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男梅に似てるおばちゃん
去年、盗難がとても多いと言われているパリに行ったが、一度もモノを盗まれずに無事帰国できた。
人の心というのは、物事が順調になるとすぐに調子に乗るものだ。
そして神様はその慢心を見抜き次第すぐ、横槍を突いてくる。
行きつけの銭湯がある。
番台があって、瓶のラムネが売ってあるような昔ながらの風呂屋で、場所的に韓国人の方が多い。
街のおばちゃん方の憩いの場所でもある。若者はほとんど来ない。
人見知りで輪に入れる訳もなく、1人粛々と湯船に浸かって帰る日々。
そんな中でも、去年の夏頃からたまに優しく声をかけてくれる人も出てきた。
韓国の方で、歳はおそらく4〜50代
顔は男梅にそっくりで、いかつい人相をしたちょっと元ヤンっぽい色黒の人だった。
近所で水商売をしているらしく、何回か「アルバイトきーや!」と言ってくれた。
声をかけてくれる気さくな優しい方だと思うけど、正直男梅に似過ぎてるし、韓国の元ヤンって感じなので怖いからあまり会話はしたくなかった。
あと、お腹が膨らんでいる割に脚が鳥のように細くて長いのも怖かった。
鶴がひょんなことから生まれ変わって人間になっちゃったみたいなフォルム。
表情は笑顔だけど、心の中の気持ちを表に出さないような、何かずる賢そうな雰囲気も感じた。
この自分の稚拙な予想が後に的中するとは思いもよらずに………
ある日、男梅は私より先に風呂を出た。
私はその後帰った。風呂屋を出て靴を履こうとしたその瞬間
自分の靴が無い。
すでに寒波は来ていた。
元々玄関に放っておいてたけど、壁一面50個はある靴箱を一つずつ覗いても見つからなかった。
地元の銭湯で、初めて私物を盗まれた。
まさか外国じゃなく、自分の地元で盗まれるとは…
Qoo10で買った3000円くらいのUGGの偽物だったけど、ファーがついた暖かいブーツ。
今思えば風呂屋に履いていくにしては結構良い靴だ。
自分の中の
「Qoo10で買った安いやつ」「パリで何も盗まれずに帰って来れた用心深い自分」という慢心がこの事故を引き起こしたのかもしれない…
だけど思い返してみると、
夏場は魚の形をした、本来ならさかなクンしか履いてはいけないスリッパを毎日銭湯の玄関に置いていた。
その時は全く盗まれなかった。盗まれないどころか、女風呂の全員にサンダルが鯉のようである事から、「鯉ちゃん」とあだ名をつけられて嘲笑されていたほど。
あの銭湯の中で「こいちゃん」といえばシャンプーハットの小出水か、私か、の時代があった。
魚🐟のサンダルの時は笑い者にして、ちょっといいブーツだったら盗むのか?
犯人が誰か分からないので、さっきまで風呂に入っていた全員を心の底から憎んだ。
それから一週間経っても、犯人は結局見つからず、この件は完全に迷宮入りとなった。
3000円程度の話だけど、靴が無い状態で家に帰らないといけない屈辱感みたいなものが忘れられない…
そこから数日経ち、私はお昼ごろ近所の韓国料理屋さんに行った。
靴のことはほとんど頭の中から消え掛かっていた。(忘れかけとんのかい^_^)
すると男梅が先に食事をしていた。
「あ!こんにちはー」と言うと、
「こっち来て食べ!奢ったげる!」と言ってくれた。
いつも愛想が良いとは必ずしも言えない私に、優しくしてくれてありがたい。
最初は怖かったけど、昔言ってたアルバイトちょっと行きたいかも^_^
荷物を置こうと視線を足元に向けた瞬間、息が止まった。
男梅が私の靴を履いていたのだ。
ディランマッケイくらい二度見したけど確実に私のものだ。
色といい、ファーの安っぽさといい、まさしく私のものだ。
先ほどのご厚意を一切忘れ、男梅の話し声も消されて、頭の中で「え?」と思うだけの時間が流れた。
え?あんたやったん?
え?何を普段使いしてんの?
思い返せばこの男梅は前々から
どこかずる賢い雰囲気があったんだった。。(それだけ?)
怒りで奢ってもらったキムチチゲを頭からぶっかけてやりたい気持ちでいっぱいだ。
だけど冷静になろう。
もし今ここで私がキムチチゲをぶっかけたら、
私が犯罪者になってしまう。
私が先に靴を盗まれたのに。
器を持つ時火傷もするであろう。
なんというパラドクスが起きているのだ。
でも「それ、わたしのですよ」と言い出す勇気もなく……
結局後日、男梅が銭湯来たとき
こっそり履いて帰りました。