日本人のことが嫌いな日本人~大学編~
私の学生時代の知り合いにA君という人物がいた。
彼とは学部も同じで取っている講義も似たようなものが多かったせいか、入学したてのころからよく顔を見かけた。
そんなA君と私はひょんなことから同じ講義のグループで一緒になった。
私と彼以外の二人はたまたま留学生で、私とも知り合いだった。
まだ来日して間もなく、二人とも日本語はそれほど話せなかったので主に英語で会話をしていた。
そういうわけで、A君も含めて我々はグループ内では英語で話し合うことになった。
初対面の日本人といきなり英語で自己紹介をして、英語でグループワークのテーマを決めるというのは少し珍しいことだと思った。
この時はまだA君とは日本語で話をしていない。
A君の英語は思ったよりも上手く、努力を重ねてきた形跡がうかがえた。
愛想も良くて積極性もあり、早くも四人の中のグループリーダーとなることがその日に決定した。
私の彼に対する第一印象はそう悪いものではなかった。
講義が終わると二人の留学生とは別れ、私はA君に改めて「日本語で」話しかけた。
別に不自然なことではないと思う。私と彼は同じ日本人で、同じ日本という国にいるのだから、わざわざ英語で話す理由はないはずだ。
さっきまで英語で話していたのは、留学生との間に共通の言語がそれしかなかったからだ。
私は特に変なことを言ったつもりはないし、当たり障りのないことを言ったのだと思う。
それにもかかわらず、A君の私に対する態度は急変した。
先ほどまでとはうってかわり無表情でつまらなさそうに相槌をうち、口数も極端に減った。
この時のことを私は今でも鮮明に覚えている。人間の表情というか、態度がここまで急に変化するのをはじめて見たのだ。
当初私は自分が何か失礼なことを言って、彼を怒らせたのかと思った。しかし、そんなことは一度もなかったはずだ。
その後も私なりに愛想を振りまいてみたが、A君の態度の悪さは不変だった。もやもやした気持ちを抱えたままその日は別れた。
数日後に我々は作業を始めるため、四人で再び集まった。
私はA君がまたあのような態度を私に向けてくるのではないかと思い、嫌な気持ちを抱えて教室に向かった。
教室に入るとA君を含め三人ともすでに集まっていた。
A君の姿を見ると私は少し憂鬱な気分になったが、そんな気持ちは次のA君の言葉によりかき消された。
A君は私のほうを振り返って、眩しい笑顔でこう言った。
"Hey! How's it going bro?"
私はびっくりした。彼が私に英語であいさつをしたことにも違和感があったが、それ以上に彼の態度の変わりぶりに驚いた。
つい先日はあんなに嫌な態度をとってきたくせに。なんだこいつは、と私は怒りすら覚えた。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、A君はまた初日と変わらずニコニコと笑いながら人懐っこそうに話かけてきた。もちろん英語で。
その後も彼の二面性を持った態度は変わらなかった。英語の時はにこやかなナイスガイで、日本語のときは無口で無愛想な態度をとり続けた。
そんな彼の態度は私に対してだけでなく、他の日本人学生に対しても同じだった。
思えば彼の周りにいるのは常に外国人ばかりだった。キャンパス内でも、通学するまでの道のりでも、常に留学生の友人たちと一緒にいた。
話す言葉もほとんど英語だった。
最初の頃はもしかすると彼は私のような外国育ちで、日本人と日本語で話すことに自信がないのでは?と考えたこともあった。
しかし、彼の英語はどう聞いても日本語訛りが強いし、帰国子女だという話も聞いたことがない。
ただ、彼が海外への強い憧れをもっていることは会話の節々から感じられた。
彼は英語で話しているときはとても楽しそうで輝いて見えた。英語も相当頑張って習得したのだろう。
そういった所は嫌いじゃなかった。
A君とはそのグループワーク以降は疎遠になり、話をすることもなくなった。
その翌年に、彼は念願のアメリカ留学の夢を叶えて渡米した。それ以降の消息は私にはもうわからない。
結局彼が何故日本人に対して冷たい態度を取り続けたのか、理由は未だに不明だ。
彼は何故あそこまで、日本人と日本語で話すことを拒んだのだろうか。
日本人とつるむと英語の勉強にならないからだろうか。それとも別の理由があるのだろうか。
A君は、日本が、日本人が嫌いだったのだろうか。
自分が日本で、日本人として生まれて、日本語を母語として話していることが彼にとっては苦痛だったのだろうか。
A君との数少ない日本語による会話で、彼が私に言った言葉を今でも覚えている。
彼は私がアメリカからの帰国子女だと知って、皮肉っぽく笑いながらこう言った。
「なんで日本なんかに帰ってきたの?」
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