、2016年8月5日入稿)

後記(2024年5月29日)

2024年現在、生成AIを利用したChatGTPが流布し、人々は手持ちの携帯電話でインターネットにアクセスすれば小学校、中学校、高等学校、大学、大学院で学ぶ知識程度なら瞬時にアクセスできます。エッセイ、小説、論文などさえ書いてくれるのです。教科重視型、知識伝授型の学校に行かなくても生成AIがあれば十分、という声さえ聞こえてきます。各教科で習う項目を入力すれば全部提供してくれるからです。でも、生成AIは踊って見せることはできません。私たち生命体と同じように意識を持ち感覚や感情に富む主体的体験はできません。大いに利用して結構、でも、そこから先は個々人の独創性が物を言います。世界70億以上の個々人が誰にも真似できない独創性があるからです。詳しくは別稿で述べたいと思います。筆者の別稿「"学ぶ"から"する"英語コミュニケーション!---言語+5感覚表現媒体フル活用」もお読みください。


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鈴木佑治
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