虎に翼 第68話
小学校で返されたテスト用紙を寅子(伊藤沙莉)に見せる優未(竹澤咲子)、84点で直人(琉人)と直治(楠楓馬)が「優未、がんばったでしょ!」と寅子の言葉を求めるが、寅子は
「間違えた部分はきちんと復習して勉強するのよ。そしたら次は100点だから」
ああ……寅子。やっちまった。学校で常に1、2を争う成績だった寅子は、きっと100点が当たり前で、90点台を取った時には自分にこう言い聞かせていたのだろう。でも優未にこれはよくない、本当によくない。……しかし今ならそう思えるのだけれど、親からのこの手の言葉は昭和40年代50年代くらいまでは、さほど珍しくはない叱咤激励だったと思う。
それより、SNSの相互さんが指摘していたのだが、よくみるとこの「84点」は、赤えんぴつで「34点」を「84点」に偽造したようだ。優未はあまり勉強が得意ではないのか……そしてこれは第12週58話で道男(和田庵)が見せた、子どもがわざと悪い言動で大人の愛情を試す、いわゆる『試し行動』なのか。優未が赤えんぴつで書くのを覗き込んでいて、うきうきした様子で「がんばったでしょ」と言った直治(楠楓馬)は、寅子が気づいて「こらっ!」となったら、直人(琉人)といっしょにごめんなさーいと笑ってフォローするつもりだったのか。
しかし寅子は気づかず、というよりも娘がいつもはどの程度できる子なのか把握しておらず。もし点数偽造が本当なら、あの直明(三山凌輝)の深刻な表情は、寅子の叱咤激励が不適切だという以上に、優未との親子関係がまずい状態にあると示しているのではないか。
月経が重くて朝起きられなかった寅子と、ひとりで行けるのだと学校に行ってしまった優未。ちらりと映る優三さん(仲野太賀)の写真が、彼が生きていたら寅子が裁判官としてバリバリ働こうが帰りが遅かろうが、娘の心をあたたかく守ったのだろうなと思わせて切ない。
************
優未の変化について、寅子が「母親なのに気づかない」なのか「親なのに気づかない」なのか。ドラマ制作側がこのどちらで描いているのか、水曜日のこの時点ではわからない。ただ、猪爪家・佐田家での寅子にずっと「昭和のおとっつぁん」的ふるまいをさせているこの筋立てと演出は、意図があるのだろうなと思って観ている。
61話、はるさん(石田ゆり子)が亡くなって2か月ほど経った昭和24年4月は
「花江(森田望智)、ごめん!今日私が朝ごはん作るはずだったのに!」
「ううん、寝かせてあげようと思ったの」
という会話があったが、この68話、昭和25年10月では寅子が炊事に関わることは、恐らくもうなくなっている。花江ちゃんが子ども達に家事の協力を頼んだ65話を挟んだのち、「いいのよ、寅ちゃん疲れてるんだもの」と言い続けた結果だろう。
義姉・花江ちゃんが作った朝食を食べ(おそらくお弁当も花江ちゃん作)仕事から帰って食事し、その周りで花江ちゃんが給仕する、あるいは優未の寝かしつけを終えて戻ってくる……今のところ見えている、猪爪家・佐田家の日常である。
これを(花江ちゃんに家事を丸投げじゃないか)と思った時点で、じゃあ寅子が男性だったら気になったのか?と自問自答がスタートする仕掛けになっている。
観ている私たちだって、女性だったら働いていても家事をすべきだという、この思い込みに苦しめられてきたんじゃない?
「結婚しなければ半人前、結婚すれば家のことも、弁護士の仕事も満点を求められる。絶対満点なんて、取れないのに!」
37話の久保田先輩(小林涼子)の、この言葉に涙したのではないの?
それなのに寅子が結婚して子を産んで仕事をしていたら、家のこともやれという思いが湧くのか。
いやしかし、優未のことは女性でなくとも、母でなくとも親として……と、ぐるぐると考えが巡る。
このドラマが追求するのは、どこまでも「当事者意識」だということを思い出した。そのあたり、本当に容赦ないな。
************
この回は、梶山英二くん(中本ユリス)の両親の親権拒否問題、尊属殺人事件の判決について憲法違反か否かの最高裁判決、優未の答案報告などなど、15分間の中に情報量がみっちり詰まっていて、すべてについて語ると5000字くらいってしまいそうなので、他に気になった場面・胸打たれた場面についての感想を。
************
寅子は心の中で小橋(名村辰)を世間の嘲りの象徴のように登場させているのだけれど、多岐川(滝藤賢一)に打ち合わせを要求されている場面での実際の彼を見ると、働きすぎの寅子を心配しているように見える。彼の学生時代からの積み重なった暴言と嘲笑を思えば、そりゃあ寅子が小橋を許す必要はないのだが、いち視聴者としては彼の変化に注目していきたい。
************
尊属殺規定は現憲法に反するという意見を出した最高裁判事は15人中2人だった、という新聞記事について語る寅子。
「おかしいと声を上げた人の声は、けっして消えない。その声が、いつか誰かの力になる日はきっと来る。私の声だってみんなの声だって、けして消えることはないわ。何度落ち込んで腹が立ったって、私も声を上げる役目を果たし続けなきゃね」
時を同じくしての轟法律事務所が映る。尊属殺規定は合憲という記事を読んだのだろう、すいとんを食べながら怒りに燃えた目で、壁に書いた憲法14条を見つめる、よね(土居志央梨)轟(戸塚純貴)梅子(平岩紙)と
ナレーションの「あきらめるもんか」。
寅子と同期の皆の思いは同じ。ずっとほしかった、やっと手に入れた
「すべて国民は法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的、又は社会的関係において差別されない」
これを本当の意味で実現させるまで、あきらめるもんかという場面。
すごくよかった!
(つづく)