発達障害診断がおりるまで(40代女の場合)

自分の場合、診断が下りず、何年もかけて心身状態が悪化していきました。こうなるなよ的に残しておきます。

おそらく、程度的にはグレーだったものを、無理をし続けたり対処を間違えたりした結果拗らせて潰れた、という、失敗例です。

個人情報的に全部書くことに抵抗があるためぼやかしたりしておりますが、大枠の虚偽はなく、それっぽい方みなさまにご参考になれば幸いです。病名が欲しい、というのではなく、適切な治療を受けるためには正確な診断が必要かと存じます。


多くの治療が必要な方たちが潰れることなく、なるべく寄り道をせず、適切な治療にたどり着けますように。


成人まで(無自覚)

発達障害傾向を持ちつつも、発達障害という概念がない時代に幼少期を送ったためか当事者だという自覚がないまま成人。これといった意志もなくぼんやりと生きていく。

何も残っていないので記憶にあるだけですが、それっぽい主な特性は以下のとおりです。

・片付けが出来ない、物をなくす、遅刻する

・特定の物に執着する、同じ服しか着ない

・聴覚過敏

・ひとりでいる。友達がいない。空気が読めない


就職、社会人中期まで(無自覚、精神科通院開始)

就職したが、メンタル要因の休職を数回繰り返す。

残業ほぼ無し有給消化率100%という職場でメンタルが潰れて休職をとるのは、どう考えても働くの向いてないというか社会的適正がないというか能力がない。が、働かないと生活が成り立たなくなるので、この先潰れて休んで復職してを繰り返し続けるしかないだろうなあと諦め、抗精神薬を服薬しつつ、原因不明の謎の不調を抱え過ごす。


精神科での診断は「抑うつ/鬱病」「統合失調症」

・考えられないミスをする(仕事)←NEW

・飲み会が無理(音も会話も無理)←NEW


社会人下期、自覚するまで

体調不良がデフォルトになり、体調が良い日が年に数える程という状態が数年続き、原因不明の痛みが身体中に発生。

寝込むことが多くなり、有給は寝込むための休暇として消える。その状態で数年過ごす。仕事以外を寝て過ごす生活は、筋力も体力も低下していく。

ここでやっと、自分が発達障害(グレー)なのでは?と疑い始める。

(給料は低いものの服務はホワイトな会社で、出勤するだけで削れ続けるのはどうよという長年の謎が解けたような気がしました…)


精神科の診断「鬱病」


医療機関で検査

通院中の精神病院でWIAS-Ⅳ検査を受、数値が正常なので、発達障害ではないと診断される。

自分が検査した病院は、こどもの検査・治療のみ取り扱っていたようで、たまたま通院していたので検査をしてくれた、といった感じでした。あと、検査結果を紙でくれなかった。口頭のみでお知らせ。その病院の規則らしいのだが、どうかと思う。診察室で口頭で数値告げられても覚えられないし、あとから見返せない。

病院によって診断基準が違う、というのをネットで知りつつも、病院を探す気力がなくセカンドオピニオンは行わない(※この判断がよくない)。ていうか通院先が検査を取り扱っていなければ、WIAS-Ⅳ検査は受けていなかったと思う。調子が悪すぎて病院探しをする気力がなかった。余裕がないと万事出来ない。

グレーの自覚があったら、検査病院はグレーの診断をしてくれると診断基準が厳しくないかの事前調査が必要ですよね。診断名が欲しいだけなら別だけれど、治療目的ならなおさらですよね。

ネットで落ちている発達障害を取り扱う病院一覧には、基準が厳しいとかグレーも診断してくれる等の情報が記載されていないので、電話なりで問い合わせする必要があるのだけど、いちから自力でやるのは気力がいる。そういう情報が集まっているのってどこなんでしょうね。知りたい。

あと、やはり『障害』なので、個人間の開示は少ないだろうし。偏見もある。匿名でやっと話題に出来る程度になるのかなあと感じている。だから知人の口コミは望めない気がする。まあ私の場合は世間話をする人間関係がないので、あくまで想像だけですけど。


退職、発達障害の診断が下りる

検査を受けてから4年後、通院先(WIAS-Ⅳ検査した病院とは別)の問診で発達障害の診断が下りる。

(正確には、疑いがあるから試しに薬を処方。服薬で改善したら発達障害だとわかると云われ、薬が効いたので発達障害と診断がおりた)

数値が正常範囲だったということは通院先に伝えており、数値には出ない場合もある、との説明を受けた。


通院先に退職等を伝えたところ、仕事をするようにと圧をかけられ(説明するのが難しいのですが、直接辞めるなと云われたわけではなく、なんとなくの言葉の端から、ちょっと嫌になった程度の我儘だろと甘えんな的な指導のような印象を受けた)、(中略)のち、現状の問診をし直し、処方薬がかわる。

今までアンタ何きいてたんだよカルテに何書いてたんだよ寝てたんじゃねえの、と思わずにはいられない程度には説明のしなおしをいたしました。

ていうか投薬治療をしているのに、その処方が合っていないって医者として駄目だろ。誤診。まあ、おはなしをじっくりしたら、処方が変わりましたよね。


感想

まじで、あの検査(WIAS-Ⅳ)の数値なんだったの!!

数値正常の範囲内じゃねえのかよ。薬、効いちゃってんですけど!!!!!

そもそもの病の見立てが見当違いなら、この長年の投薬はなんだったのか。

そりゃ、メンタル不調のストレスがこれだというものがなくよくわからないっつってのに、根本が発達障害が原因なのに、鬱病や統合失調症の薬を服用し続けてもどうもならんわな。二次障害は薄れるが。 

いや、もしかしたら、数値異常値のひとは、もっとがつっとなんかアレであれなのかもしんないけど!わかんないけど!!!数値正常値だから休職何回か挟みつつも約20年会社員に擬態出来たかもしんないけど!異常値だと最初から擬態も無理なのかもしんないけど!!!

無理すればなんとかそれっぽくなる中途半端な程度だったが故に、努力不足で自助努力が足りないと無理をし、衰弱し、今に至ってるんですけど。

いや、この見立てあってるかわからんが。


全部無理っすわ再起は無理っすわってところまでいって、やっと医者がはなしをきくかんじになってきたの、本当にあほくさい。まじで問診時困りごとの訴えは細かくてもいいから全部伝えたほうがいい。体感的に、じゅうに申し上げて半分伝わったらマシって程度。


さいごに

失敗を経て、わかったのは、

・検査を受けるときは、その病院がグレーの診断をしてくれるか、診断基準が厳しすぎないか確認する。

・精神疾患を拗らせていないなら、投薬だけでなくカウンセリング療法を行っている病院で治療した方がいい

・問診では細かくていらんだろと思うようなことでもとりあえず全部伝える。

・全てにおいて、気力と体力(とお金)があるうちに行動する

ってことですかね。


数値は指標。

大事なのは知識。


わたしのような微妙な層(おそらくグレー)は、救いのふるいから零れおちがちだし、網目に引っかかる頃には二次障害が悪化しているのだろうなあ。仕方ないっちゃ仕方ないのだろうけど。わかりにくい。


発達障害の治療薬を服薬しはじめたら、格段に生活してゆくのが楽になりました。別に診断名もらえなくてもいい。ちゃんと適切な治療をしてくれたらそれでいい。病名が欲しくて検査を受けるわけではない。そうしてもらっていたらこんな長文は書かない。


もしもを云ってもどうしようもないのだけれど、せめて就職しはじめた辺りで発達障害という概念を知り且つ自分がそうだと自覚していたのなら、潰れる回数は減っただろうし(潰れなかったかもしれないし)、衰弱している現在はないのだろうなと思うと遠い目をしてしまう。

可能性のおはなしなのでわかんないですけどね。

助けてくれる人間関係を持っている人は周囲を頼ればいいけど、断絶しているなら、知識は本当に大切。医療費が1割になる自立支援制度も医者は何年も教えてくれなかった。なんなんだろうね。


自分の態度にも一因があるんでしょうけどね。

困っているように見えないらしい。感情が上下せず、淡々と黙々としているように見えて、だから休職する前でも、突発休暇を取るので体調の不調は気付かれるが精神面の不調はあまり見えないらしい。余裕があるように見えるらしい。あんま取り乱さないしね。

そう見えないからそうだと扱われるとしたら、言語はなんのためにあるのか。他者と自分の認識をすり合わせるために存在しているのではないのか。


退職すると通院先に告げたとき、転職はころなで厳しいとか云われて、まじ何も伝わってないなとわかった。ご飯食べれないし寝れないし体調悪いし働くのが無理っての前から伝えてるのにきいちゃいないっていうか、そもそも転職する体力と気力あったら休職して心身回復を先にする。

云ってもきいてないとすると、どうしていいかわからんな。

この医者、なんも聞いてないし見てないしカルテにも残してなんだろうな、となったが、処方箋は医者しか出せない。

病院を変えるのには気力がいる。新しいことをするのは疲れる。

※後からカルテには書いてあるっぽいということはわかりました。診察時に遡って読んでなくて、毎回さらに等しい状態で対応されていたっぽい。

※のち、前の人の診察が終わってから、自分の名前を呼ばれる前に数分時間が空くようになったので(今まで即呼び出しだった)、自分のカルテになんかしら注意書がついたっぽく、前回の続き的なはなしが成立しだした。雑すぎ。


医療は性質的に福祉と繋がりが高いので、善が求められがちだけれど、医者も、脳が誤作動起こしている患者の話を全部きいていれないだろうしそんなことしてたらもたないだろうし、そもそも医者にとって患者の人生は他人事だしな。


知識がないと、必要な介助にたどり着く前への壁が高すぎて、潰れるだけになる。介助の手を掴めるひとは、多くが、潰れる前に引き上げてもらえる。そういう環境にいる。

気力がなくて万時無理、というところまで行く前に、何かしらの行動を起こさないとわたしみたいになります。潰れても誰も守っても助けてもくれないよ。


3月末で退職して、数か月ようやくまとまった量の文章が書けるようになってきました。脳がアレな時に書くと、文章として成り立ってくれなくて、いや、これも後から読み返すと破綻しているかもしれないですけどね。

長年唯一続いている趣味なのだけれど、感覚は死んで戻ってこないけれど、こんなものでも書けるようになって、よかった。もう書けなくなるかと思っていた。


生活は成り立っていない。

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