「AIオンボーディング」の重要性とAi Workforceの挑戦
LayerX AI・LLM事業部長の中村 (@nrryuya_jp) です。昨日、弊社の生成AIプラットフォーム「Ai Workforce」が三菱UFJ銀行様に導入されたことを発表しました。また、製品紹介ページもできました。
LayerXは、AIの進化に賭けて事業を展開しています。AIは多くの人々の働き方に影響を与えるでしょう。しかし、AIがどんどん賢く進化しても、必ずしも人間が思い通りに使いこなせるとは限りません。企業が新たに採用した社員を受け入れ定着させることを「オンボーディング」と言ったりしますが、AIにおいても、AIが働きやすい環境にするための「AIのオンボーディング」が重要です。
今回はそんな「AIオンボーディング」と、Ai Workforceの実現したいビジョンについて紹介します。
「AIオンボーディング」の必要性
AI・LLMの進化
人間の「脳みそ」に例えるなら、昔の機械学習は、生まれたばかりの赤ちゃんの状態から、いきなり特定のタスク(画像認識や不正検知など)を学習するようなものでした。あるタスクを身につけるために、人間より遥かに多くのデータが必要になることが多く、(今と比べれば)そもそも実用に耐えるユースケースは限定的でした。
一方、インターネット上の膨大な情報から学習された昨今の大規模言語モデル (LLM) は、知識量だけで言えば、「世界トップレベルで博学な新入社員」と言えるでしょう。人間の新入社員と同じように、一般的な知識・常識を持った上で、そこから差分を埋めて、個別の会社特有の知識や業務を身につけていける、というポテンシャルがあります。
知識以外の、思考能力や学習能力という点では、現状は人間より劣っている部分が非常に多くあります。しかし、先日OpenAIが発表したo1をはじめ、それらを改善する技術が進化しており、差は徐々に縮まっていくと考えています。
AIは正しくオンボーディングされていない
しかし、まだまだLLMが人間の社員同様に活躍している世界からはほど遠い現状です。なぜでしょうか。私は、人間の新入社員に比べて、LLMはまだ十分な「オンボーディング」を受けていないからだと考えています。
人間の社員は、色々な苦楽を乗り越えて成長していきます。業界にもよりますが、会社の中で「エース」として活躍するために、5年から20年かかることもあるでしょう。色々な人と日々議論して、上司に指導されて、時には失敗をして、、、人間が時間をかけて得られる経験に比べると、現状LLMに渡されている情報はとてもわずかです。
本来、人間が5〜20年かけて身につける経験やスキルを、数ヶ月〜数年に短縮してAIが習得できるだけでも、多くの企業にとっては大きなインパクトをもたらすと考えています。導入していきなり成果が出ないのは当たり前であり、AIを活躍させるまでのリードタイムをいかに短くするかが、AIオンボーディングにおいて重要です。
AIオンボーディングのチャレンジ
AIオンボーディングはまだ新しい領域であり、弊社も答えを持ち合わせているわけではありません。以下、具体的にチャレンジしている課題を3つ紹介します。
AIにどう仕事を学んでもらうか
AIが人間の仕事を学ぶパターンを、私は以下の四象限に整理しています。(人間向けに作った資料から改編。)
まず左上の「マニュアル型」は、初めから体系的に整理されたプロセスをAIに教えることです。シンプルな例は、プロンプトでLLMに業務マニュアルに基づいて指示することでしょう。しかし、人間用に作られた業務マニュアルは、言語モデルにとっては言葉不足であったり、参照しづらかったりするため、「AIにとって読みやすい業務マニュアル」にすることが重要です。Ai Workforceでは「AIワークフロー」機能が該当します。
右上の「事例分析型」は、従来の教師ありの機械学習や、また、LLMによる過去事例からのタスクプランニングなどが該当します。AIが学習しやすい形でインプットデータ・アウトプットデータが蓄積されるよう、事前に設計しておくことが必要です。Ai Workforceの実用例でも、最初から完璧な業務マニュアルがあることは少なく、人の仕事の事例から業務ルールを発見していくことが多いです。
左下の「フィードバック型」では、人間がLLMの出力をレビュー・修正し、それを元にAIが改善されます。Ai Workforceでは、人間による修正がデータベースに溜まるため、それらを次回以降の処理で参照することで精度向上を図ることができます。
最後に、右下の「内省型」ですが、一般に実装が最も難しいものの、AIの人間を上回る学習能力の本質であり、今後特に重要になると考えています。自己対戦により強さを手に入れたAlphaGo Zeroは一つの例でしょう。既にLLMの学習に使われているRLHFも、人間のフィードバックデータを使って「内省」を行う一つの手法だと捉えています。
人間と同じように、上記の4つを組み合わせ・繰り返しながらAIを学習させることが重要です。最初はある程度体系化されたやり方を習得し、先輩の過去事例を分析してディテールを埋め、実際に自分で考えてやってみて、それにフィードバックをもらったり、自分で悩みながら学んでいく、ということです。
AIに意図や背景をどう伝えるか
AIに仕事を学習させる・任せる上で、「そもそもAIに何をやって欲しいのか」という意図を正しく伝えるのは、実は非常に難しい問題です。
具体的には、Specification-gamingと呼ばれる問題が以前から知られています。下記のGIFアニメーションは、赤いブロックを青いブロックの上に積み上げることを学習したはずのAIロボットのシミュレーションです。
学習時に、ブロックを積み上げるという状態を「地面に対して、赤いブロックの底面の方が、青いブロックの底面より高い位置にある」と定義した結果、ブロックを積み上げるのではなく、赤いブロックをただひっくり返すことを学習してしまっています。
人間の仕事はこれよりはるかに複雑で、たくさんの「コンテキスト」の中にあります。「〇〇社向けの提案書を作成して」「〇〇のような製品を開発する上で、過去の社内の事例や研究成果をどう活かせるか」など、AIに一文だけ指示しても、暗黙の前提が伝わらないままでは期待通りの成果は出ないでしょう。
AIの仕事にどう介入するのか
正しく仕事を学べたとしても、実際やってみるとミスをする可能性があるのは、AIも人間も同じです。よって当然ながら、AIに仕事を丸投げするということはなく、人間がうまく「介入」することが必要です。
特に、AIに大きな権限・責任を渡すほど、ミスが起きた場合のリスクが高まります。現状でも例えば、カスタマーサポートで直接お客様と対話したり、他の重要なシステムと連携するようなケースがありますが、今後AIの活躍範囲が広がるとより顕著になるでしょう。
AIの仕事に人間が介入し、うまく協働するためには、AIの挙動を人間が解釈できることが重要です。例えば、AIにプログラムを書いてもらう時に、AIがAI専用のプログラミング言語を使っていて、人間が読める言語に変換できない状態だと、人間が品質担保に関わるのが難しくなります。
この「介入しやすさ」は、前述の「フィードバック型」の学習に必要なデータの溜めやすさにも関係します。
例: 「ドラえもん」は理想のインターフェースか?
少し極端な例ですが、仮に「ドラえもん」が実在した場合に、上記の問題がどうなるのかを考えてみましょう。ドラえもんは大雑把に言えば人間に似た構成(手と足・目と鼻と口と耳?)をしています。人間と近い形なら、定義からして、人間の新入社員よりもオンボーディングしにくいインターフェースということはないでしょう。しかし、最適か?というとそうとも限りません。
例えば、人に仕事を教えるときに、「この人の頭の中を覗ければ簡単なのに」と思うことはないでしょうか。資料作成でも、ペアプログラミングでも、その人がPC画面のどの箇所をどういう順番で読んで、どう考えているのか分かれば、アドバイスしやすいと思います。しかし、ドラえもんは(私が知っている限り)人間同様、何を考えているのか外からわからないため、「指導のしやすさ」という点で人間を超えたインターフェースではないと考えています。AIだからこそ、人間の肉体やコミュニケーションのやり方に捉われない、知能の新しいインターフェースを与えることができます。
企業と共に成長するAIプラットフォーム「Ai Workforce」
上記の通り、AIをビジネスで活かすためには、最初から優秀に働いてくれるAIがある日登場するのを待つのではなく、自分たちでAIをオンボーディングしていく必要があります。Ai Workforceは、企業がこのチャレンジを乗り越え、「企業とAIが共に成長する」ためのプラットフォームを目指しています。「共に成長する」とは、単にAIが業務を身につけるだけではなく、AIにより業務のやり方やビジネスそのものが進化し、企業自体も成長することを意図しています。
使えば使うほど成長するプラットフォーム
理想的なAIプラットフォームは、活用範囲が広がり、データが溜まるほど、弾み車のようにどんどん賢くなっていくものだと考えています。
人間の場合はどうしても、一人一人の頭の中に知識や経験が溜まっていき、それらは基本的にサイロ化してしまいますが、AIは企業ごとに一つの巨大な知能としてまとめられる分、人間より遥かに速く・大きく成長する余地があります。
ホリゾンタル性
AIは “知能” であるため、人間が関わるほぼ全ての業務、ビジネスに影響を及ぼすでしょう。AIプラットフォームが成長する上で、特定の業務・部署に特化せず、汎用的なものであることが重要だと考えています。従来、多くの業務ソフトウェア・SaaSは、業務に特化した形で生まれてきました。しかし本来、それぞれの仕事は繋がっているものです。例えば、ある商品を企画し、それを製造し、市場にマーケティングし、営業が販売し、経理にて売上が記録され、問題があればカスタマーサポートが対応する、、、という流れにおいて、常に色々なビジネスのコンテキストが受け継がれ、業務は連動しています。だからこそAi Workforceは、単なるシステムのAPI連携を超えた、データ・知能のレイヤーとして部署や業務を横断したプラットフォームを志向しています。
Ai Workforceの現在地
Ai Workforceは今後まだまだ進化していくプロダクトであり、まだスタートを切ったばかりですが、既に上記のビジョンを少しずつ具現化し始めています。既に全く異なる幅広い業界のお客様の、全く異なる業務に活用いただいています。様々なAIワークフローが作られており、チーム・部署を横断したナレッジシェアを実現しています。それらを通して蓄積されたデータから、「エージェント機能」により、専門的な問題解決やレポート生成が可能です。
Ai Workforceの活用にご興味のある方は、ぜひ製品紹介ページから資料をダウンロードいただければ幸いです。
AI・LLM事業部のチャレンジ
Ai Workforceを開発・提供するAI・LLM事業部では、様々なチーム・役割のメンバーが連携して、下記のようなチャレンジをしています。
「AI-UX工場」を作る
前述の通り、Ai Workforceは汎用的なプラットフォームを目指していますが、実際にエンドユーザーに届けるUXについては、ユースケースごとに研究する必要があると考えています。上記のドラえもんの例で見た通り、AIと人間のインターフェースは、汎用的な一つの形が必ずしも最適とは限りません。LayerXでは、理想のAI-UX(AIを前提としたUX)を再現性のある形で提案し続ける会社でありたいと考えています。個別のユースケースに対して、共通の基盤と共存しながら理想のAI-UXを実現する、かつその際に高い開発生産性と品質を保つには、高度なプロダクトマネジメントと、開発チームのリズム、そしてそれをユーザーに届けるためのデザインの力が重要です。
AIによる新しい働き方を構築する
理想のAI-UXの実現のために、AI・ソフトウェアだけではなく、人間の側も変わる必要があります。各業界の色々な業務において、その道のプロであるお客様と協力しながら、理想の業務・仕事の仕方を考え、仮説を検証し、実際にユーザーに価値が生まれるまでやり切る必要があります。LayerXでは、アカウントエグゼクティブ、プロジェクトマネジメント、セールスエンジニア、ビジネスアーキテクトなどの色々な職種のメンバーで協働して、これに立ち向かっています。
企業のためのAIアラインメント
今回紹介した「AIオンボーディング」というコンセプトは、AI領域では長く研究されている「AIアラインメント」のテーマを、ビジネスユースケースで捉えたものだと考えています。過去の研究成果を参考にしながら、新しいユースケース・進化する基盤モデルに照らして実用的な手法を生み出すR&Dの力が必要です。
興味を持っていただけた方は
募集ポジションの一覧は下記の通りです!お気軽にご応募ください。
また、来週火曜日に弊社オフィスにて事業説明会をやります!どの職種の人も歓迎ですので、ぜひご参加ください!
私含む各メンバーとのカジュアル面談も行っています。(どのチームの人と話したい、などがあればアレンジしますのでコメントいただけますと幸いです。)
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