【後編】日本の子どもの体験格差~官民の実践事例から探る解決のヒント~
前編では、日本の子どもの体験格差の実態とその背景について、データにもとづいて考えていきました。
後編では、それらを踏まえたうえで自治体や企業が取り組んでいる事例から体験格差解消に向けたヒントを探っていきます。
本記事は、前編・後編の2本立てでお届けします
▼前編はこちら
体験格差解消に向けた自治体の取り組み
保護者のニーズにこたえる放課後の居場所づくり―千葉県千葉市の事例-
第2期千葉市放課後子どもプラン(令和5年3月)によると、千葉市内の9割の小学校で放課後子ども教室・放課後児童クラブ一体型事業として、学校を活用したアフタースクールの導入を進めています。
アフタースクールでは、①保護者の就労状況等にかかわらず、希望するすべての児童を受け入れ、毎日の居場所を提供すること、②地域住民、保護者及び学校教職員に過度な負担を掛けることなく、安定的かつ継続的に体験・活動の機会を提供することを特徴としています。習い事のように継続して取り組む体験や、地域住民・保護者などに参画してもらう体験など放課後の時間で多様な体験プログラムを提供しています。
アフタースクールの利用料金は利用時期によっても異なりますが、おおよそ月額3500円で、所得が一定水準を下回る世帯は、昼間の部及び夜間の部の利用料が半額又は無料となっています。体験プログラムの参加費は別途発生しますが、民間の習い事にかかる費用に比べると安価となっており、家庭の状況に合わせた形で子どもたちに放課後の居場所やいろんな学びのきっかけを提供しています。
また、学校を活用することで保護者の習い事への送迎の負担がなくなるため、共働きで送迎する時間がない家庭のニーズにもこたえる仕組みとなっています。
地域人材を活用した放課後の居場所づくり―兵庫県南あわじ市の事例-
南あわじ市の放課後事業も千葉市と同じように市全域でアフタースクール化を目指しています。南あわじ市のアフタースクールでは、子どもたちのふるさとを誇りに思う心を育てたいという思いから、「まちの先生」といった地域人材の活用や地域の企業との連携も重視しています。
アフタースクールの利用料金は利用時期によって変動があるものの、基本的には体験活動の利用も含めて5000円です。運営費は国からの交付金やふるさと納税などの市の財源も活用しています。
南あわじ市のアフタースクール事業の詳細は、下記の記事で詳しく解説しています。
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【オンラインフォーラムレポート➂】~南あわじ市・放課後NPOアフタースクールの事例から学ぶ~こどもの意見を反映した放課後の居場所づくり
自治体で体験活動を盛り込んだ放課後事業を実践することの意義
千葉市や南あわじ市の事例のように、自治体が主導となって放課後事業の中で体験活動を組み込むことができれば、希望するすべての子どもが体験活動に取り組むことができるようになります。
子どもの中にはやりたい体験活動がないという子も少なからずいますが、それは体験活動にはどういうものがあるのかを知らないことが大きいと考えられます。自治体が放課後事業で体験活動を提供することができれば、保護者が情報を持っているかどうかに関わらず、どのような子どもでも日常的に体験プログラムに触れるきっかけができるため、子どもたちの中に「やってみたい」という気持ちが生まれるかもしれません。
また、南あわじ市のように体験プログラムの料金が利用料に含まれていれば、子どもは体験活動に自由に参加することができるので、保護者の考えによらず子どもがやりたいと思えば体験することができます。
このように、自治体が放課後事業の中で子どもの体験機会をつくることにより、保護者の就労の有無、体験活動に対する興味の有無、経済的な事情に関係なく、子どもたちは体験活動に取り組むことができるようになると考えられます。
体験格差解消に向けて大企業が子どもたちへ体験プログラムを届ける ーソニーグループと住友生命保険相互会社の事例ー
ソニーグループでは子どもの体験格差の縮小を目指して、小学生の放課後を対象として活動している全国の団体に「感動体験プログラム」を提供しています。
体験プログラムは、ソニーグループのテクノロジーやエンタテインメントを活用した創造性や好奇心を育む内容となっており、訪問やオンラインで全国の子どもたちに届けています。単発だけでなく、半年かけて体験を届ける長期プログラムもあり、そちらではスタッフ向けの研修も同時に実施することで、届け先の団体が自分たちで体験活動を継続できるような支援も行っています。
住友生命保険相互会社では、小学生の放課後の生活の場・居場所である全国の学童保育や放課後子ども教室をより楽しく、子どもたちが成長できる場所とすることを目指して、「スミセイアフタースクールプロジェクト」を実施しています。
子どもたちへは16種類の多様な体験プログラムを届けるだけでなく、同時に子どもたちと日々関わっているスタッフが放課後に関わる全国の仲間と一緒にオンラインで学び合うことができる勉強会も実施しています。
感動体験プログラムもスミセイアフタースクールプロジェクトも、体験格差の縮小に少しでも寄与したいという思いで活動しています。
これらのプログラムの魅力は、普段の体験機会が多くない地域や拠点に、プロフェッショナルな知識を持った講師や企業の社員が本物の体験を子どもたちに提供していることです。
また、こうした体験を通じて子どもたちが技術者へのあこがれを持つ、社会に対して興味を持つきっかけになるなど、日常にはない出会いも生まれています。これこそ、企業が子どもたちへ体験プログラムを届ける価値だといえます。
▼ソニーグループの「感動体験プログラム」についての詳細はこちら
▼スミセイアフタースクールプロジェクトの詳細はこちら
地域の企業が地域の子どもたちに体験を届ける
県が主導で地域の企業・団体の伴走支援-滋賀県「こどなBASE」の事例-
滋賀県では、「こどなBASE」という事業を行っています。「こどなBASE」とは、県が主導して県内の企業・団体が自社の魅力、想い、強みを子ども・次世代に伝えられるような体験プログラムを提供するための企画や実施の伴走支援をする取り組みです。
2024年度からは、大学と連携してSTEAM体験プログラムの創出にも取り組んでいます。第一弾としては、成安造形大学と連携して大学生と共に「CO2ネットゼロ」をテーマにした体験プログラムをつくり、地域の学童に届ける活動が始まっています。
取り組みの詳細については、下記よりご覧いただけます。
▼こどなBASEの詳細はこちら
▼こどなBASEのInstagramはこちら
https://www.instagram.com/kodonabase_shiga/
自治体と地元企業が協働で毛織物のプログラムを開発-愛知県津島市の事例―
愛知県津島市では、自治体と市内の企業がタッグを組んで、地域オリジナルの企業プログラムを開発し、子どもたちに届けるという取り組みをしています。津島市では毛織物が地域の基幹産業として発展してきましたが、今は工場が少なくなり、学校では「衰退した」と学ぶこともあります。
自治体担当者や津島毛織工業組合の方の「地域の子どもたちに毛織物についてもっと知ってほしい」という思いから、自治体と地元企業が協働して体験プログラムを開発するという取り組みが始まりました。
プログラムの詳細については、下記よりご覧いただけます。
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活動ブログ:【団体初】放課後事業と地元企業のコラボレーションで、その地域ならではの企業プログラムを開発~津島市の毛織物~
企業の特徴を生かしたプログラムを地域の子どもたちに届ける-木村石鹸の事例-
大阪府八尾市にある大正13年創業の老舗石鹸メーカーである木村石鹸工業株式会社(以下、木村石鹸)では、石鹸・洗剤を作る企業ならではの体験プログラムを放課後NPOアフタースクールと協働で開発し、本社がある八尾市や工場がある三重県伊賀市などの地域の子どもたちに届けています。
これまで、木村石鹸の皆さんに汚れが落ちる秘密を教えてもらいながら、子どもたちと共に日常にもよくある汚れを落とすことにチャレンジするプログラムを行ってきました。
また、コロナ禍では多くの小学校が社会科見学を実現できない中、伊賀市の新工場とつなぎ、社会科見学を疑似体験できるオンラインプログラムも実施しました。
プログラムの詳細については、下記よりご覧いただけます。
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ご報告:10/12(水)開催 【NPO×企業】次世代育成支援が地域に関わる企業にもたらすもの
地域の企業が地域の子どもたちに体験を届ける意義
上記にあげた3つの取り組みにはそれぞれ、「自治体による仕組みづくり」、「自治体と企業の協働」、「企業とNPOの協働」といった特徴がありました。
自治体や地域の企業、そして地域の放課後事業者などが一体となって体験機会の創出に取り組むことで、その地域の体験格差を埋められる可能性があります。また、子どもたちが地域の産業に興味を持ったり、地域の魅力に気づいたりするきっかけにもなるかもしれません。
一方で、そもそも地元の企業が少ないという地域もあります。そうした地域の体験格差を解消していくためにも、ソニーグループや住友生命保険相互会社の事例のように都市部の企業があらゆる地域の子どもたちに体験プログラムを届けていく取り組みも非常に重要であるといえます。
日本の体験格差解消に向けて
体験は子どもの自己肯定感やウェルビーイングにつながるものであり、決して特別な子どもにのみ与えられるものではなく、すべての子どもたちに自分のやりたいと思ったことを自由に体験する機会が与えられる必要があります。
前編で取り上げたように、体験格差は学校での体験活動の減少、経済的な背景、地域的な背景、連鎖的な背景など様々な要因が絡み合って生まれています。学校での体験活動の時間が少なくなっているのであれば、放課後の時間にいかに体験機会をつくることができるかが重要になってきます。
一朝一夕に解決に導くことは難しいですが、千葉市や南あわじ市、企業の事例をヒントに、自治体や企業、放課後事業者、地域住民などが連携して取り組むことで体験格差の解消につなげていくことはできるのではないでしょうか。
体験格差の実態が広く認知され、社会全体で解決に向けて取り組んでいくことが求められています。
文:コミュニケーションデザインチーム・佐々木
▼〈小学生の放課後の現状と課題〉シリーズの記事はこちら
Vol.1「データからひもとく『小1の壁』~原因と解決へのヒント~」
Vol.2「インクルーシブな放課後の居場所づくりを進めるためには?」
Vol.3「子どものウェルビーイングにつながる居場所とは?」
Vol.4「子どもの居場所不足を考える~令和6年5月時点の待機児童数(速報値)1万8462人~」