虎に翼 第28話・29話
私たちは知っている。身の安全のために朝鮮に帰国しても、太平洋戦争のすぐ後に朝鮮戦争が始まり、朝鮮半島を動乱が襲うことを。
私たちは知っている。その身と志を犠牲にして男爵家を守っても、昭和22年に華族・貴族制度は廃止されてしまうことを。
努力家で賢く、友達思いのチェ・ヒャンスク(ハ・ヨンス)の無事を心から祈る。
誇り高く聡明で、心優しい涼子(桜井ユキ)の夫・有馬氏が、せめて人柄温かな男性であることを祈る。
そうでなければ、あまりにも救われないではないか。
そして梅子(平岩紙)は、高等試験直前に夫・大庭(飯田基祐)から離婚届を渡される。「息子達にはもう会えないと思えよ」という台詞と共に。ダメージを与えるのに一番効果的なタイミングを待っていた、さすが頭のよい男の嫌がらせはひと味違う。褒めてはいないが。
梅子が家を出るのに、三男・光三郎(石塚陸翔)を連れてこられたのは大庭がせめてもの情けを示したのか、それとも「男子はもう長男次男ふたりもいるから」と、子を家の駒としか見ていないゆえか。次男ちゃんが、母に捨てられたと思っていませんようにと祈り、大庭は再婚した若い女に身ぐるみ剝がされ逃げられっちまえ!!とも祈っている。
ヒャンちゃんも涼子さまも梅子さんも、彼女たちのせいでは全くないのに
「ごめんなさい」と謝っていた。
朝鮮人だから、跡取り娘だから、女だから。志を押し曲げられた女性たちの
「ごめんなさい」に、寅子(伊藤沙莉)と共に悔し泣きする。
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口述試験で、昨年久保田先輩(小林涼子)が訊ねられた質問
「結婚の予定はあるのか」
その質問にきっぱりと「その質問は試験と関係がないのでは?」と答えたがために、久保田先輩は落とされてしまったのかもしれない、と。
寅子の眉間の皺が深くなる。観ているこちらの皺も深まる。
そして口述試験の当日、疲れとストレスで周期が乱れたのか、月経が始まってしまう寅子。痛みで集中力が途切れるであろうし、試験会場の椅子に進む歩き方とそっと腰掛ける仕草が当時の生理用品の頼りなさを想像させ、深く同情した。
試験は寅子本人にとって不本意な出来だったのだろう。悔し泣きで泣きはらした顔の娘に、はるさん(石田ゆり子)の言葉があったかい。
「きちんと家にお金を入れて、自分で働いたお金で何をしようと、私は何も言いませんよ。また頑張りなさい」
私の子どもたちはもう巣立ったけれど、こういった姿勢を崩さない親でありたい。
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口述試験の出来は惨憺たるものであったろうに、寅子は合格した。
嫌な想像をする。経血を気にして慎重に歩く姿が楚々とした風情だと、痛みに耐えていつものようにしっかり張れない声を、集中を欠いた思考を、女性らしいと試験官が受け取ったのだとしたら。そのせいで合格したのだとすると、素直に喜んでいいのだろうか。久保田先輩の去年の敗因から、どうしてもそう考えてしまう。
そして、筆記試験には合格したものの口述試験で不合格だった優三(仲野太賀)。今年は寅子の変顔を思い出して緊張を緩め、全力を出し切れた。それでもだめだった。それで諦めることを決めたのか。
合格者の中に自分の名前がないと知った後の仲野太賀の演技が見事だった。
実力を発揮できず合格した寅子と、全力を尽くしたのに不合格だった優三。
なんとも辛い対比である。
高等試験合格、ヒロインが日本初の女性弁護士となる。
寅子がそこに至って見た景色は、視聴者である私が思い描いていた画面は、思っていたものとは全然違っていた。
あのどんよりした、鉛色の空と海の景色が、ここに繋げられるだなんて。
ヒャンちゃんが言ったように「でも、最後はいいほうに流れて……きっとそうなります」。そうであってほしい。
(つづく)