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東京大学工学部を中退しました

中村 (@nrryuya_jp) です。先月末を持って、東京大学工学部を中退しました。高卒です。現在はLayerXというスタートアップのAI・LLM事業部担当執行役員・事業責任者をしています。

東大にはたしか3年生から完全に行かなくなってしまい、それからもう7年以上は経過しています。ずっと休学と留年を組み合わせて学籍だけ残っていました。が、ようやく正式に退学になりました。

スタートアップ界隈では、「大学なんて無駄だから行かなくて良い」という声が結構あるように思います。一方、実際に中退した人は意外と少ない気がします。LayerXにも中退や休学をしているメンバーもいて、たまにそういった悩みの相談を受けることもあるので、個人的な体験を書いてみます。また、高校生などでそもそも大学への進学を迷っている人向けにも一つのサンプルを提供できればと思います。
(注: 個人的なバイアスに溢れている記事です。)


休学とLayerXの創業への参加

高校生の時に、なんとなく事業や経営というものに興味を持ちました。一方、理系で技術に興味があったため、ビジネスとテクノロジーを掛け合わせた仕事に興味がありました。(実際に今そうなっていて驚いています。)

入学して最初はとにかくたくさんの人に会っていました。すぐに知人と会社を作ろうとしたり、個人で仕事を請け始めました。当時は何の経験も知識もなかったため、色々な仕事で色々な方にお叱りいただいたり、(起業を試みる学生あるあるですが)怪しいビジネスに関わる怖い人に会うこともありました。しかし、「18歳である」ということを明かした時だけ、相手が若干ビビってくれて、若いということがいかに貴重なのかを感じたのでした。どんなに凄そう・怖そうな人でも、時間だけは二度と返ってこないのだ、と思いました。1分1秒が本当に惜しいと思い、授業に行く割合が徐々に減っていき、2年生の終わりに休学することにしました。

その後急成長したベンチャーを体験してみたくなり、学科の先輩の紹介で、学科の先輩方が創業したGunosyに誘っていただき、機械学習チームでエンジニアとしてバイトを始めました。その後Gunosyの新規事業チームに異動し、そこから生まれたLayerX(後にスピンアウト)の創業に加わることができたのは、今振り返るととてもラッキーでした。LayerXの創業時、自分にとっては3ヶ月後のことも全く見えていないドキドキと、でも根拠のないワクワク感がありました。

私は小学校から全て公立で、いわゆる超進学校出身でもなく、東大に行って色々な出会いがなければ今の道に進む可能性はかなり低かったと思っています。ありきたりですが、人との無作為な出会いは大学のコミュニティとしての利点だと思います。学科なり研究室なり、サークルなりイベントなり、あまり努力しなくても、人に会うための色々なコンテキストを得ることができます。

大学を離れたのになぜかR&Dの道へ

スタートアップをやるために大学を離れたのですが、そこから3年弱R&Dに没頭するとは自分でも想像しておりませんでした。創業最初期のLayerXでは暗号資産関連の開発やセキュリティの事業を行なうため、日本よりはるかに盛り上がっている海外でクライアントを獲得しようとしていました。そこで、海外で少しでも知名度を上げるため、R&Dチームが生まれました。暗号資産で使われている分散システム技術のセキュリティ・スケーラビリティの研究を主に行い、オープンソースコミュニティに参加しつつ、国内・海外の暗号系の学会に論文投稿したり、IPA未踏の支援を受けてオープンソースの開発を行なっていました。

実社会から研究テーマを拾ってくるメリット

多くの学生の方は、研究室の中で、先生や先輩の研究からテーマ(リサーチクエスチョン)を見つけることが多いのではと思います。自分の場合はそうではなかったことで、週7日没頭するモチベーションが継続しました。

まず、競争激しい海外市場において、創業したばかりのLayerXの存在感を高めなければならないという緊張感がありました。また、実際に世界中の人の(当時)数十兆円の資産が乗っかったインフラを改善したいという思いがありました。常にコミュニティの現場に出ていたため、研究した成果をすぐに出し、反響をもらい、次のテーマ探しに繋げることができました。(オープンソースの財団から金銭的なサポートも受けられました。)

社会に出てしまうと自分のやりたいように研究できない、と思っている方もいるかもしれませんが、むしろ実社会の困っている人を巻き込むことで、周りの人の力もお金も借りながら、好きな技術を自由に研究できることもあると思います。ただし、良い機会と周囲のサポートに恵まれる運と、他を圧倒する努力の両方が必要だとは思います。

学位がなくても多少は認めてもらえる

「学位がないと研究者として信用されないのでは」という心配もありそうです。「Ph.D.はパスポート」という言葉がある中、学部すら出ていない私は、確かに大学の先生方に門前払いを食らうことが何度もありました。

一方で、結局人によって価値観が違うのと、別の何かで信頼を獲得できれば良いのではと思います。私の場合は国内では先回りして良い技術テーマに巡り会えたこともあり、例えば東工大(当時)の首藤先生と共同研究をさせていただいたり、僭越ながら政府関連の様々な会議で有識者として議論の機会をいただいています。

(とはいえ、自分の場合はあくまで応用研究かつオープンソース寄りであり、トップ会議に通すなど学術的に成果をまとめることはあまりできませんでした。)

R&Dからやっぱり事業の道へ

LayerXの事業のピボットに伴い、私はR&D担当からブロックチェーン事業部担当の執行役員になり、その後は行政との共同研究などを経て段階的に新規事業部に変遷していきました。

R&Dドリブンな事業は長期で生き残ることが大事と思い、最初はとにかく黒字化を目指して、なんとか達成できたものの、その後の発展にはしばらく苦戦しました。結果的に現在のAI・LLM事業に結果辿り着きましたが、チームも、R&D力も、お客様も、積み上げてきたものが花開いている感じがします。ここから先は大学の話があまり関係ないので本記事では割愛しますが、非常に充実しております!(宣伝: AI・LLM事業部は、営業・BizDev・PM・エンジニアも絶賛採用中です!)

事業としては基本的にずっと、いわゆるエンタープライズ企業に新しいテクノロジーを使ったソフトウェアを提供する形ですが、この業界の仕事の場合は、上記のR&Dと異なり、高卒であることがネックであったことは一度も経験していません。会社・個人の事業の業績・アセットに起因する信頼の方がはるかに影響が大きいと思います。IT業界以外のことはよくわかりません。

振り返り

私の場合の気づきをまとめると下記の通りでした。

  • 大学に進学したことは本当に良かったと思います。人との出会いから、最終的にやりたい技術と事業に辿り着きました。

  • 大学を離れたことで、やる気ゼロだった技術研究のモチベーションが最高になりました。

    • 逆に大学の研究環境の良さを理解したり、民間企業の研究の役割などを考えるきっかけになりました。

    • 同時に、技術を研究することに場所は関係ないし、成果物さえあれば色々な人とコラボできることを経験しました。

  • 総じて、25歳未満の時に1分1秒を全力で生きられることが重要で、それが大学な人は継続すればよく、そうでない人は離れれば良いのでは、と個人的には思います。

余談ですが、私の大学の授業の一番の思い出は、製鉄所の見学です。高温に熱された鉄がとてつもないスピードで前を通り過ぎ、その熱波を感じる。「アツアツのテツガ!メノマエニ!!」と語彙を失うような、ソフトウェアエンジニアリングでは味わえない迫力がありました。

おまけ: 休学・中退のTIPS

周囲の東大関係の人ほぼ全員に「休学は最大2年間だよ」と言われたのですが、実際には4年できました。実は学科の事務室の人も間違えていて、自分で規則を読み込んで間違いを指摘したのでした(実際ちょっと紛らわしい記載があったので、それを誰かが間違えて広めたのではと思っています。)休学期間は大学によると思いますが、皆の言うことが間違っている可能性があるのはどこでも同じかもしれません。

また、休学・中退の締切は意外と早いので、なるべく早めに、できれば半年くらい前から大学に相談しましょう。かなりの人が、ちゃんと意思決定してから手続きしようとして締切過ぎてます。私は間に合わずに50万円ほど学費を溶かしました。

宣伝: LayerXのインターン

上記の通り人によって色々な選択肢があり、仮に将来起業したいのだとしても、必ずしも今すぐスタートアップで働くべきとも限らないと思います。が、もし急成長する会社の中を覗いてみたい、アントレプレナーシップ溢れた集団の中で仕事をしてみたい人がいれば、LayerXでも各事業でインターンを募集しています。

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