SIGMA fpが5周年らしいけど、今でも名機であると大声で言わせてほしいという話+思い出
Entoです。おはこんばんちは。
2024年10月25日でSIGMA fpが5周年らしいですね!
🎉おめでとうございます🎉
そして、いつもありがとうfp。
楽しく、時には悩みながら写真を撮らせてもらっています。
(まさかの後継機発表でしょうか)
2019年、突然のサプライズで山木社長がfpを公開した動画を見て、即断即決購入を決めた名機中の名機だと筆者は考えています。5年が経過しても、未だに褪せない、媚びない、飽きさせない。
あっという間の5年間だったと思いますが、お祝いとともに、筆者独自のfpについての思い語りと、レビューのようなことを書かせていただく主旨となります。
それでは、長き一人語りと、SIGMA fpとの歩みを少々。
(いや、全然少々どころではない長文になってしまったけども・・・)
1.fpを購入するに至った経緯と思い出
まずは思い出の話から。ちょっと長いかも。
fpがこの世に発表される直前まで、いくつものカメラを使っていました。が、ちょうどその頃、筆者は写真と少し疎遠になっていた時期でもありました。
タイミング的には、長らく使っていたCanon系列のモデルから初のSony(a7iii)に鞍替えをした時期で、理由はSIGMAレンズが装着できて、カメラ本体の手ブレ補正がある唯一の組み合わせだったからです。
写りのSIGMAレンズに性能抜群のSonyアルファ機、まさに「鬼に金棒」「からあげにマヨネーズ」「SONY機にSIGMAレンズ」と言いたくなるほどに、ふさわしい組み合わせだと確信しておりました。SIMGAの弱点であった手ブレ補正をSONY機が補ってくれて、最強ッ!敵なし!不安なし!カリカリ!と楽しい写真ライフを謳歌していた・・・はずだった。
駄菓子菓子、鬼に金棒のハズの組み合わせを使うたびに、想定外のことがおきました。
使えば使うほど、持ち歩く度に日に日に増していく違和感。
言い表せないような"これじゃない感"で心がモヤモヤしていました。そんな日々が続き、次第にカメラを持ち歩かなくなってしまい、気が付けばSony機は手放していました。サブ機のdp2Quattroでもっぱらスナップ撮影するばかりとなりました。
おぉ、嘆かわしい。Sony+SIGMAは最強だと豪語していたはずなのに。
筆者には豚に真珠だったのか。
なぜ馴染まなかったのか・・・
ハッキリとした理由はわかりませんが、Sonyのカメラは万能すぎて、なにも苦労しなかったような気がしていました。シャッターを切りさえすれば簡単に綺麗な写真が撮れる。
それに物足りなさを感じていた可能性があった、と。
「はぁ?なにいってんの?使いこなせなかっただけじゃんwww」と言われてしまえばその通りなのです。
が、それまでEOS 80D + 18-35mmF1.8 + 50-100mmF1.8とかキワモノな組み合わせで使い続けていたせいか、いつの間にか筆者にとっての写真とは「喜怒哀楽を感じてこその写真」になっていたのかもしれません。
「ピントがあわない、クソーッ!次こそは!」
「AFが遅い、それに合わせて先回りする!走れ!」
「デカい重い、若さで乗り越えろ!!!」
と、まぁ・・・カメラ趣味ですらマゾヒスト傾向だったのか、その苦労を克服した先の自分に向けた、自分の大好きな写真を、自分の大好きなレンズで撮ることに喜びを感じていたようです。
本当に申し訳ないですが、Sony機に愛着のようなものは皆無でした。
すこし話がそれましたが、Sony機を手放してから、写真事態と疎遠になっていた頃、予期せぬ出来事が、あの時が訪れました。
そう、製品発表会のステージでSIGMAの山木社長からのサプライズ発表。
う、うぉ~~~~~~~!?!?!?
まさかのSIGMAからベイヤセンサーカメラ!?!?
しかも、かっこいい!!!!!
こ、これだーーー!!!!!
Appleの故ジョブス氏のプレゼンよりも見直した動画。何回も何回も見直しまくるほどに、刺激的なものでした。発売日まで毎日閲覧してました。
「脱構築」、何度も口に出して言いたい単語ランキング1位。
かっこいい。
これを求めていた!というより、これで写真を撮ると楽しそう!という体験への期待感が大きかったです。いいなればワクワク感。
謎の確信とともに、予約開始とともに速攻でポチっていました。
このカメラやレンズをポチる瞬間、最高に脳汁ドバドバですよね。
2019年10月25日。東京に冷たい雨が降っていたのを今でも思い出せます。発売日当日は午後半休を取って、ウッキウキで新宿のカメラ店に向かい、すぐにでも開封したかったけど慣れない場所だったのでどこで開封しようか迷った挙げ句、眼の前にマクドナルドがあったので人目も気にしないでこの名機を取り出してテンション爆上がりしていた思い出です。
他のカメラとは一線を画したデザイン。
シンプルな画面でありながら、使いづらさも愛おしくなる機能。
コンパクトでありながら、手にのしかかるズッシリとした重み。
fp自らが主張してくるfpをfpたらしめる要素の数々・・・。
「こ、これがカメラといえるのか!?すごい!!!」と一人で感動してました。久しぶりにカメラで脳汁ドバドバしてました。
そんな歓喜にむせいでいた数時間後・・・。
はい、この有り様。
マジで新宿のど真ん中で泣いてました。本気で泣いてた。
まじで目から涙が出たのは何年ぶりだろうかと思うほどに。
おそらく、人類最速でSIGMA fpをコンクリートの上にぶち落とした人間であると思います。不名誉極まりない。いわゆるRTA。ははっ。いや笑えない。
落とした時の思い出ですが、fpから聞こえてきたのは綺麗な鉄を地面に叩きつけたような、めちゃくちゃきれいな良い音がしました。例えるなら、0.5mm厚の鉄のプレートを落としたような、「カキィーン!」というような。雨が降りしきる新宿のど真ん中でビルから反響音がするほどにはいい音でしたよ。今でも耳にこびり付いています。トラウマ級です。未だに似た音が聞こえるたびに心臓がバクバクと暴れ始めます。
。°(´ฅωฅ`)°。
不幸中の幸いか、落ちたときにあたったのがレンズフードとハンドグリップの2点が緩衝材になってくれたので、カメラとしては普通に使えていました。
いいですか?fpを買った皆様、ストラップネジは指なんかで横着をせず、必ずコインやドライバーを使ってしっかり締めましょう。あと定期的に増締め確認をしましょう。カメラが地面にぶち当たる音とか聞きたくないでしょう?わかりましたね?(涙)
よくX(Twitter)に"新作iPhone発売日のアップルストア前で初日購入後に即落として画面バキバキにしてる写真"とか流れているのをよく見ていましたが、見かけるたびに「流石にネタでしょwwwww釣り乙wwwww」とバカにしていたのですが、ネタではないということが身を持って理解しました。バカなのは私でした。
人間、浮かれているときが1番危険なんです。注意しましょうね。
2023年7月29日に改めてfp Lを購入。
fp買い直しか迷ったのですが、大は小をかねる、の精神で6100万画素のfp Lを選択。
fp LはUSB Type-C給電しながら撮影できるところも良いです。
今も愛機として活躍してくれています。これからもよろしく頼むよ。
2.性能面のお話
さて、思い出語りの時点で3000文字近くを書き殴ってしまいましたが、fpは性能云々じゃないカメラだと思っていますので、あまり深入りはせずフィーリングで書きます。でも、その性能の中にfpをfpたらしめる要素のが散りばめられていますので、重要な要素でもあります。
では、早速ぶっちゃけますが・・・
fpのカメラ機能は冗談抜きで使いづらいです。マジで。
手ブレ補正ないし、AF早くないし。メニュー操作も・・・可もなく不可もなく。フルサイズ最小だけど、見た目より重く手にズッシリくる。
けど、fpはそれがいいんです。
なぜなら、性能では語ることができない価値がこのカメラにはあるから。
このご時世、本体手ブレ補正つきが当たり前、wifi転送当たり前、EVFも当たり前、高速連写も当たり前と、あたりまえ体操のオンパレードなカメラが出まくる業界で、fpは逆張り勝負、ナイナイだらけのカメラ。
でもよく考えてみてほしい。豊富なメニューも、多くの機能も、超高精細なEVF内のディスプレイも、趣味程度にパチャパチャ撮ってる人間が使いこなせているのか?と振り返ると、実はそこまで必要ないのかもしれなかったりしないでしょうか。
極論ではありますが、写真を撮るのに真に必要なのはシャッターボタンとセンサーさえあればいいのでは?と、思わせてくれます。
使わない機能や付属品に価格が転嫁されている、と考えると、途端にもったいなく感じちゃいますよね。(なかったらないで苦労するけど)
しかしfpは、必要な人が拡張として性能(機能)を追加させることができます。
EVFがほしければ、ELECTRONIC VIEWFINDER EVF-11を買えばいいし、手ブレ補正が必要ならジンバルなり三脚なりを使うかソフトウェアで補正すればいい。グリップも好きなようにカスタマイズするなり、公開されたCADデータを活用して3Dプリンターから出力すればいい。写真データはUSB-Cから接続して抽出すりゃいい。
選択肢に合わせて柔軟に形を変えられるようにfpは考えられています。
「撮ることど真ん中」のキャッチフレーズにあるfpは、撮り手のスタイルに合わせて、形やスペックを変えていく。削られていることが、fpの真の価値=「撮る」というコアな面だけ。撮ることの自由な選択肢を選ばせてくれる"性能"に拘った逸品。
これが本当の意味でのfpの性能だと考えます。
手ブレ補正に頼りすぎて、いつしか構え方や脇の締め方を忘れかけてしまいそうなところでした。足は大地を踏みしめて、脇をしめて、息を止めて、身体で撮ること。それも撮影の一環だったことを思い出させられます。
数値上で言えば、どう考えても2,3周回ほど遅れた数値ですが、性能だけでは語れないのがfpです。
日進月歩の性能競争から一歩外れた存在。撮るということへの価値。
Foveonセンサー愛好家の方々なら、きっとわかっていただける感覚。
fpはベイヤセンサーだけど、SIGMA社の写真との向き合い方を性能からヒシヒシと感じられます。
もし、fpを買おうとしてる人がいて、性能が気になる人は買わないほうがいいです。性能が足らないとわかっている人は、撮りたい対象物が明確にあるということです。fpでスポーツ撮影や流し撮りをしようとしても、難しいですからね・・・。
何度も申し上げてしまいますが、fpは性能じゃ語れないのです。
3.使用感の話
fpの使用感についてですが、筆者はほかのカメラとの比較で「キャンプ」を例えて言い表しています。
だいたいこんな感じ。(異論は認めます)
不便を楽しむとは少し違いますが、苦労をすることで普段忘れていたありがたみを感じたり、思い出させてくれる要素が「キャンプ」と「fp」の共通点があると思います。簡単にできてしまうより、苦労や挫折を味わったほうが、印象深かったり、強く思い出として記憶されると思いませんか?
最近はフィルムカメラも復刻されたり、使い捨てカメラ"写ルンです"で撮ったり、iPhone3くらいの何世代も古いカメラで撮ったり、平成初期くらいのデジカメで撮影した動画が味があると評判がよいと聞いたことがあります。
この現象を見ながら、我がフォトスタイルと比べてみると、少しだけわかる気がする。便利になればなるほど、本質の部分が薄くなっていくような感覚。Sony機を使っていたときに味わったあのモヤモヤ感。
新しい価値が生まれ、意味合いが変わっていくのでまったく普通のことではありますが、その過渡期にカメラはあるのかなと思います。カメラが便利になりすぎた。そこまで必要はなかったのに。
写真は一瞬の記録から、自己表現の分野になっていたり、
電子データで管理しているのに帳簿と呼ばれ続けていたり、
保存ボタンが何故かフロッピーディスクの形をしていたり。
時代時代に合わせて言葉や役割の価値が遷移していく。
カメラ・写真もきっとそう。
いつの間にか自分の"写真"というものの価値が変わっていたこともありました。
まだSNSという言葉が世に広がり始めた初期頃、投稿した写真にいいねが1つ2つ付いただけで大喜びしていたはずなのに、いつの間にか1000いいねがないと、価値がないような、焦りや承認欲求に駆られて、1人が付けてくれた1いいねの喜びを忘れてしまったような。そんな感覚。
写真の本質ってなんだったか。
イイネをもらうためだったか?
みんなにちやほやされるための道具だったか?
きっと違ったはず。
2次元の写真の中に記録する瞬間の、喜びとか、思い出とか、背景とか、被写体とか、時間とか、息遣いとか、いろんなものが詰め込まれたものだったはずなのに。
そんなことより知らない人たちのいいね数や評価に左右されちゃって、自己顕示欲のための一部に写真を撮ってしまってい、承認欲求の道具に成り下がってしまっていたり。
時代で物事の意味合いが遷移していくのは、言葉も道具も文化もそうだけど、fpは撮ることど真ん中というキャッチフレーズの通り、撮ることに集中させてくれる。
作品作りではなく、写真は生き様(ライフスタイル)なのだと。
写真って自由やん?カメラの設定をしてシャッターボタンを押せば誰でも簡単にすんごい写真が撮れるっていうのもいいけどさ。バチクソに起動が早くてAFバリ高速で秒間100連写とかできるのも必要だけどさ。
fpみたいに起動がおっそいしAFも曖昧だったりするけど、写真を撮るって、被写体を探してどっしり構えて、撮れなかった悔しさも撮れたときの嬉しさも、それも写真の一部なんだと。そう思い返させてくれた。
写真を撮るために美味しいものを食べるのか?
否、美味しいものを食べたから写真を撮るのでは。
写真を撮るために綺麗な景色を見に行くのか?
否、綺麗な景色だったから写真を撮るのでは。
fpは撮影のタイミングに注意してないと撮れません。電源ONにしてから、起動に2秒くらいかかりますから。この2秒間の一呼吸が、「機会損」と思うか、「写真と向き合う時間」と捉えるか。
それに合わせて電源を入れておくとか、MFにしておいて置きピンするとか、カメラと向き合って苦労をともにするような。
「ほら、fpさん、写真撮りますよ」と呼びかける気持ちで2秒を待つ。
便利と不便の狭間にあるfp。絶妙な塩梅。
これがfpが多くの人から愛される所以。なのだろうか。
写真という成果物を撮る、という結果も大切だけど、カメラと一緒に出かけて、その思い出も写真に収める。fpはそれがいっぱい詰まってると思います。
写真を撮る本質が、fpには形に、性能に、体験に宿っている。
筆者はそう感じます。
これが筆者なりの"脱構築"の解釈です。
写真とは、本来なんだったのでしょうか。
いまいちど、考え直させてくれる。そんなカメラがfpです。
4.fpユーザーのコミュニティの話
筆者はソロボッチでfpを使っているので、何かしらのコミュニティに参加したことは一切ないのですが、傍から見ていてもSIGMA社とfpユーザーはとてもフレンドリーに見えるのが良いところだとも思います。
10p10fp展といわれるfpオンリー写真展が開催されており、性能だけじゃ語れないfpの魅力を発信されているコミュニティーが存在します。
また、SNS上でもfpならではの「なんかイイ!」を語り合う人たちを度々見かけます。日進月歩のカメラ技術のせいで、ISO感度がどうだ~、連写がどうだ~、AF速度がどうだ~なんて話が毎シーズンの3大カメラメーカーの話で持ちきたりですが、そんな性能面のお話はfpは無縁(?)で、優劣には立たない次元の違うカメラなので、なんかホンワカしてる印象です。
東京で開催されたfpユーザーの体験会、さまざまなカスタムがされたfpが、各fpユーザーの気持ちや用途に合わせて形を変えていました。
ガッチガチにリグ組されたガチ映像撮影用fpから、シンプルでおしゃれな革ケースに包まれたfpや、縦ストラップで首からぶら下げてファッションの1部にもなるfpまで、本当に多種多様な変化をされていることに驚きました。行きたかったなぁ~。
「これ・・・いいよね」
「わかる」
「それな」
「こんなのもあるよ」
「やば・・・ちょっと参考にさせて」
「いいよ」
こんな声が聞こえてきそうな雰囲気。それでいいと思う。
まさにキャンプのような、好きなことを好きなようにしている集団みたいな。皆、各々のスタイルでfpを楽しんでいます。
あなたのfpはどんな形をしていますか?
5.筆者のイチオシfpポイントは「撮って出し」
1つfpのいいところあげてと言われたら、デザインも捨てがたいけど、筆者は「撮って出しの色がめちゃくちゃ好み」であることが1番推したいポイントです。我がnoteに掲載している写真の98%は、fpの撮って出しjpegをそのまま公開しています。現像したとしても、カラー設定の変更くらいかな。
fpを手にするまでは、現像ソフトでRAWをいじるのが必須レベルでした。
撮って出しでも悪くはないのですが、カメラ内蔵のカラー設定ではどうしてもコレ!というものがなく、結局PCに取り込んで現像して・・・これがまた面倒で。
とくにスナップ撮影が多い自分としては、何十枚もちまちま現像するのは退屈。fpなら「jpeg撮って出しをネットに取り込んで保存、RAWはバックアップ的な要素として保管」というスタイルが確率しています。マジで楽です。
作品というより、ライフログのように写真を撮っているので、この運用方法は自分のスタイルと合致していたわけでした。
撮って出しがいい理由は、カラーがとてもよい発色をしてくれます。特に1番使っているの組み合わせがティールアンドオレンジと21:9アスペクト比!
他のカメラにはなかなかない設定です。
動画にもティールアンドオレンジはいいよ。
むしろシネマティックな雰囲気が出せて動画のほうが本領発揮なのかな?
カラー設定で言えばパウダーブルー、ウォームゴールド、あとモノクロームの設定も好きです。
あとは、デュオトーン?と言われるカラー設定もできます。
最初見たとき「ちょっと色キツイな・・・」と思いましたが、ハマる色合いがあるとちょっと面白い写真が見れたりします。
昭和頃のレンタルビデオのパッケージや、CD・レコードのジャケットみたいな雰囲気になりそうです。(あってるかな?)
こんな感じで、カメラ本体で使えるので、撮って出しで楽しめちゃいます。結構たのしい。
6.こんな人にfpをオススメしたい!
難しい。簡単にはオススメできない。ピーキーすぎるfpくん!
けど、使ってて楽しいカメラであるのは間違いないです。
こんな人に使ってほしい!と思うとするならば、写真に飽きた人かな。
まんま一時期の筆者のことなんですけど。(笑)
何度も同じことを言ってしまいますが、fpは写真について考えさせてくれます。
カメラばかり高性能化されてオーバースペックのまま撮影者が置いてけぼり状態のまま撮影を続けるのか。fpと一緒に二人三脚で写真を楽しむのか。
(決して他のカメラがダメという意味ではありません)
写真に飽きてしまって、カメラが文鎮化していたり、防塵庫に入れっぱなしなら、1度fpを検討してみてもいいかもしれません。
もちろん、fpのスペック上、活躍できる場面や撮れるシーンは少し限られてしまいますが、fpを持って家の近くを散歩して、何気なくシャッターを切ってみると「おおっ!?」と感動させてくれると思います。
コンパクトな機体に、コンパクトなレンズをつければ、ボディバックに入りますし、首からぶら下げていても他者のミラーレス一眼より苦になりにくいし、「撮るか撮らないかわからないけど、とりあえずfp持って行こう」が簡単にできます。
使わなかったとしても、まぁいいかと思えるほどにコンパクトです。
fpから吐き出された写真は、初めて一眼レフカメラで綺麗な写真を撮れたときの思い出のような、写真ってこうやって楽しんだよね、という新鮮な気持ちを思い出させてくれます。
だから、写真に飽きちゃった人は、使ってみてほしいカメラなんです。
写真を撮るという行為について考えさせられる、なんとも不思議なカメラです。
7.最後に「素晴らしきカメラをありがとう」
(長い・・・思うがままに打ち込んだら長すぎる・・・)
では、改めて、SIGMA fp5周年おめでとうございます。
乱文、駄文申し訳ございません。
今のところfp Lを買い替える予定はなく、当面このまま使い続けたいと思うほどに、飽きのこないデザインと使い勝手に愛着が湧いています。さらに+5年は使っていても問題なさそうなカメラであると思います。
性能に左右されないデザインとコンセプト。
スマートフォンでもない、一眼レフカメラでもない、コンデジでもない。
新ジャンルといっても過言ではない、fpという存在。
fpをデザインした人も、なかなかリスキーな商品を世にだしてくれたSIGMA社も、それらの困難な時代に舵を切る山木社長も、本当にありがとうございます。
長い長い独り語りでしたが、fpへの感謝の気持ちということで。
それでは、よきカメラライフを。
・・・マジで長すぎた。