精神障害者の刑事弁護
1 はじめに
最近は、精神障害を有する方が犯罪に巻き込まれるケース(加害者、被害者いずれも)が増えているように思います。実際に相談を受けていても、相談者の方やその相手方が精神疾患を抱えていて、、という悩みが出てくることが多いです。
先日も、放火と公務執行妨害の疑いで逮捕された男性が、おそらく責任能力の喪失等を理由に不起訴とされたであろうニュースが世間を騒がせました。
自身の備忘録も兼ねて、精神障害を持つ方の法的対応等について、以下整理したいと思います。
※医師などのプロの方から見れば不十分でない部分も多いと思いますが、ご容赦願います。
2 精神障害といっても多種多様
精神障害は多種多様であり分類の仕方も定まっていない部分があるようです。原因(脳機能の障害)で分けるのは曖昧な場合が多いため、症状や特徴ごとで考えると、イメージとしては以下の通りです。なお、厚労省のサイトも参考になります。
(1)知的障害
IQ(知能指数)が70未満、日常生活や社会生活への適応能力が低い、発達期(18歳以下)に生じている等の特徴が見られます。
知的障害者福祉法では一般的な定義規定はないため療育手帳(知的障害者手帳)を持っている人が知的障害者と呼ぶことがあり、都道府県ごとに取得判定基準は微妙に異なります。
(2)発達障害
脳機能の障害(自閉症、アスペルガー症候群その他広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類するもの)がある者であって、発達障害や社会的障壁により日常生活または社会生活に制限を受けるものをいいます。
※知的障害との区別は曖昧ですが、知的障害は知的発達の偏りが問題となっているのに対して(結果や症状が重視)、発達障害は脳機能の発達の偏りが問題となっている(原因や脳の所見が重視)されていると区別し得ることができるでしょう。
自閉症は、およそ3歳くらいまでに現れるもので、①他人との社会的関係の形成の困難さ、②言葉の発達の遅れ、③興味関心が狭く特定のものにこだわる、等の特徴があります。知能指数が高い高機能自閉症の場合はアスペルガー症候群と呼ばれることもあります。
学習障害は、全般的な知的発達は問題がないものの、読む、書く、計算する、等の特定の事柄のみが難しい状態をいうとされています。特定の事柄以外は特段問題が無いため、障害が気付かれにくいとされています。
注意欠陥多動性障害(ADHD)は、発達年齢に見合わない多動性・衝動性や不注意などが見られます。7歳くらいまでに現れるとされますが、一般には成長とともに軽くなる傾向があります。
(3)精神障害
統合失調症や依存症、うつ等があげられます。精神保健福祉法5条では、知的障害も精神障害に含まれるとされています。
統合失調症の症状は多彩ですが、妄想や幻覚等が見られることが一般的です。
うつ病は主に活力の減退による疲労感の増大が典型的な症例です。
以上の精神障害については、主に脳の疾患やホルモン異常等のような身体的素因が明らかな場合、明確ではなくとも何らかの身体的に生じた原因がある場合が多いです。これに対して、目に見えない、未だ解明されていない「こころ」が原因で生じる精神病を神経症と呼ぶことがあります。
神経症には、突発的に動悸などが生じるパニック障害、ショッキングな出来事が原因で生じるPTSD(強い過覚醒)、多重人格が現れ得る解離性障害等があげられます。
また、最近はパーソナリティー障害といって、人格や性格が平均から偏っている結果、社会生活を円滑に営むことができないことが問題とされることがあります。パーソナリティー障害は社会との軋轢が原因で生じるうつ状態などの二次被害に着目して治療がされることが多いです。※人格や性格が異なっていると言っても、それは一つの個性だから、というのもあるのかもしれません。
その他、アルコールや薬物中毒などが精神病に含まれます。
3 刑事手続中の対応
手続のタイミングに応じて取るべき対応は異なりますが、概ね以下の点に留意する必要があります。
(1)障害の客観的な資料を収集する
被疑者が障害手帳を持っている場合は、手帳交付機関(市役所等)に対して手帳交付時の審査に認定された病状や生活能力等について照会をすることが考えられます。
また、本人からかかりつけ病院の名前を聞き取り、同院に対して照会を進めます(病院によっては本人の同意書が必要だったり23条照会、裁判所からの嘱託でないと回答しないというところもありますが、私の経験上、国選弁護人の選任書をお見せするだけで快諾いただける病院もありました)。
なお、こちらが積極的に動かずとも、捜査機関が捜査段階で病院の医療記録や医師の供述調書を入手している場合もありますので、必要に応じて証拠の任意開示を求めます。
(2)取り調べの可視化
裁判員裁判対象事件の他、知的障害者や精神障害者に関わる事件については取調べの録音録画を行うものとされています。
取調状況の映像は、供述(特に自白)の任意性を吟味するとともに、事件直後の様子や精神状況をチェックする上で非常に大事なものですので、開示を求めていく必要があります。
(3)鑑定請求
裁判所に対して、起訴前を含め、鑑定請求をすることも大事です。鑑定請求は実際にはなかなか認められないことが多いです。しかしながら、中立公平な立場の裁判所が関与して行われた鑑定の結果の方が、信用性は高く、また、被疑者や被告人の理解も得やすいです。
(4)たまにニュースになる控訴取下げ
痛ましく記憶に新しい事件ですが、寝屋川中1殺人事件の被告人は、死刑判決に対する控訴を自ら取り下げた一方で、弁護人がその控訴無効を主張するという珍しい事態がありました。
裁判所は、1審判決で責任能力を認め死刑判決を下したものの、控訴取下げの文脈では責任能力の疑念を踏まえて無効を認めました。責任能力の有無について、やや矛盾めいた判断を下したものと評価できますが、裁判を受ける権利を保障する観点からはやむを得ない部分があります。
4 責任能力がなければおとがめなしなのか?(医療観察法等)
(1) 医療観察法
最初に述べたニュースにも触れられていましたが、責任能力が認められずそのまま不起訴・無罪となれば、あとは不自由なく生活できる、というわけではありません。
通常は、検察官の申立てにより、①所定の犯罪がなされ(対象行為)、②心神喪失・耗弱があり不起訴・無罪となった場合は、精神障害を改善し社会復帰を促進するために医療を受けさせる必要が明らかにないと認めるときを除き、入院をさせて鑑定をする旨の決定が裁判所よりなされます。(鑑定入院)
その後は、下の図の通り、正式な入院・通院決定等の上、状況の改善が図られた場合は、かかる処遇が終了していきます。
(2)精神保健福祉法による医療との関係
入院観察法に基づく医療措置の場合、遠隔の病院に入院させられて地域や家族と切り離されてしまい、本人がこれまで受けてきた医療とのつながりが断絶してしまうリスクがあります。
この点について、最高裁平成19年7月25日判決は、所定の要件を満たす場合は医療観察法に基づく医療を行うべきで、精神保健福祉法に基づく措置入院で足りるとすべきではない旨を判示しました。しかしながら、これは両者の医療措置を併用する決定を否定する趣旨ではないと解されています。これまでの医療と同法に基づく医療とのギャップをなるべく埋めていき、効果的な医療を進めることが期待されます。何より、本人の病状の改善と社会復帰に向けて何が一番妥当と言えるのか、実質を考えることが大事です。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=35004
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