【サンプル】『平岡手帖 2024年4月号』
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4月25日。こんなに早く再会できると思わなかった齋藤春佳さんの絵(“初対面” は3月6日だし、その11日後にも見ている)の、左手前へとなびいている桜色のカーテンに手招きされる心地で【Up & Coming】へ入る。すると奥の壁には、張小船(Boat ZHANG)さんの《自殺した作家の目、ベビーのスマイル》が投影されていて、こんなシーンが、村田沙耶香さんの『ギンイロノウタ』、その表題作にもある。主人公の女の子は、チラシや雑誌から切り抜いた目玉を押入れの壁に散りばめていた。しかし、いくらたくさん並んでいても三島由紀夫の目はすぐそれと分かるし、もしここに渡邉洵さんの目が混ざっていても、容易く見分けられるかもしれない。渡邉さんの個展を見たのは2月25日と3月2日のことで、【アートセンターオンゴーイング】2階の壁に投影された真っ青な画面には、見開いた片目が、こちらを射貫くように暫し映った。
窓辺には大石一貴さんの彫刻があるけれど、それらは粘土で、「19日 制作」「24日 片付ける」…と表面に刻まれた日々の予定が古びていくように、刻一刻と風化しているのだろう。そして、私が河原を連想してしまうのは、大石さんの粘土作品を川べりで見たことがあるからで、昨年12月11日、翌日の雨予報に慌てて秋川・秋留橋の
袂へ行くと、顔ぐらい大きな石には「石と文字」と刻まれた作品が、仮面のごとく置かれていた…のだろうが、すでに踏んづけたクッキーみたいに割れていた。
Up & Coming に着いたのは夕方で、この日はまず原宿駅から徒歩数分の雑貨屋さんへ行った。そこには「L PACK.」による《ラッキーロープ》があって、要は屋台の紐くじ引きなのだが、「シミュラクラ現象」「儀式的な雰囲気」「例のあれ」…と題された品々が並んでいて、引っ張ってみると当たったのはコーヒー豆だった(ので、久しぶりに父母にコーヒーを淹れた)。
そこから、国立競技場方面へゆるゆると歩いて【TAKU SOMETANI GALLERY】に向かう。中央のテーブルには真上から映像が投影されていて、柿坪満実子さんご本人の右手なのだろうか、机に置いた手のひらには氷が載せられている。昨年10月7日に、南青山のギャラリーで見た時には猫型の氷だったけれど、今回は小さな手のひら
型で、椅子に座って映像を見る姿勢そのものが、手のひらの上で、ゆっくり溶けていく氷を眺めた時間と重なる。
58キロの氷塊を見たのは4月26日だ。【デカメロン】2階に上がり、左隣の部屋を覗くとそこには木舟が1艘置かれており、その舳先に、俯きがちに立った三谷蒔さんはピュヴィス・ド・シャヴァンヌの《貧しき漁夫》みたいで、右手に持った氷をガリリッと齧る、これから3日間、舟の中ほどに載せられた氷の水分だけで過ごすらしい。アイスピックで削り取られた表面、その傷跡はだんだんと“治って”いくし、それに伴い、輝きもてらてらと増しはじめる、初めは蒼白さが目立っていたが、3時間も経つとむしろ紫がかっている。
そうした変化は、少し空に似ている。この日最初に見た前谷康太郎さんの写真作品も、流線形の車体に映る空の色そのものを切り取っており、よく、宇宙に浮かぶ地球のイメージで、輪郭の一部が指輪みたいに眩く発光していたりするけれど、その光輝く界面をクローズアップしたみたいだ。
そこから、新宿三丁目のあたりまで歩いて【KEN NAKAHASHI】に向かう。ティモ・ハーブストさんのドローイングには、ヴィクトル・ユゴーの小説に出てきそうな、質素なドレスをまとったり、シルクハットを被ったりした市民が戯画的に描かれているがその奥に、より写実的なタッチで、モダンなワンピースを着た女性が警官に制止されており、どの人物も高いフェンスの向こうに、何かを訴えかけているようだ。三谷さんのパフォーマンス作品を見たのはその後だったけれど、(続く。)
※書籍版では縦書きです。横書きに変更するにあたって、細部を調整しています。
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2024年4月 展示リスト(抜粋)
〇「合図」_大石一貴、齋藤春佳、張小船(Boat ZHANG)_2024年4月6日~ 5月12日_Up&Coming_東京都渋谷区神宮前3-42-18
〇「『息切れのピース、息継ぎのピース』日焼け派」_齋藤春佳、松本玲子_2024年3月6~17日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
〇「苔男」_渡邉洵_2024年2月23日~3月3日_Art Center Ongoing_東京都武蔵野市吉祥寺東町1-8-7
〇「戸外塑造 Finale 『石と文字』」_大石一貴_2023年12月3日~_秋川・東秋留橋の袂_東京都あきる野市雨間
〇「Imagination Practice by L PACK.」_L PACK.(小田桐奨、中嶋哲矢)_2024年4月25日〜5月14日_THINK OF THINGS 1F CASE_東京都渋谷区千駄ヶ谷3-62-1
〇「それは、あなただった。」_柿坪満実子_2024年4月5~28日_TAKU SOMETANI GALLERY_東京都渋谷区神宮前2-10-1サンデシカビル 1階
〇「ただ思い出したいだけ」_柿坪満実子_2023年9月29日~10月9日_gallery BLUE3143_東京都港区南青山3-14-3 1・2階
〇「I Love You, You Love Me」_三谷蒔_2024年4月26~28日_デカメロン_東京都新宿区歌舞伎町1-12-4
〇「Translations」_前谷康太郎_2024年4月6~28日_Yu Harada_東京都新宿区住吉町10-10
〇「Ephemera」_ティモ・ハーブスト_2024年4月26日~5月25日_KEN NAKAHASHI_東京都新宿区新宿3-1-32 新宿ビル2号館 5階
※巻末には、本文の全ての展覧会・イベント情報を、登場順で掲載しています。
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